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長らく御無沙汰してしまいました。習慣が変わってなかなか、PCの前に座れなくなったこともあるが、隙を見つけて書こうっていう意欲もなかなかなかったってこともある。書こうって思ったら地震が起きたり、風をひいたり、応援しているチームが負け続きだったり(言い訳)これだけ、長いこと書いてないと、やっぱり歪みが出てきちゃう。自分の中心線を保てないような。心もとないような。だから、古本屋に行って本を買った。あんまり考えないまま、欲しいって思った本を手当たり次第に。50円で買った心理学の本。自分を開いていく必要性とか、人に関わる意欲のことなんて書いてあった。やっぱり、ろくなことが書けなくても、時間がなくっても、少しは書かなくちゃって思う。これからもよろしくお願いします。前とは世界は違うけど。
2004.10.31
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きのうの夜中テレビで、やけに真剣に話をしている人を見つけた。その真剣さは尋常ではなく、目には涙を溜めている。しばらくして引き込まれてしまった。内容ではなく、その人の熱気と真剣味に。誰だかわからないまま、聞き入って、教育問題なのに気がついた。講演録のようだった。麻薬に浸った場合、心が次々に死んでいく。最初に死ぬのは、やる気、意欲、元気、行動する力。次に死ぬのは、優しさ、思いやりの心だ。やがては、頭の中には麻薬をやることしかなくなってしまう。行く末には三つの道しかない。一番ラッキーなのは、少年院に行くこと。次に少しラッキーなのが、精神病院に行くこと、最後が土の中。その人の言っているのはそういうことだった。次に中学校での講演。ここにいる中学生のうち、四人に一人は、麻薬の売人に誘われるだろう。売人は、怖い先輩かも知れない。そのときに問題なく、その場を逃れる方法。まず、話題を変える。そのときのために、30個の話題を常に考えておけ。「おい、今日Sパーティをするから来ないか?」「あ、先輩。昨日の松井のホームラン凄かったですね」「何言ってるんだ。今日、パーティがあるからー」「あ、先輩、あそこにカラスがいますよ」と、延々と続けていく。先輩が怒り出したら、次の作戦。壊れたレコード作戦。「おまえ、いい加減にしろ」「お母さんに怒られる」うつむきながらつぶやく。「大丈夫だから、来いよ」「お母さんに怒られる」と延々と続ける。さらに先輩が怒り出すのがわかったら、3D作戦。「いい加減にしろ」「だって、でも、どうしてー」それを延々と続ける。嫌気を出して、先輩が去ったら、そのままうつむいて100数える。そして先輩の姿がないのを確認したら、堂々と歩き出せ。何と、周到なことだろう。驚くと同時に、日本の子供の世界が、そこまで大変なことになってしまっているのかを始めて知ってショックだった。その番組は、ETV特集「いいもんだよ、生きるって」夜回り先生水谷修すっかり目が醒めてしまって、ずっと検索しまくっていた。この人が、子供の絶対的信頼を集めるかなり有名な存在であることと、今度、テレビドラマ化されることを知った。先月の末、長らく努めてきた横浜の定時制高校を、辞めたのか、辞めさせられたことも。水谷氏の講演を聞けば、夜どこかでたむろする若者たちに出会ったとき、新たな目で見つめることができるのではないだろうか。夜の子供と、氏は呼ぶ。昼間の世界から弾き出されて、夜をさまよう他がないのだ。真摯に彼らに向き合い、能力の全てをかけて、共にいることを選ぶのは、並み大抵のことでもないし、誰もができることでもない。出る杭は打つ的に、攻撃もされる。日本はいつしか攻撃社会になってしまい、誰かが何かを成し遂げるとき、よくやった、という変わりに、なにやってるんだになっているという。会社の鬱屈が妻への攻撃になり、攻撃された母は、子供を攻撃する。悪循環が広まっている。子供は単純だから、悪い大人に当たれば、全ての大人が悪いって思い込んでしまう。そうではないんだ、いい大人がほとんどなんだ。だから、裏切られても裏切られても、信頼してくれ、生き続けてくれ。そのメッセージは熱くて重い。
2004.10.16
