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こんにちは!!!突然ですが、みなさん「鏡の法則」という本をごぞんじですか!!!著者である野口嘉則さんの書かれたこの本は、口コミで広がり大変な反響を巻き起こしております!~~~著者 野口嘉則のプロフィール~~~ 成功法則、自己実現の法則、幸せの法則を長年にわたって研究・実践してきた 「人生法則」の専門家。高校時代は対人恐怖症に悩むが、大学入学後、心理学や成功法則、さらに東洋哲学の研究と実践によって、対人恐怖症を克服。その後、リクルートへの入社を経て、メンタルマネジメントの講師として独立。 のべ3万人以上に講演する。2003年には、コーチングのプロとしての活動を始め、「その人の中にある自己実現力を引き出すコーチング」が評判を呼び、EQコーチングの第一人者となる。またブログ「幸せ成功力を日増しに高めるEQコーチング」が、2005年に話題になる。翌年には1作目の『幸せ成功力を日増しに高めるEQノート』がベストセラーになり、さらに2作目の『鏡の法則』は、100万部を超える大ベストセラーになる。 このたびこの「鏡の法則」がコミックになって発売されるそうです♪『何がすごいかっていうと!!!!!!』出版を記念して、どどーーーーーんとすばらしいキャンペーンが♪♪♪無制限(?)キャンペーン”のお知らせ (著者からのメッセージ) こんにちは、野口嘉則です。『鏡の法則』を出版して以来、読者さんからの感動的なお手紙やメールを、たくさんいただいております。「長年ゆるせなかった人をゆるせました」「離婚まで考えていたのですが、夫と心から和解できました」「子どもに優しく接することができるようになりました」・・・などなどこうしたメッセージを読ませていただくにつけ、出版してよかったなーと、しみじみ思います。さらにありがたいことに、『鏡の法則』を読んで感動された方の多くが、その感動を周りの方と分かち合って下さっています。お知り合いに薦めてくださった方、何冊も買ってプレゼントに使ってくださった方、ブログや メルマガや mixi などの日記で紹介してくださった方、・・・こうして感動の輪が広がり、ついに 100万部を突破しました!たくさんのあたたかい応援に、心から感謝しています。ありがとうございます。この度、『コミック 鏡の法則』の出版を記念して、感謝企画として、“無制限キャンペーン”をやることにしました。キャンペーン期間中( 7月10日~ 17日)に 『コミック 鏡の法則』 を購入して、このキャンペーンページから申し込んでくださった方に、インターネット上で私の動画セミナー 「心眼力で運が開ける」 をご覧いただけるようにします。そして今回のキャンペーンは、どこで買っていただいても参加できます。つまり、購入先を制限しないことにしました。 (だから“無制限”キャンペーンです(^_^)Amazon や 楽天ブックス をはじめとするインターネット書店でもOKですし、あなたの近所の書店さんでもOKです。とにかくキャンペーン期間中にお好きな書店で 『コミック 鏡の法則』 を購入していただき、このページのフォームにあなたのメールアドレス等を入力して送信してくだされば、キャンペーン特典をプレゼントします。(“無制限キャンペーン”というネーミングは、いまひとつスマートなネーミングではないかもしれませんが、これしか浮かんでこなかったのでこれでいきます(^_^;これをきっかけに、『鏡の法則』のストーリーがさらにたくさんの人に読まれ、感謝の気持ちに満たされる人や、幸せな人生を実現する人が増えることを願っています。 2007年6月23日 野口 嘉則 !!!!!!!!すごい・・・・・!!!!!!!7月10日~♪要チェックですさらにさらに、キャンペーン得点として☆キャンペーン特典 【特典】 動画セミナー 「心眼力で運が開ける」 野口嘉則による動画セミナー「心眼力で運が開ける」を、インターネット上で ご覧いただけるようにします。 望む人生を実現する上で最も重要な力、それが“心眼力”です。 この動画セミナーでは、 「心眼力とは何か?」 「どのようにすれば心眼力 が高まるか?」 について、野口嘉則が語ります。 動画は7月31日までにインターネット上にアップし、そのURLをキャンペー ン参加者全員のメールアドレスにお知らせします。 動画の視聴期間は1ヵ月間(8月末まで)の予定で、その期間は何度でも ご覧いただけます。 ※動画は、標準的なパソコンの動作環境でご覧いただけるようにいたします が、お使いパソコン の動作環境によっては、一部、視聴できないケースが ありえます。 その場合は、インターネットカフェ等をご利用いただくなどして、ご自分で対 応してくださいます よう、お願いいたします。 ※なお、携帯電話ではご覧になれませんのでご了承ください。【おまけの特典】・・・ただし、こっちは抽選です キャンペーンにお申し込みいただいた方の中から抽選で 10名様に、『鏡の 法則』記念上製本を差し上げます。 これは、『鏡の法則』の 100万部突破を記念して、総合法令出版さんが作っ てくださった記念版で、ハードカバーになっており、表紙中央の鏡がホンモノ の鏡になっています。(書店では売っていませんよ) 当選された方のメールアドレスには、私からその旨をご連絡し、ご希望でし たら、心を込めて、私のサインとメッセージもお入れしてお送りします。 キャンペーンお申込み方法 (1)キャンペーン期間中にお好きな書店で、『コミック 鏡の法則』 を購入して下さい(2)キャンペーンがスタートしたら、このページの下のほうに、 「コミック版を買いました」フォームを設置します。 そのフォームに、あなたのメールアドレスと購入書店名を 入力して、送信してください ※「コミック版を買いました」フォームは、7月10日の午前 0:00 になりましたら、このページの下のほうに設置します。 現在設置されているフォームは、「キャンペーンのスタートを お知らせするメール」を、7月10日に受け取りたい方のための フォームです。(3)「コミック版を買いました」フォームから申し込まれると、 受付確認するメールが、すぐにあなたのメールアドレス に届きます。(4)7月末までに特典(動画セミナー視聴ページ)を用意し、 用意できしだい、視聴方法をお知らせするメールをお送り します。(5)動画セミナーは、8月末まで何回でもご覧いただけます。(おまけ)記念上製本に当選された10名の方には、その旨を お知らせする メールを野口からお送りし、ご住所や サインのご希望を確認の上 事務局より発送いたします。★ ご希望の方に、「キャンペーンのスタートをお知らせするメール」を、 7月10日の日中にお送りします。 キャンペーン期間をうっかり忘れてしまいそうな方は、以下のフォー ムからメールアドレスを登録してください。 キャンペーンの告知にご協力下さい よかったら、このキャンペーンの情報をお知り合いに教えてあげてください。たくさんの人に喜んでいただける情報だと思います(^_^)また、ブログやメルマガやmixi日記を書いておられる方は、このキャンペーンを紹介していただけると、とてもありがたいです。メルマガやブログ、日記で紹介して下さった方は、その記事のアドレスを、野口までご一報ください。次の告知協力ページからご一報いただけるとありがたいです。★→告知協力ページはここをクリックブログでご紹介してくださった方は、私のブログ記事へのトラックバックも歓迎します。私のブログ記事はこちら → 無制限キャンペーンをお知らせする記事この記事のトラックバックURLは、以下のとおりです。http://app.blog.livedoor.jp/procoach/tb.cgi/50961400 http://coaching-m.co.jp/comic.htm↑こちらをご覧になって頂いたほうが早くて詳しいかも♪♪♪是非是非☆☆☆みなさんも参加しましょう!
