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三十五寝顔を見つめながら昔を想う橙の心にはっきりと彼の姿が浮き上がった。母の前を何度も何度も行きかう。必死にボールを蹴り追いかけてはつま先を使いはじいた。得意な彼の表情は、その母の視線を意識してのこと。橙の心にあどけなさの十分な大の姿が焼きついていったのである。「あの頃も無邪気、今だって平和に世俗を観察しているのだから、やっぱりっていう感じね、ふふふ」彼はそんな彼女の言葉に反応したのか大きないびきの中で、時折口ごもったようなしぐさを見せていた。「でもね、大、危険が迫っているの。例の飛行機を落としたやつら…」切れ長の彼女の目が大きく見開いた。そして、つぶやいたのだ。「今度はあなたを狙ってくる」こんな路地裏に風など舞い込んではこないだろうに、店の戸ががたがたと揺れた。店主は洗い物の手を止めるや、顔をそのほうに向けた。「はて?珍しいな、もう秋風か?」橙はそんなことに頓着せず、ただじっと大を見つめていた。店の扉を開ける店主は、客に「寒いからしめてよ」としかられていた。彼女はそっと彼の耳元に顔を近づけ、これからのことを話し出したのである。「あなたも気がついていることでしょう。あなたの母、彼女は奇跡的にその事故で生存こそ出来た。確かにたったの一瞬、一時だけれどね。でも、その一時のおかげで私は彼女の思いをしることができたの。」彼女のいう飛行機事故。大と再開したその前の年に起きた事故である。羽田発ジャンボ旅客機が韓国に向けて空路を南西に移してからしばらく、日本海が見えたあたりでそれは起こった。回収されたフライトレコーダーによると、自動操縦での飛行にもかかわらず大きく旋回しようと機体が傾き始めたという。急な不具合にパイロットは冷静に対処すべく手動操縦に切り替えたがまったく機体の操縦がきかなくなった。そして突然エンジンが停止したというのである。上空200キロメートルにあった機体は急激に高度を下げ始めたのである。その時今まで生じていた不具合がうそのように元に戻り、機体も安定を取り戻していった。機長も副操縦士も、その誰もが奇跡に歓喜した。「これで飛べる」そうつぶやいた瞬間、尾翼のまさにその上から何かが絡みつくかのようにじりじりと進行方向の逆側に引っ張ったのである。更に、上空でありえない停止を余儀なくされた機体はその尾翼を残し二つに折れ海へまっさかさまに落ちていったのである。「メーデー、メーデー何かが…何かが…機体を・・・うゎぁぁぁぁっ!」落ち行く機体はところどころで爆発を起こし海の藻屑となってしまった。当然生存者はゼロ。乗客420名は絶命であったと報じられた。ただ独り、体にキズ一つ無く日本海の沖合いで漂う彼女以外は。大の母のことであった。12時間後彼女の体は石川県のとある大学病院の集中治療室にあった。微かだが命の兆しが見えたのである。「おちゆく体の中から魂が、彼女の魂が抜け出した。そして何かの力が彼女の体を加護したのね」「彼女の声がはっきり聞こえたわ。近江の海のほとりに立っていた私に彼女は『すぐに来て』といった」「その顔は昔の活躍で見せた荘厳さはなかった。今にも朽ち果てそうな、か細いもの…」そして、すぐさま石川に向かった橙は薄れ行く彼女の意識の中に入っていった。店主が気を利かせて彼女に薄手のタオルケットを持って客室にはいってきた。彼は大のすぐ横で顔を並べていた彼女のことをちらりと見て「ちょっと冷えてきたから」とそれを手渡した。橙は座りなおし、「ありがとう」というなり、グラスをとって一気に飲み干した。「わたしも酔ったみたい。もういいわ。少し横になるから」かえり際にグラスは引き取られ、客室の扉が閉まった。「あの飛行機には管夫妻もいたそうよ。そればかりではないみたい。あまりニュースにはならなかったけど四国でベテランの雲水が崖から転落事故をおこしていたり、同じ時期に伊豆の神社が全焼したことも、すべて絡んでいるって」もらったタオルケットを肩からかけてひざを抱えながらそうつぶやいた橙は鋭い目を大に向けた。「母を、母達をやった奴等がくる」「とても危険な、そして、今後の未来を破壊する那伽……」「我ら天部の片割れを抹殺。狙いは判らない……。でもこれだけはわかる。今度は大が、あなたが危ないの…」先ほどより大分大きく店の扉が震えた。「私が護るから」
2011.10.08
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三十四運よく彼女は刺客よりも先に大黒と接触することができた。民家も混じる路地の、随分と入りくんだ、細く街灯もあまり役に立たない様な袋小路に立つ、いたってシンプルな佇まいの小料理屋で仕事仲間と何やらジャーナリズムとはと、熱弁を振るいながら、それでも楽しそうに、宵の口にひたる男を見た。体つきが大層、丈夫そうに見えた。「こだわりを持つ時の目付きは昔のままね。酔っていても十分面影があるわ」カウンターに座る彼のすぐ後ろの、小さなテーブルがいくつも並ぶその一つに、橙がいつの間にやら座りメニューを眺めていた。グラスを煽る男はその声の方へと首を回し女を見た。それは彼にとって再会を意味した。まだ幼少期の彼と神社で戯れた懐かしい記憶。当然遠い過去のことなどを思い出せるほどの冷静さはない。返って、それをつむぐにはまだまだ酔いが浅かったのかもしれない。「お久しぶりですね、ひろしさん」さらに怪訝な顔を作った。「んん??なんだあんた。いきなり、それになんで俺の本当の、昔の名前を知っている?」酒が回っているようで、目の下が赤くなり、虚ろなようだ。ひろしは大という漢字を当てられたものだが、成人した際に母に断って醍(だい)という名前に変えたのであった。ニックネームであるダイがそのまま醍になり今日まで続いているゆえ、本当の名前を知るものはそうそういないはずであったのだ。「ひっく、同級生ではないな、ひっく……そんなオカマ面はしらんし。