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香水は、つけることはあるけど疎い方だ。自分で買ったことは一度もないけど、人からもらうことはよくある。あいまるさんやミルさんのHPで香水の話が出てきて、ハッピーっていう名前の香水があるのを知った。二人とも気に入ってるっていうから、一度嗅いでみたいような気がした。香を文章で伝えるのは難しい。ましてや果物ではないのだから。でも香水売り場で試すっていう気にもならない、今度絶対買おうって決心した。それは、きのうのことだ。なんで、突然香水を買おうって思ったのかわからないのだけど。そして今日、乱雑な押し入れを片付けていたら、香水ビンが転がり落ちてきた。見慣れていたものだったし、つけたこともある。そのまましまおうって思ったけど、一応透明なビンに書かれている名前を見たら、ハッピー。何か欲しいって思っているものがあって、焦がれて探すが、実はそれはすでに持っていたという話は、寓話的によくある話だ。青い鳥のように。何かを欲しがっていても、本質的な欲望は、モノ自体にはないってこともある。お金を欲しいと思ったとする。お金を欲しいって思うそもそもの理由が、実は自分をもっと信頼したい気持ちだったり、ゆっくり休んで豊かな休日や旅行をしたいという欲求だったりする。何かを欲しいって思う気持ちの影に潜むほんとの理由は、別にあるかもしれない。それは容易に手にいれられることだったり、気づいてないだけでずっと前から持ってるかも知れないのだ。香水ビンを見つけた出来事をどのように考えるか、寓話なのか、欲求の真実なのか、受け止める方法は自分次第で、全く自由に考えていいって思うのだけど。
2004.10.15
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意識を現在に引き戻すことってとても大事だ。現実も存在も、今(現在)ってことを指している。今、何をしていて、頭の中はどうなっているのか確かめる、それを不断にしていたいのだ。それは、船が碇を降ろして、停泊しているのに似ている。観察から一歩足を踏み出して動き出すとき、舵取りをしてみようと思う。どこへ行くのか、状況をどう受け止めるのか、自分で帆先を固定する。肯定にしようと思ったら、そう舵を切る。うまくいっているって思いたかったら、そっちの方向に視線を据える。現在にいる力が、一番発揮できるのは、それだけ自分が自由だってわかることだと思う。舵をとれるのは自分だけ。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^日記を一気に書いてしまったら、急いでタイムトラベルをしたような気になってしまった。それから貯金が減るような(それは違うか)書いてない日記がたまるのって、落ち着かない気分になるけど、好きなことを好きなように書ける余地があるって気もする。今日の場合は、粗造乱雑の日記を埋める意味もある。結局最新以外は、あんまり目に止まらないから。特に昨日の日付けは、書いておきたかったことだけど、妖しいって自覚してます。昨日と今日で七日分。書き過ぎ。
2004.10.14
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この間、交差点で信号が変わるのを待っている間、天から降ってきたように感じたのは、そこ、ここで待っている人々が光の固まりのエネルギーなんじゃないかってことだ。妖しい考えだけど、ありふれているとも言える。子供のころに読んだ藤子不二男の「モジャ公」にそんな話があった。怖いと思ったのか、不思議と思ったのか、その衝撃は今でも鮮明に憶えている。前にテレビ化されたときに、その話がでないかどうか、わくわくしながら待っていた。人を形作っているのは、実は真空や水分がほとんどで、固体に固めてしまえば、マッチの先ほどの大きさもないってことは良く聞く話だ。固体や物って思ってしまうのは、固定観念でしかないかもしれない。人間として、感情や思考や温かさや苦しみを備えているって実感として受け止められるのは、身近にいて良く知っている人だけかも知れない。それ以外の他人は、そこまで迫ってくるように実体を感じ取れない場合もある。だが、人を光の球やら、エネルギーやら真空や運動と見てみると、もうちょっと普通の人々を違った目で見れるようなきがする。満員電車に詰まって乗っているのは、モノではなく、運動するエネルギー体。もちろん自分もそうだ。無気味と感じることもあるかもしれないが、少なくとも人を区別や特別視する観点からは逃れられるかも知れない。所詮、エネルギー体、されどエネルギー体。
2004.10.13