2007.06.30
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待てない男がいる。先月出会ったばかり。一定のハイテンションを常時維持しながらのかろやかなフットワークには恐れ入るが、彼はなにしろ「待てない」全くもって「待てない」こっちの都合も少しは考えてくれという、「こちら都合」ウンヌンという話ではない。とにかく、「情報過多」もしくは「情報不足」のまま、自分企画のアクションに対して「理屈はいいから早く!」「チャンスを逃すぞ!」と「浮き足だった状態で」相手をせかす。といった感じか。で、なにやら自分勝手にイライラし始める。単にイニシアティブをとりたいんだろーと思うんだがかんぐり過ぎか。自分の計画通りに事が運ばないと、「ダメな奴烙印」を平気で押す。「肝心なのはさ~」などとのたまう。そして明らかに、あからさまに「すねる」で、イヤミをサラリとチクリとやり、ひるんだと思うと「裁きだす」「お前ってさ~」うんぬんかんぬんと。人は人を裁けない。安に人を裁いていると、アンタもそのうち裁かれっぞ。別の形で・・・。ワタシより5つほど年上の彼。別に彼女じゃないんで、「もう少し待ってみたらどうですか」程度に言ってみた。そしたらどうだろう!今度はワタシがターゲットだ。「いやさ、キミは分かってないよ。完全に。 俺はミンナの事を思ってあーだこーだ・・・・」つーか、思ってねーだろ?中心は自分だろ?「もうさ、これ以上怒らせないでくれる?俺っちの事。 俺もさ、怒ると以外と怖いんだよね♪」うわ~~~!目が笑ってねー。以外も何も、ダレだって怒れば多少の怖さは持ち合わせていて当然だろうに。いちいち口に出すことじゃない。と、ワタシは思う。意識的にか、はたまた無意識にか本気でそう言ってるならいろんな意味でオメデタイお人だ。「僕は怒ると大変だから、大事にしてね♪」ってこと?「僕の機嫌をそこねると、キミに怒りの鉄槌が下るから気をつけてね♪」ってこと?ようするにご機嫌を伺えと。ホホウ。そうやって力関係を誇示しておられるのか。待てずに怒ってすねてばかりいると「あたらずサワラズ適当に」されるよ。だって、怒らせたら怖いんだって自分で公言してるんだから。さわらぬ「待てない男」にタタリナシ。
2006.08.10
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何をそんなにひたすらに守ろうとしているんだろう。それともなにかを隠しているんだろうか。それさえも正直分からないのであるが、(そこが一番問題だ・・・)全くらしくない自分。しかしまた、これもまぎれもない自分。ただ、無性に非常に居心地が悪い。あまりにも不必要で意味不明なクローズ状態。ヘドが出る。何かを頑なに離そうとしない。どうせ、なんの役にも立ちゃーしないちっぽけなプライドがくすぶってるだけなんだろーがよ!と、自分に問いかけるが「ブー!ハッズレ~~~♪」・・・・・・・クタバレ。・・・・クタバッテシマエ。いい加減、気がつけよババア。と、もう1人の自分がイライラしながら揺さぶってくる。自分の中にある異体の知れない「モヤモヤ」に正直うんざりだ。うんざりなのも、元をたどれば「自分に対する言語化できない苛立ち」があるからだ。もぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~!怒ウシかっ!瀬川え○子かっ!(タカandトシ風)なにを呑気な・・・・。「腑に落ちない事」この上ない。
2006.08.10
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そのことのおいて、人類は平等だ。
2006.08.10
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先日、「冤罪」と題してふれた男性。またココで書く。日を追う事にワタシに対しての話す内容、行動は確実にエスカレートしている。上の方に相談した方がいいと周囲のアドバイス。周りは明らかに「恐れている」いろいろな意味で。結果、「多めに見てやって欲しい」と。そう返答したには事情があると。事情は分かった。自分の身は自分で守ります。しっかりと。必要な時は適切なHELPも出します。とてもフクザツな心境だ。事情は分かった。しかし、受け入れるわけにいかない。その必要もない。その中で、どこをどうやって「おおめにみたらいいのか」
2006.07.10
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呑んでます♪超ご機嫌です♪♪♪特別、楽しいイベントがあったわけじゃないです。逆にな~~~んもないくらいの日。でも、最高な1日でした!なぜなら遠方の人々、はたまた身近な人々。沢山の人々の幸せを、自宅にいながらにして沢山頂いた!!そんな1日だったので♪はあああああシアワセだな~と。雨は1日降っていますが、そんな気分です♪呑んでる勢いも手伝ってルンルンキーボードをたたいているところです。
2006.07.09
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「ボクは童貞ですが、キスの仕方を教えてくれませんか?」と、初対面の男性にいきなり聞かれた。ワタシは三十路をチョット超えた人間だが、その男性はそれをさらに上回っているそんな風貌だ。なにかメモらしきものをギュッッと握って離さない。ワタシの発言でもメモるつもりだろうか。はい。言いたいことはあります。しかし同時に、何も言うことはありません。
2006.07.07
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「過去」は変えることは出来ないが、「過去の意味」は変えられる。
2006.07.02
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これといってその対象物の数々を挙げる必要性を感じない。ただ不思議なのは不愉快でもなく納得の中でワタシの感じ創めた「ズレ」に対して「あ、来たね。」とただ身を任せている。予見していた「ズレ」は内的にも外的にも時間の経過と平行して変化して行くコレは「必然」なのだと思う。例えズレてもいい。ズレることで拡がる世界がある。不完全であることの罪。逆に、不完全であることの完璧さ。不完全であるがゆえに得られる数々の事。不完全であるから「学ぶ喜び」がある。「ズレ」を誇示する必要もない。誇示することの方がおかしく思う。「ズレ」を焦る事もない。焦ったところでズレは始まっているのだから。「ズレ」を恥じる事があるだろうか。恥じる何かが存在したのであれば、そこに「気づき」と「学び」があるのだと思う。そんな考えを話したら、「ズレテルネ」と言われた。笑