故郷あがりの田舎者か……?」「おいおい、醍、失礼だぜ」仲間たちも言葉がずぎる彼を諌めた。「ふふふ、まだ飲み足りないようね。言葉遣いの悪さも、もう少し酌めば直りそうだし。そうそう、オカマというのもあなたが最初に指摘したわ」橙は笑顔を作って見せた。「何ィィ……」憤りながらその顔を、醍はよくよく眺めてみた。橙はそのまま彼の視線を受け入れている。「ケッ」何もわからないとばかりに、また余裕である橙の素振りが面白くないらしく、カウンターに顔を戻しグラスを店主に差し出した。「おい、マスターっ、もう一杯だ」「へいへい、お姉さんすみませんね、いつものことでさぁ」頭をかきながら橙に変わりに誤る店主をみて、醍はグラスを突き出し更に催促した。橙はまったく気にせず、私にも彼と同じものをと注文した。そして、ただ彼の後ろに座ったまま彼と同じように酒を飲み続けたのである。醍が酒を煽る。橙も続いてグラスを傾ける。また、彼が酒を引っかける。彼女も遅れて口に注いだ。酔っていた仲間は口を開いたまま交互に彼らの様子を見るばかりであった。何杯飲んだのであろうか、相当な酒豪と仲間内でも言われていた醍はとうとう、カウンターのテーブルに顔をうずめてしまった。「あひゃ~。潰れたぜぇ」「ほんまだ、あの醍がねぇ」仲間はあきれた様子で彼の横顔をみながら口々にそう言い合っていた。店主は仕方がないと、奥の座敷に上がり、さっきまで宴会をしていた客間を片付け始めた。すると、橙が何も言わずに手伝い始めたのである。「ちょっと、ちょっと、お客さん、いいですよ」「いいえ、いいえ、何もしていないのも手持ち無沙汰ですから」「そんなぁ、いけねぇな、こんな別嬪さんに手伝わせちゃぁ……ところで、お姉さん、こいつの知り合いか?」「ふふふ、まぁそんなところよ」「へぇ、詮索はいけねぇけど、醍さんは本当はいいやつでさぁ、仕事も出来るし、滅多に人に食って掛かるようなことはなし、果て、今日の、いやいや、さっきまでの醍さんとは違うなぁと思ってさ、何かおいらの知ねぇ関係なのかなぁってね」「あら、男女のなんてことはないわよ。そんな小さなもんじゃないから」 橙はさっき見せた笑顔をこの店主の前にも照らしたのである。 「そうかい、しかし、あんたも強いねぇ、相当飲んだはずだけど、何ともないのかい?」 「ぜんぜん。こんなの飲んだうちにはいらないもの」 「てぇした、おなごだ」 店主は大分感心した顔つきで橙から盆に載せたグラスだの瓶だの受け取って部屋を出た。 続いて仲間が店主に指示されて醍をこの部屋へと抱えてきたのである。 座布団を枕代わりに、醍はその大きな体を横に寝かされたのである。 仲間もそのそばで、疲れたとばかりに横になってしまった。 すぐに、醍同様、高いびき。 橙は独り、飲みかけのグラスを近づけ、その透き通る液体から覗く醍の姿を見ていた。 『大黒、大黒、聞こえますか?私の声が聞こえますか?本当、懐かしい……」
2011.05.07
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三十三狐を呼び込む餌は出来ていた。 この場合、呼び込むというよりかは、注目せざるを得ない状況に陥れたと言った方が正解であろう。 結果として彼女は足かせを付けられたまま、明かりの乏しい地下の、外部の音ですら消されてしまった牢獄の片隅で、自分が見てきた一連の騒動を省みるしかなかったのである。 それは何とも卑劣なやり方であり、彼女の心臓をえぐるには十分すぎるほどのしうちであったのだ。 彼女を誘い出すために一番効果的なこと。それは、彼女が最も大事にしている祠を崩すことである。 日本各地に祀られる社をことごとく破壊していけば、いずれまだ健全な社に彼女がやってくるだろうことを考えるは容易い。 稲荷を祀る社はもとより、様々な神が宿る社の、その中に称えられる象徴を、酒天童子は現世で待ち構える部下に指示し破壊させていったのである。 普段は目に写ることのない、実態を持たない妖霊、その一族である妖鬼が動いた。 妖鬼は山間や谷底など危険な場所に潜み人の不注意を誘発させる。時に命をも奪うとさえ言われていた。 また、昼夜問わず町や都市へと繰り出しては、霊としての強い魔力により、人に乗り移り、狂気の沙汰をくりひろげた。 一旦その憑依から離れると、その者は自分のしたことに恐怖し自殺した例もあったほどである。 今回もまた同じ様に何の落ち度のない一般人が餌食になっていた。 乗り移った者は気が触れたごとく金属バットを振り回し神社の壁や柱を壊す。 社殿にある鏡はもとよりお札は破られた。 妖鬼は次々に乗り移っては狛犬、賽銭箱まで破壊した。散らばる小銭などものともせず、その横行は続く。 直接奉られるでもない社務所をもその対象になったのである。 憑依の移行は限りなく行われ、また全国にその一族の輪が広がっていった。 眷属が考えた策は見事に当たった。 神が帰る場所がなくなってしまうとなれば幾ら何でも彼女はじっとしてはいられない。 例えそれが彼女を誘い出す罠であったとしても、手をこまねいて見ているわけには行かないのである。 鬼車鳥が、槍の先が敷き詰められた深い谷の、真っ赤に染まった沼地に聳える古城の屋根に止まるや大きく嘶いた。 その声を聞くが早いか、城内の、一際広い間で、天井にあたらんばかりの勢いをもって棍棒を振り回している五陰のあるじが、脚を床に強く踏み鳴らし声をあげた。 「かかったな、狐め」 その振動に驚いた鬼車鳥は奇声をあげて羽ばたいたのである。 「ようし、でかした。直ぐに舟を出せ。姫の元へ急がん。いざ冥界へ誘う準備に移ろうぞ」 ...現世で言う20年前...... 橙はとある男を助けたのである。 彼は平成に現れた神の、最後の生き残りと言われた男であった。 その母が亡くなる直前に、橙に頼んだ言葉である。 「どんなことをしてもあの人(子)を守って......。彼はまだ自分に隠された力やその生の本当の意味を知らない。そんな力を使わぬ世で育て欲しかったから......