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私の通う三重大学は、明日から、11月1日&2日の土日に、大学祭を開催します。 私たち特別専攻科単独での参加はありませんが、2日に3年生が企画する゛子どもまつり゛に招待される、各種の特別支援学校の児童生徒の、ガイド役(ボランティア)をすることになっています。 私は、9月の教育実習の時に担当した附属特別支援学校高等部の男の子(自閉症)に付き添います。 上手に案内して、楽しんでもらえたらいいなぁと考えています。 明日は、個人的に、楽しんで、見て回りたいと考えています。※食券の前売券も手元にあるし…。
2008.10.31
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芸術の秋!!…ちゅうことで、今日は音楽関係…アコギ関係…で、お送りします。 あの石川鷹彦さんがアコギの使い手とすると、今回ご紹介するのはアコギの作り手の一人… ギタークラフトマン小池健司さん(62)。 以前、「匠の肖像」というTV番組で、紹介された小池健司さんは、ヤイリギター(岐阜県可児市)のギター職人。 ◆ナレーション: 「ヤイリギターは、 質の高い技術で世界中に知られるアコースティックギターのメーカーです。 小池さんは、ここで、カスタムギター制作に携わっています。 1946年,岐阜生まれ。 17歳で木工職人としてヤイリに入社した小池さんの木工技術を駆使したギター作りは、多くのミュージシャンの信頼を得てきました。」 ◇小池さん: 「自然の…この木を使いますので、あの~、極端なことを言うと、二枚と同じ板はないちゅうぐらいのものですから、表(板)とか裏(板)とか、サイドとかの…この組み合わせちゅうものは、毎回条件が変わってきますので、毎回チャレンジみたいなものですね。」 ◆ナレーション: 「40年以上に渡り培ってきた、クラフトマンシップ。(ギターに刻む)サインはその証です。」 ◇小池さん: 「下手な小細工して音作りするちゅうことは、小細工によって音が出てるわけですよ。…ある程度は…ね。 まぁ、そんな変な小細工無しに、なるべくシンプルにして、材料の持ち味を出してやりたいちゅう…そういう気持ちですね。」 ◆ナレーション: 「自分が作ったギターを、弾き手が好みの音を奏でられる楽器に育てる…それに応えられる作りでなければ…と、小池さんは一本一本に思いを託します。」 ◇小池さん: 「アコースティックていうか…こういうもの作りちゅうものにはやっぱり、その人の心というか魂というか、そんなものが必ず入ると思いますね。」 私は、小池さんの一本一本のギター作りの話を聴き、教育の現場でも、《子ども一人一人が毎年違う集団で生活し、個人でも成長し、集団としても、成長する。》そこには、例年通りという゛手抜き゛は通用しない厳しさがあり、と同時に、(小池さんの言われる)新たなチャレンジの楽しみがある。 さらに、小池さんの理想と同じように、その一人一人の持ち味をどう引き出してあげられるかが私たち教師に課せられた使命…真髄とも言えると思います。 毎年が新鮮な気持ちで、働ける素晴らしい仕事だと思っています。
2008.10.30
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先週末に放送(TV東京系)された「みゅーじん」<提供:ヤマハ>は、 ミュージシャン(ギタリスト) 石川鷹彦さん(65) の特集でした。 ☆ナレーション: 「顔は見たことなくても、その功績には誰もが頷く。ギタープレーヤーとして数々のレコーディングに参加。また、アレンジャーとしてヒット曲を連発。これまで携わった曲は3000曲以上。世代を超えた名曲を影で支え続けた…。」 「そんなマルチギタリストを、日本の音楽界はこう語る。」 さだまさしさん: 「(日本の)フォークギターはあの人から始まったんでね。 神ですよね。 神がかってますよね。」 ~フォークギターの第一人者~ 森山良子さん: 「曲を鷹彦さんに近づけて、鷹彦さんの中で料理してもらおう…。」 ~音楽の料理人~ イルカさん: 「日本のフォークっていうものを語るとしたら、石川鷹彦っていう存在は絶対外せない。…黒幕かなぁ!?(笑)。」 ~フォーク界の黒幕~ 南こうせつさん: 「オンリーワン。 世界中にあの音色は石川鷹彦だけ!!。」 ~オンリーワン~ ◇石川鷹彦さん: 「『巨匠』って、そういう言われ方あんまり好きじゃないよね。普通に…もう『石川さん』とか…が。」 ナレーション: 「日本の音楽界を支えてきた偉大な男は、実に気さくだった。」 ↓↓↓↓↓ 石川さん: (コンサート直前の楽屋で…並んだギターを指して…) 「(ギター)どれでも8,000円だよ。(笑)」 (・_・)エッ....? (☆o☆) 本当なら、それに゛0゛が、さらに2個はついてもおかしくない一級品なのに…!? と、真面目に考えてしまうほど、私も、ギター゛バカ゛ですねぇ~。 《私のギターの腕前はしれてますが、その『巨匠』…もとい、『石川さん』の、 ♪「イーハトーブの朝」などを練習中です♪。》 さだまさしさん曰く: 「いい時の石川鷹彦って神ですよね。神がかってますよね。ダメな時の石川鷹彦は…ただのおじさんですね。(笑) でもね…その(良い)率の高さが、一流のミュージシャンだから…、 4番サード長嶋が、ここに、まだ現役で頑張ってやっているっていう感じ…の、 それくらいやっぱ、スゴいギタリストですよね。」 【もちろん同感!!】
2008.10.29
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それをおっしゃったのは、先の全日本合唱コンクール中学混声の部で、福島県の郡山二中を6年連続の日本一に導いた、小針智意子(こばりちいこ)さん。 しかも、同校の音楽教諭に転任した年から6年連続日本一。 ※郡山二中は、先日のNHK全国学校音楽コンクール中学の部でも、最優秀の金賞受賞。 郡山市は市民の音楽活動が盛んで「音楽都市」を宣言している。だが同校合唱部に入るは、ほとんどが初心者。毎春、新入生に合唱のイロハを教えることから始まる。 小針さんは、部員に音楽の技術以前に、誠実であることを求める。 「地道にまじめに取り組まない限り、いい音楽は生まれない」が持論だからだ。「限界ラインを引かず、子どもたちの可能性を引き出したい」と話す。 平日の練習は、朝、昼休み、放課後の計3時間ほど。 「ここは飛行機が着陸するように」「今度は除雪車が雪を押すように」。 身振りとともに、そんな表現で部員全員に曲のイメージを共有させる。「ハーモニーが重なり合って鳥肌が立つような瞬間」を体感することで、合唱の魅力を感じてもらいたいという。 小中学校時代に出会った教師に音楽の素晴らしさを教えられ、大学で声楽を専攻。一瞬のために仲間と一つのものを創り上げる喜びを知った。それを「子どもたちと味わいたい」と思い、音楽教師になった。 ◇朝日新聞の゛ひと゛の欄に掲載された小針さんを、今回はご紹介しました。 私も、学生時代に出会わせて頂いた恩師の影響で、教職の道を選んだので、親しみを感じました。 そして、ハーモニーの魅力…作曲した作品には少しでもコーラスを入れています。…も、すごくわかります。 ゛いやぁ~、音楽って、本当、素晴らしいですねぇ~!゛
2008.10.27
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先日連れ合いの誕生日ネタを披露しましたが、それにまつわる話題を…。 少し前に、某リサイクル店で、台湾製の液晶テレビ37型2007年製が6万円代で売られているのを見かけ、衝動買いしかけて、その場はとどまりました。 そんな時は帰宅後いつものようにネット・オークションでほぼ同年製ほぼ同仕様の製品を、リサーチし検討するのです。その時にプロジェクターが、液晶テレビのカテゴリーに紛れているのを見かけ、ついでに、プロジェクターもチェックしてしまいました。 「あれっ!?ソニーもプロジェクター出してるんだぁ~。」と軽い驚きというか、意外性(→まぁ私が知らなかっただけなんですが…)で、数台のソニー製をチェックリストにアップしておいたのです。 「2万円からかぁ…」と、その中の一つに注目して、あまりむきになって高額出費をしないと(自分なりの上限設定のうえ…)入札をしてみました。 何故か、その出品に対して入札希望がなく…、 「最初に入札したまま終了!?」と、終了間際に思ったのが運の尽き!? 何人かの方が目を付けられていて、あれよあれよと3万円代に…!!(→最初に申請した金額以内だったので私のもとにやってくることになりました。 落札したのが21日夜。その時には、23日の誕生日には届かないと思ってました。 【→とりあえず21日夜にインターネット取引でネット銀行へ送金手続き完了→出品者へ通知。通常はここで、翌22日に入金確認をして頂き→次の日位までに発送準備が終えられて→24~25日に到着、という感じがほとんどのパターンだったから…。】 それが…、 22日の午前中の段階で、あっさり、 「入金確認次第、発送しますね!多分明日(23日)の昼頃にはお届け出来ると思います。」と言われました。 《なんて素敵な゛女神様!!》(…出品者は女性でした。) と思ったのでした。 加えて、取引に関するメールのやり取りにしても、かゆいところに手が届くみたいな丁寧な内容で安心感がありました。 その旨を、感じた通りにお伝えしても、謙遜され、 「落札された方々から学ばせて頂いたことの積み重ねですから…。」とあくまでも謙虚な姿勢でした。素晴らしい出逢いとなりました。
2008.10.26
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確か、2年前の元旦の未明(大みそか31日の深夜)に、NHKテレビの生放送として始まった、さだまさしさん出演の「○○○○も、さだまさし」(→※○○○○には、「連休明け」とか、「真夏の夜」とか、「秋の夜長」が入ります。) という、固定されたタイトルのない不思議なバラエティー番組が昨夜(,今日未明)ありました。 ☆開始当初は、《音楽番組》のカテゴリーだったのですが、さださんが、視聴者からのハガキを読むのを優先する余り…一曲も歌わずじまいの時もあった為に、《バラエティー番組》へ変更されたという過去のある生放送なのです。 そして、今回の放送は、東京はお台場にあるフジテレビ社屋《球体展望室『はちたまスタジオ』》から生放送するという、史上初のケースになります!! 放送前から、業界で話題になり、新聞各社が…、 【A】 [フジ社屋からNHK番組生放送] 25日「秋の夜長も…」 【サンケイ・スポーツ】 【B】 [さだまさしでTV新時代] 司会務めるNHK特番 史上初民放から生放送 【スポーツ報知】 【C】 [さだまさしバラエティーNHK,フジCS史上初の同時放送] ゛リレー中継゛のうち40分間 【日刊スポーツ】 と報道され、画期的な第一歩が、 ゛さださんのほんの思いつき゛から、実現したのです。 ※【サンケイスポーツ】紙を折り曲げて紹介している途中に、隠してあった下半分(アイドルの水着写真)を裏返して見せてしまう、洒落っけ(お茶目!?)もさださんらしい。 番組には、NHKアナの小野文恵さんとフジテレビアナの中村仁美さんが並んで出演!! 《フジテレビ系のキャラクターグッズとNHKのキャラクターグッズも並んでいます!!》 さださんが、番組中に、 「僕゛地デジ゛って、やなんですよ。゛地デジ゛って、言い方が!」 中村アナ: 「えっ、どうしてですか?」 さださん: 「"地デジ"って、響きが、やなんです。なんか痛そうで…。」、「痛そうで、したたりそうで…。」 中村仁美アナ: 「赤い感じが。(笑)」 さださん: 「(笑)…まぁ、この辺の発言が、NHKのアナウンサーとフジテレビのアナウンサーの違いですか…(笑)。決して、小野さんは、そんなツッコミ方はしませんね。」 小野アナ:「はい!勉強になります。」 さださん:「あんまり、そっち勉強しなくてもいいです。」 中村アナ:「すいません。失礼しました(笑)。」 と、まぁ、和やかに進行。いつものように楽しくかつ時には考えさせられる社会問題など盛りだくさんな内容の90分でした。 なお、放送の最後に、「次回放送は、1月1日未明」と告知されました。