2006.06.30
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先日、姪っ子から短い葉書きが届く。川で水遊びをしたこと。とても面白かったと感想が書いてあり、最後にまた一緒に遊びたいと締めくくられていた。ワタシは返事を書いた。場所を喫茶店に移して彼女を思い浮かべながらペンをとる。そんな時間もなかなか贅沢でどんな返事を書こうかと、思い巡らせる。そんな時、友人が偶然その喫茶店に入って来、ワタシを見つけ同席してきた。これこれこういった訳で姪っ子に手紙を書いている、と説明すると彼女は「どうせ子供なんていちいち覚えちゃいないんだから 考えてないでサッサと書き上げてしまったら?」とワタシに言う。筆不精なワタシのペンの進み具合いに苛立ったのかもしれない。この先何十年の後、この一往復のやり取りをワタシだって覚えていられるかどうか。ただ、ここに込めたいワタシのなかにある「真実」はただ一つ。その捉え方が無限にあっても、それはそれででいい。
2006.06.30
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問題が起きたから問題なのではなく、どう考えたかが問題である。 by T・H
2006.06.29
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ここのところ様々な場面で、様々なカテゴリーで「格差社会の到来」を予見する話題を耳にします。その格差に対してどう向き合うかにおいて真っ向がっつり向き合う意見と、より「自分らしさ」追求型の意見に分かれるような気がします。どちらを選ぶにせよその先に何が待っているのか。なにも待っていなかったりして。
2006.06.26
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「有り難う」と心底想い、でも、それを相手に伝えてもまだ足りない。そんな気持ちはどう表現したらいいのか。ここのところずっとずっと考えていた。なぜならそんな場面が山ほどあったから。いっぱいいっぱい本当に助けられたから。とてもセンチメンタルなメンタル状態ですが客観的にそう思っていても隠しようもなく。有り難うを超えるこの想いがエネルギーとして変わるなら、放出する出口は「全て」に対して。ちっぽけなワタシに出来ることは限られている。全てに対してと言い、だったら何が出来るのか。もらったエネルギーを全てに対してどう出力するのか。無理をせず、正直に、少しづつ。答えは出ていない。全く持って個人的なただ、とても小さいけれど自分に対しての「長期目標」が出来た。
2006.06.25
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時には泣く事も、いやいや泣く事は大いに必要だ。ここ半年以上一言も会話していなかった人とあいも変わらず喋らずに居て、どーでもいい事をワタシが話し出したら「・・・・無理するな」と、たった一言言われる。それ以上なにも言わなかった。ワタシのたどってきた経緯なんぞ知らないその人はたった数分一緒に居てそれでワタシに「そう」に言った。その時は無理をしているつもりはこれっぽっちも意識になかったが、1人になってなぜか泣いた。最近、泣く事が多い。悲しくて泣く事はない。うれしくて泣く事が多い。しかし、今日泣いたコレはどれにも当てはまらず戸惑っているが、時と場所はわきまえて、泣く事は大いに必要だ。それは幾つになっても。そして「気づく」
2006.06.16
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タイトルにした「紅春」とは、造語である。ある女優が言っていてとても印象に残ったから。・・・・パクッテみた。人生の、特に若かりし頃の苦しくも輝いていた1ページを「青春」という。夢や希望に満ち、活力にあふれる時期で人生の春をたとえている。その女優は若い時期を「青春」と称してくくり、「あの時はよかった」と懐かしむのもコレ一興と前置きしながら、しかし、40、50、60・・・と歳を重ねながらその時代さえも輝いている状態を指す言葉があってもいいんじゃないかと。沈みつつある太陽がクレナイ色に燃えさかる様を人生の円熟味を増した人間の様に重ねてそして、女優自身に重ねて称した、「紅春」(こうしゅん)いいなあと思う。この渋さ加減が。「人生、一生青春だ!!!」という、お歳を召しながらのご発言故に見え隠れする若干の痛々しさをココには見ない気がする。
2006.06.10
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Mさんがその場になじむのには、3週間ほどを要した。居場所を見出せず、話相手もなかなか居なかった。今思うと、Mさんにその場面での特定の「なじみ友達」という人間は存在しなかったのかも知れない。Mさんは週に3回、送迎バスに揺られてココへ来る。そして、とりあえず自分が手伝えそうな用事を探しながらテクテクと歩いた後、開いている席について周りの様子を眺めていた。Mさんはよくテレビの前に座ることが多かった。そして、ブラウン管からながれる音楽に耳を傾け知っている曲があれば一緒に鼻歌交じりで歌っていることにある日ワタシは気づいた。「歌がお好きですか?」と訪ねると「好きだねぇ」といい、民謡や歌謡曲をニコニコしながら歌う。 そして「あの、こうしてこうやってやるアレありますかいな。」と、両手を軽く握って口元で吹くまねをした。そのときはなんのことなのか分からなかったが「ハーモニカですか!!」というと、「そうそう!それや!ハモニカですわ!」翌日からMさんにハーモニカ演奏をお願いする機会が増えた。みごとな腕前だった。昔、やっとったんでね。笑と少し照れながら、少し自慢げに、いろいろな曲を演奏して下さった。気さくで、少し照れ屋で、優しいMさんのハーモニカを演奏するする姿は本当にステキだった。しかし、この時すでに「ハーモニカ」という言葉はMさんの記憶から消えかけていた。」
