聴くところによると、この時代(1959年です)のチェットはヤクでラリルレロ状態だったため、プロヂューサーのオリン・キープニューズがコンセプトの企画からサイドマン召集まで全てお膳立てしたらしい。そもそもチェットの本籍はパシフィック所属である。ジャケ裏にも"CHET BAKER appears through the courtesy of WORLD PACIFFIC RECORDS"と書いてあるではないか。主役が借り物のレコードセッションというのも珍しいわなー。つまりは、所属レコード会社に見捨てられていたチェットをキープニューズが拾ってきたということだろう。