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【流木に塞き止められて(詩)】流木は水のバプテスマによって清められ流れによって棘・角(とげ・かど)は削ぎ落とされて丸くなる流れに満たされ水の恵みに揉まれなければ流木は水に帰ることは出来ないイエスの十字架の血潮が流木(りゅうぼく)に塞き止められて、恵みのエキスが流れ落ちる出口を探し求めているエーメン―――――――――――――――――――――――――流木 ← 肉の霊 (あなたは知っています。)水 ← イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。(ヨハネ福 3:5)神様の御言葉の働き・悔い改めのバプテスマ(水)流れ ← 祈り「謝栄村」ホームページ《飲茶・台湾高級銘茶・好評予約受付中》「ベテスダ・柏」はに参加しています
2004年03月31日
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【零れ落ちた言葉】今日(3/29)、助手席に娘を乗せて車を走らせていた。自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレー(http://www.h2.dion.ne.jp/~hansuto/ )の断食の中で俺はイラクの事と飢え苦しむ国のことを頭に思い巡らせながら運転していた。 心に十字をきり祈りつつ・・・そして桜が目に入った時に思いがけずに呟いていた。「綺麗だなぁ~~~ 悲しいぐらいに・・・!!!」とすると隣で座る娘が「ウン」とうなずいた。セピアの夕日にピンクの桜の花びらが風に揺れてとても悲しく震えていた。サクラ今年も早いなぁ~~兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待つのです。(ヤコブの手紙 5章7節)エーメン自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレー「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月30日
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【時代の流れ】エルビィスもビートルズも大人達は反発して受け入れなかった。そして流行の時代はズレて訪れた。写真家の浅井慎平さんが、今日(3/22)にラジオでこんなことを言っていた。浅井慎平さん1937年愛知県瀬戸市生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。在学中は映画研究会に所属。 1965年日本広告写真家協会賞受賞。 1966年、写真集「ビートルズ東京」でメジャーデビューを果たす。写真にとどまらず表現分野は、映画製作、文藝、音楽プロデュース等マルチクリエーターとして活躍中。7回目断食終了自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレー「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月29日
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【保羅の証し】聖書の人物友人がこのコピーを私に下さった時に、友人を含めその周りにいた人達がこの保羅(パウロ)氏の証しと同じような状況が聖書の中にも書かれていることに気が付いた。それはヨハネによる福音者11章に書かれていた。「主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女の兄弟ラザロ」のことであった。イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。 人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。 わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。 マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。 (ヨハネ福 11:39-45) エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》もし信じるなら、神の栄光が見られる・・・エーメン
2004年03月27日
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【保羅の証し】[第八章(結び:力強い伝導に対する弾圧と迫害)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)8.結び:力強い伝導に対する弾圧と迫害 後日談になりますが、この不思議な体験を通して「死から生き返った保羅(パウロ)」はその後、イエス・キリストの証人として忠実に熱心に伝道活動に従事したということである。ミャンマーの牧師達の話によると、彼は何百名もの僧侶達をキリストに導いたと言われている。彼の死んで生き返った証しは、誰も否定することのできない事実である。しかし、反対する人にとっては、イエス・キリストが唯一の救い主であり、神が人類に与えてくださった唯一の救いの道であるというメッセージに対して、これをどうしても受け入れることのできなかった。このイエス・キリストを拒絶する人々は、彼を攻撃し迫害した。彼はかつて仏教の教義に全き信頼を置き、研鑽(けんさん)と修行に全身全霊打ち込み、布教に励んできたが、しかし、生き返った後の彼は、今までの仏教の教義が根本的に間違ったものであり、多くの民族をまどわしてきたものであることを語り、多くの仏僧や仏教徒たちが仏教の教えを全て放棄して、イエス・キリストに経ちかえるうにと彼らを指導しておられる。