2006.06.09
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寄席に行ってきた。笑点でおなじみ、腹黒いお方の寄席がワタシの住む田舎町においでになったので!ワタシは落語がダイスキ♪腹黒いお方の古典落語。最高でした。流石。
2006.06.04
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「大丈夫だよ」と言う言葉をワタシにかけてくれる人。その人の目を見る。その人の身体の姿勢を見る。「大丈夫だよ」という言葉を聴きたい、背中を押してほしい、そういう何かを発しているかその人の目を見る。その人の身体の姿勢を見る。時に言ってほしい。時に言われて違和感が残る。時に言うのをためらうそんな言葉。「大丈夫」
2006.06.04
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キレイなものを見て、「わぁ!キレイだな~」と単に感動する。すばらしいものを見て、「ほう!すばらしい!」と単に関心する。それがまんま悪いと思わない。ただそこに美しさを見出せたり、心震わす、すばらしいものがあるのは、そこに何かの、もしくは誰かの絶え間ない汗と、コツコツとした努力があったからじゃないかな。美しいものの裏にある、そういったものまで一緒に想いはせる事が出来たら、もっともっとステキだと思う。目の前に繰り広げられる美しさに目を奪われているまさにその時、足元に落ちているゴミクズに気がつかない、そんな無頓着にならないように。
2006.06.01
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Mさんは46歳。奥さん、息子さん家族と同居されていた。トラックの運転手をされており、全国津々浦々を網羅したトラック中年野郎だ。オールバックがよく似合う。やや細身の身体。身長は、170cm前後といったところか。わらうと口角に上品なシワがピシッと入る。口癖は「どうも、どうも、すんません。ほんまに。ほんまに。笑。で、なんでっか?」どんな時も必ず初めにこう言って笑う。「いやあ、こちらこそスンマセンスンマセンどーも。笑。なんもないですわ。」とワタシは返していた。何が「すまない」のか。論ずるまでもない。そういうお人柄なのだ。それから、両手をモミモミしながら歩くのもMさんの癖だ。もしくはパンパンに貼ったケツにある2つのポケットに両手を入れながら歩く。キョロキョロあたりを見回しながら、何か手伝って欲しそうな人物を探しているのだ。そういう、分かりやすく「優しい方」それがMさんだ。
2006.06.01
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ある平凡な、とても平凡な、ただソレはワタシにとって平凡だっただけで別の角度からはとても奇妙で滑稽な場面だったと想うけれども、その日だっていつもと変わらないなんの変哲もない1日の始まりだった。そんな日。春だったか。M夫妻と、正確に言えばMさんと初めて出会った。スベテが始まった日。あ。スベテとかどうでもいいけど、とにかく。ポロシャツをしっかりズボンに入れて、ベルトをキュッと絞める。一番きつい穴で留めないと気がすまない。ソレがお決まりの格好のようだ。両者、やや緊張した面持ちで「はじめまして。よろしゅうたのんます。」「いえ、こちらこそ。何ぞあったら遠慮なく申しつけて下さい。」挨拶をかわす。握手の手を差し伸べてくれたのはMさんだった。差し出さされた手は片手ではなく。両手だった。ワタシの右手を包み込む様に。今でもしっかり覚えている。ワタシも左手を添えた。そしてお互い中腰になって、ゆっくりとつないだ手を揺すった。ちょっと湿ってて、でも大きくて温かい手。そこからハジマッタ、ワタシとMさんの2年間の記録。『リンクして下さっていた皆さん。ワタシのブログをのぞいていてくれていた皆さんへ』永い間、おやすみさせて頂きました。立ち寄って下さっていて有り難う御座います。これから不定期ですが、またちょくちょく冬眠しかねませんが、リスタートします。よろしくお願い致します。全く趣旨が変わっていることの目的は自分の中の変化に伴うものですが、またコロコロ変化するかと・・・。『二兎追うものは』と言うことで、移動いたしました。誠に勝手ながら、宜しくお願い致します。
2006.05.31
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老人の最期は「孤独」に幕を閉じて逝くことなのか。現在日本に存在する施設的な高齢者の「場所」は「姨捨山」なのか。サービスが高じ、まるで「かしずく」ような高齢者への接し方は「本当」なのか。「老人が好き」というその感覚はなにかズレテいないか。可逆性の認知症を抱える高齢者の脳内セロトニン放出を高める活動を通し、「だからそこになんの意味があるのか」と問われ、「QOL向上」を謳う傲慢さを思う。
2005.12.17
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なんなと日々やってます。この数ヶ月は有無を言わさずバタバタとしとりますが。特に「コレッ!!!!」みたいなごりごりした勢いのようなものもないまま。先日、職場で出会った60代後半の男性に、「暇やったら読んでみ。」と言われ、手渡されたソレは彼が2年前に自費出版した自伝のような物でした。彼は退職後すぐに脳内出血で倒れ、現在は車椅子生活をしてはります。その際、喉に穴を開けたので発声はごく小さな音量で、指でその穴をふさぎながら細切れに話してくれました。「アンタはホンマにまだまだや。コレ読んでちっとは勉強せぇ!笑」って!(爆!)自らの自伝を手渡しながら、「コレ読んで勉強しろ!」と、笑顔で言ってのけてしまうその感じ。単純にスキです。笑ただ、その内容たるや標記してしまうのは簡単だけど、まさに「壮絶」そのものもでした。脳内出血で倒れたコトはワタシが知っているホンノ「一部に」過ぎず、(当たり前か・・・。)しかし、その当たり前さ加減の強烈に、もっと深く、刻まれた物が見えて居ない感じを彼には「見抜かれていた」んだと今思います。「ネーちゃん、読んだか?笑」とワタシに声をかけてきた彼はなんだか物凄く「美しかった」です。そのままを伝えたら、還暦過ぎたおっさん捕まえて何言ってるんだか!笑って。笑
