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Chapter 3- 2
ある日、仕事中の透のもとに、一本の電話がかかってきた。
「はい、もしもし。」
「久しぶりだな。」
―『片岡か?!』
電話を聴く透の表情がみるみる強張っていく。
「似合ってるぜ、そのスーツ。」
「―?!
今どこだ、どこにいるんだ!」
「慌てんなよ。
すぐにその生活を壊しに行ってやるよ。」
「おい!」
一方的にそれだけ喋ると、電話は切れた。
拘置所ですれ違って以来だった。
片岡が修二を殺ってまで欲しがっていたものを簡単に諦めるとは思ってはいなかった。
『が、なぜ今頃...』
そんな時だった。
二人のもとに、服役中の赤井がもうすぐ出所するとの知らせがもたらされた。
検察は当初から把握していた以上の証拠を出すことはできず、結局、公判開始後はとんとん拍子に進み、結審することとなった。
赤井は執行猶予なしの懲役三年の実刑判決を言い渡されたが、未決拘留期間を算入され、実質二年余で、刑期が満了することになっていた。
「今の私には何の関係もないことだわ。」
ただ、最後に水谷が言い残して言った言葉を伝えるべきかどうかだけを、迷っていた。
『そうか、そういうことか...』
赤井の出所を前に、片岡が必死になって探し物の行方を追って、漸く透に辿り着いたのだと想像できた。
数日後、再び片岡から連絡が入った。
「例のものの行方については、修二が死んだことで半分諦めていたんだが。」
「...どうやって判った?」
「苦労させられたぜ。この三年。
修二の女のところまで家捜しして...。」
「赤井が出所するそうだな。」
「きいたのか?」
「だからあんたはその前になんとか見つけようとしてもう一度―。」
「その通りだ。もう一度一から洗い直してたら...。
坊や、貸し金庫の使用料、どうなっているのか、知らなかっただろ?
偶然、あるところを当たっていたら、使用料の督促状が手に入ってな。」
『使用料...?!』
うかつだった、と、透は自らの暗愚さを悔いた。
「修二は普通預金から引き落とすようにしていたらしいが、こんなに長く借りるとは考えてなかったろう。引き落とし残高が足りないとのお知らせが舞い込んできたのさ。」
その後あの貸し金庫の存在が、片岡によって、弁護士を利用するなどして、調べ上げられたということは容易に推測できた。
「まさか、あの一匹狼の修二が代人申請してたとはな。
しかも、それがあの時の小童とは...。」
片岡は電話口で、透を小ばかにしたように鼻先で軽く笑った。
「いくら出す?」
透は先手必勝とばかりに切り出した。
「お前、修二のようになりたいのか?」
透は片岡の言葉を無視して続けた。
「片岡さん、買い手は何もあんただけじゃない。
オレは別に赤井に買ってもらってもいいんだぜ!」
一瞬片岡は息を呑んだ。
「お、お前、あれが何だか解っているのか?」
「ああ、兄貴が懇切丁寧に教えてくれたさ。」
透はうそぶいた。
「あれが世に出たら、赤井興産が終わりだっていうことまで...!」
片岡は、チンピラ同然の透がそこまで詳細を理解しているらしいことに、少し驚いた様子だった。
が、すぐに態勢を立て直すと、機嫌をとるように取引を提案してきた。
「修二のことは申し訳ないと思っている。どうだ、1000万で―。」
「1000万―?」
鼻白んだ様子で、透は切り替えした。
「片岡さん、あんた兄貴のこと、今、申し訳ないと言ったとこだな。
あんただって、兄貴を殺ってわざわざ面倒なことを引き起こすつもりはなかった筈だ。
それを...。
兄貴の慰謝料と損害賠償を考えただけでも、1000万だなんて、よく言えたものだな!」
「そ、それは修二の方が途中で裏切って...。
わ、わかった、少し考えさせてくれ。」
それだけ言うと、片岡は電話を切ろうとした。
が、間髪を入れずに透は続けた。
「片岡さん、オレはあんたのことも知ってるんだぜ。
あんたはあれが赤井の手に渡る前に、なんとか数字を操作して帳尻を合わせたいと思っているんだろ。ざっとみただけでも、2億、3億はありそうじゃないか―。」
一瞬、片岡が顔色を変え、言葉を失ったのが、電話口の透にも伝わった。
「わ、分かった、悪いようにはしない、考える。」
透がそこまで強気で出てくるとは思っていなかったらしく、苦々しげにそう言うと、一先ず電話を切った。
続く