あえて言わなかった」 「だから......、彼をおねがい。良き理解者、教育者として......頼めるのはあなたしかいないのですから」 薄れ行く声の中で、その意思を告ぐ者として橙は母の言葉に誓った。それから彼を捜し始めたのである。 同時に、本来彼が持つべき玉の行方も調べていたのである。 「彼に渡すはずだったものは、あの飛行機墜落事故で紛失......。彼女の声をキャッチできたのは不幸中の幸い。さて、彼はすぐに見つけることが出来ても、例の物、広い世界の中、米粒を探すより手間がかかるわね」 橙はつぶやいた。 玉を捜すのは後にし、先に彼を加護することにした。 だがしかし、彼が探し当てると同時に、あろうことか彼の命を奪うべく刺客が送り込まれたのである。 「母の死は偶然ではない。いいえ、母以外の前の世のパーソナリティの死、それがもしも綿密に練られたことであるのならば......この期に及んで誰が大黒を狙うというの......何のために」 橙は自分の周辺に魔法陣をあしらった護符を張り巡らせ、その刺客の足を封じ込めた。 効果的といわれる呪符を記した札は、最後の神であり、まだ未熟すぎるほど弱い大黒の化身を守るのはそれでも十分であった。 橙でもその刺客が何者なのかわかるまで時間がかかったのである。 大黒がいまだその能力を発揮できないでいるのには理由がある。例の玉、『祈願の露』、『神の雫』を使えないでいたが故だ。 もし、政府機関や神仏反対の過激派が裏で手を引いていたとして、彼の命を狙う理由はない。つまり、人間には彼が大黒であることは分かり得ないのである。 「あの時、もしあの時......くっ......」 足かせの鎖を手に取り、彼女は強く引っ張った。 その音が不気味に鳴り響いた。
2011.04.04
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三十二 「シュウ君といったわよね?」 彼女は画面から目を放しピーターの顔を見たうえで、すぐにシュウの方に視点を移した。 「あなた、奇妙な音……聞いたこと……あって?」 音という響きに敏感であった彼には、すぐにそれが父やそして母をも取り巻いたものの事だとわかった。 「金属の擦れるような嫌な音から始まるやつ……ですか?」 「そう。風や木々なんかないのに、急に葉がこすれるような感じのざわめきが聞こえて……かと思うと遠くから、口笛が呼んでいるような……明らかに誘い出しているって感じのね」 シュウは生唾を飲み込んだ。 (同じだ……僕と、父さんと……) ゲートは椅子を後ろに滑らせて机との間に十分な隙間を作って脚を組みなおした。 研究者特有の着衣、ラボ・コートの長い裾から覗かせるその脚は白く細い。 小柄に見える体は背筋が頼もしく伸びている。 それが、照明に照らされた顔とは対象的に何か自信ありげに写りかえって顕貴に見えた。 彼女の顔は少し疲れたような血色で瞳だけが強調されている印象を受けた。 きれいに手入れされて尖った爪はエナメルの質感に似た光沢を出している。 彼女は手の中でデスコンのモニター操作に使うペンの先と尻側を指先でつまみながら回した。 そして、その尻を勢い良く机の上ではじいた。 一つ一つの動きが、シュウにとって新鮮に映った。 学校の女友達や幼馴染の史江などからは見られないものであった。自立した女性をここまで意識したことはなかったのだ。 「お父さまは呼ばれてこの地に来て……」 そういったっきり彼女は黙ってしまった。 たまらずにシュウは彼女につっかかった。 「呼ばれた?誰にです!」 彼は更に目を丸くした。 「ううん、どうなったんです。それから一体どうなったんです!」 「マァマァ、アツクナルナ」 肩を押さえ、なだめるピーターにシュウは必死に訴えた。 「そんな冷静にいられるわけないじゃないか。ピーター、この人は何でも知ってるというんでしょう?だったら、だったら」 「何でも……か……」 ため息混じりにゲートが言葉を漏らす。顔が下を向いていた。 その様子を見ながらシュウは気持ちを落ち着かせようとしたのである。 また、例の匂いが漂った。 「私は全てを知る神ではないわ。それに近づこうとも思わない。でもね、心の奥底に潜む、探求心……知りたいと言う欲求が体をつき動かすの。どうにも止まらない欲求よ」 「開けてはいけないと言われれば、たとえどんな結末になってもそれを開けずにはいられない。だって、それが人間が人間として生きていくための真理ですもの」 「一つの扉を開けるたび、人は大きく成長する。無駄に歳を取るのではなく、確実に生きていると言う筆跡を残すために扉を閉めることなく、次の者が続いていけるように開けておく。先人がそうしたように、私も同じように開け放つだけ」 彼女が話しを続けるたびに魅了し、まるで催眠術にかけられたような朦朧とした感覚を伴わせる匂いが漂った。 「いつしか人は私のことを、そう呼ぶようになったわ。ふふふ……」 扉に立ち、扉を開け、扉をくぐる。パンドラを容赦なく開ける者。 (だからゲートなのか……橙さんや利二さんとはまるで違うんだ……) 「私は、いつしか、どんなに開けようとしても開くことのない扉を探し当てたわ。この近江の海に眠る黄泉のゲート……」 「黄泉のゲート?」 そうシュウが怪訝な瞳でつぶやくとピーターは深くうなづいた。 「アア、ドウヤラレイノリュウガイキキスルノモソノゲートヲクグルソウナンダ」 「もう少しでその糸口がつかめそうなの。手繰り寄せれば必ずほころびが扉を開く鍵になる。そう信じて今まできたのよ」 「アシアトガ、ソノホコロビトイウワケデサ」 シュウはすぐに反論した。 「ちょっと待って下さい。僕の父さんは?僕の父さんを探してくれているのではないんですか!」 「ダカラ、リョウハ」 ピーターの言葉を遮って、ゲートは急に立ち上がり、テントの前へ歩き出した。 「シュウ君、来てくれる?」 ポケットから取り出したライトを、ゲートは地面に向けて照らした。 そこには父が履いていたと思われるフィンの片側が落ちていた。そして人とは思われないほど奇怪な足跡が少し離れた辺りにあるのが分かった。 更にその足跡のすぐ後ろに、明らかに人間の、しかも女性と見て取れるようなかわいらしい足跡がくっきりと重なっていた。 そして、シュウは次の言葉に自分の耳を疑った。 「この人の足跡、徐々に獣のような足になったと私は見ているの。同じものが変化した……間違いないわ」