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映画や本でよく出てくるせりふに、良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちを先に聞きたい?っていうのがある。大概、悪いニュースがメインで、良いニュースっていうのは、それを柔らげることができないほど小さく無価値。言われた本人は打ちのめされ、立ち上がれないってことになる。だったらどっちを先に聞きたいだろう。悪いニュースを先に聞けば、良いニュースで後からハッピーになれるのだろうか。映画や本ではそうなることはほとんどないけれど。現実の人生を見れば、良いことも悪いこともまだら模様で生活を覆っている。実のところ、どっちがいいニュースか悪いニュースかも、判断次第ってことだってある。一瞬後に変わるかも知れないし、変わるのは半年後かも知れない。とにかく刻々と生成している経験と生活は、同じところにいるのを許さない。だからニュースの彩りも変わるのだ。どんな状況にも心を乱されないようなありかたに憧れるけど、なかなかできないことだから、一喜一憂してしまう。ニュースはいつも二つ来ることを憶えているべきかも知れない。いいニュースと悪いニュース。そしてそれが反対になることもあることを。
2004.10.12
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校長先生がいつもおっしゃることは、人は起きてから2時間は、頭が働かないって言うこと。だから、早く寝て早く起きろってことなのだけど。確かに朝寝覚めが悪くて、2時間経つのが待てないと、身体があったまる前に、もう一度ふとんに潜り込むことだけを考えているときがある。一度そう思うと、その考えはじっくり根をおろし、それだけで頭が一杯になって朝御飯を作るはめになる。2時間経つと、新しい目覚めって感覚が、身体中を駆け巡る。(二度寝しなかった場合は)スイッチが入ったように。そういう日は、一日中快適だ。天候も左右するだろうし、眠りの質もあるけれど、なんとか二時間待つか、身体を目覚めさせるために運動するか、掃除するかして、朝を大切に扱うのって大切なのかも。
2004.10.11
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「シカゴ育ち」スチュワート・ダイべック忙しすぎたり気持ちがささくれだっているとき、すぐさま元気を取り戻したかったら、昼寝よりすぐに効果があるのは、アートの力だと思う。演劇やサーカスを見に行くには気が重かったり、パワフルな力を持つ美術は、家においておけなければ、音楽が一番いい。(映画もいい。以前は、街を歩いていて気分が今一つだったら、すぐに映画館に飛び込んでいた)この本に収録されている冬のショパンは、2階に住む娘の弾くピアノが、少しずつ少年と祖父の心に侵入していき、何かを変えていく短編小説だ。ごく普通の日常生活に、音楽は、全く違う別次元の空間と時間を付与してくれる。世界を変えてしまう力を持っている。以前人気のある著者が、芸術はこの世に全く不必要だ、って書いてあるのを読んだことがあるけれど、確かに芸術がなくても、生活をしていくのに支障はないかもしれない。生産と消費と食べて寝るだけの生活ならば。だが、そうすると、「人間は生きて家を建てて死ぬ」ドイツの諺。になってしまうではないだろうか。
2004.10.10
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「ギボンの星の下で」レイフ・エンガー著貧しくともつつましく幸せに暮らす家族に、悲劇が押し寄せてきて幸せが崩壊してしまう話って、よくあると思う。でも、この本に出てくる家族の話ほど悲しみが心迫るのには読んだことがない。当初の幸せ(すでに悲劇は近づいてきているのだが)が、鮮やかすぎるためか、あるいは、登場人物のほとんどが、普通にない悲劇的な状況にいながら、悲劇と意識していないように見えるせいかもしれない。悲劇を甘んじて受けるって態度とも違う。むしろ悲劇は人生で起きる普通の出来事のの一つだと考えているようだ。この家庭は父子家庭で、父親は学校の用務員をしている。そしてほとんど無意識のうちに奇跡を起こす術を持っている。小さな奇跡の数々が物語を彩る。そもそも主人公の少年は、壊れた肺を持って生まれてきて、父親の起こした奇跡がなければ、生きられなかった身体だった。悲劇が、主人公たちを打ちのめさないと同じく、奇跡も誰も救わないように見える。奇跡も悲劇も淡々と起こっていく。とにかく、この父親と悲劇の発端をつくる主人公の兄は、忘れがたい人物だ。なんでこんなに魅力的なんだろうって考え込んでしまう。まるで、古代の英雄のようであり、宗教の殉教者のようでもある。彼らは人々を救うのではなく、家族を守ろうとするだけなのだけど。悲劇的人物が魅力的なのは、悲劇に襲われ、それに向き合ったり、立ち向かったりするときに人間の一番美しい姿が表わされるからではないだろうか。映画化されるっていうことだから、誰が演じるのか楽しみだ。前に楽しみだったコールドマウンテンは見てないけどキャスト的にはちょっとがっかりしてしまった。
