私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2022年02月02日
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カテゴリ: 認識の歩み



 疫病が流行して人口の半ばが失われました。

 翌年に天皇は祭祀で疫病を治めようと、
 天照大神と倭大国魂神を宮中の外に出すことにしました。

 天照大神は豊鍬入姫命に託して
 笠縫邑(現在の檜原神社)に祀らせました。

 倭大国魂神は渟名城入媛命に託し長岡岬に祀らせました。

 しかし渟名城入媛は身体が痩せ細って
 倭大国魂神を祀ることが出来なませんでした。


 朕の世になり災害が多い。
 その所以を亀卜にて見極めよう。」と詔して、
 神浅茅原に幸して八百万の神を集めて占いました。

 天皇は沐浴斎戒して宮殿を中を清めて、
 「願わくは夢に教えて、神恩を示してほしい」と祈ると、
 夜の夢に一人の貴人が現れ自ら大物主神と称して
 「もし我が子の大田田根子を以って我を祭れば
 たちどころに平安となる。」と告げました。

 続いて倭迹速神浅茅原目妙姫・大水口宿禰(穂積臣遠祖)
 ・伊勢麻績君の三人がともに同じ夢を見て、
 大物主神と倭大国魂神(大和神社祭神)の祭主を

 神託を受けたのです。

 そこで大物主神の子とも子孫とも言われる
 大田田根子が探し出されて大物主神を祭る神主となりました。

 三輪山を御神体とする大神神社の始まりです。

 市磯長尾市(いちしのながおち)も

 疫病は終息して五穀豊穣となりました。

 即位8年、活日(いくひ)という者を大神の掌酒(さかびと)とし
 活日が神酒を捧げて歌を詠み、
 続けて諸大夫(役人)と天皇もそれぞれ歌を詠みましだ。





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最終更新日  2022年02月02日 05時00分06秒
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