2008.10.26
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以前お話したように新聞をよく読むのですが、 先日、23日の朝日新聞[私の視点]で、オーストラリア在住の作家、森巣(もりす) 博さんが、見出しの内容について論じられていました。 以下、引用及び概要です。 *********************** 先の"ノーベル物理学賞受賞"関連の報道で、 「ノーベル賞、日本人3氏」の大見出しが載ったが…、 3人のうち、南部陽一郎さんは、 アジア・太平洋戦争の傷も消えやらぬ1952年に、米プリンストン高等研究所に招かれ、渡米。そのまま生活・研究のベースとして"米国"を選び、1970年には"米国籍"を取得した…つまり、"アメリカ人"になった。 ☆確認のため、ノーベル財団の公式サイトを見てみると、南部さんは"USA",小林さんと益川さんは"JAPAN"とあった。 →どこから見てもアメリカ人が、日本では「日本人」として報道される。 日本にエスニシティの起源をもつアメリカ国籍所有者を、 「日系アメリカ人」と呼ぶならわかるが、 「米国籍で日本人」とは、いったい何のこっちゃ!? どうやら、日本では、 欧米系の人たちや在日韓国・朝鮮人らは、 ゛日本で生まれ、゛ ゛日本国籍を所有し、゛ ゛日本語を母語としていようとも、゛ いつまでたっても、「外人」として扱われるのである。 … *********************** という現状…その背景にある「日本人論」は、 【「日本人」という確固たる集団が太古から存在し、それは、国籍や来歴とは無関係に天賦のものであり、どんな訓練・学習をしようと後天的になれない。】 《※要するに、後からは誰も日本人の仲間入りできない・させない!!》 →《日本人は優れている。日本人は特殊だ。日本人の感性は繊細だ、等々。》 とも、森巣さんはおっしゃいます。 《納得!!同感!!》 他を相容れない、狭い心の持ち主と揶揄されないように、その、ある種の"島国根性"というか、"排他的風潮"から一刻も早く脱却して、 真の国際社会の一員として《特に、アジア圏の国々への仲間入りを果たして、》、日本も歩んでいってほしい!!と、切に願っています。 その悪影響が…、 日本政府の主張する「拉致問題」と、 アジア各国が訴える「強制連行(・従軍『慰安婦』問題含む)」。 の取り扱われ方の差に!? いずれも、過去の悲しい戦時下の出来事であるが、 ゛多くの日本人゛は、前者のみ大きく取り上げ、報道も、そちらよりに偏りやすい!? などに、影を落としていると、私はいつも嘆いています。
2008.10.25
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実は…まったく、個人的な話題で、申し訳ないのですが…。 今日(23日)は、私の連れ合いの゛○○゛回目のお誕生日だったのです。 本人曰く…「もう、《この歳》なって、お誕生日おめでとうだなんて…ねぇ…。」 と、口では、宣われておりましたが、恒例の゛お花゛をプレゼントされて、しばらく…抱きしめて…潰れない程度に…おりました。 ☆今回も、やはり、10月ということで、゛百合゛~lily~。しかも、その中でも存在感のある、゛カサブランカ゛を中心に、花束を作ってもらいました。 ※花は、団らんの時間の後で、玄関先を彩ってくれました。 さて、実は、私の夏休みの宿題!?に、 《オリジナル曲を一曲は完成させよう!》 というのも、あったのですが、その課題は達成されないまま、この10月下旬に突入してしまっていました。 何かサプライズを考えようと、数日間、あれこれ、悩んでいましたが、ふいに…、 「あっ、そうだ! 曲を創ろう!」 と、ヒラメキます。 それが、21日(火)の事です。 「ええっと…、テーマは、どうしょう??」 「やっぱり、《感謝》やろ!! それから………」 「うぅ~ん。うぅ~ん。…」 「そやっ!!」 「゛手紙゛…゛感謝の手紙゛…それを、書き送る感じで、詩を書いたら、どうかな!?」 と、なんだか大きく前進~飛躍~する方向性が固まりましたら、…こうなると、後は、割合、スムースに、言葉が出てきました。 ※詩を書き過ぎて、約3番の構成に収まりきらずに、あえなく、間奏の間に、語りの形式で、挿入゛詩゛の形で生き残れました。 (*^o^*) そして、半日で、歌詩がおおかた完成。 続いて、♪メロディー・ラインを探っていきます。 曲も、半日くらいあれこれ悩んだ末、まとまってくれました。 タイトルは…、 「手 紙 ~ありがとう…感謝を込めて~」 と安易ですが、マイブームである「手紙」(アンジェラアキ)の影響もあって、上記のタイトルに落ち着きました。 で、ブログには、作曲したメロディーを紹介することは難しいので、歌詩を御紹介します。 (*^_^*) ♪手紙~ありがとう…感謝を込めて~ 【作詩:あさい】 1. 今日は,きみの誕生日 心から…感謝の気持ちで 「生まれてきてくれて "ありがとう!" そして… 出逢ってくれて "ありがとう!!"」 きみは"否定"するけれど 今だって十分"素敵"だよ どだい、思春期の自分,振り返り "若さを比べる"なんてバカげてる!? 今,この歳になってわかる 人の魅力は 生き様がかたどる "オーラ"…"輝き"なんだね! 2. 出逢った頃,草原の 風のようなきみの笑顔は 爽やかな春風に思ったよ 初対面(はじめ)は そんな 気にかけなかったけど… 独り暮らしがつらく 寂しいからではなくて 本当に゛愛しい゛と 気づき… "気づき"始めたんだ 十五年分の感謝を込めて 何もしてあげられないけど 出来るだけ ゛一緒にいようね!゛ 二人の歴史 重ねよう! 今日は,きみの誕生日 心から…感謝の気持ちで 「生まれてきてくれて "ありがとう!" そして… 出逢ってくれて "ありがとう!!"」 最後に… ♪ハッピー ♪バースデー ♪トゥー ♪ユー ****************** …お恥ずかしい… ヾ(≧∇≦*)ゝ (*^_^*) ※なお、゛挿入詩゛の部分は、かなり具体的なエピソードも表現されており、ここでは、ご勘弁…。 m(u_u)m それでは、詩への感想を…、 「お待ちしてまぁ~す!!!」
2008.10.24
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更生支援企画官の阪上さんは、 「知的障がい者が犯罪を犯しやすいということではないんですね。」 「社会的弱者ということで、就職なんかもままならないから、゛貧困゛から罪を犯して、刑務所に入ってくるという知的障がい者が、かなりたくさんいるんです。」 2007年に刑務所に入所した知的障がい者の数、6720人と、全国全体の入所者数約3万人のおよそ22%に当たる。 30代の受刑者の20回以上の無銭飲食を繰り返した人のお話: 「おまえは頭が悪いけん。おまえはこういう所しか働けんけん。うちらが働かせちょるちゅう感じで、馬鹿にしたように働かす。もう、それ、頭にきて、大げんかして、『辞めたるわ、こんな仕事!』ちゅうて…、結局、そういう感じで辞めたんですけど。」 →仕事を辞め、収入は無くなった。…その上…、 「よく知ってる友達に、僕に、 『悪いんね。お金貸してもらえんかぁ』言うて、 『いやぁ、持ってない』ちゅうて…。 『じゃったら、借りる所あるんで、借りてくれんかぁ。』言われて…。 全然知らん友達じゃなかったから、信用してたわけですよ。 …はっきり言って、騙されて…、サラ金に借りるようになって…騙された…。」 先ほどの阪上さんは、 「人から何かを頼まれた時に、《断れない》…従順といいますか、 『こうでしょう?』って言われたら、 『はい』って必ず言うような人が多いんです。」 →こうして、 他人に騙されたり、利用された末に、 生活苦に陥るケースが多いという。 そのため、食べ物の万引きや無銭飲食などの貧困による犯罪が6割以上を占める。 つまり、騙されたことがキッカケで犯罪者に…。 その防止策として、服役中に、 自分の意思をしっかり伝えるための【コミュニケーションの訓練】が大切。ということで、 この新しい刑務所は、民間の力を導入して、 【コミュニケーションの訓練】を学ばせています。 訓練は、 (1)思い出を話す。 →拍手を受け、自信を持たせる。 (2)物事を説明する。 →他人に順序立てて説明することは、被害者になった際にあったことが明らかになりやすくなる。 (3)苦情を言う。 →相手を怒らせないように伝えなければいけないことを知る。下手に出ることでトラブルを防ぐ。 これらを、 疑似体験(ロール・プレー)で、実際にやったり、見たりして、実際の生活の中で生かしていく。 【コミュニケーションの難しさが犯罪につながる】ために、 【コミュニケーション能力の伸ばす訓練】を、重視することによって、出所した後の再犯を予防するための取り組みなのです。 出所後の行き先不明者は44%という、社会(・家族)の側の受け入れの厳しい現状もあり、 【刑務所の訓練】だけでは乗り越えられない現実。 【出所後の社会の受け入れ体制】が、重要な課題となっています。 ともあれ、今後のこの刑務所の動向が注目されます。 遅い政府の対応ながら来年度から、厚生労働省が、地域生活定着支援センター(仮称)を立ち上げ、受け入れのサポートを始めるようです。※写真参照。
2008.10.23
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今回も、テレビの番組を視聴して学んだことをお伝えします。 NHKテレビ「プロフェッショナル」~脳活用法SP~を観ました。 特に、「やる気を出させるには…」のテーマは、参考になりました。 《やる気》のメカニズムは…、 ┏━━━┓ ┃目_標┃があり ┗━━━┛ ↓ ┏━━━┓ ┃報_酬┃がある ┗━━━┛ (達成感,ご褒美等) つまり、そのどちらか、…あるいは両方とも…、がなければ、やる気が起きない、となります。 確かに、 [目標]がはっきりしないと頑張れない…ですもんね。 ****************** モチベーションアップ法 ・「憧れの人」を見つける ・小さな「成功体験」を大切にする ****************** が、ポイントだそうです。 [憧れの人]="視覚的にわかりやすい"[目標]になるし、 小さな[成功体験]=[達成感+満足感→報酬]に当たるのでしょうか。 中でも、小さな[成功体験]こそ、 特別支援教育・自閉傾向のある方への学習支援において有効とされる、《スモールステップ》の学習(指導)なのでしょう。 ☆最後にオマケ!!☆ 【茂木さんのアドバイス】 「近くに憧れられる人が見つからない時は?」の問いかけに、 「その場合には、近くにいる人の『いいところ』を探して、そこに注意を向けるってことですね!」 「例えば、どんなに嫌な上司がいたとしても、どこかいいところはありますよ。そこに注意を向ける。…すると…、」 「脳というのは、常に、自分が注目して選んだ情報を処理するんですよ。だから、その情報に関して、ミラーニューロンを含めた様々な脳の情報処理がなされ、結果として、その『いいところ』を自分のものにすることができます。」 ☆ポイント☆ 「だから、人と接する時の一番の心がけは、その人の『いいところ』を見つけることだと思います!!。」 簡単そうで案外難しい!? or 難しそうで意外と簡単!? 明日からさっそく実践しよう…っと!!
