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Chapter 2
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1
「小僧、起きろ―。」
あれから何時間経ったろう。
うっすらと開いた透の目に、綺麗に磨き上げられた高級な男物の革靴と、その後ろに、ドレスの裾から覗く白いハイヒールが映った。
身体はそのままで、目だけをゆっくり上にあげていくと、頭のはげあがった、シルバーに近い白のタキシード姿の男と、豪奢なロシアン・セーブルのストールをまとったイブニングドレス姿の女が透を見下ろしていた。
「おい、お前、どこから入りこんだ。」
険しい表情で男が訊いた。
「このビルは俺が借金のカタに差し押さえたビルだ。
近くを通ったついでにどんな様子なのか見に来たら―」
「怪我をしているようね。」
女が口を挟んだ。
「応急手当ぐらいは出来るわ。」
「おい、るり子!」
「あなた、水谷さんに、パーティー会場から折り返してこちらへ迎えに来てくれる様、おっしゃって下さるかしら。地下駐車場で待ってるって。
斉藤様ご夫妻にはあなたから宜しくお伝えして。」
男は女の気紛れには慣れている風だった。
「酔狂なことだな。」
鍵の束を手渡すと、勝手にしろとばかりに背を向け、先にエレベーターで下りて行った。
るり子とよばれたイブニングドレス姿の女は、透の側に寄ると、脇を支えて立ち上がらせた。
『ゴージャスな女だな』
切羽詰った状況の中でも、透は女の値踏みをすることを忘れなかった。
『三十...、いやそれより若いか...?
金なら、使い方に困るくらいもってそうだ』
透は運転手付きの車に乗せられると、監視カメラがあちこちに設置され、ぐるりと高い塀をめぐらせた、モダンで瀟洒な邸宅の、簡易な家具や家電類の揃った使用人が詰めるような小部屋に連れて行かれた。
ソファーを兼ねたシングルベッドに向かい合わせに腰掛けると、るり子は透の傷の具合を確かめた。
「これなら、外科手術の必要もなさそうだわ。」
「...あんた、看護婦か?」
「昔はね。」
るり子は、片肌脱ぎになった透の腕を取って、救急箱から薬品や道具を取り出すとテキパキと手当てをした。
「身体が熱いわ。熱があるようね。
しばらくは安静ね。起き上がれるようになるまで、ここにいてもいいわ。」
包帯を巻き終わると、袖に腕を通してやった。
「一体、何をしたの?」
何の傷なのか見透かしたような口ぶりで、るり子は尋ねた。
「安心して。何の怪我かなんて誰にも言ったりしないわ。」
救急箱を片付け終わって、立ち上がろうとしたるり子の腕を、ぐっと引き寄せ、
いきなり透はキスをした。
「何をするの!」
るり子の平手が透の頬を打った。
「傷の手当てのお礼としては、大したふざけようね。」
「あんた、あの男の情婦か?」
るり子はぷっと吹き出すと、大きな声で笑った。
「あの男がヤクザにでも見えて?
あれでも上場会社のオーナー社長よ。
赤井興産って聞いたことあるでしょ?
私はその社長夫人。」
透は絶句した。
『オレは、赤井の懐に飛び込んでしまったのか―?!』
続く