2011.03.05
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三十一 また一人、外にいる者と同じ簡易制服のような薄手の上着の男がテントの中に入ってきた。 胸元には朝顔の花のような紋章がつけられていた。 「どうやら同じ足跡のようです」 重々しい空気をかもしつつ言葉を出した部下らしきその男は、持っていたカメラを女の前に差し出した。 舎弟が目上の者のタバコに火をつけるかのように、大事そうにカメラを持ちそこからチップだけを抜き取らせた。 彼女は中に納められた画像をデスコンに取り込み、注意深く眺めた。 顔のすぐ前で青地の電磁波がうごめく。 何か足跡のような物が一つ立体的に現れた。そしてやがて、左右二つに分かれた。 二つとも同じもののようである。 片側の画面の足跡が消えるとその画面に新たな映像が浮かび上がる。 前に採取したものなのであろう、角度が全く異なっていた。 ゲートは天地を変えたり、画像を縮小、あるいは拡大したりして両者を丹念に比較した。 シュウにはちょうど外に立つ照明が自分の顔にかかり位置からはその画面が十分には見えなかった。 ただ、手慣れた様子の女の手と風に乗って時おり香る独特の匂いばかりが気になった。 しきりにその香りの種類を思い出そうとするシュウはすぐさま現実に呼び覚まされた。 「決まりね」 男は一礼をするとそのままその場から退いた。 十分に解析するとゲートはこめかみ辺りをペンの尻でなでながら最後にキーボードを一つ弾いた。 要領を得ないのは無論シュウひとりである。 ピーターも承知したように顔を強ばらせ頷いていた。 「何なんですか?父さんの行方と関係があるのですか?」 ピーターは彼を見つめると、強ばらせた顔をより真剣な目付きに変えてこう告げたのである。 「リョウハダレカニ、ツレサラレタカノウセイガ、タカインダ」 「えっ?」 「カノジョハ、スイチュウタンサノ、エキスパートサ」 ピーターは彼女をちらりと見つめた。 「ソレバカリデナク、チョウジョウゲンショウノナゾヲカタラセタラ、ソンジョソコラノハカセナンカ、カナワナイクライサ」 全く予期せぬ展開である。彼女が誰であれ、超常現象をピーターまでもが語るものなのかとシュウは感じたのだ。 「ココサイキン、コノイッタイニ、ミョウナデキゴトガオオクナッテキタラシインダ」 ピーターがこう説明した後すぐに、黙っていた彼女が語り出した。 「この琵琶湖を徹底的に調査していたのよ。もっとも今から十年も前からだけど。この湖底にはとても古い文化が沈んでいるのは知っているわよね。」 葛籠尾崎湖底遺跡は有名な遺跡であった。 縄文から平安にかけての古代人が生活していた痕跡を残すものだが、今日までその出土物が露呈したまま原形をとどめている。 調査研究は今世紀初期まで盛んに行われたものであった。 だが、数ある琵琶湖内の遺跡の中で何故に数十メートルも沈んだ湖底に壊れもせずあるのかが分からなかったのである。 多く出土する遺跡の場所は深くても数メートル以下である。 そうした場所であれば、湖自体の規模が現在のような広さではなく本の小さな沼であったことだろうと容易に分析できる。 地形学的に見ても十分その可能性は認められるわけだ。 しかし、シュウ達がいるその場所は仮に琵琶湖を現在の規模から大分縮小したとしても、湖畔で生活していたであろう場所からも、はるか深い湖の中にあったことを意味するのである。 実際に数多くの時間変異シュミレーションを製作してきた。 琵琶湖の遍歴を映像化してみたがどれもその遺跡を解明するだけの資料にはならなかったのである。 その理由は、出土する物がすべて他の地域の遺跡と年代がほぼ同じだからである。 つまり、その同じ年代であった場合の琵琶湖の大きさと矛盾してしまうのである。 ゲートはその神秘とも言える遺跡の謎を解くためにこの地を中心に様々な調査を行ってきたのである。 そして、今回の稜のことである。政府機関から湖に明るい人物として選ばれた彼女にとって持論を更に飛躍させる恰好のチャンスだったわけだ。 水中探査は彼女が所属する研究機関であるが、本職はピーターらのトレジャーハントにも通ずる古代遺跡の調査であった。 また、一番の動機、水の中にこだわる理由は彼女もまた稜同様に『音』を聞いたからであった。
2011.02.10
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三十 ドッペルゲンガ―なるものの研究はすでに一世紀前に終わっている。 これ以上の学術的な成果は期待され得ないと結論付けられてしまっていたのである。 ただ、一部の信者のみ、同体を見ただの他国にいるだのと報告し合い、顔・姿形、背の高さまで瓜二つである事へのこだわりを最重要素としていた。 挙げ句は疑似者を探すツアーまでも今尚敢行されているのであった。 彼らは、その、昔からの信憑性を現実にすべく奔走しているのである。 多くの学者は確率論として全くの偶然かあるいは、単なる錯覚と片付けてしまっていた。 三人が同時に集まる確立は無いに等しいかあるいは意味の無いことであるとした結論は、信者からすれば、臆するがゆえのものと返って自分たちの考えを立証するものであるとした。 だが研究者の圧力は強かった。メディアの力を借りて大々的に意味がないと言う事を実証した時期もあった。 世間の目もよって冷ややかだ。 もちろん実証・証明に値しない研究などに国も動こうとはしなかった。 