2008.10.22
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私は、毎週関心を持って、チェックしている番組があります。 →それがNNNドキュメント'08(中京テレビ)です。 [今回の制作は:テレビ信州] 日曜日深夜の時間帯という、起きて生で視るには辛い放送で、加えて、テレビの番組表は深夜帯の宿命で大抵1行分(Gコード番号含む)しかなく…(泣)、どんな内容かはっきりしない時も多い!? 19日深夜の放送も、 「サリン事件」とだけ、 記載されているだけでした。 先日お伝えした、河野義行さんのことが改めて聴けるかもしれないと、録画しておきました。 以下に、その内容を紹介します。 ****************** 「妻に語りかけた14年-松本サリン事件が終わった日-」と名付けられた今回の放送は、やはり、今年お亡くなりになった河野さんの妻、澄子さん(享年60歳)との関わりを中心に構成されていました。 先の講演で伺った内容の通り、 1994年7月30日(事件発生の1ヶ月後)の義行さん退院直後から、署長と警部が来訪。署長の最初の言葉が、「河野さん、何があったんですか?正直に言ってくださいよ。」 河野さんは、この一言に、ムカッとします…が、大きな事故でもあり、思い出せる範囲で話した。(協力した。) ※自白を強要するなど、捜査方針が゛河野クロ説゛に基づいているのは明らかだった。「犯人はお前しかいない!!」 疑惑の渦中に突然投げ出された河野さん一家。 意識不明の母親と、 犯人扱いされる父親。 当時、高校1年生だった長男仁志さんは、嫌がらせや脅迫の手紙に、身の危険すら感じたと言う。 仁志さん:「冤罪報道…誤報によって社会的に抹殺されかけた。一日百件以上の嫌がらせ電話や無言電話があって。『殺してやる!』ぐらいの脅迫の手紙も来て、日々、身の危険を感じながら…。それは、名誉の毀損なんて生やさしいもんじゃないんですよ。」 後に、地下鉄サリン事件の発生で、疑惑の渦中から解き放された河野さんが、 「『恨む』ことによって、妻が良くなるっちゅうことなら、恨みます。しかし、これは変わらないし、あるいは、亡くなった人なんちゅうのは、いっくら恨もうが何しようが戻ってはこないちゅうのも現実です。」 「そうすると、労力が多くて、何も効果がないというのが、『恨み』の行為だと思う。それはちょっともったいない。」と話されます。 長女真澄さん:「こんな歳になって言っているのも恥ずかしいんですけど、(寝たきりの母親が)心の支えなので、元気でいてほしいと思います。」 全国各地に招かれ、講演活動を始められた河野さん。 「何が支えになるか…と言ったら、自分より遥かに弱った妻がいる場合は、夫としての義務ですよね!?…彼女をケアしていくのは…。その意味で、(警察の仕打ちにも)突っ張りも効いたんじゃないかな。」 河野さんは毎日のように、澄子さんのもとに通っています。 歯を磨き、髪をとかし、 手足を揉みほぐしながら、 その日あった出来事を語りかけます。 オウム真理教元信者(47)は、10年の刑を終えて、すぐの一昨年、河野さんを訪れ謝罪しました。 その時の河野さんの「あなたもツイてないね。」という言葉に救われたそうです。 以来、高速バスを乗り継ぎ、2ヶ月に一度、欠かさず、河野さんの庭木の剪定(服役中に覚えた)と、澄子さんの見舞いにやってくるんだそうです。 澄子さんのベッドを挟み、元信者と河野さんの二人が、澄子さんの手の指を、語りかけながら揉みほぐし、《良くなってほしい!》念じていました。 2008年8月5日、澄子さんは、夫、義行さんに看取られながら息を引き取ります。 河野さんは、 「事件というのは、時とともに風化するもんだ。」 回復せぬままだったが、澄子さんはベッドの上で、妻として、母として、家族の絆を支え続けた。 河野さん:「本当にいのちの一滴まで燃やして、去っていったんだなぁ。医学的に見た時に、こんな状態で生きている人を見たことがないと医師が言っています。『医学的には生きてることが不思議だ』と10年前に言われて…そういう中で14年間、強い意志で生きてくれたちゅうことだと思う。」 ****************** とても深く強い夫婦愛と家族愛を感じました。私も見習っていきたいです。
2008.10.21
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《突っ込み》ではないなら、 《センス…感覚》とか、でもいいけど…、 今朝の朝刊に、小さく記載された記事は…、こんな見出しが付けられていました。 ┌───┐ │夕│首│ │食│相│ │は│ス│ │帝│┃│ │国│パ│ │ホ│┃│ │テ│視│ │ル│察│ └───┘ 私はたまたま、昨夕のテレビ・ニュースでも、何人ものお付きのお役人!?を連れて、スーパー内で話す姿を視ました。 ゛庶民の意識や感覚をいかに掴むか…の点で見れば、そのテレビニュースの光景も、あまりにも゛ズレ゛を感じる…どころか、かえって、マイナス評価につながるようにも思えました。 それに輪をかけて、新聞報道によると、 【首相はこのあと、都内の帝国ホテルで、秘書官らと夕食をともにした。】 そうですが、外交上とか会議に付随した会食なら理解できるけど、半ばプライベートな食事を、あえてその日にする姿が、「元財閥の…」と表現されるのです! これを取り上げて、記事の最後に載せた記者の方が、極めて庶民意識・庶民感情を投影した感覚(…実際に国民・庶民だから当たり前か!?)だと思いました。 さらに突っ込んで言うけど、前半部分だけなら、記事としての価値はあんまりないし…。(だから、取り扱いも小さいんだねぇ…) 最後の3行が、記事としての価値、まとまりを、上手く作ったと言えますね♪ そうそう、それに関連して…。先日、県議会議員の杉本ゆやさんが、コミュニティーバスの運行状況を調査&住民に聞き取りに来ていました。 杉本さんは、8月下旬に、この地区で「語る会」を開催され、お年寄りの介護やそれに伴う病院へのアクセスの問題など、不安を持たされている庶民の生の声を丁寧に拾う活動をされていました。 その声に応える取り組みをされていたのです。 私は、つい、 「もう、その件で動いてもらってるんですねぇ。」と、 一般的な議員に対する感覚で、声をかけてしまった!?のですが、 杉本さんは、 「いやぁ、本当なら、もっと早く来たかったんやけど、今になってしもうたんさ。」と、申し訳なさそうに告げられました。 《真の政治家、ここにあり!!》と感じた瞬間でした。
2008.10.20
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今日は、第42回三重県人権・同和教育研究大会の第2日目の分科会に参加しました。(※1日目は全体会→不参加.) 私が参加したある分科会(※討議内容にかかる私見を述べるので、どの分科会かは伏せます。)で感じたことを書きます。 ある特別支援学校の教師Aの発言を聞いた瞬間は、かなり私の中では゛怒り゛モードに入っていた。 ある小学校の報告内容において、 【母親から「子どもが学校にご迷惑をかけるようなら、特別支援学校に転校も考えています。」という話があった。】 【その子どもが療育のために一時転校した。(※現在は再び戻って来ている。)】 ということを基にして、 【その教師Aが特別支援学校への転入に関する保護者の相談に関わった事例】から、 《保護者の気持ちをわかっていない》と厳しい指摘をした。が、加えて、報告集に記載された表現についても、以下のように批判した。 ****************** 報告集では、「障がい」の表記がされている。その理由は、【障がい者が、「私たちは、《害》なのか。『障害者』と呼ばれたり書かれたりする度に苦痛に思う」という訴えに応えた。】とするなら、書き換える必要はない。むしろ換えることがおかしい。 ****************** と主張されたのです。 私は、以前に人権学習の際、三重県内の同和地区のある町で、被差別の現実からの視点を基にした取り組みの末に、町の条例の文言を「障がい」という記述に換えていったという運動が三重県内で、支持され、広まったという認識を持っています。 その「障がい」使用反対派は、 (1)「障害」を持つというように、その人自身に「障害」が付随するものという考え.…ではなく、 (2)「障害」は、いわゆる「健常」者と、「障害」者との交流や理解を阻むもの(=バリア,障害)を指す。「障害」者が社会で生活する際の生きにくさを「障害」と呼ぶ。 現在は、(2)の考え方が正しいのだから、「障がい」表記はおかしい。 と主張されたのです。 私も、(1)は間違いで(2)の考えが現在の流れに間違いないという点では、何も異論はありません。 しかし、Aの言う、現実に、それを苦痛に感じている事実(とその背景)を深く見ずして、理論上の批判をする姿に憤りを感じずにはいられませんでした。 9月の特別支援学校見学の際、「医療的ケアは医療行為。でも目の前に苦しんでいる子がいたら違法であっても手掛けるでしょう!」と訴えられた思いともダブったのです。 頭の中で考えたお話と現状の差!! (1)のように、周りの人たちが思わせている現状・事実に蓋をして、障がい者当事者に「(1)のように思わないで!」と言うことの滑稽さ。 差別問題を、さも被差別側のせいにした、かつての部落問題の時のように、 「そう、被害者意識を持つな!」って よう平気な顔してそんなこと言えるなぁ~と、思ったのでした。 保護者の気持ちわかっとるのと言うなら、当事者の痛みや思いにまず寄り添って、理解することと一緒でしょ!!
2008.10.19
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以前、このブログでもお伝えしました、「慰安婦」決議の呼びかけに応える関西フォーラム実行委員会主催、(「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」実行委員会が協力.)の、 関西フォーラム:「慰安婦」決議に応え、今こそ真の解決を!~被害者に名誉と尊厳をー戦時性暴力の根絶のために~ の集会の記録…報告DVDが、このほど完成。 昨日郵便物に混じって届いておりました。 このDVDは、2008年8月10日、大阪・ドーンセンターにて開催された集会を収録、DVD2枚組(収録時間:4時間20分)[頒価1000円]になっています。 DVDのパッケージの裏側に、 ****************** 2007年7月、「慰安婦」問題について米下院議会で、「日本政府は、明瞭かつあいまいさを留めない形で公的に認め、謝罪を行い、歴史的責任を受け入れるべきである」という決議が採択され、続いて、オランダとカナダ、欧州議会で同様の決議が採択されました。 私たちは、なんとしてもこうした世界各国の呼びかけに応えねばならないとの思いを強くし、このフォーラムを開催しました。 各国議会決議に尽力されたアナベルさん(米)、キャサリンさん(EU)をお招きし、各国議会決議をどうやって勝ちとったかご報告いただきました。また、フィリピンからピラールさんをお招きし、辛い被害の記憶を証言していただきました。 このDVDは、「慰安婦」問題の真の解決とは何か、そのために何が必要かを指し示す一筋の光明になるはずです。世論を喚起し、国内外の総力をあげて、日本政府や国会を動かしましょう。 ****************** と、DVD作成の思いが綴られています。 興味を持たれた方は、是非ご一報いただき、ご試聴ください。 よろしくお願いします!!