2005.10.29
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現在の職場で働き始めて、約一ヶ月弱が経った。 上司からは「皆で(←!!!)楽しく働いてくらはい♪」と言われている。楽しいと言う感覚は何をもってして「楽しい」というのか。さらに仕事と言う場面で。「そんなこと言ったって、『楽しく働く』って難しいよな~」と同僚は言う。何十人の職員が同じ空間で、それぞれの「意思」を持って働きながら「楽しい感覚」を共有するのにはいろんな要素が絡みすぎているようにも思われ。仕事でなくったていい。例えば「遊び」複数人で楽しかったな~~~って思える時ってのはお互いの適切な距離感、押し付けでないココロ配り、反面、さらけ出せる部分もありつつそんなこんなで成立するような気がする。 こうして考えると「この年齢」での「楽しい空間を共有する」とは非常に崇高な『大人の感覚』がその場所、その時間で一致した時に生じるもののように思う。なんだか意味不明に「すねて」いたり、ただただ無鉄砲に「はしゃいで」いたり、我の世界に自らを「埋没させて」いたり。そして、それぞれ一応に「度を越している」そんな方をたまにお見かけする。きっと理由があるんだろうと思うが、その辺の「個人的理由」を持ち込まれるととても辛い。しかしそれもまた人間臭く、一概に言えた義理もないので「気」ばかり使って帰る頃にはなんだかへとへとになっていたりする。
2005.10.26
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今日はぶっちゃける必要性があり個人情報を公開いたしますと、ワタシは現在「ジャスト三十路」の25歳独身です。・・・空気も冷え切ったところで、つまりは30歳。先日、同い年数名と宴を。そこで「30歳」であることの認識にこれほどまで違いがあるのか!!!と、少々驚きを覚えました。「30歳」と口にするその前の表現にあきらかに違いがありました。「とうとう」ですとか、「もう」ですとか、「ついに」、「やばいよ」、「どうするんだ」etc・・・のほほんと構えていたワタシは「やべっ!コレって焦んなきゃいかんの????」と、ちょびっと思い(あ、そんなに思ってないか・・・。)同時に自分と周りの温度差を体感したことで「三十路」であることを本格的におもしろいと思い始めたのでした。
2005.09.25
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ここ数日、「気がワルイ人」に良く出くわす・・・。「気がワルイ」って言うのはワタシが感じたソレをそう表現するのが一番しっくりくるからで、なんの根拠もへったくれもない。つい先月あたりはなんともなかったのに、「ありゃ?一緒に居るのになんだか居心地が悪いな~」という感じ。もしくは、お互い喋っているのになにか実態のないものと会話をしているような感覚。喧嘩をしたとか、そういった理由は一切ないんだけれども。本人に伝える事もなんだか躊躇するし「気のせいか・・・」と思うことにしている。
2005.09.24
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ようやく、ようやっと手をかけることが出来ました。スベテが滞りなく整ったとはとてもとても言える状況ではありません。このブログ自体、放置プレイもはなはだしい感じになってしまっていたし。けれども!!!やりたい事はあふれるほど!!!たまりにたまっておるのです☆明日から心機一転頑張るデ~~~♪
2005.09.19
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先日新聞に、心理カウンセラーの方が属にいう「引きこもり」や、(ワタシはこの「引きこもり」と言う表現があまり好きじゃないが・・・)「不登校」といった環境に身を置いている人々に向けて「そのままのあなたでいいよ」というメッセージを発しておられた。ニュアンスは分かる。その向こう側に別のメッセージが含まれていることも。しかし、この表現は捉え方によるととても冷たく感じるのはワタシだけかな。
2005.08.09
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「月はそんなにいいモンじゃないよ・・・。」彼女はワタシになんの前触れもなくポツリと言った。6年程前の事だ。そう言われた時、ワタシも「わかってるよ。知ってる・・・。」と答えたのを今でも鮮明に覚えている。ワタシの答えを聞いて、彼女は下を向いたまま穏やかに微笑んだ。そう答えたのはなんとも形容しがたい「確信」があったからだ。どう説明していいのか分からない。「いいモンじゃない」その根拠を。天文学的にと言うコトと平行して、また別の角度からの見解がある。それがうまく表現できない。なんだか訳のわからんことをツラツラと書きあぐねているが、今日は「月」についてなんだか妙に指が動く。(普通にコエーよ・・・・。苦笑)
2005.08.06
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学校も夏休みに入ったからか、今日は店に「教職員御一行様」が来店された。十数人の団体で、それぞれ全く別の学校で教鞭をとり、夏休みになると集まっては旅行を楽しんでおられるとか。おしゃべりもお酒も弾んだところで隣町の花火大会のおこぼれが店内から見えたりして皆さんゆっくり楽しんでおられる。しかし、そんな和やかな空気を一蹴するような「TDL興醒め論」をぶちかました1人の女性教諭。年のころ30代後半。どういった経緯でそういった話題になったのかは分からないないが、とにもかくにもTDLの花火やアトラクション、ミッキーやミニーを見て、「わァ!すごい☆」とか「キャー♪ステキ!!可愛い☆」などと言う「大人達」に『興醒め』で、そうしたサービスを提供している「TDL」にも同じ感情を抱いているらしい・・・・。そんな中、傍らでは隣町の花火が上がり続け、ソレを見る別の教員は、図ったように「わァ!すごい☆」を連呼し続け・・・・。言わずと、その場は酒も空気もまずくなり。
2005.07.31
