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彼の言葉として有名な
「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」
を実感した話をシェアさせて頂きます。
私は35年ほど前から重度の花粉症でした。
花粉症を発症した当時から、花粉症のあらゆる症状を持ち合わせ(鼻水、鼻づまり、喉の痛み、目のかゆみ、充血、微熱etc )、夜もぐっすり眠れない時期が半年ほど続きます。
親や医師に勧められるまま、色んな薬を飲みましたが、ほとんど効果はありませんでした。しかし副作用はしっかり出るので、高校生の頃には花粉症の薬を飲むのを止め、ただ花粉症のシーズンが終わることを願う日々が続きました。
そんな私の体質を受け継いでしまったのか、娘も重度の花粉症に。 自分だけでなく、幼い娘が夜も眠れずに苦しむ姿を見て
「本気で花粉症を治す!」
と真剣に調べまくってたどり着いたのが玄米菜食でした。
一切の動物性食品と白砂糖を摂らない。
調味料は塩のみ。油もやめる。
飲み物はお水とハーブティーのみ。
念の為、隠れアレルギーの多い大豆製品も避ける。
玄米も野菜も無農薬のものを選ぶ。
極端と思える程の食事制限でしたが「これで花粉症が治るかもしれないから、お母さんは試してみる。お菓子も食べられないから、あなたに無理強いはしないけど、どうしたい?」と、当時幼稚園児だった娘に聞くと
「やる~。こんなに辛いのが続くんだったら、お菓子もやめる~。頑張る~。」
と娘は泣きながら答えました。
食べ物の誘惑よりも、とにかくこの辛い症状から脱したい。
娘を夜ぐっすり休ませたい。ただただそれだけでした。
玄米は有機のものを取り寄せ、自宅で発芽させて鍋で炊きました。
症状が消えて落ち着くまでは、ほとんど玄米と塩味の野菜のみという、完全玄米菜食で過ごしました。
そして、その効果は劇的でした。
眠れぬほどの酷い症状が消えるのに要した期間は、娘はたった1日。
私は遅れること4日でした。
徹底した食の切り替えで、こんなにも短期間に、あんなにも辛かった症状ときれいさっぱりお別れできたことは、私にとっても娘にとっても人生を大きく変える出来事でした。
「食べるために生きないで下さい。生きるために食べて下さい。」とは天界からのメッセージ。
体質改善と生きるためだけに食べていた、極端な節制生活は10日ほどでした。その時に花粉症だけでなく、アトピーや乾癬といった肌トラブルもすべて消失し、肌がみるみるとかわっていったことも付記させていただきます。
今では、当時ほどの節制はしていませんが、それでも玄米菜食は変わりません。
お肉やお魚は食さず、バイオダイナミック農法の玄米やお野菜を中心とした食生活を送っています。
ただ、頂き物のスイーツなどはありがたく食べますし、外食時も「今日はハレの日」として、卵や乳製品程度はOKにすることもあります。
体調が悪ければ、食をより節制する。そう意識するだけで、以来私と娘の花粉症との辛い日々は終わりました。
「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」
ヒポクラテスの言葉は、現代の私たちの生活を見直す道しるべになるものと思います。
メディアの影響もあり、美食や過食に走りずぎる感を受ける昨今。 たとえ体に良いとされる食べ物でも、食べ過ぎはあらゆるバランスを崩します。
自然からの恵みを適量頂き、ココロもカラダも良い状態に保つことを心掛けたいな、と思います。
ということで、すっかり前置きが長くなってしまいましたが、 Facebookにて、兼井浩さんがヒポクラテスの格言を紹介されていたので、 全文をコピペさせて頂きます。
***
"自然そのものが最高の医師なのだ" -- ヒポクラテス
■ヒポクラテスの格言
・火食は過食に通ず
・満腹が原因の病気は空腹によって治る
・月に一度断食をすれば病気にならない
・病気は神が治し、恩恵は人が受け取る
・汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ
・人は自然から遠ざかるほど病気に近づく
・病気は食事療法と運動によって治療できる
・食べ物で治せない病気は、医者でも治せない
・人間は誰でも体の中に百人の名医を持っている
・賢者は健康が最大の人間の喜びだと考えるべきだ
・病人の概念は存在しても、病気の概念は存在しない
・健全なる体を心掛ける者は完全なる排泄を心掛けねばならない
・食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか
・人間がありのままの自然体で自然の中で生活をすれば120歳まで生きられる
・病人に食べさせると、病気を養う事になる。一方、食事を与えなければ、病気は早く治る
・病気は、人間が自らの力をもって自然に治すものであり、医者はこれを手助けするものである
***
ヒポクラテスは古代ギリシアの医者。 エーゲ海に面したイオニア地方南端のコス島に生まれ、医学を学びギリシア各地を遍歴したと言い伝えられるが、その生涯について詳しいことは分かっていない。
生年月日: 紀元前460年
生まれ: ギリシャ コス島
死没: 紀元前370年, ギリシャ ラリサ