2008.10.19
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今日は雲一つない快晴の空のもと、附属特別支援学校の運動会が開催されました。 実習生の約8割がボランティア&応援で参加。私は約1ヶ月ぶりの再会。実習中と変わらない笑顔を見せてくれました。 私は実習の後半(第2週目)に風邪等で休んでいたKSさんに会えたことが特に嬉しかったです。 みんなで手作りされた約10メートルの長い応援旗(幕)があったりで、この日のために、一生懸命に練習や準備をしてきたことが見受けられました。 私がお世話になった高等部全員での表現の競技…「ふようソーラン」 みんなが手作りの真っ赤な法被を羽織り、元気いっぱいに踊る姿に、何故だか、嬉しくって涙がこぼれました。
2008.10.18
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昨日から、車に乗る度に、走行量メーターの数字が気になっていました。 「まもなく、"8"が5並ぶなぁ~。」 そして、今朝。 ※前回、 「☆77777km☆」の時に、 ブログを書いたことを思い出し、その履歴を辿ってみると…、 4/30の日記で、そのことが書かれていました。 →その時は、ちょうど、大学に到着した!!みたいな、話題性がありましたが、 今回は、ごく普通に、通学(・通勤)の途中に、その瞬間が!! 速やかに自動車が停められる場所に寄せ、証拠写真を"パチリ!!" 珍しいことがそうそう重なるわけがない…人生の大部分はそういうものですよね!?
2008.10.17
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皆さんは、新聞の国際面は、どのくらいチェックされていますか? "変人"の私は、20年前、人生の中で、一回くらい゛テレビのない生活゛を体験してみようと、自宅の部屋に置かない一年間を、独り暮らしの始め…新採の年にチャレンジしていました。 (※注:家に置かなかったということなので、一年間テレビを一切観なかったわけじゃありません。) その一年間、世の中の話題は、もっぱら朝刊を隅から隅までチェックすることでカバーしていました。この経験は非常に貴重なものでした。《新聞一つあればあんまり困らない…が証明された!?》 教師を目指した初志が、゛平和教育゛を推進することであった私は、国際のページのチェックは特に念入りにしてました。 すると、テレビ・ラジオという時間制限のある報道媒体では日の目を見ない、「○○(国)の△△地区で、紛争(or爆撃)があり、死傷者数十人が出た。」の類の記事を、連日のように…と言っていいほど目にしました。 一面でも社会面でもない、30数ページの新聞の、10ページ目前後の紙面で、しかも約10行程度100文字足らずという取り扱い…1ページの1/80~90の原稿なのです。 ~意識して見ないと見えてこない事実。~ 今日、見つけた記事も、そんなささやかなものでした。でも、内容がささやかな訳はなく、とても重要な話題なのです。 記事その壱: [地球24時] 国連規約人権委 ■慰安婦問題の扱い焦点 【ジュネーブ=飯竹恒一】 日本の人権状況を審査する国連規約人権委員会が15日、ジュネーブで始まる。日本政府が決着済みとする従軍慰安婦問題が、委員会がまとめる「最終見解」に盛り込まれるか注目されている。 慰安婦問題は98年の前回審査でも取り上げられたが、最終見解には含まれなかった。 ∥本文#123文字∥ 記事その弐: シリア・レバノン 外交関係を樹立 【カイロ=田井雅人】 シリアからの情報によると、シリアのムアレム外相とレバノンのサルフ外相は15日、外交関係を樹立をうたう共同声明に調印し、即時発効した。40年代に両国がフランスからそれぞれ独立して以来、初めて「対等な国家」として関係を正常化した。ムアレム外相は記者会見で、年内に両国の首都に大使館を相互設置したいとの意向を示した。 ∥本文#153文字∥ どちらも結構大きな話題だと思う。あえて関連づけてコメントすると、相互に大使館があっても、理解しあえていない゛対等な国家でない゛韓日関係って悲しいです。
2008.10.16
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この全面広告は、15日の朝刊にありました。(※写真参照) 広告主は、ダスキン…と、財団法人広げよう愛の輪運動基金。 記載内容は…、 ****************** 辻直哉さんの目標は、 ユニバーサルデザインというやさしさを、 日本に広めることでした。 中部国際空港。ここは世界でも最先端のユニバーサルデザイン空港です。ゆるやかなスロープ。適所にあるエレベーター。なにより、搭乗まで一切段差なく進めるつくり。辻直哉さんはその設計に構想段階から関わってきました。すべての環境が、誰にでもやさしいものであれば、障害者は、障害者でなくなる。設計後、その思いをさらに強くした辻さんは、「愛の輪」を利用し、イギリスへ留学。障害者支援のノウハウを学び、帰国後は、駅に、街に、人々の心に、ユニバーサルデザインの大切さを広めつづけています。すべての人が、心豊かに暮らせる社会に向けて。そして、一人でも多くの障害者が、世界に羽ばたくことを願って。辻さんの思いは、私たちみんなの願いです。 ダスキンは「愛の輪運動」を通じて、 障害のある方を支援しています。 ****************** そして、新聞の一番下に、 障害者リーダー育成海外研修に参加しませんか。 第29期研修派遣生を募集しています。 という、案内もありました。 ☆先月末に、見学させていただいた、AJUの方が紹介されていたのと、実際にお話を伺った方が、「この海外研修制度を利用された」と話されていたことを思い出したので、今回ここに取り上げました。 ユニバーサルデザインの普及で障害者が障害者でなくなるという考え方は、ICF(国際生活機能分類)の理念にもつながるので、是非推進されることに期待します。 日本の遅れた取り組みを、海外に目を向けて、改善を進めていきたいですね!
2008.10.16
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昨晩は、ビデオデッキのハードディスクの録画番組の整理をしている途中に、何気なくテレビの画面に切り替えたら、タイトルにある文字が画面に映るのを観て、その映像が木工品の製造風景だったことから興味を引き、ビデオはひとまず止めて、その番組を試聴しました。〈※番組は東海テレビ制作の「ぐっさん家」の再放送でした。〉 その木工品は、゛ます゛で、その店主が、 結婚記念品として焼き印を入れた゛ます゛を、何十年も大事に使ってみえる方のお話やその実際に使われ続けている実物を紹介しながら、 「(ますは、)長年、人に使い込まれると、艶というか、独特の風合いが出てくるものなんです。 その意味では、木は、切られてからも生き続ける。切ってから200年後が一番木が良くなるとも言われています。」と。 伊勢神宮の遷宮の大鳥居などもそうですが、歴史的建造物の木材の風合い・風格は、鉄筋コンクリートのものでは太刀打ちできません。特に長期間の保存・維持の点では…。 ギターも、弾き込めば弾き込むほど、音色が良くなる楽器です。200年弾き込むことは到底無理ですが…、 ♪私がおじいさんになっても、アコギは弾いてるよ!!…♪ 写真は少しオマケで、その店特製ますジョッキで、岐阜県大垣市の各地の見られる゛自噴水゛と言われる湧き水の美味しい天然水を汲んで飲んでいる場面です。~岐阜県の名水・加賀野八幡神社井戸~にて。
2008.10.16
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夕飯の後、 「ちょっと、小屋に行ってくるね!」 と、家族に告げると、家の隣に建っている木造二階建ての旧養蚕小屋へ出掛けました。 養蚕小屋だから、゛小屋゛。 「で、何をしに行ったん!?」 だって!? そこを使い始めた頃は、薄い板張りの床で、中央には格子が付いていました。 また、当時の建築〈柱だけが立っていて、壁は四方とも、障子で仕切られた…〉では、使い勝手が悪いので、ホームセンターでフローリングの床材を買い、壁を作る為に防音材やベニヤ板を親父に頼んで仕入れてもらって、DIYで休日ごとに制作しました。 程なくして、一階の一室が、マイ音楽室♪に生まれ変わりました。 二階部分(二部屋)は床材で補強して、倉庫として使うことに…、そして一階の一部屋は…、さて何の部屋でしょう?? ニャンと!?、私の家族の一員!?である猫…「ココア」が寝る部屋になっているのです。 結局、私はギターを弾くために小屋へ出掛けていたのですが、約2時間の練習の後、家に戻ると、 「じゃあ、ココア(寝かせに)送ってくるね!」と、母は猫を抱きかかえて小屋へと連れていくのでした。 私が使う…そして入れ替わりに、ココアが使う…というパターンが出来ているのです。 ココアは、夕飯の後、散歩に出ますが、しばらくして、戻ってくると、家のソファーにココア専用のスペースがあり、丸まってウトウト… (ρ_-)o_ZZzz.... 《ゴメンね。遅くなって…!!》
2008.10.15
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今朝の朝刊(朝日)から、ニュースを一つ。 まずは、その内容をお読みください。 ****************** 大手コンビニエンスストア「ミニストップ」(本社・東京)が、来年4月、津市の三重大学構内で開店する新店舗でレジ袋の有料化を検討していることが14日、わかった。大手コンビニ各社などでつくる日本フランチャイズチェーン協会(JFA)は「(同店以外で)有料化を予定しているところはない」と話しており、大手コンビニでは全国初となる可能性が高い。 三重大学は1月から、大学生協で環境対策の一環としてレジ袋の有料化を実施。「夜間でも開いている店を」という学生のコンビニ開店の要望を受け、9月、有料化などレジ袋削減につながる取り組みを条件に出店業者を募集した。 今月の選考委員会で、応募した大手2業者からミニストップの出店が内定した。 今後、営業時間など具体的な内容を詰め、年内にも正式に契約を結ぶ。同社はレジ袋有料化を検討している理由について、 「大学内(という環境)であることと、 すでに学内でのレジ袋辞退率が高いこと」 としている。 三重県地球温暖化防止活動推進センター長も務める三重大学の朴恵淑教授(環境地理学)は「大学内とはいえ、コンビニ業界で有料化が始まるのは大きな意味がある」と歓迎している。レジ袋の有料化の動きは、全国のスーパーやドラッグストアで広がっているが、JFAは「コンビニの業態は有料化になじまない」などと反対の立場をとっている。 ****************** ということです。 私の通う三重大学が、環境問題への意識の高まりと、実際の環境改善への具体的アクション、の広がりに貢献出来ることは、私も大歓迎!!です。 しかし、どうも、手放しで喜んでもいられないのも現実。 コンビニ業界は、 以前、環境問題の取り組みの一つで、《24時間営業の短縮》案が出された時、「地域の安全ネットワークとしての機能もある」と反対されていました。 コンビニの【利点】は、【手軽に利用~いつでも(閉店時間を気にせず)、ふらっと(エコバック無しでも!?)~できるだと思うので、難色を示すのはもっともだと思います。 ただ、今回出店予定のミニストップさんは、あのイオン・グループ。 「木を植えています!」というキャッチフレーズで、環境問題を全面に出して企業イメージを高めているという経緯があります。 だから、三重大学の話に乗ってきたのは必然!? 最後に…。 水を差すつもりはないけれど…、 先進国の…特に日本の、屋外設置の自動販売機の数は半端じゃありません。 家庭でも冷蔵庫の電気使用量が重要と言われるように、たくさん電気を使いますから、自販機に伴う電気使用量は膨大です。《巨大な冷蔵庫的存在のコンビニが増える!!》ことを歓迎していいの!? …複雑…。
2008.10.15
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たまには、むっちゃ単純!?シンプルな話題もあり??。 写真のギターは、ヤイリギターの12弦。カッタウェイでエレアコ仕様です。 大阪のミナミのアーケード街にある某大手の楽器店で、゛ひとめぼれ゛《…ちゃんと!?前回のネタと゛リンク゛してるでっしゃろ!?》して、衝動買いしたやつです。 あちこち傷だらけでしたが、その雰囲気が気にいったのと、小振りな割りにまぁまぁ鳴ってくれたのが《買い!!》でした。 我が家に、 ヤマハのさだまさしモデルがやってきた時(2006)と、 テリー中本さんのさだまさしモデルがやってきた時(2008)も、 所有するギターの整理…手放し…をしましたが、その時の売却候補にならずに、残っています。 基本的に、親父が建具職人だった影響ではありませんが、木目が見えている塗装~ナチュラル系~が好きなので、サンバーストは唯一これだけです。
2008.10.14
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先ほど用事があり、大学の隣の大学病院に併設されている簡易郵便局へ出掛けました。 敷地内の近道で、生物資源学部の農場の間を抜けると便利なのですが、今日は、その道沿いのフェンスに、 「あぁ、稲刈りしたんやなぁ~。」 稲がたくさん干してありました。 ※ひとめぼれとか何種類かの銘柄が書かれたタグが付いていて、《研究用》という感じがしました。 もう、家の近所とか遅くとも9月中には終わっているから、「まだやったん!?」という感じではあるのですが…。 でも…毎年のことですが、古米を食べきるまでは、新米にはありつけません!! 「♪もう~何杯減ると、新米なん!?♪」 と待ち遠しいのです。だからついつい食べ過ぎる!? キヲツケナクチャ!!