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先日、「えるまーのぼうけん」さん(以下、えるまーさん)より、「イメージ☆バトン」を受け取りやした!昔、リレーの選手だったので、「バトン」と言う言葉に血が騒ぎます。笑ではでは、いざ!!1.えるまーさんがイメージしたもの 『チャンス☆』2.ワタシがバトンを渡された人の言葉からイメージしたもの 『目♪』 コレが「チャンス☆だ!!」と言う事を 自分自身で見抜くことが出来る 『目♪』です!3.バトンをまわしてくれたえるまーさんにメッセージ♪ 『ワンダーランド』と、えるまーさんは表現されますね! ワタシはそう仰るえるまーさんの心根が大好きです。 そして、これはどうしてなのか。 ワタシが凹んでいたり、クサクサしている時はいつも えるまーさんの日記の中に「治めるヒント」があります。 本当にいつもありがとうございます☆ えるまーさん!コンナン出ました~~~!!笑
2005.07.27
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今日は、6つ程年下の師匠(笑)から、「そもそも」と言う事について説かれました。(ダイジョーブか、ワタシ・・・しっかりしる!!笑)いろいろと便利になっていく昨今ですが、「それでEのか。そもそも~とはなんだ!」の、「~」の部分にあらゆるものを当てはめて考え直してみる必要性があるんじゃないかとの見解でした。(しかし、この時点ですでに息切れを覚えるワタシ。苦笑)例えばです。そもそも「地球」とはなんだ。そもそも「歌」とはなんだ。みたいな。いろんなコトを当てはめて、それに対しての「捉え方」(我流)をとくとくと説かれたワケです。その行き着く先は一つです。もう、おわかりでしょう。おばちゃんは少々、心地よい疲れを引きずりながら「いろんなこと考えてんな~。。。。」と、ただただ、関心しきりでした。
2005.07.24
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え~と、決して「欲求不満」ではないです。「すごい表現」を見つけちゃったので♪萩原朔太郎の「愛憐」きっと可愛いかたい歯で、草のみどりをかみしめる女よ、女よ、このうす青い草の陰気で、まんべんなくお前の顔をいろどって、おまえの情慾をたかぶらしめ、しげる草むらでこっそりあそぼう、みたまへ、ここにはつりがね草がくびをふり、あそこではりんだうの手がしなしなと動いてゐる、ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、お前はお前で力いっぱい私の体を押へつける、さうしてこの人気のない野原の中で、わたしたちは蛇のやうなあそびをしやり、ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、おまへの美しい皮膚の上に、青い草の汁をぬりつけてやる。・・・・・。なんか、凄くないですか?「蛇のやうなあそびをしやり」って表現。いってるな、このおっさん。あ、いやいや。文学ですから。
2005.07.20
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なるものに行って来ました。コーヒーがなんと¥200!!安い♪安けりゃいいのか!!「いいのだ!」そこは、不登校の子どもやニートと呼ばれる人々が社会の中に入る前段階としてのあんなことこんなこと、要は、よく分からないがそういったことをやっている。『自立支援』をうたっているが、ワタシはこの『自立』という言葉が好きじゃない。それをいうなら『自律』の方がしっくりきます。うまく言えませんが。そういった子供達に「自立しよう!」って求めるなら、「執着はやめよう!」ということをどなたかに求めたい。
2005.07.19
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今日、5歳年上の男性から「キミがやっているコトは茶番だね。話にならない(笑)」と言われた。正直、久々に凹みました。なぜ凹んだかといえば、「自分自身もそう思っているから」まったくもっての正論を持ち出されると怒りは湧いてこないものなのな~、と、自分のコトながら客観的に思って、それと同時に凹んだわけです。(苦笑)こんな時の「凹み」は健康的に発散するにカギル!!自分に飛び切りのリフレッシュを与えて来ました♪で、余すところなく発散完了♪そろそろ自分の「茶番」にも決着をつけるべき時が来たのだと、薄々は感じていながらしかしここにきてはっきりと浮き彫りにされた感のする今日、一日の「茶番劇」でした。
2005.07.15
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ある事柄について「理解している」のと、「正確に把握している」のとでは「話が別」のように思う。属にいう「シッタカ」にはなりたくない。でも、それが「シッタカであるかどうか」さえも見極められなくなるのがワタシは怖いです。
2005.07.12
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先日、「藍染修行中」の24歳の男性に会った。髪はボサボサ、髭はボーボーで「落ち武者かキミは・・・」と見紛う程の「修行中ップリ」(笑)彼の手。指紋の奥の奥の方、爪の一枚一枚に至るまで、10本の指全てが「藍色」に染まっている。ん~~~。藍色は綺麗すぎるな。「藍」がしみ込みすぎて「黒」職人のタマゴだとはいえ、その手からは「職人のニオイ」がする。将来が楽しみだよな~。(ハイ。さくっとババア発言♪)真っ黒な指でビール片手にガバガバ飲む。(笑)じっと手を見る。
2005.07.09
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国際交流の基礎が「Englishアルヨ」といわれれば、ワタシは「どうんと すぴいく いんぐりっしゅ」なのでどーにもこーにも体でぶつかっていくしかない。我、「肉弾戦」に持ち込むか。。。あれですな。流暢な外来語をなんなとこねせる方をみるとそれは「英語」に限らず「うらやますィ~のぉ~」と思う。ぜんぜん違う文化や環境で育った人々の「ものの捉え方」を是非体感したい!と切におもうから。しかし、どんなに「流暢」にしゃべる事が出来てもその「流暢な外来語」でバッサリ人を傷つけていたら国際交流もへったくれもない。ワタシは「この国」の「美しい言葉達」をまずは勉強していきたい。