彼の死後3日目における見聞や経験において、特に天地創造、主イエスが救い主であること、その他聖書に登場する人物等については、全く新しい知識であり、これらのことを聞いたことも学んだこともなかった。 その後、彼はこの不思議な体験を、より遠くより広く宣べ伝えるために、テープやビデオカセットを製作して伝道事業に専心したが、仏教国であるミャンマーの政府は、これらのテープやビデオカセット等を没収しすべて廃棄した。幸い読者が今読んでおられるこの「死から生き返った保羅(パウロ)」の記事は、没収を免れたものの中からテープおこしをしたものである。 ミャンマーでは今日でもこの保羅(パウロ)氏のテープを持っている者は、厳罰に処せられるとのことである。保羅(パウロ)氏は熱心にご自分の体験の証しを大胆に語り続け、このために少なくとも一度は投獄されたこともあったが、出所後はひるむことなく、伝導しておられる。政府当局は、彼の伝導活動に対しても、何をもってしても彼の口を封じることはできないと言うことであった。「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名の外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私達が救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです」(使徒の働き4章12節)「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白しあなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ人への手紙10章9、10節)「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ人への手紙1章16節) 聖書の人物に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。 (ローマ人への手紙10章10節)
2004年03月26日
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【保羅の証し】[第七章(確信に満ちた伝導と人々の驚き)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)7.確信に満ちた伝導と人々の驚き 地上では我に返ったとき、誰かが泣いているのに気がつきました。それは私の母でした。「我が子よ、我が子よ、どうして私達から離れて行ったの。」また他の人達も泣き叫んでいました。私が完全に意識を取り戻したとき、まだ棺桶の中にいることに気がつきました。そして私は体を少しずつ動かし始めたとき、最初にそのことに気がついたのは両親でした。両親は「彼はまだ生きている。生き返ってきたのだ!」と大声で叫びました。ところが少しばかり離れていたところに座っていた人達は、両親の言うことを信じることができませんでした。そこで私は両手を伸ばし、棺桶の両端をつかんでみを越し座りました。死んで3日目も棺桶の中に寝かされていた私がむっくりと起き上がったわけですから、彼らは喜ぶどころか逆にびっくりして腰を抜かしてしまいました。ある者は「鬼だ」と言ってびっくりして逃げ出し、大多数の者も同じようにその場から逃げ出しました。そこに残っていた人達は恐怖の余り声も出すこともできず、ただ震えていました。間もなく私は非常に臭い汚水の中に座っていることに気がつきました。この汚水は私の死後腐敗した体から流れ出た物です。コップ3、4杯はあったでしょうか。人々にとってこれらのことは、たしかに3日目に私が死んだという証拠になるのです。棺桶の中に敷かれているビニールは、死体から出てくる汚水が外部に流れないようにするためのものでした。多くの病気で死んだ人達は私と同じように死体が腐敗してそこから汚水が流れ出るものです。後になって分かったことですが、後1、2時間もすれば、私の棺桶は火葬場に運ばれ焼却される手筈になっていたということでした。ミャンマーの習慣では、棺桶を火葬場に運ぶ前に蓋をして釘を打ってから搬出するのです。 私の場合もその習慣に従って、両親が最後に見納めをするため、棺桶にやってきた時、丁度私が生き返った時だったのです。私はそこにいた人々に、死後3日目の間、私の魂がどこへ行っていたのか、又何を見たり聞いたりしていたのかをつぶさに語り聞かせました。 私は地獄とはどんなところなのか、またどんな人々がいるのかを詳しく話しました。私は更に今まで信じていた仏教の教えは間違いであり、真の救いに導くものではなく、救い主イエス・キリストこそ私達を救いうる唯一の神であるということを語りました。なんと我々の祖先と私共はこの仏教の教えに長年騙されてきたことか!人々は語っている僧侶が死から生きかえり、又かつては熱心な修行に励んできた僧侶であり、又指導的委員でもあったので、彼の証しは非常に説得力があり、戦慄を覚える程のものでありました。 第八章に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》私の主、私の神は、私の力 私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩まされる。(ハバクク書3章19節)
2004年03月25日