2008.10.14
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「ときどき館」は、自然の木の風合いが残る椅子や天然木のテーブルなど、木の温もりが感じられる優しい室内。…今日はとても良いお天気で、外に向けて座るカウンター席には、明るい日差しがこぼれんばかりにあふれていました。 入口を入ってすぐの右手の壁には、「我家のカウンセラー」という、NHKの番組でも紹介されていた絵が、私を迎えてくれました。 (※幼い女の子と犬が並んでしゃがんでいる絵です。) 他にも、 「セミノヌケガラ」(公園の風景としゃがんでいる母子…瞳の中央にセミの抜け殻そしてシャボン玉) 「TANPOPO」(タンポポの綿毛を見上げる女の子) など、数点が壁に飾られていました。 大学の講義で、筋ジストロフィーの患者さんの詩を鑑賞、鳥に憧れるような表現があり、自分の自由の効かない状態を思ってのことだろうか?と、話し合いをしたのですが…、 拝見した絵の中の…シャボン玉やタンポポの綿毛は、広い空に高く昇っていく存在(・象徴)で、やはり、何らかの希望や憧れを託したのかなぁと、考えました。 私は、「TANPOPO」の絵に特に惹かれました。女の子の表情〈口もとをキリッと結んでしっかり綿毛を見上げいる姿に…。〉 例の”ほほえみの絵”(人物画デッサン)は、やはりお店の掲示はありませんでしたが、NHKのポスターでその一部を拝見することが出来ました。 来て良かった!! お母さんとも少しお話も出来ました。 ※その内容はいずれお伝えします。 一筆一筆心を込めて制作に取り組む正嗣さんを見習って、一日一日自分の出来ることをコツコツとやり続けること。それを再確認するためのドライブだったと思います。
2008.10.13
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実は、この三連休初日の土曜に、前日に観たVTR…筋ジストロフィーの青年の描く「ほほえみ」の絵の話題…が、私の頭から…心から…離れなくて、一日中すっきりしなかったのでした。 《何かしなきゃ…!?》 という感覚に支配されているんだけど、でも、それが何か…の輪郭がぼやけてて、すっきりしなかったのです。 『そうだ!! 正嗣(まさし)さんの絵に逢いに行こう!!』 と、直感的に、それを思いついたのでした。…しかし、多分、それこそが、私の心の核心を突いたものだと、これを書いている、今まさにそう思えます。 翌日(日曜)は地元の神社のお祭りのお世話役に当たっていたので、それを実行するチャンスは、まさに今日!! 家族サービスを免除してもらい、朝7時起きで、河合正嗣さんの絵が飾られている喫茶店「ギャラリーカフェときどき館」のある愛知県豊田市の旧下山村の地区を目指して、車を走らせたのでした。 旧下山村の「ときどき館」というだけの手がかりで、住所も電話番号も知らない無謀さ!? カーナビで、下山村役場を設定。着いたら地元の人に尋ねれば判るだろうと…。 →出発して約3時間。幸いにすぐに交番を発見!! 「あの~ときどき館という喫茶店で、河合さんという方が、されている…息子さんが電動車椅子で…」 …すると、 「あぁ、河合さんね。」と、店の名前からよりも、河合さんという情報で、理解された様子でした。 「前の道路を道なりに…(中略)…。三河湖の土産物屋さん『香恋の里』を目印に行くといいよ。そのすぐ前にあるから…。」と、とても詳しく分かりやすく説明をしていただきました。 目的地は、もう少し。約6km足らずで、程なく到着。お巡りさんに感謝!! いよいよ、正嗣さんの絵に逢える…。 ※一先ず、到着まで編.を終わります。→写真の紹介の都合で例によって分割します。 〈つづく〉
2008.10.13
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皆さん、お早うございます。 今、私は、♪国道(1号)沿いを西から東…♪ 津市から亀山に入り、名古屋方面に向かっている途中です。 「ぅむっ!? あれは、何だ!?」 と、目に飛び込んできたのは、沢山の熱気球の集団だったのです。 色とりどりの気球は、ざっと数えただけで二十数基。 どうやら、亀山市内の鈴鹿川河川敷辺りから飛び立った模様。 中には写真のように、超・低空飛行!?のものもあり、おかげで、間近で鑑賞することも出来ました。 見てて心地よい気持ちになれましたが、例え、はっきりはしていなくとも、大空高く昇っている方が素敵ですよね!! 追伸:ちなみに、一つだけ大きく写っている熱気球の名前は…、 ゛ラピュタ゛と書かれていました。
2008.10.13
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今日は、NHK教育テレビが生中継をした、 第75回NHK全国学校音楽コンクール~中学校の部~ の本番、当日でした。 全国各地の1170校の参加の予選から勝ち進んだ11組(12校…※注)の合唱が披露されます。〈※注:四国ブロック代表の香川県丸亀市立東中&南中合同参加による。〉 例年はこれほど、このコンクールを熱心に聴いたことはなかったのですが、今回は、課題曲が、アンジェラ・アキさんが作られた「手紙~拝啓 十五の君へ~」が採用されていたことが大きいです。 NHKで、特集番組「拝啓 十五の君へ」と、「続・拝啓 十五の君へ」を視聴したことから、さらに注目していました。 全ての学校の合唱が披露された後で登場したアンジェラ・アキさんは、 「゛手紙゛という一つの曲を皆さんがそれぞれの思いを込めて、思いを乗せて歌ってくれたことによって、沢山の゛手紙゛が生まれたと思います。」 「今日、一校一校、皆さんの歌聴かせてもらいましたけど、それぞれの歌、ほんまに素晴らしかったと思います。」 「そして、全国大会に出れなかったけど、一生懸命歌ってくれた全国の中学生の皆さんの゛手紙゛もおんなじように素晴らしいと思いました。」 「今日、会場に来てくれている皆さん、そして、テレビの前の中学生皆さん一人一人、ほんまによう頑張ったと思います。沢山の゛手紙゛を聴かせてくれてありがとうございました。」 とおっしゃいました。 番組の最後には、アナウンサーの方が、 「(最後にみんなで)、わぁっと歌いましたけど、この歌全体、やっぱり非常にみんなの心をとらえた…まぁ…曲が良かったことも、今年の盛り上がりに…、コンクールとしての盛り上がりですよね。」 解説者の方が、 「なんか、コンクールを超えて、素敵な若者たちのコンサートになったと思います。こういうコンクール、いいじゃないですか。これからもやれると…。」と締めくくられました。 ♪コーラス♪って素敵ですよね!!
2008.10.12
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<前回の続きです。>弟を失い、生きるという決断をした河合正嗣さんは、2003年の夏から、自分の周りの人たちの、「ほほえみ」を描き始めます。正嗣さんは、こう考えていました。「死ぬのも辛いけれど、生きていくことも、それに匹敵する(辛い)ものだ。」「それゆえに、亡き弟に対して、『先に楽になりやがって!!』という思いを持ってしまったことがあります。」「そんな自分が、他人を優しい気持ちにする絵を描く…だなんて、本当におかしい話でしょ!?」と、自分に向き合います。迫りくる病魔との闘い。心臓の鳴動も弱り…今度は、「ペースメーカー」を埋め込むという選択をします。…弟の分も生きて、絵を描き続ける…しかし、正嗣さんは、「これ以上、体にメスを入れてまで、生きなくちゃならないの!?…」という思い(葛藤)にもさいなまれました。「自分には、自殺するにも他人の手(助け)を借りないと出来ないから…ね!?」と自嘲します。それを経て、《"死"は避けられない。だったら、それまでを、"どう生き抜く"べきかが大事!!》と悟ります。【ナレーション】~「正嗣は特別じゃない。誰にでも"死"は訪れる。」が流れます。~再び、絵と向かい合っている正嗣さんですが、病気の進行から、既に筆圧もあまりかからず、弱々しくタッチでしか描けません。未だに「病気に負けそうで、自分には優しさなんてない…。」という…が。「本当の笑顔を持っている人は、幸せな人生を歩んでいる人ばかりじゃない。」ということを知り、「僕は明らかに弱い。でも、<弱さ>を知って、本当の喜びを噛みしめられるようになったのです。」…と、自分の「弱さ」と向き合うたくましい正嗣さんの姿がありました。最後に。母の言葉を…。「二人の病気を知った時、絶望した。が思い直した私は、二人に対して、こう考えます。」《この子たちにしてやれることは、゛笑顔゛だけしかない!!》→正嗣のテーマの゛原点゛!?