2005.07.07
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時間が足りない。コンプレックスなほど本を読むのが遅いワタシ・・・かなり前になるが、これもまたかなり怪しい「速読法」なるものにやや興味が傾いたことがあった。しかしその「概要」を読むのに時間がかかり、なんだかあほらしくなってやめた。。。「本」は人類の大いなる『発明』だと思っている。「活字離れ」そんなことってあるんだろうか。ほんとに。みんなきっと「出会ってないだけ」だと思う。「本」は手にしたその瞬間、「出会い」になる。クサイ事を言っているようだが本気でそう思っている。だから「いっぱい本を読みたい!!」なのに、「ヨムノオソイアルヨ・・・」haaaaa・・・・
2005.07.06
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あんまりにも部屋がムシムシしてるんで、扇風機出しました。「夏!真っ盛り!!」でもクーラーがない我が家では、扇風機で充分なんです。(というか、なくてもギリギリ過ごせちゃう気候)で、1人部屋でセッセと扇風機をだして・・・あ~~~!だめだ!衝動が抑えられない。ポチッとスイッチを押したら図らずもやってしまいました。。。まわる扇風機に向かって「あ~~~~~」って声を出す、アレ。で、部屋に1人。なぜか照れている自分。。。大人気ないホント。。。「ワレワレハ・・・ウチュー・・・」はしてないです。
2005.07.04
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「愛すべき男達」(先々日のブログ参照)と、彼らをメロメロに溶かしちゃった♪あの女性のお話。今日はその続きです。社長連の「ところてん式ナンパ攻撃!」によって、ついに引導を渡した彼女。丁度「ほたる祭り」が開催されていた事もあって食事を済ませたらミンナで「ホタルを見に行こう!!」と言う事に相成りまして(クスクス♪)すごくロマンチックだよね、社長さん達!着物姿の「はんなり美人」と「ホタルを愛でる」なんて。。。しかし、そこからの店主とワタシはオオワラワです。「早く食事を済ませたいから 残りの料理を今すぐ(←!)全部出せ!」という、なんとも「ホンポー」な注文に応えることとなり。。。ひっちゃかめっちゃかで、なんとか料理を出し尽くした時には放心状態でした。。。社長さん達よぉ~~。はやる気持ちは分かるけどちょっと落ち着きましょー!(笑)出された料理の味なんてきっとわかんないくらいのものすごい勢いでたいらげ(爆)、これまたものすごい勢いで「じゃっ!行きましょーーかっ!!!」ってみんなでホールに飛び出していった。(ギャハハ!)「いってらっしゃいまし~~~♪」もぬけの殻になった店内で、店主とワタシは「彼女は魔性の女だな」と疲れ果てながら話し合った。「魔性の女」ワタシ、結構好きです。魔性の女ってワタシの中ではいくつかのカテゴリーに分かれる。美人であることは必須であるが、「その向こう側にある魔性」だ。その向こう側とは、・過去はどーでもいいが、なにやら現在形で 「トラブル」を引き寄せる臭いのする「魔性」・美人である事を自覚している上で、 しかし、考えることは「男性寄り」な「魔性」・「魔性」の「魔」に自身がやられちゃってる「魔性」・以上のどれにも当てはまらずの筋金入り「魔性」「魔性」っていっても、「魔」な「性質」って事で、やっぱり女性だし、その辺の人間くささがとても面白い。けれど、「筋金入り魔性」の女性にはやっぱり憧れるな~♪いろんな意味で「なんか凄そう。。。」遠く及ばないので「魔性の女」のお話はこれまで。今回、社長さん達と連れ立った女性が「何魔性」であったかはご想像にお任せします♪
2005.07.03
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地元密着型バンドの生ライブに行ってきやした!!なにはなくともやっぱ、「生は最高!!!」音楽は本当にすばらしい!ガッツリどっぷり元をとる勢いで体感してきました!!♪♪♪♪♪♪また行くで!!
2005.07.02
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先日、バイト先の店に極めてクローズドな食事会の予約が入っていたのではせ参じた。その日のお客さまは6名。皆、第一線で活躍されている社長さん達の集まりで、大切な話し合いの場であったり接待のためによく利用して下さる。いつも利用して下さる部屋は仕切られた個室なので、内密な会談もしやすいらしいのだ。そんな折、1人の女性が店を訪れた。お歳は40代くらいであろうか。すらっとした身長。上品なお顔立ち。そしてなんと「着物姿」薄いピンク色に銀の刺繍が施された着物がとても美しかった。ホールには誰もお客さまがいなかったので彼女はまんなかの席に座ってビールを注文。青いキャラコグラスがこれまたよく似合う。ほどなくして、携帯電話を持った1人の社長さんが奥の個室からホールに出で来られた。その社長さん。はんなりとたたずむ女性を見るや否や、もう分かりやすいくらい分かりやすく「ロックオン!!」状態でした。(笑)女性と二言三言会話をし、そそくさと個室に戻るとそこからが本当に面白かった。やれ「電話に・・・」やれ「トイレに・・・」と、代わる代わる社長連が1人ずつホールに出てくる。目的はただ一つ。女性とお話をする為。(笑×10)なんて愛くるしいんだろう!!男の人ってホントにかわいい。と横目に見ながら思う。めったにお目にかかれない、社長さん達の「別の顔」を拝見できて、「なんかいいもの見たな~~~~♪」とホノボノしてしまうワタシ。実はこの話。続きがあるんですがそのお話はまた今度。
2005.07.01
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以前、「類は友を呼ぶ」と題してブログったことがあるが、ワタシの中のある種の「類」にど真ん中な人物と出会う事が出来た♪あ~~だこ~~だと戯言を並べるワタシの思考といろんな面で同じ感覚を持つ。いや、それ以上だと思う。(褒めてる?貶してる?笑)まさに「類友!」まさに「同志!!」初対面ではあったが、予定を大幅にオーバーして熱く語ること3時間。「みなまで言わなくても通じる」感覚。キタッ!!