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【保羅の証し】[第六章(新しい名の宣教命令)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)6.新しい名の宣教命令 ペテロは私に次のように言いました。「さあ立ち上がりなさい。あなたは元来た所に帰りなさい。そして次のように人々に言いなさい。「もしあなたが今まで通りお釈迦様や偶像を拝み続けるならば、その罪のために死に、必ず地獄に行かなければなりません。」更に「イエス・キリストを救い主として信じなければ救われるチャンスを失い、最後に地獄にいかねばならないのです。」と再度警告しました。ペテロは続けて次のことを話ました。あなたは地上に戻ったら、あなたが地獄と天国で見たこと、聞いたことをことごとく人々に語らなければなりません。そして、これから「保羅(パウロ)」(新しく生まれ変わったの意)という新しい名前と身分をもって奉仕をして下さい。 最初ペテロに帰るように言われましたが、帰りたくありませんでした。天国にそのまま住みたかったのです。そこへ二人の天使が私の方へ近づいてきて一冊の本(天国住民名簿)を取り出し、私の名前を調べてくれました。私の幼名は「帝兵(ティペン)」又、僧侶名は「ユウナタパニタヤセントリヤ」でしたがその天使の名簿の中にはありませんでした。そこでペテロは言いました。「ほら、あなたの名前はないでしょう。だからあなたはひとまず地上に帰り、あなた自身がイエス・キノストに立ち返り、そして家族、親族、友人更に同胞にイエス・キリストが救い主であることと、その恵みを語らなければなりなせん。」私の名残り惜しかったのですが、ペテロの言葉を受け入れてもとの道へ帰ることにしました。道すがら、あの最初聞いた美しい歌声がずっと聞こえてきました。ペテロは私が地上に着くまでずっと見送ってくれました。 地上に戻る途中に見たことですが、天国から一つの長い梯子が空中におろされていて、多くの白い衣を着た人達が忙しそうに上がり下がりしていました。そこで私はペテロに聞きました。「彼らは誰ですか」ペテロは「彼らは神に仕える天使達です。地上のクリスチャンや、未信者のことを神様に報告しているのです。」そして地上まで送ってくれたときにもう時間ですからと言って帰って行きました。 第七章に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月24日
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【保羅の証し】[第五章(天国に入る道が見えた!)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)5. 天国に入る道が見えた! 私は回れ右をしてクリスチャンの道に向かって歩き始めました。約1時間くらいこの細い道を歩いて行きますと、純金でできた道に変わりました。その道の色は透きとおっていて、あたかも鏡が私を映し出しているようでした。ふと気がつくと、私の目の前に白い衣を着た一人の人が立っていました。更に気がつくと、どこからか美しい歌声が聞こえてきました。彼らの歌声は、この地上のいかなる美声をもってしても比較にならないほど美しいものでした。ところで、この白い衣を着た人が、私に着いて来るようにと言いました。そこで私は「あなたの名前は何ですか」と聞きますと、ただ微笑むだけでした。6度目にやっと彼は口を開いて「私は天国の鍵を管理する者です。天国は大変に美しいところですよ。しかしあなたは今は入ることができません。あなたが悔い改めてイエス様を信じ、神に立ち帰るならば、この世を去る時に、天国に入ることができるのです。私の名はペテロです。」と答えてくれました。ペテロは私にここにお座りなさいと声をかけてくれました。そして彼は北の方を指差して見るようにと言いました。彼は北の方を指差して、神さまがどのようにして人間をお造りになっつつたかを見なさいと言いました。私が見ていると、全能の神が天使に向かって話しているのが見えました。神様は「さあ、我々のかたちに似せて人間を造ろう」と言いました。すると天使は「どうか人間を造らないで下さい。何故なら人間を造ると、あなたを悲しませ、彼らは決してあなたに栄光をお返しすることがないからです。」しかし神は喜んで人間を造り、命の息を吹き込みました。そして人は生きた者となり「アダム」と名づけられました。(仏教ではこの世界と万物が神によって創造されたことを信じます。) 第六章に続く・・・6回目断食終了自衛隊イラク派兵反対ハンスト・リレー「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月23日
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【保羅の証し】[第四章(天国と地獄の分かれ道に立つ)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。) 4.天国と地獄の分かれ道に立つ 私は平原に向かって歩き始めた。かなりの時間を歩き続けたので全身熱くなり、足底の皮は破れ、血が滲み出し、大変な痛み感ずるようになりました。それが多分3,4時間は歩いたでしょうか。まもなく広い道にさしかかりました。この道をどんどん歩いて行くと、分かれ道のあるところまでやって来ました。左側は広い道で右側は細い道でした。その分かれ道の標識には「左側はクリスチャンでない人の道、右側はクリスチャンの道」と書いてありました。私は広い道に心を引かれ、クリスチャンでないということもあって、この道を歩くことにしました。私の前方300メートル位のところを、二人の旅人が歩いておりました。私は彼らと同行しようと思って、彼らを追いかけましが、しかしどんなに急いでも彼らには負いつくことができませんでした。私はふと思いました。この道はどこまでつづいているのだろうか。むしろ私は先ほどの分かれ道の標識まで戻った方が良いのではないだろうか、そしてそこから彼らの行方を確認しようと思いました。ちょうどその時です。あの前方の旅人が突然に何者かに刺され、断末魔の悲鳴をあげたのです。私も彼らにつられて、大声で悲鳴をあげました。そして私もこの道を歩いて行くと同じ危険にさらされるに違いないと思いました。 第五章に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月22日
