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トリュフォー映画祭の宣伝活動も後半に入り、いろんな作業が発生している。9月18日から10月11日までの時間割をハンディなペーパーに作ること。折りたたんで、手帳や定期券入れに入るようなものがいい。こういう細かい点にも工夫が必要。また半券でサービスをしてくれる店にも、半券の種類やお客の対応なども含めた簡単なマニュアルが必要。これはレジのところにおいて、すぐにわかるもの。映画本体のことではないが、その周辺にいろいろと工夫したり、作成したりするものも多い。来週はプレスリリースも行う。---------------------------------------------久し振りにシネコンへ映画を見に行く。見た映画は「スパイダーマン2」。この作品は、もうこの時期になると土曜日の午後とはいえ、すいている。「父と暮らせば」は時間が合わない。シネコンでは、「エルビス・オン・ステージ」や「ゴッド・ファーザー」がリバイバル公開されるが、時期がトリュフォー映画祭と重なる。客層も重なるのでこれは手強い。
2004年08月14日
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「ゴッド・ファーザー」と「ゴッド・ファーザーPART2」、共にパーティーのシーンが冒頭にある。この二つのパーティーの在り様、そして描き方が、この2作品の内容を示している。第2作目の会場は第1作目より広い会場で豪華になっているはずなのであるが、どこか寒々しい。イタリア人独特の味がなくなってアメリカナイズされている。マイケルが統率する時代は、ビトの時代と全く異なる局面に入っていることを示している。だからこそ、最後の部分の、もうじき帰宅する父親を待つ兄弟たちの様子を描いたシーンが非常に生きてくる。これらのパーティーのシーン、食事のシーンの基は、ヴィスコンティの「山猫」にあることは明らかである。
2011年11月02日
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映画「イヴ・サンローラン」は、2002年の引退表明会見から始まる。その表情には、老いた疲労感があり、世界のファッションを牽引してきたクリエイターの面影は感じられない。映画は直後に、クリスチャン・ディオールの後継者としてスポットが当り、時代の寵児として登場したときの映像が登場する。その二つは年齢差を考慮しても、余りの落差に愕然とする。引退表明の彼にあるのは「老い」というもので片付けられるものではない。クリエイターとして世界をリードし続ける仕事をしつつ、彼の中から何かが失われていったのではなかろうか?美を生み出すということは、もしかしたら、己の中の美を食い散らしていくことではなかろうか。この映画は、タイトルに反して、むしろ、彼の公私共のパートナーであったピエール・ベルジェを描いた内容であったが、イヴ・サンローランの生涯については、引退表明のときとデザイナーとして出発したときとの姿の落差で言い尽くされているのかも知れない。
2011年07月26日
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「ディア・ハンター」は嫌いな映画である。俳優も、キャメラも、音楽も、演出もすべてにおいて完成度が高いのである。この映画を最初に見たときは、まだ「地獄の黙示録」は公開されておらず、これを見ながら「『地獄の黙示録』は、地獄のような戦場の描写は、この作品を上回るであろうか」と考えていたほどであった。しかし、ベトナム戦争において加害者であるアメリカが、ここまで「アメリカ人も被害者という側面もあるのだ」という主張をしていいのかと、非常に腹立たしく、嫌悪感をいだいたのであった。以来、この作品は嫌いな映画のトップクラスに君臨しており、次にこの映画を見て、この「嫌い」がどのように変化していくのかという点が、ここ何年もの私の最大の関心事であった。「午前十時の映画祭」で、やっとその検証の場が叶えられたわけで、改めて見て、どうであったかと、マイケル・チミノ監督には、ベトナム戦争がどんな戦争であったのかの関心は全くなかったのではないかという点を強く感じたのである。ひとつの世界(共同体)が、社会の出来事(ここではベトナム戦争)によって、どのように変貌、あるいは崩壊するか、そのこととそれを構成する個々人の変化が、どのように関係づけられるのかを描いたものではないだろうか。結婚式のシーンが延々と25分ほどもあるが、そのシーンから多少無理なこじつけをやってみると、これはアメリカローカルの庶民版「山猫」ではなかろうか?そういう解釈の方が、ベトナム戦争論的解釈より非常にすんなり受け入れられるというのが現在の私のこの作品への評価である。「ディア・ハンター」とは、また、何年後かにお会いしたい。
2011年11月06日
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