極東三馬鹿調査委員会

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2005.04.21
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テーマ: 戦争反対(1248)
靖国神社はオカルト宗教らしい

(゚Д゚ )ハァ?




4月18日の日記でぃす☆ 中国(被害者)日本(加害者)の現実


戦時中日本がした事なんて、俺たちには関係ないなどと言う人たちも日本には数多くいますが、それは甘い、甘ちゃんの考え方でぃすね…

確かに僕たちが戦争で中国の人たちを虐殺したのではないのでぃすが、歴史の事実は消して消えないので、その責任と罪の意識は、引き継がれなくてはなりません。

それなのにどうでしょうか?
今の日本史の授業では、戦争で自分たちの国が犯した過ちは、隠すかのように触れず、教えず、時折戦争を正当化し、再び日の丸を教養し、天皇を祀り上げ、君が代を歌わせる始末なのでぃす。

中国の人たちに嫌われ、罵られても仕方がない所が今の日本人にあるのは、そういった教育方針を許してきた私たちにあるのでしょうね。

ここは一つ何を言われようが、熱くならずに涙をのんで冷静に自分たちの歴史を振り返り考えなければなりません。

今回、中国でデモをしている人たちに『日本の大罪を思い出させてくれてアリガトウ!』と感謝するくらいの気持ちになれる気まぐれの心でぃした。


【 補 足 】

日本が中国にした事は、七代祟られても仕方がない。



靖国神社なんてオカルト新興宗教のようなもの。
国交と、平和のためにも解体すべきでぃすね。





キエロ

祖父さんの友達が居るところをカルト宗教扱いされちゃあなぁ・・・・・

意味不明です

口調もわけわからん


今の日本史の授業では、戦争で自分たちの国が犯した過ちは、隠すかのように触れず、教えず、時折戦争を正当化し、再び日の丸を教養し、天皇を祀り上げ、君が代を歌わせる始末なのでぃす。


かなり触れていますよ。広島県では特に

天皇陛下を祭り上げるってなぁ・・・・・象徴なんだから当然だろ?と

こういう人に一番聞くのは秘密兵器・・・・

アセアン旗
アセアン

バングラディッシュ国旗

バングラディッシュ

パラオ国旗
パラオ

あれ~おかしいですねぇ・・・・アジアの人々が嫌ってるはずなのにこんなに日の丸っぽい旗がイッパイトハ・・・・・w

これを見れば日の丸がどういう風に思われているか一目瞭然だな

しかし・・・・伝の派ですねぇ・・・・

俺のコメントから抜粋しておく






>靖国神社なんてオカルト新興宗教のようなもの。
国交と、平和のためにも解体すべきでぃすね。



昭和20(1945)年8月15日以降、13人の歴代総理大臣が参拝している。

昭和20(1945)年 東久邇宮稔彦王(1回)、幣原喜重郎(2回)

昭和26(1951)年~昭和29(1954)年 吉田茂(5回)

昭和32(1957)年~昭和33(1958)年 岸信介(2回)

昭和35(1960)年~昭和38(1963)年 池田勇人(5回)



昭和47(1972)年~昭和49(1974)年 田中角栄(5回)

昭和50(1975)年~昭和51(1976)年 三木武夫(3回)

昭和52(1977)年~昭和53(1978)年 福田赳夫(4回)

昭和54(1979)年~昭和55(1980)年 大平正芳(3回)

昭和55(1980)年~昭和57(1982)年 鈴木善幸(8回)

昭和58(1983)年~昭和60(1985)年 中曽根康弘(10回)

平成8(1996)年橋本龍太郎(1回)

※大平首相の個人的信仰はキリスト教であった。

貴方はこれだけの人をカルト宗教信者呼ばわりするのですね・・・・・ヨーク理解できました

靖国神社を参拝した人々

アメリカ・ハーバード大学名誉総長エリオット博士(明治四十五年七月十日)を筆頭に、イギリス軍司令官バーナジストン少将(大正三年十二月十四日)、フランス航空将校団(大正八年一月十九日)、ロシア将校チホプラゾフ中佐(八年七月三十一日)、第一次世界大戦時の連合国軍最高司令官でフランス人のジョッフル元帥(十一年一月二十二日)など

中略

我が国が講和独立を果たした後、正式に氏名を記帳の上参拝した外国人は、昭和二十九年三月三日のアメリカ軍陸軍大佐ウィリアム・フリベリック氏が初めてである。以後、国連軍首席参謀ジェームズ・ターレント陸軍大佐や世界戦争参加者同盟(WVF)の秘書長代理や事務局次長、オーストラリアの政治家などが次々と参拝している。

中略

戦後、外国元首としての公式参拝は、アルゼンチン共和国のフロンディシ大統領をもって嚆矢とする。

以後、昭和三十八年六月四日、国賓として来日したタイのプミポン国王夫妻が御内意をもって代理を参拝させたほか、昭和四十八年十一月八日にはトンガ王国国王タウファアハウ・ツポウ四世同妃両陛下が参拝されている。

また、昭和五十五年十一月一日、国家元首ではないが、チベット・ラマ教法王ダライ・ラマ十四世が特に望んで参拝されたほか、ソ連崩壊に伴い独立を回復したリトアニア共和国のアドルファス・スレジェベシス首相夫妻がやはり「日本の戦歿者に敬意を表したい」という本人の強い希望で平成五年九月二十一日に参拝している。

中略

戦後から平成七年までに正式に記帳した上、参拝したケースは二百三十三件。そのうち首相・閣僚クラスの参拝は十三件(国別の内訳は、首相クラスが中華民国、ビルマ、トンガ王国。閣僚クラスがビルマ、トルコ、イタリア、チリ、ベトナム、インドネシア、パラオの七ヵ国)。外交官による参拝は十六ヵ国、十八件。武官による参拝は十カ国、二十六件。国会議員や知事クラスの参拝は十三件ある。また、大佐クラス以上の軍人による参拝は十六ヵ国、五十九件ある。








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最終更新日  2005.04.21 21:33:10
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