森鴎外
文学面では、ドイツの啓蒙思想家レッシングに自らを擬した戦闘的な文学活動を展開した。とりわけ、理想を重視する浪漫主義の立場から、坪内逍遥(つぼうちしょうよう・1859年~1935年)の説く写実主義に対して徹底的に批判を加え、没理想論争を繰り広げた。また、 『舞姫』
・ 『うたかたの記』
・ 『文づかひ』
のドイツ留学三部作を書いて近代小説の確立に貢献した。他方、医学面では医学誌を創刊して、医学界の近代化に挑戦した。忌憚のない意見や奔放な女性関係が災いして左遷されたこともあったが、45歳のときに陸軍軍医総監(中将相当官)に昇進して軍医としての最高位についた。
近代的自我の確立に苦悩した鴎外は、個人と社会との葛藤においては、自己の置かれた立場を見つめて甘受するという 諦念[レジグナチオン]
に心の平安を求めた。軍医として最高位を極めた彼も、生家の繁栄を願う立身出世主義と文学の探求を通じた自己実現との間に葛藤があったということかも知れない。いずれにせよ、夏目漱石と並び称せられることの多い、明治期を代表する作家である。 (以上『倫理概論』からの引用)
森鴎外の主要な作品は文語体で書かれているため読みにくい印象がある。そこで、口語訳と原文が併収されている以下の書が、その入門書としては最適である。なお、鴎外の「鴎」という字の偏は 「区」
ではなく 「區」
と記すのが正式である。
森鴎外(井上靖訳)『現代語訳・舞姫』(ちくま文庫)