2005.06.30
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「焼肉!!」にしました♪29日で「にくの日」だし。いや~~~やっぱり「焼肉」は「サイコーですか!!」「サイコーです!!!!」もれなく500mlのビールをしこたま呑んでしまいました。。。。「♪」あわせてスティックサラダを添えましたが、我が家特製「味噌ドレッシング」コレ、おいしいんですよ♪作り方は簡単。味噌、砂糖、マヨネーズを「1:1:1」の割合でマゼマゼするだけ♪「3分クッキング」もびっくりの高速お手軽ドレッシングです。おためしあれ~~~~☆
2005.06.29
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かなり前になる。誰が言っていたのか、その情報源がなんであったかも今となっては覚えていない。ただ、なんの前触れもなく時々ふっと思い出す言葉。「暗闇で怯える子供達に『情熱』を」その真意は以下のようだったと思う。暗闇で怯えている子供達に対して「外に出て来て!」と「ヒカリ」ばかりを示しても、彼らにとってその「ヒカリ」はあまりにも「眩しすぎて」きっと出て来ることは出来ない。ならば、暗闇の中でも「手探りで」辿って行く事ができる、「外」への道を自力で探り当てられるような「熱」を伝えたい。こんな感じだったかな。たしか。(覚えワリーなほんと。苦笑)最も大切なことの一つとしてワタシが考えているのは子供達1人1人の「NEED」だと思っている。彼らが望んでいる事。「ヒカリ」なのか。「熱」なのか。もしくは「ナニも望んでいない事」を「望んでいる」のか。大人にとってそこをしっかりと受け止められるかどうかが大切なんじゃないかなと思ったりしてます。そして彼らの「NEED」を踏まえた上でじゃあ、自分はその「NEED」に答えられるだけの「ヒカリ」や「熱」や「待つ」という力量をその時本当に備えているのかどうか。ワタシにとってはそれが一番「問題」だ。(笑)
2005.06.28
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徒然に!成すがまま♪ 成されるがまま♪徒然に!!だけど・・・I can't confront the doubts I have.I can't admit that maybe the past was bad.And so, for the sake of momentom.I'm condemning the future to death so it can match the past.(笑)
2005.06.27
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2回でも、3回でも言っちゃいますが、本気でうれしい事がありました♪ワタシに「妹」ができたんです!!!と言っても、今更ロマンスグレーな父、母におねだり♪したわけでは決してありません。(笑)幼少の頃から、ワタシは妹が欲しくて欲しくてたまらなかった。「ダサー。。。」と言われながらワタシのお気に入りの服をあげたりいっしょに買い物にいったり、ランチしたり恋愛話に華を咲かせたり、ケンカしたりしたいな~~~ってずっとずっと思っていました。別に姉妹の契りをかわした訳ではない。。。。ただ、「ワタシの姉さんになってよ!」って言われただけ。もうめっさうれしかった!!彼女は現在中学生だ。バスケットクラブで知り合った。今日はその妹にワタシのお気に入りのジャズのCDをあげる予定。「イラネーよ!!」って言われてもいいのだ。そんなやり取りがしてみたい!!ただそんだけ♪====================================================================その後・・・・・ジャズのCD。。。。「イラネーよ!!」とまでは言われなかったが、低調にお断りされました(爆)っだよ!!めっちゃいいCDなのにぃ~~。薄々、断られる気はしてたんで、「Def Tech」の1stアルバムをプレゼント♪「これ聞いて勉強しる!!」(笑)
2005.06.26
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ホントに続けるつもりがあるのかハナハダ疑問ですが第2回~!!パフーパフードンドンドン。。。(まだ2回目なのにこのローテンション・・・)今回の勝手なお題は「親切」です。この漢字に着眼した理由はなんなと優しげな事をするって意味の割には『親』を『切る』って書くから、どこかおもしろ(!?)そうだなと思って。Yahooさんの辞書では「親切」とは・相手の身になって、その人のために何かすること・思いやりをもって人のために尽くす事・その様とのこと。英語では「親切」の事を『kindness』という。[kindness]を「kind(形容詞)」と「~ness」に分けて解釈してみると「kind」→心の優しい。思いやりのある「~ness」→(形容詞の後につけて)状態、性質。つまり、「心の優しい状態」つーことでいいですね!単純すぎ?ごちゃごちゃ言っとりますけども本題です。先ほどは『親』を『切る』って、まんま解釈しましたが、『親』が『切』に『思う心』ってことかも知れないし、受け取り方はいろいろあります。が!今回ワタシは前者でいきます。あくまでも「こじつけ」なんで、ゴリゴリ行っちゃいます♪〓結論〓「親切」と言う漢字が意味する「こじつけ解釈」 ☆いろんな意味で『親』の元から離れて(←『切』れて) 自律した自分が、親以外の誰かのために本気で何かすること。んじゃ親にする事ってなんていうかって言うと、それは「親孝行」かな。(おお!では『孝行』ってなんだ!!)こんな感じです。。。。Haaaaaa・・・・なんか暗っぽい・・・・。まいっか!!説明が下手っPなんで、「ワカンネーよ!」と自分でも思いつつ、今回が最終回になる可能性も踏まえつつ、次回まで。さようならば。(←FOR YOU☆笑)
2005.06.25
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以前は、「痴呆症」と称されていた。ワタシはこの「認知症」を抱えておられる高齢者の方々、もしくは若年性の認知症を発症されている中高年の方々に対し、言い尽くせないほどの思いがある。そして、こうした疾患を抱えた方々を支えておられる、ご家族の方々にも。なぜこうした思いが根強くワタシのなかに「ある」かということはいずれ記したいと思っている。自分を整理する為に。テレビで元アイドル「荒井ユミコ」さんが「お姑さん」に対する壮絶な介護体験を語っていた。何年間にも及ぶ介護生活。自らも自律神経失調症を患いながら「徘徊」「物取られ妄想」「失禁、失便」「粗暴行為」「閉じこもり」など認知症特有の症状を限界ギリギリまで「在宅介護」で受け止めてこられた。「なぜ早期のうちに専門機関に相談しなかったのか」というインタビュアーの質問に、彼女は「逃げ出す事なんて出来なかった」と言った。そして、「愛情があるから、責任がある」と彼女は続けた。なんて切ない表現だろう。息をひきとる3日前、コレまでの「認知症」がまるで嘘のようにお姑さんはしっかりと覚醒し彼女にこう言ったそうだ。「ユミコさん。ありがとう。 貴女のこれから以後の人生で 苦しい事は何もないよ」そういいながら彼女の頬をずっとずっと撫でていた。「コレが正しい介護です!」など「ない」とワタシは思っている。「まるで子供のように」見えてしまうことでご本人も取り巻くご家族も相当な困惑、刹那さ、怒りに似たような感情を抱かれるのではないかと思う。しかし、決して「子供のよう」なのではない。たとえ認知症を発症されていてもその方には、その方の、これまでの人生を懸命に歩まれた「歴史」があり、築き上げられた誇るべき「人格」がある。ワタシはそうした方々から、ご家族から、多くのことを教えて頂きたいと思っている。
2005.06.24
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