神仏研究者である利二でさえも神が創造した人間の根元になるやも知れぬその理由など考えても見なかったのである。 「つまらない神秘だから、私たちには都合がよかったというわけ。今日でもばれずにいれたのだもの。それでも純粋な信者、つまり啓示を聞いた者は疑うべくもなく自身の分身を探したわ」 「どうしてこの地上には男と女しかいないのか、両性を持つものが広く動物達の中にいるにも関わらずってね」 利二はハッとした。単純な疑問ではあるが、今日でさえ解明されていない性の神秘。その当たり前の疑問から全く目を背けていた自分の姿に驚いたのである。 そして、双子として生きてきた事実を改めて認めたのである。 「唯一無為の人間は、少なくとも個性にこだわる故、そのルーツをたどるすべを知らないわ」 「同じではない事への安心は個体同士の差を生み、更には特出された部位の磨きを尊ぶようになる。結果個人の生き方をより強欲にと邁進させたってわけよ」 橙の見解はいささか乱暴で飛躍しすぎてはいる。また、神が人を作ったのならば個人が進むべき道の行き先でさえ必然的であることは明白だ。 だが利二には反論の意思はなかった。 「人と異なるということはつまり、住み分け・・・。人はその裁量を持ったわ。自分にしかできないことは自分だけの領域を広げる」 「重なりあわないことで個々の居場所が確保されるのだから。多く集まればその中で剪定を受けるけれど、自殺という次元の話は過去の産物で、結局人に限っては自然淘汰さえも稀有になったわ。それは神ですら予想しなかった事態なのかもね」 独り言のように呟くと、しばらくして二人の居る空間が眩い光に覆われた。 目を閉じる利二でさえも閉ざされたその瞳の奥に真っ白な残像として届くほどのものであった。 橙は要領を得たように、横たわる人物へと近づいた。 喋るでもなく、合図するでもない。 橙は眠ったままの、目の前の者をただただ見つめていた。 その光景がシュウの脳裏にクローズアップされるや、彼の意識がピーターと来た、まさにこの場所へと飛んだのである。 長浜という現実の場所…… 橙と利二は成るべくしてこの地に移り住んだのだとシュウも分かった。 シュウは気がつくとバス停に立っていた。 物静かな夜の中に湖畔の辺りでタ―プを渡し、自家発電式のライトで明るく湖を照らす一団が見えたのである。 そのまま脚が赴く。 横たわる男の謎と、橙の正体が分からないまま、琵琶湖に舞い戻っていたのである。 バスのテールランプがはるか向うに見消えていく。 利二は微睡むような意識の中にあるシュウにこうも言った。 「おそらく父は生きていようぞ。所在は分からぬが無理して捜すことは無い。ここは大事を取って一端国に戻るがいい」 「とは言っても、もし無理だというのならばあえては止めんがな。まぁ、湖に向って聞いてみればよい。もしかしたらがあるやもしれんからな……」 意味深な言葉であった。 徐々に意識が正常になりつつ中でシュウは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。 「シュウ、ドウシタ?モドッテキチャッタノカ?」 ピーターがランタンをぶら下げて近寄ってきた。 思わぬ展開にピーターは肩を叩きながら指令場所にシュウを案内した。 せわしく立ち振る舞う一団の中で、テーブルの上に載せられたモニターを冷静にして真剣な眼差しで見詰める女性がいた。 モニターには湖底が映し出されているようでその横にはシュウの学習机にあるものと同じデスコンが立ち上がっていた。 湖底の映像とリンクされたデスコンの表示には的確に捉えた三次元の構造図が浮き出ていた。 アタッチペンを次々使い、画面を切り変えては、読み取った情報を記録しているようであった。 「ムスコガキマシタヨ」 「そう」 無愛想な返事に、シュウは嫌悪感を抱きそうになったが、すぐにかき消された。 彼の鼻にかいだことも無いような匂いが入ってきたからである。 それは、女性としてというものではなく、何か別の世界にあるようなぼんやりとしたイメージを残す香りであった。 「カノジョハ、アントレプレナーデ、ドクジニスイチュウチョウサヲスルプロフェッショナルサ。ナマエハ……」 「ゲート、でいいわピーター。面倒ないから」
2011.01.26
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二十九 美しい音色だ。 隙間風の雑音の上に丁寧に雅楽を奏で直すことでこの部屋に澄んだ時をもたらす。 それは、波立つ湖面に凪ぎを広がるように心の落ち着きを取り戻した。また、指揮者がタクトを振りかざした時のようなある種の緊張感をもともなった。 橙は唇を横に引き息を溜めた。 細く長いそれが、笛の穴をくぐり音となって生まれ変わる。 高い音は指に操られて自由な音階へと変化する。 音楽という幾何学的な色彩が目を閉じる利二の脳裏に見えた。 枯れた葉がゆっくりと舞い落ちて、その残像が見せる孤線のような、あるいは、岩に打ちつける白波が弾けて、小間送りが作る放物線のような、時に静かに時に激しい音の連続を橙は奏でた。 太古の倭人が山神海神を宥め崇めたこの笛の音を神の一人であろう目の前の女が吹く。 利二には、本来こうした業が自分達も知りえない、元々の姿だったのではないだろうかと思えたのである。 やがて、笛の音に呼応するように、利二のいる地面がビリビリという振動を伴って揺れはじめた。 肉眼でもわかる。 時々、うねるような、まるで小船に乗って大海原に浮かんだような感覚がした。 明らかに何かが変わる。 バスに乗るシュウも車内が揺さぶられる度に、利二の語りの中で夢現のまま同じ感覚を味わっていた。 あの、家の中に入った時から、現在に至るまで続いている笛の効果に護られて、利二と橙が繰り広げた世界の中に魂ごと同化させられていたのである。 シュウは話しの続きを、遠くはなれたこの車内で聞いているのであった。 バスの中は彼と運転手以外はいなかった。 