私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2022年07月28日
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カテゴリ: 認識の歩み



 一一九二年に女真国の都だった
 北京で生まれた数学者です。

 十代のとき、
 チンギス・ハーン率いるモンゴル軍が
 支那北部を攻撃して北京を占領したため、
 家族は彼を河北省の学校へ遺りました。

 一〇年以上にわたり極貧の生活を送りました。

 才能溢れる李治は、悲惨な状況の中で

  『測円海鏡』を完成させました。

 やがて本の頒布と数学の指導とによって
 経済的状況が好転した彼は、
 平穏な生活を望んで河北省へ戻りました。

 李治の本には、それまで解くことのできなかった
 一七〇の問題が示されています。

 彼は三角形の各辺の長さと、
 それに外接あるいは内接する
 円の半径との関係に興味を持ちました。
 そのような解析では、ふつうピエタゴラスの定理
 ――古代支那でも独自に発見されたと

 さまざまな次数の方程式が導かれます。

 そのため李治は、六次までの方程式を研究しました。

 そのような方程式は、三角形に関する、
 未知数を含む関係式を、
 別の関係式に代入すると得られます。


 方程式の未知数の次数は急速に大きくなっていきます。

 李治は、
 問題を解くための方程式の組み立て方は示したものの、
 その解法は書き残していません。

 より高次の方程式に焦点を当てるというこの姿勢は、
 ヨーロッパが古代と近東の数学を足がかりに
 暗黒時代から脱するとともに、
 きわめて重要なものとなっていきます。





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最終更新日  2022年07月28日 05時10分05秒
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