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Chapter 1- 1
ゴミ収集業者の車の操業音が遠くから近づいてくる二丁目の歓楽街、ゴミ袋に埋もれて気を失っている若い男に、5つばかり年かさにみえるもう一人の若い男が声をかけた。
あちこちで電線のカラスが呼応しあい、高く上った陽がビルの谷間にやや短目の影をつくっている。
座り込んでいる男は20代半ばかそれより若いくらいで、目の横や口許にあざをつくり、髪はくしゃくしゃに乱れていた。シャツのカフスピンは外れ、胸元のボタンもかろうじて二つ三つが留められているだけで、少し離れた路上に、ポケットチーフのはみ出たスーツの上着が放られていた。
「おい、立てるか?」
うっすらと目を開けたのを認めると、言葉を続けた。
「お前、何、やったんだ。」
徐々に意識を取り戻し、状況を把握した若い方の男は、自嘲気味にふっと軽くせせら笑うと、差し出された手に掴まった。
「オンナのことで揉めて、袋叩きだ。」
汚れて皺くちゃにはなっているものの、一見地味そうな黒スーツは、ところどころ光の当たり具合によってラメが輝き、シャツの襟の形は微妙に凝られていた。襟元や袖口にちゃらちゃらとアクセサリーが見え隠れし、きれいに手入れがなされた指にシルバーの指輪を嵌めたその姿は、生業を想像させるには十分だった。
「ついでに、オンナのところを追い出された。」
なんとか立ち上がった男は、前かがみになって軽くズボンをはたくと、顔だけ男の方に向けながら視線を下から上へ流すようにして、もう一方の男の瞳を捕らえた。
一階が店舗になっている雑居ビルの階上の、事務所か住居か判らない様な部屋が、声をかけた男のねぐらだった。
若い方の男は、シャワーを借り、傷の手当てを済ませた。
柄物のシルク地っぽいバスローブや下着も借りて、こざっぱりした姿になると、部屋の主が声をかけた。
「腹、減ってないか?」
二人は、階下の喫茶店に注文して持ってこさせた軽食を平らげた。
部屋の主は、自分が吸うついでに傍らの男にも煙草を勧めた。自分の煙草に火をつけると、直接、煙草の先同士を近づけた。
「いいか...?」
向かい合わせに顔を近づけながら、部屋の主は尋ねた。
『やっぱり、そんなことか』
代償を求められたことに、若い男は却って安堵した。
返事をする代わりに、若い男は二、三度煙草をふかすと灰皿に押し付け、ゆっくりと軽く目を閉じた。
唇に唇が触れた。
若い男が下になってゆっくりとソファーに横たわると、重なった男の唇が首筋を辿った。
腕が上の男の背に回され、その白くしなやかな指がシャツをたくし上げていくと、下から、谷川を流れてくる男に、今まさに手を差しのべ、救おうとしている白衣観音の彫り物が現れた。
若い男が目覚めたとき、日はすっかり落ち、エスニックな柄の薄いカーテンを通して、点滅するネオンが部屋のオレンジ色の壁にその青や赤の光を映していた。
傍らにもう一人の男はおらず、間仕切りの向こうの二畳ばかりの簡易なキッチンで何かを作っている様子が伺えた。
暫くすると、いい匂いをさせて、部屋の主はソファーの前の小さなテーブルに切り落とした生ハムとチーズを何切れか載せた皿と、ソテーしたチョリソが盛られた皿を持ってきた。
「イケル口か?」
赤ワインを出してくると、若い男の前にグラスを置いて、なみなみと注いだ。
「お前、なんていうんだ?」
「透。」
「俺は修二だ。」
「ねえ、しばらくここに居てもいいかな...?」
「―ああ。」
透は修二に拾われた。
続く