それ故に雑音に邪魔されず夢の中に留まることができた。 そして、薄暗い宵の口が一層不可思議な現象へといざなっていったのであった。 笛を吹くのをやめた橙がすっと立ち上がり、利二に告げる。 「目を閉じていてくださいな」 利二は言われるがままじっと目を閉じ耳を澄ませた。 橙は傷をかばうようにして腕を上げた。 そして、自身が何であるかを象徴する、因縁の印を作り切ったのである。 目を瞑る利二もシュウもその様子をまぶたの裏側から感じ取っていた。 両親指を上に向け右手の指を包むようにして組む。 外縛の印を作るやすかさずもう一つの真言を唱えた。 「オン シラ バッタ ニリ ウン ソワカ」 今度は両手が開かれた。力を込めて左手を胸の辺りに隙間を作りつつ折り曲げた。 そして余った右手を左手の内側に向けて拳が突かれる恰好を作ったのである。 利二は驚いた。 (これは・・・ダ、ダ、ダキニ天では) 橙は今度は利二の心の中の言葉が聞こえたか聞こえまいかなど構わず真言を発した。 「オン ダキニ サハハラキャティ ソワカ」 (やはり・・・顔煮に似合わず・・・) 「ふ・・・いうよねぇ」 彼女のはにかむ様子を境にこの敷地に異様な空気が広がった。 ぼんやりと、霞のような雲が彼女の前に漂い始めた。 霧や湯気ではない。粒子がもっと細長く厚みのあるものに変わったもので、そこに人影が見え始めたのである。 何者かがその雲の中で横たわっていた。 「オン マカ キャラ ヤ ソワカ」 (何故にその真言を?・・・まさか!) 「人間は同じ顔をしたものが世の中に三人いるといいます。というより、そういう風に神が創ったのですから」 「性格や性質は違う、異なった環境や文化、風習ゆえに相違となって、個性となってその人の人格を形成するでしょう。でも、本質は同じものであるの」 利二は目を閉じたまま聞き入っていた。 「目の前のお方もそう。それぞれの人格を持ったものが、その自分の宿命に身を投じて、生きてきた。二つの命が重なり合ったの。残す一人を待ち続けて今は深い眠りについている」 (ドッペルゲンガー?) 「そう、多くの研究者は同時に三人が集まるということは不吉なことと位置づけたわ。でも実際にはそうではないの。魂の融合が新しい未来を作るということなのよ」 「そして、このお方こそ、それを可能にする・・・」 僕が僕でなくなるとき・・・29
2011.01.09
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二十八橙を車から抱え出した利二は辺りを見渡し横になれる場所を探した。廃墟とは言いながらも、部屋らしき格好はとどめ、また床はまだ十分に認められる。井草はささくれ立ち、所々穴が開き朽ちてはいる。それでも何畳もの畳がそのままの状態で残っている部屋が見えた。また、埃とシミで汚れながらも深紅の色合いの絨毯がかつての活気を現している部屋もあった。(人の手から離れたとして、十年やそこいらか)首を伸ばし隅々を見渡す。(しかし、こんなボロでは丸見えですぐに見つかってしまうのでは)心の中で、そう呟くと突然橙がしゃべりだした。「そう、十五年も使ってないわ。でも大丈夫、知り合いの持ち物だから、不法侵入にはならないから。それに、奴はもう来ない」利二は思わず彼女の顔を見た。まだ幾分青白い顔表のまま目を閉じていた。さっき見せた勇ましい姿はそこにはなく、ただの、か弱い女性の姿を見るばかりであった。(読心術というやつか?)橙は怪訝な顔で自分を見つめる利二に少しだけ口許を緩めて見せた。幾つかの部屋を物色した後、埃と煤で汚れた床板が張られ、それでも小綺麗に見える場所に橙を連れていった。土間の広がりをみせるそこは炊事などをする場所なのだろう、壊れた竈らしき窪みの中に薪の燃えカスなどが蜘蛛の巣とともに見えた。そのすぐ上を這う水道管は元から取り外されているようでパイプの切断された一部のみが頼りなくぶら下がっていた。利二は思った。(ここも昔は盛んに単織物や染め物を作っていたのであろう。政府が余計な政策を強いたばかりに・・・)「意外と正しい見方ができるのね」またである。橙が利二の思いに答えたのだ。「人はみな都合主義でしか現世を駆け回ることが出来ないものだから。昨日まで喝采し応援していたとて、船頭が変わってしまえば全くの逆。今日は受け入れられないというものよ」その答えに、利二は不思議と驚かなかった。橙の様子を見ずに、代わりにこう告げた。「伝統あるもの、それは人が学んでできた結晶。我々はその思いを紡いでいかせたい。その連鎖が数珠のように形となって残る」利二は優しい顔つきで天井を眺めた。「そこには都合などという欲張った考えなど入り込む隙はないんだ」真っ黒に煤けたその梁や屋根裏をしげしげとたどると更に口を開いた。「あなたは、かつての英雄の生き残りですね。いや、神であるならば残るという表現は失礼な言い回しでしょう。何も言わずとも今日あったことを鑑みれば説明がつくというものです」橙は利二の視線に応えるかのように、優しい笑みをまた作った。否定も肯定もしないその様子を見ても、利二は詰め寄ることは決してしなかった。むしろ満足であった。竜という伝説で神話の世界の生き物が目の前にあらわれた事、そして、自分が憧憬し、あまねくもとめていた神がこうして目の前にいるという事実。それを自分のために、捨て身になって助けようとした事実に深い尊敬の念を抱いていたのであった。黙ったまま二人は琵琶湖に向かい、吹く風の強さに乗せてゆっくりと息をつむいだ。互いの息づかいだけが時間を気にせず響く。「橙さん・・・今度は私が、私があなたを助ける番です」筒をそっと取り出すと橙は利二に開けてほしいと言った。中からは、見たこともない古めかしい横笛がきれいな絹の敷物の中から出てきた。それを大事そうに手に取るや、利二は不思議な感情にかられた。「何とも骨董なもんだ・・・それに・・・えもいわれぬ・・・」(心の奥底で震える、躍動はなぜなのだ?)