貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2012/07/21
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賑やかな様子に、拓人(たくと)は目を丸くした。拓人に気がついた若い盾が、拓人の席を作って座らせてくれた。他の者が肉や野菜を山盛りにした皿を勧めた。豪快な焼肉にかぶりつきながら、拓人は不思議な幸せを感じていた。彼らがあまりにも自然に拓人を受け入れてくれたからである。まだ屋敷に来て日が浅いのにも関わらず。それでいて馴れ馴れしすぎる不快感はない。真彦(まさひこ)や柚木(ゆずき)と同じ”お屋敷の大事な子供”として扱ってくれる。
「何だ、もう来てたんだ」
真彦を連れた柚木がやって来て、拓人の隣に座った。程好く酔いの回った赤い顔をした陽気な五瀬(いつせ)が、後から来た子供達に肉を刺した串を持って来た。真彦は普段の行儀の良さを忘れたかのように、うれしそうにかぶりついた。柚木も同じだった。軽口を叩く者、歌う者、踊りだす者も現れた。芸達者な者が多かった。村に伝わる歌や庭掃除の箒を持ち出して剣舞をやり出す者もいた。拓人は自分が屋敷の住人として認められている喜びに満たされていた。

竹生に助けられた次の日から、拓人は屋敷から外へ出ないようにした。そのかわり、屋敷の内部に目を向けた。台所の津代の手伝いを始め、伴野(ばんの)の庭仕事も手伝った。津代は困惑して言った。
「拓人様、勿体のう御座います」
「いいんだよ、俺は居候なんだし」
拓人は茶碗を洗いながら言った。
「家事はずっと俺がやってたんだ。お袋がずぼらだったから」


数日後、拓人は再び朱雀の書斎に呼ばれた。
「私は使用人にする為に、お前を引き取ったのではない」
朱雀は言った。安楽椅子に腰を下ろした朱雀の眉のあたりに不機嫌な気配が漂っていた。あえてそれを隠さない事が、拓人に心を開いている証しと受け取れた。朱雀の前に拓人は背筋を伸ばして立っていた。
「俺には柚木みたいな力はない。家事の手伝い位でしか恩返し出来ないよ」
朱雀が表情を和らげた。
「お前は柚木が羨ましいのかね?」
「ああ、羨ましい。あいつは生まれた時から選ばれた人間で、将来の目標がある。真面目で熱心で、その為に努力してる」
「柚木は、お前を馬鹿にしたかね?」
「しない。あいつは誰でも真っ直ぐに見るんだ。俺みたいなレベルの低い人間でも」
「レベル?」
「この屋敷に来て、俺は思い知ったよ。俺には特別な才能も何もない、平凡な人間だ」


「必要以上に自分を卑下するな」
深く豊かな声には拓人への愛があった。
「いきなり複雑な環境にお前を置いてしまって悪かった。この屋敷に馴染めぬなら、他の住まいを探そう」
驚いて拓人は朱雀を見上げた。
「そうじゃない、俺はここが好きだ。柚木も真彦も、百合枝さんも紫苑も、それから津代も桐原も伴野も、それから、それから・・」

「あせるな、少しずつでいい。お前は良い子だ」
「貴方は、僕をちゃんと見てくれるんだね」
「当たり前だ。引き取った以上、責任を放棄するつもりはない」

拓人は言った。
「貴方を、親父と呼ぶ事にするよ。俺の人生の先輩で、教師である貴方を、そう呼ぶのがふさわしいと思うんだ」
朱雀は片方の眉を上げた。
「うむ、実に新鮮だな」

(後でその事を朱雀から聞かされた百合枝は「じゃあ、私はお袋になるの?」と面白がった)

「進学の事だが、目標は決まっているのかね?」
拓人は目を伏せた。
「まだ」
元々、進学は諦めていた。母親の稼ぎで大学に行くのは無理だったし、母親も早く拓人に職について欲しがった。
「明日から和樹の仕事を見学させてもらうといい」
「和樹さんの?」
「お前が興味を感じる分野が見つかるかも知れない。見つかったら、大学で何を専攻すべきか、和樹に相談するといい」
「和樹さん、忙しいのに悪いよ」
朱雀は微笑した。
「あの子はお前の兄なのだよ、悪い事などあるまい」
「だったら、そうしたい」
「お前はまだ子供だ。もっと甘えて良いのだよ」
朱雀は悪戯っぽい目をして付け加えた。
「勿論、悪さをした時は、お尻をぶつぞ」

(つづく)





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Last updated  2012/07/21 08:39:23 PM
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