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【保羅の証し】[第三章(恐ろしい地獄)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)3. 恐ろしい地獄 この地獄の王は、私に地獄の中をよく見るようにと促しました。私が地獄を見ていると、オレンジ色の衣装を着た人物が見えました。私どものミャンマーでは、僧侶が一般的に愛用する衣装でした。その人の頭は丸坊主でした。そしてよく見ていると、その方はなんと1983年、あの交通事故で亡くなられた私の恩師であり名高い「 帝扌立(ユウツァティラ)」老師でした。 私は驚いて闇羅王(さんらおう)に「どうして皆から尊敬され、重んじられている偉大な老師がこのような火の中で苦しまなければならないのですか」と聞きましたところ、「彼は確かに人間的には立派な偉大な老師ですが、真の救い主であるイエス・キリストを信じなかったのです。それで結局、ここに来ることになったのです。」 それからもう一人の人を見るようにと言われました。その人を見ると、頭の左側を長い髪でくるくるとくるめ、伝統的な僧侶の衣装を着ておられました。闇羅王に「この方は誰ですか」と聞きますと、彼は高笑いをして「この人はあなたがたがこぞって拝んでいるお釈迦様です。」と答えました。その時私は大変なシュックを受けました。何故なら彼は悟り(さとり)によって煩悩(ぼんのう)や病苦や一切の苦しみから解脱したはずであり、ここ(地獄)に来るべき人ではなかったからです。そこで私は声をあらげて「お釈迦様は修行を積み、論理道徳的に立派な人ではありませんか、なぜ地獄に落とされたのですか。」と抗議しました。すると地獄の王は「どんなに皆から立派な人であると尊敬されても、真の神であり、全能の神を拒絶し、信じなければここ(地獄)に来なければならないのです。そういうわけで彼はここにいるのです。」 次に私は軍服姿の人を見ました。彼の胸には大きな傷跡が見えました。私は「この人は誰ですか」と聞きますと地獄の王は「彼はミャンマーの翁山という偉大な改革者であり将軍です。」と答えました。更に地獄の王は「彼は多くの罪を犯したのです。その中の一つは多数のキリスト者を殺害したのです。又キリストの救いを受け入れなかったので、ここに来ているのです。」と答えました。更に地獄の王は語り続けました「ミャンマーの諺では軍人は永遠に死なない、彼らは長らく行き続ける、とありますが次のように改めなければなりません。軍人は永遠に死なないが、永遠に地獄で生き続ける。ということです。」 更に私は地獄の中にもう一人の巨人を見ました。彼はよろいとかぶとを身にまとい、手に長い刀と盾を持っておりました。顔の眉間には傷跡がありました。その身丈は非常に大きく、いまだかつて見たこともない大男でした。腕の長さは普通の人の5,6倍くらいあり、指の長さは2倍以上ありました。地獄の王は、この男の名前はゴリアテですと言いました。彼が地獄に来た理由は、永遠の神の聖名とその僕ダビデを冒涜したからです。私はゴリアテとダビデについては全く知りませんでした。地獄の王は「このゴリアテとダビデについてはキリスト教徒が読んでいる旧約聖書の中にあります。今あなたは彼らを知らないけれども、あなたがキリスト教徒になればいずれ分かることでしょう。」 そこへもう一人の地獄の王がやって来るのを見ました。更にもう一人の生き物を見ました。この生き物の仕事は地獄の火の池を燃やし続けることです。この生き物が私に言いました。「あなたもこの地獄に住みたいですか?」私は慌てて返事しました。「いいえ、私はただここに見物に来たのです。」と。この生き物を見ると大変恐ろしく、頭に十本の角がありました。手に持っている槍の先端には七つの鋭い刃物が見えました。するとこの恐ろしい生き物は言いました。「ごもっともです。あなたは許可を受けて、ただ見物に来ただけであり、あなたの名前は地獄の名簿にはありませんので、元来た道へ帰った方が良いですよ。」と言って、あの平原の道に行く方向を教えてくれました。 第四章に続く・・・ 「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月21日
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【保羅の証し】[第二章(私を決定的回心へと導いた幻)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)2. 私を決定的回心へと導いた幻前述致しましたに、退院後お寺に戻って参りましたが、同僚の僧侶に一生懸命看病していただいたのですが、病状は悪化する一方でした。 体力は極度に衰弱し、昏睡眠状態に陥りました。心臓は止まり、完全に死んだのです。間もなく屍体は腐敗し異臭を放ちました。 地方、お寺では私のために洗浄の儀式を行い、火葬するための準備をしておりました。 ところで不思議なことですが、私の体は死んで屍体となり、既に腐敗し始めていたのですが、私の魂は、はっきりと目覚めていたのです。そして私はよく分からないのですが、私は大きな嵐の中を通され、周りの草木は皆打ち倒され、広い平原になっている情景をみたのです。 私はその平原の中を一人急ぎ足でかなりの時間歩きましたが、そこには何も見当たるものがありませんでした。 さらに歩き続けて行くと、前方に河があり、その手前に恐ろしい火の池がありました。(仏教の経典の中にはこのような火の池についての教えはありません。) はじめは意識がもうろうとしていて、私がどこにいるのか良く分かりませんでしたけれども、私は闇羅王(さんらおう)(地獄の王様)に会ったときに始めて私が地獄にいることが分かりました。 彼の顔と体はライオンのようであり、足は妖精の足のようでありました。彼の頭の上にはたくさんの角があり、その顔は恐ろしい形相をしており、彼を見たとたん、恐ろしさで全身が震え上がりました。そこで私は勇気を振り絞って「あなたは誰ですか」と聞きました。すると彼は「私は地獄の王(破壊者)である」とこたえました。 第三章に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月20日