利二の戸惑いを感じる橙はその笛を口元に持ってくるように指示してから奇妙なことを口にした。「今から監視小屋を建てるわ。そして、あのお方に報告しなくては」「あのお方?」「ふふふ、黄泉を護りし、いざないの古国を譲る我らの主へ・・・」「何をいいたいのだ?」「もう一つあるわ。あなたは自分と同じ人を見たことがありますか?」「・・・」突拍子もないことを口にする橙に利二はただ、黙って見ているしかなかった。聞くしかなかった。体をようやく起こしつつ、橙は壁にもたれかけながら利二の目を見つめた。「この場所は近江を見渡す古くからの監視小屋だったの。もう何世紀も前から姿を変えてしまってはいるけど」「もう一度その小屋を復活させて、目覚めさせた竜が他の一族を連れて海に潜ってしまわぬように監視しなければならないの」「もし、ではもし、あの黒竜が、あるいは他の竜が集まったとしたら?」「・・・その霊力により、それは恐ろしい時代の到来になるわ」「なんですと!」「それを阻止するために、力を使うというわけ」「力?人間にそのようなことが出来るとでも?あの滝つぼで私ですら何も出来なかったのにか?」「あのお方は違うわ」利二はその話の中身が徐々に明かされることへの興奮が隠せなかった。
2010.12.31
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二十七シュウはバスの中にいた。何かに導かれるように虚ろな眼差しで一段高くなった、一番後の端の席に腰かけていた。利二の問い掛けにも応えずすうっと立ち上がり、家の、玄関の木戸を跨いでからこうしている間中、全くの無表情を作ったままであったのだ。車窓の景色は灰色の雲におおわれ、山の裾辺りにわずかな夕焼けが生まれていた。眩しさなど全く気にしない様子で外を見つめていた。夕日を遮る民家が多くなる。その国道を通る中で、ときおり覗かせるその夕焼けは次第に紫がかったそれへと変わっていく。まるで山賊でも現れるのではとおもわれる様相を見せた麓にさしかかっても、シュウは瞳をただ湖がある辺りに向けるばかりであった。大きな窪みにバスのタイヤがとられた。上下に弾んだ車内でシュウの意識が飛んだ。レコードの針がずれて元あった溝に戻るがごとく、利二の話の中に再び入ったのである。「彼女は腕を怪我した。ひどいものであったが、動じずわしをかばったんだ」黒龍は歪みの狭間に分け入ったのである。どうやったのかなど到底わからない。あの橙でさえまさかと侮っていたほど唐突な事であったのだ。滴り落ちる鮮血など気にも止めず彼女は竜の行方を追った。「このままではだめだわ。ここから出るのよ。その前にあなたの分身をつくる」橙は黒龍が大きく空を旋回している隙に利二の髪の毛を数本抜き取って掌にのせた。震える腕。顔はやや青ざめたようにさえ見えた。ハタリと垂れた前髪に鋭い眼光を覗かせ、まじないのような動作をつくった。直ぐ傍にいる利二でさえも聞き取れないほどの声で何やら呪文を唱えた。その後に手の上に息を吹き掛けたのである。やがて掌から漂い落ちるその毛から蒸気のようなものが吹き出した。そしてその煙の中から人影らしきものが現れたのであった。「いざ、この迷宮を、その形果てるまで、疾走せい」橙はそういってその影に、疑似生命ともいおうか、動く命を宿らせそれに指図したのだ。そしてすぐに、利二に再び杖を握らせこの世界を脱出したのである。竜はまんまと橙の策にかかった。利二の影を追うべく狭間の中を翻弄したのである。影が尋常ならざる速さでその空間を駆け巡る。それをどこまでも追いかける黒龍の姿に安堵した橙は滝壺の前で崩れてしまったのだ。「わたしは彼女の肩をとり下山したんだ。山深い場所とはいえすぐに道に出るはずなのにその時ばかりは道のりが長く果てしなく感じたもんさ。後ろを振り返り黒龍の追随に怯えた。草木が騒いだり小枝を踏み鳴らす音がする度に立ち止まった」ひたすら道を急ぎついに駐車場にたどり着いた。止めてあった軽自動車のドアを開けると橙をいたわるようにして窮屈な後部座席に寝かせた。エンジンをかけ、そそくさと逃げるようにその場から離れた。どこをどう走ったか等忘れるほど無我夢中に加速させる利二に橙は時おり苦しそうな呻き声を立てつつ話しかけた。「近江・・・」「どうした?」「八幡は琵琶湖の北、萩の寺へ・・・うっ」そういって意識を失ってしまった。「何!琵琶湖か、琵琶湖の萩の寺だと」利二は慌てながら記憶をたどった。「萩の寺といえば確か神照寺」バスは暗闇が広がる林の中に入っていく。シュウの記憶は利二の話と何者かの語りかけの間を行ったりきたりした。「坊やこっち・・・こっちよ・・・さぁ・・・」例の金属の擦れる高い音が、彼を余計に朦朧とさせた。すると、前に聞いた男の声がその催眠作用をかき消した。「だめだ、眠ってはだめだ。誘われてはいけない。近づくな……絶対に」利二が橙を起こす声がした。「着いたぞ。神照寺だ、萩の寺だよ」橙は薄目を開けて本堂から漂う線香の香りをかいだ。「あぁぁぁ、懐かしい。そこの傍に祠があるの。扉を開けて中から筒をとりだし・・・うっ」「わかった、わかった。無理にしゃべるな。祠だな、筒だな。よし、取ってくる」車を勢い良く降りて寺の敷地内を探った。程なく彼女が行ったように社が、稲荷の鮮やかな社が見つかった。そこに祠が鎮座し扉が小さいながらも重々しく閉ざされていた。一礼をし、利二はその扉を開けると中に確かに筒が置かれていた。急ぎ車の中で横たわる橙に持っていった。「さぁ筒だ、これを・・・」橙は今度は再び車を走らせて欲しいと訴えた。「ああ、わかった。どこへ行けばいい」「この近くに廃墟があるの。私はもう大丈夫、あと少し我慢すれば楽になるから」「死んではならん、死んでは。絶対に死なせはせん」「ふふふ、あんなに業突く張っていた人が・・・うっ」利二は指示された場所を探した。確かに言われたような廃墟があった。そこは、昔の何かの工場のようで壁も崩れ、屋根もほとんど残っていないような無惨な建物であった。
