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2007.04.11
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カテゴリ: その他
幼児の頃の私は、生活の中でお年寄りと接する機会が少なく、 お年寄りが「嫌い」


しわくちゃで、腰が曲がっていて、何とも不気味というか珍妙というか、少なくとも当時はそう感じていました。


祖父、祖母より曾祖母の方が年をとっているのですから、当然 「老化」 も激しいわけです。私の「嫌悪」はたまに会う曾祖母に最も向けられていました。



幼児の頃の私は体が弱く、病院通いはしょっちゅうで、入院することもありました。



ただし、私の家は両親が 共働き 。私が入院してもいつも付き添いできるというわけではありません。



ある時、どうにも会社を休めない両親に代わって、隠居している 曾祖母



曾祖母は、私が寝ているベッドの脇に腰掛けて、私を見守ってくれています。でも、曾祖母のことが嫌いな私は 「おばあちゃんは嫌いだ」 などと、今思えば冷や汗ものの言葉を浴びせます。



私の剣幕に曾祖母は「じゃあおばあちゃんは帰ろうか?」と尋ねます。しかし、いかに「嫌い」な曾祖母とはいえ、帰られてしまうと心細くなるため、私は 「ここにいてもいいから、向こうを向いて座っていろ」 と命令しました。



祖母は私の言う通りに、仕事を終えた母が来るまで、私に背中を見せたまま、きちんと、ちんまりと座って付き添ってくれました。



病室に来た母が訝って、私たちに「どうしたの?」と問い掛けてきたので、私は「あっちを向いて座っていろと言った」と話すと、母は吹き出しました。





私の父方の祖父(つまり曾祖母の息子)は比較的若くして亡くなりました。曾祖母に言わせると、私は 祖父にとてもよく似ている らしく、息子の生まれ変わりのようにひ孫の私をかわいがってくれたのです。もちろん、当時の私にそんな事情を知る由もなく、ひどい事を言ったりしたりしていました。





そんな曾祖母が亡くなったのは、私が小学校6年生の時の 4月12日 。明日が命日です(もちろん、小学校に上がってからは、ひ孫として曾祖母と親しく接していました)。




私の名前の一文字は、曾祖母の名前からもらったものです。



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最終更新日  2007.04.11 19:22:31
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