貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2012/09/11
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「キミの弟の様子はどうだね、専務」
「いつも面倒な事は僕に押し付けるんですね、社長」
そう言いながら、和樹には嫌がっているそぶりはなかった。

すっかり専務が板についた和樹は、仕立ての良い背広を小粋に着こなしていた。自信に裏打ちされた穏やかな様子には、もはや朱雀に抱き付いた気弱な子供の面影はどこにもない。だが二人の絆は今も変わる事はなかった。和樹は朱雀の机に腰を下ろし、手にした書類をぽんと朱雀の前に投げると、砕けた笑顔を見せた。そして事務的な口調も捨てた。

「面白いよ。良い刺激になるよ」
「お前の跡を継げそうかね?」
「可能性はあると思う」
「慎重だな」

「それが一番良いだろう」
「あの子が”村”を受け入れる気持ちになったのならいいけど」
「問題は母親だ。それが柚木を頑なにしている」
「そうだね」

柚木の育ての父親の忍野(おしの)が、とある誤解から村中から糾弾された時、母親の真理子は夫である忍野をかばう事をしなかった。後に忍野の件は誤解と判明したが、忍野は帰らぬ人となった。柚木は母の態度を許さなかった。それが柚木の心の大きな傷となり、彼が故郷を出るきっかけとなった。

「拓人の問題は、実の父親だ」
「今、調べさせているよ」
朱雀は微笑した。
「私の息子達はそろって優秀だな」
和樹も微笑した。
「百合枝さんは、良いお母さんですから」

「何よりも彼女は良き妻だ。私の最愛のな」
朱雀が微塵も動じる風もなく切り返したので、和樹は声を出して笑った。
「まだかなわないな、お父さんには」

和樹の下で、拓人は、仕事や会社経営について、身につけるべきマナー、教養その他、沢山の事を学ぶようになった。佐原の村の事も教えられた。それが真彦との親密さを増す手助けになった。柚木以外に初めて歳の近い人間と身近に接するようになった真彦は、次第に子供らしさを取り戻し、笑顔を見せるようになった。それだけに、拓人が海外の大学への進学を決めた時の落胆は大きかった。
「休みには戻って来るよ」

「むこうの美味そうな菓子、送るよ」
「子供扱いするな」
真彦はむくれた。そんな甘え方も以前の真彦ならしなかった事である。
「何だよ、真彦。僕がいるんだぞ」
柚木は拓人が羨ましいと思ったが、自分が真彦の側を離れるべきではない事も解っていた。拓人が続けた。
「そうだよ、柚木はいるんだ。それに電話ならいつでも話せるしな」
「僕、電話は大嫌い」
真彦はますますむくれた。

拓人は思いついた。
「真彦、夢の力を使えば、離れていても俺と話せるんじゃないか?」
真彦はふくれっ面のままだった。
「出来るけど、むやみに力を使うなと、お父さんに言われてるんだ」
「そうなんだ」
ふと柚木は風を感じた。風は屋敷の最上階から来ていた。
(竹生様・・)
柚木は言った。
「大丈夫だよ、真彦。無駄な事じゃない。これは僕らにとって必要な事だ。僕が一緒にいるから、『奴等』が嗅ぎつけても、僕が守るから」
柚木は天を仰いだ。
「竹生様がいらっしゃる時なら、きっと平気だよ」
真彦は笑顔になった。真彦も天を仰いだ。
「ありがとう、竹生」

拓人も顔を上げた。その脳裏には、自分に手を差し伸べた神のごとき稀有なる美貌が、白く浮かんでいた。

(つづく)





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Last updated  2012/09/13 05:49:04 AM
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龍5777 @ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
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