私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2021年03月31日
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カテゴリ: 認識の歩み



 稲作は他の地域から伝わったと考えられており、
 その伝播の経路として、
 ①南方説(南島経由、黒潮ルート)、
 ②直接渡来説(支那大陸から直接)、
 の2が唱えられました。

 ②に関しては支那長江下流域で
 1万年前の稲作遺跡(河姆渡(かぼと)遺跡等)が発見され、
 その一方で雲南省からは

 アッサム・雲南起源説は説得力を失い、
 現在では稲作は長江下流域で始まった
 という説が有力になっています。

 長江下流域が世界の稲作の起源だとすると、
 それがいつどのように日本に伝わったのかが問題になります。

 考古学の観点からは、
 八幡一郎が「稲作と弥生文化」(1982年)で
 「呉楚七国の乱の避難民が、
 江南から対馬海流に沿って北九州に渡来したこと
 により伝播した可能性を述べており、
 「対馬暖流ルート」とも呼ばれます。


 柳田國男の最後の著書「海上の道」で提唱した
 支那の長江下流域からの南西諸島を経由して
 稲作が日本に伝播されたとする説です。

 石田英一郎、可児弘明、安田喜憲、梅原猛などの
 民俗学者に支持され、

 柳田の南方経由説の強い影響を受けています。





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最終更新日  2021年03月31日 05時00分05秒
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