私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2022年06月20日
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カテゴリ: 認識の歩み



 韓にはじめて統一国家新羅があらわれました。

 新羅は七世紀末から支那の儒教を国教として、
 官吏採用のための試験制度も
 支那をまねていました。

 漢帝国時代の支那文化は、
 まだ純粋な漢民族固有のものでしたが、
 唐の時代には「絹の道」をとおる
 活発な文化交流によって、

 そのために唐の文明は、
 もはや一種の融合文明になったのです。

 唐文明は支那独特のものを基調にしていますが、
 もはや全世界的な価値をもつ
 支那文明に成長したのです。

 それほどに西方からの影響が大きかったのです。

 唐の都・長安には
 西域人(中央亜細亜の人びと)が居住する
 特殊地域ができ、
 また「胡風文化」が支那人を魅了していました。

 当時、支那人は

 西方のものを「胡」という字であらわし、
 長安の上流社会では、
 胡曲(西方の音楽)・胡食(西方の食事)
 ・胡服(西方の衣服)が珍重されていました。





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最終更新日  2022年06月21日 05時27分33秒
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