2008.10.11
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今回は、後期講座の゛病弱教育゛第1回目に試聴したVTRについて。NHKプレミアム10を録画したもので、平成18年度芸術祭参加作品である「この世界に僕たちが生きていること」というタイトルがついていました。河合正嗣(かわいまさし)さんは、筋ジストロフィーという難病と闘っている青年です。愛知県豊田市に暮らす彼は、家族が経営するギャラリーカフェ「ときどき館」内のアトリエで、人物画のデッサンに没頭しています。腕(・筆)が自由に動かせないため、友人が作ってくれたオリジナルの電動イーゼル(キャンパスが上下左右に移動する)の前に座り、☆実際に会ったことがない入院患者さんの写真を見ながら、その人の笑顔を思い浮かべながら、筆をすすめるのです。描き始めは、自分が入院してお世話になった病院の医者や看護士さんでした。それから、同室の患者さんたちの顔を描くようになったのです。それが、いつの頃からか、「110人分の絵を描いて展覧会を開く。そしたら、それぞれの絵を本人に進呈する。」という約束をしているそうです。というのが、正嗣さんの夢・目標になったのです。《なぜ、中途半端な110人分なの??》そこには、正嗣さんの思いが込められていました。「1_10_人」は、「ひと_と_ひと」って読めるでしょ!?人と人が支え合って暮らしているのが社会だから…。それで、現在は、写真を預かっては作品に仕上げているそうです。正嗣さんは、必ず゛目゛から描き始めます。1日6時間近く作品と向かい合います。そして、ひと夏で4~5人分の作品を仕上げたそうです。作品づくりの仕上げも、やはり、゛目゛。最後に、゛目゛の部分に筆を入れ、完成!!その目は、正嗣さん自身の心を映しています。正嗣さんには双子の弟がいた。弟も同じ筋ジストロフィー患者だった。23歳の生涯を閉じたのは、もう自力で呼吸する力がなくなり、《喉の切開手術&人工呼吸器の装着》(=延命治療)を望まなかった結果なのです。【命を失うか、声を失うか。】やはり同様に、筋力が衰えた兄は、《弟の分まで生きる》という選択をします。この二人が、゛絵゛と出会うのが中二の頃。姉が、二人のために絵の具のセット(油絵)をプレゼントしたことがきっかけでした。二人はライバル…競うように絵に取り組みます…《どちらが早くプロになるか》と。
2008.10.11
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添付写真の都合で、2回に分けました。 「お礼に…」と、何かを手土産にするより、お店のお持ち帰りを頼む方が喜ばれるし、私も、美味しい天まきがゲット!!できる!!というわけで、写真でご覧の通り、美味しそうな海老の天ぷら入り巻き寿司が、今晩の食卓に追加されます。 今から、いただきまぁ~す!!! p(^-^)q (^ε^)♪
2008.10.10
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先日昼間に、 近鉄津新町駅前にある 『天ぷら_さか本』に 行ってきました。 とお話しましたが、その時に、国道23号線を三重会館の交差点右折、津インターに向かう道路に進入すると、裁判所前の道路上に、11日から始まる゛津まつり゛見物用桟敷の組み立てが始まっていました。「もう一車線をふさいで、準備してるんやねぇ。」 で、今夕もそこを通ると、ご覧の写真のように、ほぼ完成!! 明日の本番を、今か今かと待ちわびているかのようです。 何故、そこを通ったん?? …昨日のお礼に、ちょっと『さか本』へ…。
2008.10.10
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今日も車に教えられました(笑) 今日は「目の愛護デーです。」って! そこで、今回の掲載写真は、 『癒やしの花』 にしてみました。 今朝、朝刊を取りに外に出た時に、ふと目に留まったのが、私の家の駐車スペースの脇の石垣の間から生えて健気に咲いている花たち。 もう何日も前からその姿は見せてくれていた筈なのに…。《気づいてあげられなくて本当にゴメンね!!》 以前に、マスコミが、都会(?)のアスファルトの切れ目から生える"ダイコン"などを、「ど根性ダイコン」などとはやし立て、ちょっとしたブームにしていましたが、 当時、私は、理科教師的見解で、「植物の生命力はかなりあるから、たまたま生き延びられる条件をクリアしてただけやん。そんなの、雑草と呼ばれる野草にとってみれば、日々生存競争を余儀なくされているし…。」と、"お祭り騒ぎ"、"馬鹿騒ぎ"している人たちの事を、冷めた目で見ていたものでした。 だから、今朝の気づきは、その"健気さ"という事より、むしろ、 《その小さな姿・存在(あるいは変化.)を、私が見逃していた》という事実です。 先日、観察参加の際に、何度もお聞きした、 「重度の『障がい』者の自己表現・意思表示は、わずかな目の動きやまばたきや頬の微細な動きなどで行われます。」「自閉症の方の自己表現は、…。」などと、笑い方のわずかな変化や回数で、その人の気持ち(満足感)を推しはかるような、支援者側の感性が、問われているのだと思います。 子どもたちのわずかな変化(=成長)を見逃さずに、一緒に喜びを共有したいと改めて感じました。
2008.10.10
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以前、ブログにてご案内させていただいた、 「ありのままに歩きだそうvol.5」 のPR用ポスターが出来上がってきました。 それで、さっそく、在籍中学校に出向いて、教頭先生に、校内掲示をお願いしました。もちろん、難なく許可をいただきました。 ※教頭先生は、以前に、津市教育委員会人権教育課にみえた人権問題に格別な理解者なのです。 感謝!!m(u_u)m そして、やはり、街中に貼らせてもらった方が、広く一般の方にご案内をする意義…例え、その大多数が、当日参加していただけなかったとしても…は大きいとみます。 「この人たちは、こんな活動してるんや。」 「どんな主張してるんやろ?」と、まずは、どんな部分からでも、興味・関心を持ってもらえたら、それが"はじめの一歩"になると考えます。。 さぁ、せっかく貼るのなら、出来る限り、通行人が多く行き来する通りや、立ち止まって見やすい駅とかバス停付近…に貼りたい。 (b^-゜) (^ε^)♪ あったぁ~!! ありましたょぉ!! 最適な場所が…。 近鉄津新町駅前に店を構えておられる方(お母さん)は、その前述の中学校のPTA役員をされていた年のPTA本部担当教員だった事から、その店は、何度か利用させていただいていました。 お店の迷惑にならないように、午後2時を少し回った頃、そのポスターを手にして来店。 今回の催しの企画主旨を伝え、店の表側に貼らせてほしいとお願いしたところ、その方は、即、ポスターを手に、外に出るや否や、 「うぅ…ん。ここがいい。」と、 お店の求人募集中のチラシを、サッと、剥ぎ取り、お願いしたポスターを貼ってくださったのです。 まさしく、求人募集中が一番目につきやすい、格好の場所だったので、そのスペースをわざわざ譲ってくださった、その方の心遣い・温かさが胸に沁みました。 さて、その店(飲食店)は、何のお店でしょうか? →ヒントは写真に!? 「天ぷら・さか本」と、入口扉に書かれているのが見つけられましたか? ランチの「おばんざい定食」も健在の、゛美味しい天ぷら屋゛として知られています。 昨年には、学校へ練習試合のために、数校集まって来てくれていて、その「さか本」へ海老天巻き弁当を人数分注文したこともありました。 もちろん、定番の天ぷら定食は、アツアツを提供するために、天ぷらの盛り合わせは、あえて2回(二皿)に分けて出してくださいます。 "パリッ"と"サクッ"とアツアツの天ぷらが思いきり楽しめますよ!!。 津市民に限らず、是非とも、 「天ぷらと言えば、さか本。」 「さか本に清き一報を!? 」 と、お電話ください(笑) 「お店を利用したいのですが…、駐車場はありますか?」 と。 では、よろしゅうに…。
2008.10.09
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あすなろ分校への観察参加の日の車中のBGMに選んだのが「うつろひ」。 さだまさしさんのアルバムで「明日檜」が入っているというシンプルな理由から。 その「うつろひ」に関するエピソードをお伝えしたいと思います。(※さだまさしファンなら周知の事実ですが…。) さださんは、グレープというグループを解散した後、ソロ・デビューを果たしますが、そのリリースされたアルバムのタイトル名は次の通りです。 (1)帰去来_(ききょらい) (2)風見鶏_(かざみどり) (3)私花集_(アンソロジー) (4)夢供養_(ゆめくよう) (5)印象派_(いんしょうは) (6)うつろひ_ と、並べて表記しただけで、すぐお気づきになったと思います。タイトル名がすべて、 《漢字三文字!!》 それが、6枚目の「うつろひ」は、そのパターンが崩れてしまってます。 あぁ、さださんの言葉へのこだわりや語彙の豊富さを持ってしても、ネタ切れ!? …と、そんな思いのまま、ふと、その「うつろひ」の曲名に、目をやると、 (・_・)エッ....? 「うつろひ」 住所録,鳥辺野, 第三者,邪馬台, 肖像画,昔物語, 明日檜,分岐点, 黄昏迄,小夜曲. の全10曲 なんと、タイトル名ではなく、曲名で、《漢字三文字!!》にこだわったのです。 まさしさん、してやったり!! という「うつろひ」に関するエピソードでした。
2008.10.08
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今朝の続編です。 NHKテレビで、ノーベル物理学賞受賞者の一人である、益川敏英さんの生放送でのインタビューを試聴しました。 その中で、 何か考えごとをする時は、家の近辺をぐるっと歩きながら考える癖があるそうです。 科学者らしく、 「電気の信号も、少しノイズを載せてやる方が上手く伝わるように、外で雑音が聞こえるくらいの方が、頭が上手く働いてくれるんだよ。」と語り、 さらに、 「もし、私が外で交通事故に遭ったとしても、恐らく、私の方が周りをよく見てなかったことが原因だから、相手を恨まないように…」などと、冗談ともつかぬような話を家族にお話ししたこともあるそうです。 ☆なんとも変わった部分をお持ちですが、それこそが新発見に辿り着くのでしょうね…。 実は、ここからが、私が感動した場面なのです。 「あんまり嬉しくないです。」と、 数分前におっしゃっていた益川さん。 南部陽一郎さん(87)と同時受賞だという部分に話題が及んだ途端、急変。 大泣きの顔に変わり、言葉を何度も詰まらせながら、 「私の研究の土台は、若い頃に熱心に読みあさった、南部先生の論文なのです。ですから、その尊敬する南部先生とご一緒にだなんて…とても…嬉しく…思います。」 《嬉しい》の気持ちが、複雑化して、とりわけ、大先輩と同時受賞についての戸惑いが、一気に弾けた気がしました。 がそれこそが、益川さんの人間くささ・人間らしさがにじんでいて、とても好感が持てました。
2008.10.08
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またNHKテレビ「おはよう日本」からの内容です。 8日朝、ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英さんに、一夜明けた心境をインタビューされている様子を、試聴しました。 まず、初めに驚いたのは、 「あんまり嬉しくないです。研究としては、2002年に既に終わっています。(これは)社会現象です(から)。」 「当時は、他の仕事も山積していて、この研究にかかりきりでもなく、実質、約1ヶ月くらい寝ずに……3時間ずつは寝ましたが…、考えました。」 だとして…、渾身の力作という思いはないように語ってみえました。 私の実父は、建具職人で、こつこつと…黙々と、製品を作り続ける素晴らしい人ですが、その彼にも、そして、スケールで比較にもならないかもしれませんが、あの゛イチロー゛選手にも、そうした職人気質を感じます。 偉大な人に…通ずる態度・姿勢なんでしょうね! 【つづく】
2008.10.07
