私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2019年06月12日
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カテゴリ: 千の朝


 成長と発展のためには、
 克服しうる適度な困難が必要である。

 適度な敗北も同じで、
 外敵が来襲する度に難なく撃退した国民は
 それ以上防備を固めないし、
 逆に外敵から限度を越えて回復不能な打撃を受けた国民は
 抵抗への意志を失う。

 前者が近代初頭における朝鮮の場合であり、


 一八六六年の朝鮮の事件はあまり知られていないが、
 要するにフランス宣教師が殺害された報復に
 フランス極東艦隊司令長官のローズが
 七隻の軍艦を率いて漢江河口に釆て、
 江華島を攻撃して陸戦隊を上陸させたのである。

 しかし朝鮮側は城壁の背後から
 弓矢、旋回銃、火縄銃などの一斉射撃で
 激しく抵抗したので、
 フランス軍は市内の一角を焼き払っただけで退却してしまった。


 このとき別の方向に遠征した一六○人のフランス兵士は、
 朝鮮軍の奇襲で壊滅的な打撃を受けた。


 平壌の王陵略奪をめざして大同江深く進入したときは、
 船長プレストンが朝鮮半島の黄海側の沿岸の湖の
 干満の差が大きいのを知らず、
 シャーマン号が洲に乗り上げて
 身動きできなくなるのを待っていた朝鮮軍は、

 硫黄と硝石をふりかけて火を放ってシャーマン号に流し送った。

 シャーマン号は二度目までそれを防いだが
 三度目の火攻めで炎上した。

 乗組員たちは水中に飛び込んで逃げたが
 朝鮮軍によって一人残らず惨殺された。

 この攻撃法を発案した朴珪寿は朝鮮の英雄となった。

 また一八六七年の四月にもアメリカ人ジュンキンズの率いる
 別の海賊船がソウルに近い九万浦に接岸して上陸したが
 やはり撃退されている。

 一八六七年といえば明治維新の前年で、
 日本では朝野をあげて兵制の改革に取り組んでいたが、
 朝鮮では一連の対外勝利によって改革の必要を認めず
 長く眠り続けて三〇年後に目覚めたときは、
 もはや取返しのつかない遅れをとっていたのである。

「敗者の戦後」 入江 隆則 中央公論社





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最終更新日  2019年06月12日 05時10分06秒
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