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【保羅の証し】[第一章 (個人のプロフィール)]ミャンマーの死から生き返った僧侶(そうりょ)の証し天国と地獄の体験記 保羅(パウロ) 以下の 保羅(パウロ)氏についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。(私は、上記コピーを友人から頂きました。)1. 個人のプロフィール私の名は「亜帝、藩、新陶、保羅(ヤテイ、ファン、シンタウ、パウロ)」と申します。ミャンマー出身です。これから私は私の身の上におこった実話をお証ししたいと思います。私は1958年、ミャンマーの三角州(さんかくしゅう)の波加市(はかし)というところに生まれました。 私の両親は、多くのミャンマー人と同じように敬虔(けいけん)な仏教徒でした。私の幼名は「帝兵(ティペン)」(樹木の意)でした。18歳の時に出家して両親に伴われ、お寺での修行生活に入りました。ミャンマーでは多くの両親たちにとって、子供を出家させることは喜びであり、光栄なことなのです。我々の国では何百年もこのような出家の伝統を守っております。 1977年、私が19歳と3ヶ月が経過した時に正式な僧侶になりました。私の所属しているお寺の住職の名前は「 帝扌立(ユウツァティラ)」でした。 彼は当時のミャンマーの僧侶の中で最も有名な僧侶であり、学識的にも、人格的にもすぐれた人物であり、彼の名を知らない者はいない程有名であり、尊敬されておりました。残念ながら私が出家して6年目の時でした。この名高い僧侶が突然交通事故で死去し、多くの人々は大変なショックを受けました。その後、私は全身全霊修行に打ち込み、墓場に住み、座禅の瞑想にふけりました。 わが国では、純粋で求道的な僧侶であれば、私と同じ修行をするのです。 時には人里を離れた山奥の森林で自我を殺し、無我無欲の人間になるために修行を続けるのです。 そう言うわけで、私も自我、自欲、痛苦そして輪廻の鎖から解脱すること願って修行に励みました。 私の墓場での修行中のことですが幽霊を恐れることもなく、無我と平安の境地に達したいため、蚊に刺されても殺すこともなかったのです。 何年か修行を積みました。私は極力自分を立派な本当の良い敬虔な僧侶になるためにどんな生き物も殺しませんでした。 又、仏教徒の先達者たちの仏典を読み、理解しようと努め、我が身の健康も省みず一心に修行に励んだため、ついに病気になりました。その後、お寺に戻り、お寺の門徒のお世話により入院しました。検査の結果、黄熱病とマラリアを併発しててることが分かりました。その病院で一ヶ月余り入院しましたが、病状は益々悪化し、医者は退院を勧め、死後の用意をするようにとのことでした。 以上が私の身に起こったあらましです。これから私は退院した後にとても不思議な体験をいたしましたのでお証し致します。 第二章に続く・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月19日
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【ホームセンターでの怖い出来事】今日(3/17)妻とホームセンターに買い物に出かけた時のことだった。妻と家具を見ていると、私の後ろをブツブツと何かを言いながら通り過ぎる叔母さんがいた。人にハッキリと聴こえる声でブツブツと言っているので、その声は自然と私の耳に入ってきた。叔母さん「高いはネ」(私は価格の事だとその時は思っていた。)叔母さん「高いのよ、高すぎるのよ、頭ぶつけるでしょ」叔母さんは私の事を言っていた。そして駄目押しで「高いと危ないわよね」と私に目線を投げかけた。やむなく私はニンマリと笑いその視線を避ける。すると叔母さんは別の棚の方に向きを変え遠ざかって行った。少し離れている所に居た妻が「何」と聞くので、その事を話していると、その場に叔母さんが戻って来た。今度は妻の前をさり気なく通って・・・「スマートね」(妻、ニッコリと笑いがこぼれる)ガ!!!叔母さんは続けて「痩せてるわ」「痩せ過ぎよ」「食べるもの食べてるのかしら !!!」 「栄養失調」妻の顔色が変わって俯いて(うつむいて)小さい声で・・・「よけいなお世話さまよ」と凄味の入った口調で言った。(台湾出身の妻はこんな時についつい「さま」が付く。)そして、その内に大きな声で笑い出してしまった。(あまりに御節介な変な叔母さんだったからだろう???)それから暫らくして会計に向かう私達の背後に叔母さんが又も、くっ付くようにブツブツ言いながら歩いている。今度はあまり聞き取れない言葉で・・・でもこれだけが聞き取れた。「高過ぎて邪魔なのよ」と・・・痛い視線が背後にあった。ホームセンターを出る時に、妻と「何をあんなに怒っているのだろう???」と言い、彼女の怒りに祈り、私達の無事を感謝して神様へとお祈りを捧げた。エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月18日