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今日7日は、特別支援教育集中講座【観察参加】のツアー・ファイル!?…あすなろ分校に観察参加をさせていただきました。 9月25日の゛城山特別支援学校゛見学に始まり、゛愛知県のAJU自立の家゛、゛三重県いなば園゛、゛三重県立盲学校゛、゛三重県立聾学校゛と続き、今回で最終回を迎えました。 それぞれが、特色ある、教育活動・教育実践を展開されていて、毎回興味深く参観等をさせていただいてきました。 で、今回のあすなろ分校での観察参加ですが、私にとっては、先の盲学校に次いで、親しみのある学校なのです。 それは…、゛あすなろ分校゛の正式な名称は、゛分校゛とあることからお気づきくださったと思いますが、本校があっての分校なので、 ゛津市立高茶屋小学校あすなろ分校゛ 及び、 ゛津市立南郊中学校あすなろ分校゛ と言い、すぐ近くの小学校・中学校の分校の位置付けがなされているのです。 実は、その゛南郊中学校゛に数年前勤務した経験があり、体育祭や文化祭、合唱コンクールなどの諸行事で、交流を図ってきました。そこの先生方とも、年間にそれほど多くないながら本校・分校合同の親睦会<飲み会>では同席させてもらいながら"飲みニケーション"交流もしていました。 その後、市町村合併後の"新"津市の特別支援教育研究会の事務局を微力ながら仰せつかり、その任期中には、研修会や研究大会の講師依頼の交渉等でも、たいへんお世話になったところなのです。 今回は、小学校の方を授業参観させて頂きましたが、公開された授業の4つの教室のうち、実に3つの教室の指導者が顔馴染みの方々で、嬉しくかつ懐かしく思いました。 1・2年生合同の「生活」の授業では、 【ぶどうのしるでかみをそめよう】 と、ジッパー付きビニール袋にぶどうの粒5個を入れて潰して作った果汁で、キッチンペーパーを紫色に染める実験をしていました。 3・4年生も合同で【英語】、ALTの先生とゲーム(・レク)をしながら、体の各部分の英語での呼ばれ方…例えば、頭は…"ヘッド/head゛など。…を勉強していました。 知的障がいのクラスでは【ことば・かず】の授業…、4名の児童がいて、ある子にはパーテーションで囲むようにして、集中力を高める工夫がされていました。TEACCHやPECSの理念や手法で、"視覚優位"~聴くより見て外部からの情報を取り入れ、理解し易いタイプ~の子どもの支援を積み重ねてみえました。 イラストを多用し、時間の見通しを把握し易くする…スケジュール盤や常に手に持っているメモ帳に次の見通しを促す絵や文章を載せて、子どもの自発的な行動につなげていました。 30名近い参観者が押しかけた割には、それほど、パニック・困惑する児童もなく、子どもたちにとって、安心できる空間なんだと感じました。 この時期、運動会シーズンなので、本校に試験的に通い、集団生活のルールや対人関係のスキルを試したりしています。そこで残念ながらパニックを起こしてしまった人はもう一度、丁寧に支援し直すことがされているそうです。 授業参観の後で、あすなろ学園の紹介DVDを試聴しました。 そこに、西田園長が出演されていて…、 冒頭部分の、 「子どもたちは可塑性と可能性を持っています。」と語ってみえました。 その意味は、あすなろに来る子ども…来ざるを得なかった子どもたちは、心の弱い部分が強く現れたことで問題行動や不登校がみられただけ。 心には少しの弱い部分と残りの大部分の健康な部分があって、その健康な部分をいかに育てるか・伸ばせるか…に情熱を注いでおられるそうです。 一度、あるいは数回のつまづきに負けないで、変化/進化していってほしい…子どもたちには進化し得る力(→"可塑性&可能性")があるという訳です。 最後に、これまで何度となく聞いてきたことを、今回も言われましたのでご紹介させていただいて、締めたいと思います。 「『困った子ども』という先生にとって、先生(大人)側が困っている状況を、その"困っている"が示しているけど、真実は、「障がい」児本人がとてつもなく困惑し、"困り感"を抱え悩んでいるのです!! 子どもたちの"困り感"に寄り添う教育支援に日々熱心に取り組んでいるのです。 」 ☆写真は、あすなろ学園内に多く植えられていたキンモクセイです。※特に本文中の内容とは関係ありません。 m(u_u)m
2008.10.07
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今朝7時のNHKテレビ「おはよう日本」では、ALSという難病の話題が、2つ、取り上げられていました。 その2つ目の話題です。 ***************** 「亡き夫の残した言葉」で、患者支援に奔走する女性。 織田さん(51)は、数年前に、夫をALSという難病で亡くされます。 (※ALSは、全身の筋肉が萎縮していく難病。) 織田さんは、その後しばらくは、ALSに関する言葉を聞くのもツラい…という心境で暮らしていました。 しかし、亡くなった夫が、生前に残された言葉… 「ALSは、本当に不思議な磁石なんだよね。発病してから、私の周りには、"本物"が集まってくるんだ。温かいハートの持ち主ばかりが…。」という家族に話していた言葉…を、ふと、思い出したのだそうです。 ALSから遠ざかる生き方を、その亡き夫から指摘を受けたように感じて、織田さんは、ALS支援団体の富山支部を立ち上げ、代表を務めながら、患者支援に走り回る毎日を送られているそうです。 ※ALS患者は、全国に7000人、富山県には、60人いらっしゃるそうです。 織田さんが作られた支部は、20人で始められ、現在、50名にまで増えて、活動を盛んにされていらっしゃるそうです。 ***************** 夏休み前の講義で、事故で中途障がいになられた青年のお話を聴く集い(出会い学習)がありました。 その方も、 「友だちや家族の温かい心がなければ、このように、外出できるようになってはいませんでした。」 (※「そんな風になったって、お前はお前やんか!」と、さりげなく言われたそうです。) と、友だちの大切さを語ってくれました。 窮地に置かれた時にこそ、人の真の姿が見えるということですね。 私はどういう態度をとるんでしょうね!?
2008.10.07
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NHKおはよう日本で、タイトルのような特集が放送されていました。 その内容(概要)は、 ***************** 千葉県勝浦にお住まいの照川さん(68)は、ALSという全身の筋肉が萎縮していく難病患者です。19歳の頃腰に違和感を感じて、診察を受けた際に、その難病の症状であると判明。それ以降、病と闘ってこられたそうです。16年前から、人工呼吸器の装着が必要な状況にまで悪化。照川さんは装置装着の選択をします。現在、自分の意思で動かせるのは、目と右ほほだけだそうです。※意思伝達装置のセンサーを右ほほに取り付けて、家族と会話が出来ているそうです。 「呼吸器を着けて(…延命出来たことで…)、友達も出来たし、楽しい。」 5年前には、本も出版。 今回、照川さんが病院へ、「呼吸器のとり外しについての依頼」という文書を提出されたことから、病院の倫理委員会の議論になっている…という内容でした。 今の法律上の判断では、患者自身の意思で゛延命治療゛の為の人工呼吸器の装着について選択出来るが、いったん、装着した後では、本人の希望があったとしても、外した医師が殺人罪に問われるという現状なのです。 その状況なので、本人の意思での着け外しを認めてほしいという訴えをされたのです。 病院側は何度も倫理委員会を開いて検討を重ねているそうで、病院長の見解は、 「大変な病気に見舞われたから、せめて、その命の選択を、本人の意思でさせてあげてもいいのでは…。」 前例では、患者さんと医師の間での話し合いで為されたケースなので、今回のように病院全体で倫理委員会の議論を踏まえるのは初めてのケースになるそうです。 もちろん、その賛否両論があります。ALSの団体の代表の橋本さん(ご自身も患者さん)は、 「装着外しの選択が認められると、それを希望しない患者にも、圧力がかかり、追い込まれかねない。心配が増える。私は、死ぬまで外さない!」とコメントされていました。 ***************** ☆私は照川さんの意見を支持したいと考えますが、現状を鑑み、橋本さんの不安も、社会的弱者に冷たい今の世の中では理解出来ます。 さぁ、今後の動きに注目…しています。 ニュースでは、さらに別の特集が、ALS患者の夫を亡くされた女性が、その患者の支援団体を設立。活躍されているという話題も伝えられていました。 ※とても印象的な言葉がありましたので、次の日記で紹介しますね!!
2008.10.06
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今朝の新聞に紹介されている、愛知県の高校の文化祭の取り組みを興味深く読まさせていただきました。東海地方の掲載!?では惜しいので、ここに、その記事を載せます。 ***************** 【被爆の重み40万人分の顔写真】 被爆後の広島で燃え続けていた火を分けた「原爆の火」を、全国の学校で唯一ともし続けている愛知県豊橋市の桜丘高校の生徒たちが、広島・長崎の被爆者の総数と同じ40万人分の顔写真を集め、5日、文化祭で展示した。 原爆の犠牲の大きさを実感する手がかりにと、夏から準備してきた。 顔写真展は「犠牲者がそれぞれかけがえのない人生を持っていることを感じてもらおう」と、1年8組と9組が発案した。 被爆して亡くなった人や後遺症に苦しむ人の総数とされる40万人分をめざした。 79人の生徒が大型の模造紙を1枚ずつ分担し、1人5千人分を目安にした。 各自、新聞や雑誌、本などから、好きなタレントや政治家の顔を切り抜いたり、家族や友人に頼んで写真を集めたりした。 壁いっぱいの展示物を前に、生徒たちや来場者は、身近に感じる人の写真に見入っていた。 「犠牲者を単なる数字でなく、一人一人の人物として受け止めるきっかけになった」 と、企画をまとめた生徒は話した。 …以下省略。… ***************** ☆「感動した!」 40万人を、総数という゛ひとまとめ゛に見るのではなくって、 1+1+1+1+1+1+1+…の ゛生身の人間゛の集まり=集合体であることに着目したところがたいへん素晴らしいと思いました。 戦時中、人の命を、将棋の駒の一つのような゛軽い扱い゛で、戦場から遠く離れた守られた場所で、命を捨てる命令を下していた人たちにとっては、一人一人の顔には少しも興味はないだろうと思います。 ☆「若者的発案!?」 顔写真の一つとして用意したのが、自分の知っている(≒親しみのある)人物であるタレントや政治家…という発想…。 斬新でしたねぇ。 「被爆者」→「亡くなった人」と単純に考えると、その一人に選ぶということは、その人(の写真)を《遺影》的な扱いするみたいな感じ…とついつい私なんかは思ってしまいがちですが…。 うーん、深く考えてなかった…という声が聞こえるような、いや、大切な人をその中に加えることでこの問題の重みを、さらに強く受け止めたいという願いだよって訴えているような…。 まぁ、良くも悪くも、今の若者たちの本音と捉えよう!! 最後に… あくまでも、超私見的コメントですが、《政治家の写真を使った》生徒に、拍手喝采! 一番、戦場に遠い人たちと、先ほど書いたように、現在の"麻生"首相を始め、議員の中に、戦争を安易に起こしかねない考えを持ったとんでもない人間が、政界には意外に多くみえますから、皮肉《・風刺》に掲載されたのなら、 「あなたはなかなか、やるねー!!」
2008.10.06
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今日は、祖父の三十七回忌のご法事で実家に帰省していました。 親戚や兄弟が久し振りに集まって、よもやま話に"花"が咲きました。 とある親戚は、秋桜(コスモス)をたくさん、お庭から取ってきてくださいました。※花瓶に…ですが、生け花みたいに母が生けたそうです。 そして…今日一番、驚いたのが、この゛栗゛!? 兄貴のお連れ合いさんが九州は熊本の方で、ご実家から、送ってくださったものです。※写真では、その大きさを実感していただきにくいので、1合ますと、家にあった栗を6個、比較するために奥側に置いてみました。 それにしても、立派な栗やなぁ~! Big-栗!? …「ビックリ!?」 ※これぞ、親父ギャグ!? 受けなくても、堂々と、繰り返す!?。 では、またね!!