2004.10.09
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思考をすぐさま止める技術があると、いいかもしれない。一度頭を空っぽにして、ゼロに戻って何かを始める。特にいいのは喧嘩のときや、未来に過去に気持ちがうろうろするとき、考えても仕方がないことをきりなく考えているとき。難しいことではないと思う。単に技術の問題で、練習をして忘れなければいつでもできると思うのだ。頭を空にすれば、一度死んで生き返るみたいに新しい大地に立つような気になる。今までの自分は想像と記憶の中にしかなく、いつでも新しくスタートが切れることを忘れないでいられる。いくつか深呼吸して、足の裏に地面を感じてゼロ地点に戻るのだ。
2004.10.08
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サッカーは、シンプルでいて多様。「ゴールのための論理」という本に書かれていた言葉だ。シンプルってことは、そこからどのようにも派生できるし、育っていけるし、動いていけるってことなのだ。プロ野球が170条のルールを持っているのに比べ、サッカーのルールは17条しかない。その17条を踏まえて、ただひたすらゴールをめざす。どのようにめざすかは、国や文化によって違うし、チームや個人にも任される。ピッチの上では、個人はほぼ自由に動けてしまう。試合が始まれば、審判や相手チームのラフプレーをのぞけば、選手を止められる者はいない。この本を書いた永井洋一氏は、そこで「選手の自己実現」という言葉を使う。自己実現とは、「金銭欲や名誉欲などを超えた崇高な部分で、自分が人間としてどこまで何ができるか追求する純粋な向上欲である。高度な知性を持つ、人間特有の欲求である」だと言う。(すべては「単純に!」でうまくいく)っていう本もたまたま図書館で借りていたのだが、それは、物、お金、時間、人間関係から健康、パートナー、自分自身まで全部考え方から行動までシンプルに立ち戻ろうって本だった。シンプルからこそ豊かな多様性が生まれ、さらには自己実現につながっていくって考え方は、サッカーに限らず、普段の生活にも生かしていけることかも知れない。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^キーボードの不調は自然に直ってました。その日の日記の中身を考えると、PCが地震を予知してたのかなあ、なんて考えてしまった。ちょっと駆け足な日記になってしまいました。後で直すと思います。これから夜なべ仕事があるんで、皆様のところには後ほど伺いますね。よろしくお願いします。
2004.10.07
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**キーが直るまで休憩**二つものがあるとする。日なたと日陰、美醜、甘いと酸っぱい、集中と緩和、陽気と陰気、外向き内向き、対称的に見える物事。意識は一日の間、あっちへ行ったり、こっちに来たり、こことあそことその間を揺れてるような気がする。たとえば、お金と愛についての考え方を見たって、私の場合、片方へ行ったきりになることはない。時々お金が大事と思うし、愛がなくっちゃあって思うときもある。自分を含めた人間に対する気持ちも一定じゃない。好きになったり嫌いになったり。別に振り子だったっていいって思うことにした。振り子が普通って思うのはどうだろう。真ん中の一番安定してるような、一番空っぽな中心に位置していたい気持ちもあるけど、多分人間は生き物だから、いつでも変化しながら揺れてるのだ。揺れつつ安定していることもできる。海原を行く船のように。極度に片方に傾く方が、固定的で、断定的で何の余地もないかもしれない。何でも変化する。1日のうちでも、1時間のうちにも。だから、振り子のように揺れながら意識に風を送るのも気持ちいいかも知れない。
2004.10.06