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【ヘレンとサリバン】今、妻が子供達にヘレンケラーの本を読んで聞かせている。サリバン先生がヘレンを教育し始めた日は、三月三日、くしくも耳の日なのだよ・・・ヘぇ~~~サリバン先生は精神病院に入っていたのだよね???クリスチャンになって病院を退院して、ヘレンを教えることになったのだよ・・・と話している。知能障碍を持つ娘に「彼方は目も耳も正常なのだから頑張らないとネ」と励ましの声を掛けながら・・・そう言えば聖句の「御言葉カルタ」を作って障碍を持つ子供に文字を教えた人が居たよなぁ~~~とハラヘリホロハへの断食の中で思っている。聖書の聖句は外国人が日本語を憶えるのにも、ひらがなもふってあるし発音も綺麗に憶えられるのだそうだ。神様の御業ここにもあり・・・かな!!!「2004-03-15」三桁の体重が断食に耐えている日・・・もう少し痩せなければ・・・早く二桁になりた~~~~イ(妖怪人間じゃ無いよ・・・)祈って エーメン本日ハンスト断食実施中ハンスト・リレー後数時間でバトンタッチ・・・「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月16日
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【ミカンと格闘】長男四歳がお爺ちゃんにミカンを剥いて(むいて)いる。お爺ちゃんが大好物だからと、夏みかんかポンカン程に厚い皮を必死に剥いている。力(りき)んでは溜息(ためいき)を漏らして「フッハー」と言って、気合を入れて指を立てては、やっと少し剥けて行く。フレッシュで甘酸っぱい香りがスパークリングワインの気泡のように回りに飛んで弾け(はじけ)散る。まるで煌めくダイヤモンドダストが淡く消えるように・・・そして長男は小さな声でお爺ちゃんにおねだりをしている。「あのね!!! また・・・セミのぬけがら見つけてネ」と・・・ミカンの皮がやっと剥けると、長男は「やったぜ~~」と一声、奇声を発してから何故か「オンリーワン♪♪♪」の歌を歌いだした。本日ハンスト断食実施中ハンスト・リレー「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月15日
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【マドルガーダNO.2】聖霊満たす 空一杯に夜が白々と明けてくる主の囁き(ささやき)が 地を静かに満たし山も海も歌いだす朝露に目覚める主の僕達(しもべたち)祈りと賛美が天に響き渡る 喜び溢れて降り注ぐ 蒼く月は 謙遜(けんそん)に空に溶け往き(ゆき)主の便り(たより) 愛に潤うハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレル白い綿雲 土の溜息(ためいき)真ったき愛の 誠に満ちて主の香り 湧き立ち昇る草花も主の愛に 心開き色鮮やかに 心彩り(いろあざやかにこころいろどり)陽の光に祈り捧(ささ)げる ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ アーメン新しい未来 新しい生命 力強く漲らせ 主を誉め讃え歌う君を愛する 主の愛が闇を砕いて光を照らす天を仰ぎ ハレルヤ 歌い主の栄光に導かれて 愛に抱かれる平安が大地を呑み込み 我等は共に賛美し歌う 愛するおかた主イエスの愛 救い主の愛を愛の拳(こぶし)天に握り締めて歌おう振り翳して歌おうハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ グローリア ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ハレルハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ アーメンクリスチャンコミュニティー&キリストグッズ[ベテスダ・柏] [マドルガーダ]ブラジル語で,夜明け,夜が白々と明ける4時頃, 神の声が聞える時間の意味だそうです.「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月13日
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【イエス様の四十日とカーニバル】さて、イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。そこで、悪魔はイエスに言った。「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。 更に、悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。だから、もしわたしを拝むなら、みんなあなたのものになる。」イエスはお答えになった。「『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」そこで、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて言った。「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。というのは、こう書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じて、あなたをしっかり守らせる。』また、『あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える。』」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』と言われている」とお答えになった。悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。(ルカによる福音書 4章1~13節) この前ある人からこんな事を聞いた。カーニバル(サンバカーニバルなどエトセトラ)はこのキリスト・イエスの四十日間の艱難(かんなん)を祝うお祭りなのだと、主イエスはこの荒野でも主の試み(こころみ)を喜んで受け入れていた。(神様が赦したから悪魔はイエスの誘惑を荒野で試みた。 !!!)そして喜びと感謝を持って悪魔の誘惑を退けて(しりぞけ)たと・・・だからそれを祝して踊るのだと言っていた。ハレルヤ・ハレルヤ・ハレルヤ・エーメンポニューマ吹き込みラッパを鳴らそう・・・--------------------------------------------------------(ポニューマ ←← 息・霊)「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月12日
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【僕の手と娘の手】体格がデカイ僕は、手も皆が見て「大きい」「デカイ」とよく言われる。妻などは僕のこの手を見ては、ゴリラの手だとふざけてもらす。数日前のことだった・・・そんな僕の手に長女が自分の手を這わせて(はわせて)きた。すると・・・長女の手 ???「デカイ」「大きい」!!!中学生だというのに、僕の手と殆んど(ほとんど)かわらない歩度の大きさだ・・・指がとても長いのだ。それを身近に見ていた妻は、それから長女の手を見るたびにチンパンジーの手だと言っている。ウッキッキッキッキキキキキキキ・・・・・親子ダネ !!!はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。 (マルコによる福音書 10章15~16節)エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月11日
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【プロスクネオン】艱難(かんなん)の中の喜びの狭き門を通りハルラルの青空に抜ける底知れぬ沈黙(ちんもく)と出会い地を這う(ちおはう)風は草花を揺らす木々はおどけてそれを見下ろし宴(うたげ)の声が耳元を掠める(かすめる)地の唸り(うなり)が大空に昇りプロスクネオンの接吻(くちづけ)をする光が影を呑みこみ鳥が土(つち)を離れて宙(ちゅう)へと舞い上がる落ち葉が転げ回って枯れはと昔を語り・・・あなたはそれをそっと見守る--------------------------------------------「ハルラル」←←ハレルヤの言語、神様を褒め称える 賛美「プロスクネオン」←←ギリシャ語らしく、自らを 低くして神様の前に出る 敬拝賛美(けいはいさんび)の 意味があるらしい!!!「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月09日
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【コップ一杯の水】今日(3/8)、自衛隊イラク派兵反対ハンガー・スト・リレーで参加四回目を迎える断食をしている。そんな中、昼食代わりのコップ一杯の水を見詰めながらこんなことを思っていた。この目の前にあるコップ一杯の水ですら、今この世界では、中々飲めない人達がいる、口にも出来ずに餓死して行く人もいるのだと思った。一つの傲慢な欲深さが人を衰頽(すいたい)させ末梢(まっしょう)していると思えて、何だか辛い味がした。その大昔、エデンの園では、目が届かないほどに広々とした大地に所狭しと、言わんばかりの食べ物が熟して実っていた。そこには欲も苦も無く恵みだけが、たわわに豊富(ほうふ)に溢れ(あるれ)ていた。その神からの豊かな恵みを、人間は傲慢な欲深さから踏み躙って棄ててしまった。そんな話しを妻にすると・・・妻は「宿命(しゅくめい)ね・・・!!!」と一言って美味しそうに昨日の夕食の残りの散らし寿司をパクッと口に入れた。イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。(ルカによる福音書 4章4節)まだまだ遠いなぁ~~~神様、哀れみお助け下さい・・・エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月08日
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【ヒュポメノー(忍耐する)】強い信者は、弱い人々が成長するために忍耐を学ばねばならない。ギリシャ人たちは、苦しみ、困難の元に留まるという意味で、下に(ヒュポ)と留まる(メノー)を合わせて、忍耐する(ヒュポメノー)という言葉を作った。エーメン兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。(テサロニケの使徒への手紙1 4章13~18節)エーメン強い信者は、弱い人々が成長するために忍耐を学ばねばならない。ギリシャ人たちは、苦しみ、困難の元に留まるという意味で、下に(ヒュポ)と留まる(メノー)を合わせて、忍耐する(ヒュポメノー)という言葉を作った。エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》
2004年03月06日