2008.10.05
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今日、10月4日は、1(イ)-0(ワ)-4(シ)と、語呂合わせをして、鰯(いわし)の日だそうです。 それを何故知ったか…というと、 私の車の、ハードディスク・ナビのシステム、エンジンをかける度に、その日最初に起動した際に、 例えば、今日なら… 「10月、4日、土曜日、イワシの日です。」 などと喋るのです。 で、それを聞いた連れ合いが、 「じゃあ、今晩のおかずは、イワシフライね!!」 と、なんとまぁ、単純な…ことで…(笑)
2008.10.04
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まずは、朝日新聞の紙面から、記事の内容を載せます。 ********************************** 農林水産省は3日、保管中にカビが生えたり、水ぬれしたりして食用に適さなくなった事故米の焼却処分を水戸市、下関市など全国5カ所で始めた。 事故米への不安の高まりから、現在、政府が、各地の倉庫に保有する238トンを順次、廃棄処分する。 北海道函館市の清掃工場では、07年度に函館港で輸入された米840キロが30キロ入りの28袋に分けて運び込まれ、袋ごと廃棄物投入口に放り込まれた。********************************** 皆さん、これをお読みになられて、どう思われましたか? 私は、第一声が、 「えっ!?_何で、廃棄処分しなくてはならないの!?」 でした。 何故なら、 【事故米を廃棄処分しない】≠【また、不正な流通をさせる・許す】 の筈なのに、これじゃあ、まるで、 《自分(管理者)たちの管理・監視の能力はありません、だから、米が残っているとまた、不正を繰り返してしまうかもしれません。》 と表明しているのと同じでしょう。 本来の管理・監視が行われれば、なにも、工業用資源を無駄にする必要はさらさらないと思います。 (※昨日の居酒屋でも、割り箸廃止で、繰り返し洗って使えるものにされていました。) 今、政治の世界で、先の差別的発言で5日で辞任した某大臣のように、辞めれば責任を取ったかのような風潮があります。(これは大間違いです!!!彼は、大臣をお辞めになるだけでなく、(国会)議員としてもどうか…と思いますがね。) 今回、なんの罪もない"お米"さんたちが、役員の罪を肩代わりしているかのように、焼却処分されているように見えてならないのです! 本当に、責任の取り方が、ハチャメチャ!! あるいは、今の芸能界に見られる、"おバカさんブーム"の人気にあやかりたいの!?と揶揄したくなるほどの判断力に思えました。 別の視点から。 世界の人たちから、特に飢餓の問題に悩む国の方から、この行為は、どう映るんだろう。…これも、私は大きな課題だと思います。
2008.10.04
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今日は、9月8日(月)から4週間過ぎた日…そうなのです!!…私がお世話になった特別支援学校での教育実習〈4週間実習〉を、学部生(大学3年生)の人たちが終了されたのです。 そこで、この日は、私たち"特別専攻科"から提案して、学部生と合同での打ち上げが企画・設定されていました。 その最終日に…と決めたのは、それぞれの都合が合い易いという理由だったのですが、実習の終わりは、実習控え室の掃除や各自の受け持った教科の準備室等の片付けや整理整頓をしたり…と、結構かかります。 それでは、と、打ち上げの開始時刻が、20時30分と遅い時刻になりました。 我が家の掟の一つに、結婚した当時からの取り決めなんですが、 「飲酒して、車を運転して帰宅したら、離婚します。」 という項目があります。(今も約15年夫婦を続けられていますから、堅く守ってます。) ですから、この日は、一度帰宅した後、自宅からバスに乗ったんです。 ※私の地元は田舎で、電車の運行はなく、公共交通機関の手段はバスしかありません。そのバスも1時間に1便と少ない上に、 上り(帰り)20時半頃最終便となります。〈※下り(行き)19時頃最終便〉 通勤での利用は厳しいことが容易に理解して頂けると思います。 ☆やっと、タイトルの内容に入ります☆ バスに乗車した時に、車内には、一番前の座席に一人だけ乗っていました。 しばらくすると、その人は、座席に深く腰掛けず、身を乗り出した姿勢で、運転手さんに、あれこれしゃべりかけているのに気がつきました。 私は千円札の両替の為に、信号待ちで、前方に行くと、その女性は、バス会社の職員らしい服装をされ、この路線バスのバス停の位置や停留所を知らせる案内盤が上り下りで片側しか設置していない場所、あるいは走行上の危険が多い場所などを、きめ細やかにレクチャーしているのでした。 私が津駅で下車するまでの間に、このバスに乗ってきたのは、私を含めてわずか5人。 中には、車内でバスカードを書い求められ、しかも、「そのカードを、今使いたいけれど可能か?」といった上級レベルのケースを発生し、その運転手さんの教育実習が進みます。 途中で停留所が見にくく、降りるお客さんがいるのに、数m先にやり過ごした場面もありました。 途中には、津新町駅のバスのロータリーへの出入り、そして踏切。 そのコーチ役から、 「少し慣れてきて、雑になってますよ。」 「ここは、軽くクラクションを鳴らすと、案外楽に合流させてもらえると思います。私ならそうします。」などと声を掛けられたり、 「今のは、良いタイミングですね」とほめられたりしていました。 私は、下車する間際に、 「とても丁寧にコーチされてますね。」とその女性に話し掛けると、 「私も、この係はまだまだ初心者で、日々勉強中です。」 と話されました。 常に努力する、工夫することは、最大の教育効果を上げるのに結びつくのだろうな…と、改めて感じました。 〈追伸〉 やはり、赤字路線の、さらに、利用者が少ない時間が、練習台(練習コース)になるのは致し方ないことなんだなぁと、私の地域の現実を見せられました。
2008.10.03
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昨日の盲学校への訪問に続いて、聾学校へ出掛けました。 その報告をするには、やはり、聴覚障がい者との出会いについて、まず最初にお話をせねばなりませんね。 私の実家は、長野県の御嶽山を御本尊とする信仰をしている関係で、定例のお参りの日になると信者さんの人たちが多く出入りしていました。その中に、子ども好きな、但し、しゃべり方がなんか変な(※その当時の意識・とらえ方では.)おじさんがいて、小学生~中学生の頃、何度か名古屋まで、日展(※美術作品の展覧会)やゴッホ展などによく連れて行ってくれました。 ※私は、今は絵画より音楽の方に興味が強いですが、美術作品鑑賞は今でも好きです。大学時代が愛知県の大学に通っていましたので何度か美術館に足を運びましたし、就職してからも、(最初、あの熊野古道で名が知れた熊野の山奥で教員生活をスタートさせたにもかかわらず、)熊野から池袋(東京)への夜行バスを利用して、日曜日早朝に東京到着。美術館を午前中一つ、午後に一つか二つ回って鑑賞、月曜日早朝に熊野到着でそのまま出勤ということさえあったなぁ…と懐かしく思い出していました。 そんな風に絵画に親しめる素地を培ってくださったのは間違いなくその方だったと思います。 それでは、当時の私はその方を尊敬、あるいは感謝してみていたか…と問われると、今でも恥ずかしい思いでいます。 そうした名古屋までの日程は、近鉄と地下鉄とで移動していました。その車内でおじさんが話しかけてくれます。その声が周りの人たちよりやたらと大きいのです。しかも、変わった声で…(泣)。その時、無視して会話しないなどはしなかったものの、心の中では、〈あまり話しかけてこないで!〉と、周りの人たちの視線を感じながら思ったものでした。 今振り返って、とても酷い自分だったと反省しています。 後で、徐々に分かってくるのですが、そのおじさんが耳が不自由で、そうした言動になってしまうこと…つまり、おじさんがわざとしている行為ではなく、ありのままの姿だったのを、"変"だと思った"私の方が変"だったのです!! 聾学校では、一生懸命に、目の前の人たちに、自分のことを伝えようとお話ししている小学生の女の子がいました。若く綺麗なお姉さんたちに照れながら、手話で挨拶してくれた中学生の男の子がいました。 学校の方から、盲学校の方が中途「障がい」者で専攻科に入る場合が聾学校より多いのは、(1)聴覚障がい者の方が生まれつきあるいは幼い頃の病気などが原因になる率が高いため、中途障がいなどで入学する事はあまりないということ。 (2)目が見えるので、就労するのに、指示や説明が職場内で文書で示されても対応出来やすい。仮に中途障がい者になっても仕事内容の縮減は余儀なくされるかもしれないがたちまち職場を追われること少ないと考えられます。そこが視覚「障がい」者より恵まれているのでは…と説明して頂きました。その分、視覚「障がい」者は、再就職の為に、技能を獲得する必要を生じやすいのです。 しかし、聴覚「障がい」者の悩みの部分だと思ったのは、居住地学校との交流の希望者が中学生になっていくにつれて、激減していくことです。それをお聞きして、私は、「かつての私のような人間がいたら、目が見えるがゆえに、そんな態度や視線を感じ、不快な気持ちになるのでは…。」と、自分を省みながら考えました。
2008.10.02
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【「解夏」の世界】に掲載の写真の補足説明をさせていただきます。(※今回の追加添付は、おまけ!?) 一枚目が、電車の乗り降りの練習用のプラットホームの跡で、電車の車両はありません。 現在使われなくなった理由は、「障がい」者理解が進み、直接、駅に出向いて体験することが容易になったことや、自分だけで乗り降りしにくい場合も、駅員やボランティア・ガイドなどの手助けを得られ易くなったことなどが挙げられます。 二枚目は、手で触って楽しむ絵本で、有名な「はらぺこあおむし」のお話です。一冊数千円で、流通量が僅かで入手も難しいそうです。 他にも、ごくごく普通の中学生向けの英和辞典(コンサイス)の点訳版は、全部で100巻セットになります。 針や灸、あんまなどに係る知識に必要な医学関係の辞書だと、実に、193巻セットになっていました。※皆さんにはお馴染みの「ハリーポッター」の本なら、1冊分の内容が7巻セットになってました。
2008.10.01
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盲学校に行ってきました。 私にとって、そこはある意味で思い出の場所。盲学校に隣接して立っている中学校に以前勤めていたからです。 こんな事がありました。生活や心が不安定な生徒が、自分や自分たちが注目されたいなどの理由から、校内・校外でイタズラをしました。ある時、何度か、校内で火災報知器が押される、という出来事がありました。 その当時、報知器がなっても…「うっとうしいなぁ。また、誰かイタズラで押したん!?」という受け止め方がされていました。 私たち教員は、隣にある建物は何か。そこはどんな人たちが活動・生活されているか…という意識がないという状況に危機感を抱き、どのように訴えかけようかと悩みました。 当時、人権推進担当教員だった私は、仲間と議論を重ねた末、該当生徒への叱責を繰り返すよりも、全校生徒の良心に訴えようと決め、担当者からのお便り(通信)として、生徒全員に配付、それをもとに、各学級担任が、自らも気づかないでやってしまった失敗をさらけ出しながら、「報知器の音が鳴った時の盲学校の人たちの気持ちはどうかな!?」と問いかけてもらいました。 部落問題を中心に人権学習を展開していますが、生活環境などのしんどさから気持ちが荒んでいる生徒もいて、心無い発言が聞かれたりとまたまだ心が成長する途上過程なのですが、少しずつ、「なんで、すぐ近くの人たちの事に思いを馳せられなかったんやろ…」と気付いてくれました。 盲学校と生徒間の交流をしたり、理解しあう機会を得ました。 …とまぁ、そんな思い出が蘇ってきたのです。実際に、見学の際、廊下の掲示板に、その中学校の生徒からのメッセージが貼られ、相変わらずやってるなぁと感じました。 盲学校の現状は、小学部の入学から進級している子どもは激減していて、中途障がいで専攻科に入るケースが多くなっているそうです。 職員の説明で、寄宿舎の浴室は、巷で主流のバリアフリー(高齢者対応)のものではなく、あえて、どこのお風呂に行っても困らないようにする訓練を兼ねて、わざと段差のある浴室にしてあると聞き、自立生活に向けての現実的対応なんだなぁと思いました。 他にも、電車に乗る練習用に作られた短いレールとプラットホームが残されていました。 図書館では、点字図書の紹介をしていただきました。
2008.10.01
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