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ヒューンさんって言うのは、子供アニメチャンネル、ニコロデオンのヘイ・ア-ノルドに出てくる中国人で、主人公のおじいさんが経営する下宿の下宿人。このニコロデオン、子供向けだからって侮れない。時折すごく考えさせるスト-リィに出会う(いつも見ているわけではないが)例えば、2,3才児向けのアレグラの扉で、以前に「悪いことが続いたら笑っちゃえ」って言うのがテーマだった。あるいは、アングリービーバーズで、自分らしさの追求っていうテーマもあった。そして、このヒューンさんのスト-リィも、味があった。レストランでコックをしているヒューンさんは、中国人なのにカントリーを風呂場で唄わすとうまい。それで小四の子供二人が、CD製作を持ちかけ、有名になることなんて思いもしないヒューンさんも、一応のった。あれよあれよと売れ始め、中国人カントリーシンガーの誕生だ。ヒュ-ンさんの自作の歌は、「高価なダイヤモンドなんて欲しくない」って曲だった。シンプルで幸せで自分にぴったり合った生活が一番なのさ、って歌なのだ。実際にもヒューンさんはそういう人だった。だから有名テレビショーに招かれると、「みんなの前で唄うのはこれが最後です」って言って、表舞台から去る。コックをやりながら、たまに友達の前で唄う、それがヒュ-ンさんの幸せなのだ。きのうラジオを聞いていたら、アニタ・ベ-カーが十年ぶりにアルバムを出す話をしていた。名前を聞いたことがあるってぐらいの歌手だったのだが、聞いてたちまち惚れてしまった。紹介者に言わせると、立体的で空間を作る歌声、シャンパンの泡のような高貴な響きっていうことだ。引っ込んでいた十年間、アニタは、子育てと病気の両親の世話をしていたと言う。その前のアルバムも大成功だったから、みんなが引退には猛反対。喧嘩ごしで引っ込んだと言うことだった。普通のリアルな感覚の持ち主だから、子供や病気の両親をさしおいて歌えないってことだったらしい。子供も成長し、両親を亡くし、やっと戻ってきたところだと言う。彼女の歌声の豊穣さは、言葉にしにくい。深みがあって、純粋で、聞いているとその空間に引きずり込まれるようだ。ヒュ-ンさんにとってもアニタ・ベ-カーにとっても、一般的な成功って言うのは、空虚なことなのかもしれない。もっとリアルで普通で、あたりまえの生活にも価値がある。そこにしかない珠玉のような美しさがある。そこに目を向けることって大切かも知れないって思ってしまった。
2004.10.05
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いろんなことが一度に来て、あくせくしまくってしまうような時、頭が一杯で、それなのに明晰な思考と縁遠い時には、休息が必要なのかも知れない。身体も心も力を抜いて、風に任せるような気分で畳に転がる。いっぺん、頭をからっぽにして、何が来ても慌てないで、じっくり待つような気持ちで。周囲の回転が早くても、合わせて動き回らなくてもいいのだと思う。ピンチでも、意味なく来るピンチはないし。心を静めるのが難しい時は、身体を静めてみればいいのかも知れない。ゆっくり眠って、期待を持って目覚めたい。
2004.10.04
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本気モードっていうとゆるいけど、本気スイッチって直線的なほんとの本気って感じが出てると思う。この言葉を見つけたのは、楽一心さんのHP。本気スイッチを入れると、たいていのことはできちゃうんだと思う。対外的には別として、自分でやりたいことならば。きのうは、本気でやる必要なことがあって、友達と飲んだ後だったけど、半分寝ながら午前4時までかかって一応できた。一度本気スイッチの効果を知れば、なあんだ、できるじゃないって自信の一つになるかも知れない。だけど、今日は雨のおかげもあって、だらだらモード。一杯お昼ねをしてしまうことに。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ごぶさたです。今はちょっとだらけていて、頭もぼんやりしてますが、書ける時は書くつもり。CLリーグでバレンシアが負けて、かなりへこみました。もともとああいう試合をよくやっちゃうチームなんですけどね。
2004.10.03
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