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【最近あった怖い証し】(ストレス性ホームシック)ある人のお証しから・・・ある海外からのご夫婦がある日、喧嘩(けんか)をしたと言う。喧嘩の内容は「なぜ今、私達は日本で頑張るのか???」と言うことだったらしい。言ってみれば、誰でも生活環境の極端な変化に引き起こるストレス性ホームシックとでも言うのだろうか!!!(日本では四季があるからこの寒い時期は特に起こることかもしれない・・・)そして夫婦の喧嘩も一段落して床に着こうと乳飲み子にミルクを飲まして寝かせていたと言う。今日に限って子供は中々寝付かない!!!不思議と寝付かない!!!いつもなら一本作ったミルクを飲ませれば寝るところが、その日はどうしても寝ないので二本目のミルクを作りに夫婦は二階から一階に再び下りたと言う。すると・・・臭い???部屋中が臭い???ガス・・・夫婦は慌てて窓を全開した。そして旦那さんが私達にこう話しを進めた。「神様は私達の信仰を強めて下さいました。喧嘩の時に私は神様が間違った行いでこの地に私達を置いたのだと思って神様を野次り(やじり)罵り(ののしり)ました。でも神様は子供を使って私達家族を生かしてくれました。」と・・・聞いていた私達は「そうだよなぁ~~~」「そうじゃ無ければ今頃ここにいないよなぁ~~~」と笑い事にしたけれど、当人の真剣さと信仰の回復は決して曖昧(あいまい)なものでないことを私達は知っていた。エーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》「ベテスダ・柏」はに参加しています
2004年03月05日
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【謝栄村の解体】台湾茶房「謝栄村」(シャローム)の解体作業が刻々(こくこく)と時を刻んで(ときをきざんで)忍び寄って来る。虚しさ(むなしさ)と儚さ(はかなさ)がシンクロして押し寄せる。料理・ビジョン・・・一つ一つのコンテンツは改めて見詰め直しても自負するほどに良いものが整えられていた。ただ幾人かの人間(出資者)の集いが自ら自我の抑圧(よくあつ)に耐え切れずに崩壊(ほうかい)を招き入れたのかもしれない???頭の隅に、私は今になって思えばこのような事が思い掠め(かすめ)られる。それは、ある日のことだった、お店の窓から下を通る人の流れを何気に見ていた。寒い日で、ビル風が強く人の流れが疎ら(まばら)で、風が冷たいのが目にも感じる日だった。私はこの聖句を何故か頭に描いてビルの谷間を見下ろしていた。やけに黒々とした色に見えるアスファルトを見下ろしながら・・・はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。 (ヨハネの福音書12章24節)そして思ったイエス様も死んで甦られたと・・・それは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言っておられたからである。 (マルコの福音書 9章31節)そしてその聖句がその時の雰囲気(波長)にマッチしオーバーラップしていたのを覚えている。約六ヶ月で台湾茶房「謝栄村」は幕を下ろした。ゴスペル伝道やキャロリング、洗礼者も授かって主の誠の光を放ちって消えたと今は信じたい・・・三日の後に復活すると信じてエーメン「謝栄村」ホームページ《台湾銘茶・他・予約受付中》「ベテスダ・柏」はに参加しています
2004年03月04日
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【人類の破壊】人類が破壊を招く(まねく)動物達は捩じ伏せ(ねじふせ)られて、生き場所を失う森林は命を奪われ(うばわれ)赤い砂地へと変わりゆき海が汚染(おせん)に寿命(じゅみょう)を縮める空は口を開き人類を罵る(ののしる)が声を聞くものは居ない恵みの言葉も時代の流れに風化(ふうか)して欲望と呪いが世に蔓延る(はびこる)盲人(もうじん)と聾者(ろうしゃ)が語り合い神を求める神はあなたを赦すだろう愛を持って赦される親が子の失敗を赦すように叱り付けても赦すようにあなたは天に引き上げられて罪深い我が身を知る天の父の誠の愛を知るエーメン「謝栄村」ホームページ《飲茶・台湾高級銘茶・好評予約受付中》「ベテスダ・柏」はに参加しています
2004年03月02日
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【乱吉】今日(3/1)の私は、自衛隊イラク派兵反対ハンガー・スト・リレー・マラソンに3回目の参加で断食中です。子供達が「おはよう」と元気な声で起きてきます。その声に平和のありがたさを感じます。昨日の夜に頭痛がして風邪薬を飲んだ私が、今日の朝に汗を掻いているのを妻が気に掛けて少しでも水分だけは取った方がよいと、薄い食塩で白湯(さゆ)をコップ一杯作ってくれていました。そのコップの水を飲み始めると 保育園に通う息子が来て「今日のパパは乱吉(ランキチ)だね !!!」 「今日のパパは乱吉、頑張ってね !!!」と私を気遣うように声を掛けてきます。 「ランキチ???」何だろうと思っていたら、どうも断食(ダンジキ)の事を言おうとしているようです。化学兵器や細菌兵器、核、飢餓、ウィルス・・・子供達の時代はこれからどうなるのでしょうか??? 欲に押し流され先を見ない「乱吉くん」には為りたくないものです。天の御心を狂って求める「乱吉くん」になれたらと・・・今日は祈って・・・エーメンもし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱したりしてはいけません。 (ペテロの手紙一 3章13~14節)エーメン「謝栄村」ホームページ《飲茶・台湾高級銘茶・好評予約受付中》「ベテスダ・柏」はに参加しています
2004年03月01日
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