2010.12.09
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二十六 この滝はかつての落水、緩やかに蛇行し滑らかに水を落とすそれなどではなかった。 まるで、女性の曲線美を思わせるような岩肌をスルスルと這う優しい感じなどではない。 利二はこの滝が以前と今とどれほど異なっていたのか、直接見たわけではない故しらなかった。それでも、外観の検討はおおよそついていたのである。 善女竜を語ることから鑑みる、柔らかい肉体美を堪能せしめる、あるいは、充足感のような、触れ合いから感じとれるような感覚を想像することで、嘗ての様子を思い描くことができたのである。 イメージから期待する、その一部を垣間見てもなお、目の前の滝は水の固まりを容赦なく流れ落としている。荒々しい落水だ。 利二が見る滝はあの忌まわしい大災害がもたらした自然の傷跡であった。 大きく張り出した岩がその重みに耐えかね途中から落ち、ツルツルとした表面からゴツゴツと、のこぎりの刀のように鋭く尖った部位を所々露出させていた。 そして、確かにこの外観だからこそよほど適合するであろう黒竜が、目の前で眈々と機会を窺っているのだ。 「私が合図したらこの杖を握りなさい。そのまま絶対に離さないこと、いいわね」 シュウは橙の不思議な行動と不思議な能力の話に圧倒されていた。 古の神や信仰に明るいといった学術的な類いの話では当になくなっていると悟った。 そして、次の言葉、橙が開く扉によって偶然のそれが必然のパンドラの開錠であることを知るのであった。 「命を加護する狭間に入るわよ」 「なんと?」 「いいから息を止めて。三界三有!」 シュウはもちろん理解出来なかった。 それは神仏に疎いからだけではない。超常現象などこれだけ科学が発達した現代ではあり得ないと否定していたからである。 それ故に、平成の天孫降臨も非現実的であるとその事実を心のどこかで排斥していたのだ。 「わしは信じられない世界におった」 話をし話を聞く者共の目が見つめ合う。双方の瞳はあたかも橙が導き入れた世界を見ているような眼差しに変わっていたのである。 目の前には少し前と変わらぬ滝が流れている。 木々や岩、湿気によって作られた苔に、淀みに溜まる落ち葉でさえ先程と違わない。 ただ不思議とヒンヤリとした空気が体に被さるようなものを感じとった。 「わたしはすぐに違和感を覚えた。音、音だよ。あの世界には流れても流れても響くことのない静寂しかなかったのさ」 無音の空間に押し入った橙は利二の目の辺りに指を差し出した。クルリと輪を描くとまるで小さな覗き窓のような歪みが現れ、やがて空間の一部がくり貫かれていった。 「見なさい。やつはもうこの世界には入れないわ。同時に私たちもここからは出られない」 確かに竜はその滝上に黒い影を浮かび上がらせてはいる。だがそれはその窓から覗く場合に限っていた。少し目の位置をずらせばたちまち滝の落ちる様子があるばかりなのであった。 「どういう事だ?それに、ここはいったい?」利二は窓と外を交互に見比べながら現実的な見解を求めた。 三界三有・・・死者が天国と地獄、あるいは輪廻を繰り返すまでの待機場所、その死者の行き先が相応しいかどうかの審判を下すまでの拘留地といわれる。 「あなた逹人間が死んだ後に必ず訪れる場所」 「では、私は死んだのか?」 「言ったでしょう、あなたは死ぬべきではないって」 「では一体・・・本当にこうした世界があろうなどとは、全く想像ができん」 「よくみて、あなたの今まで観てきた、その知識とやらで。あなた達人間はそうした検索が自慢だったのでしょう?もっとも異端児といわれたあなたなら、解りきっていたことじゃなくて?」 解説など到底できない、反論すらできない。自分の中で処理をする愚かさをまじまじと見せつけられた彼にはもはや橙に歯向かえる道理などないのである。 「あちらの世界もこちらの世界もどちらも存在するの。見るだけに頼る人間の感覚では解らないわ。いいえ、わかろうとしてもただ苦しくって気が触れてしまうことだわ」 利二は橙の口元と瞳を交互にみつめ、時おり窓枠へ横目を流した。真剣な彼女の話とこの現実を受け入れようと少しずつ気持ちを落ち着かせた。 「事実なの、これもね。あなたがそれを望んだ」 一方竜は忽然と消えた慇懃な不審者を探すように滝の中を上下に行ったり来たりしていた。 そして、何かを悟ったごとく、利二が覗く小窓に体をターンさせたのである。 蛇や魚の鱗以上にくっきりとしたその輪郭が浮き上がり、古代魚のようなさびれた色彩の中に、緑と紺のまざったような毒毒しいエナメルの質感が深い、肉質の奥底までに広がっているのがわかった。 角度によってはその名の通り黒々しく色めき立ってさえいた。 突然顔がこちらを見るように映ったのである。 頭頂部あたりから伸びる二本の角は船艇の受信アンテナのように幾重にも折れ曲がり、濁った血を思わせる茶褐色の光沢を放っていた。 そして顔である。 「忘れはせん。あの精気を吸わんとするしなだれた口。頬の肉と顎から垂れ下がる厚みのある白髭のせいで余計にそう見えた」 「更に、どこに隠れようとも嗅ぎ付けんばかりに広がった鼻腔は長い触手のような鬢を器用に動かしつつ細く長い息を繰り返していたんだ。目、そして目は白目などない」 「ただ漆黒の無機質な硝子玉のように冷たく光り、見る者の背筋を氷つかせるようにしか感じなかったんだ」 橙の顔がこわばった。 「ちっ、感ずかれたわ。まさかとは思うけど、まさかとはー」 黒龍の目が角の色のように輝き始める。橙の言葉と同時に利二は緊張した。 「来るわ!」 物凄い風圧を感じた。何かを切り裂く音がした。 「うっ」
2010.11.21
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二十五「橙の忠告は嘘だと思ったんだ。はったりとな。だからそれからも構わず調べ続けた。最初は確かに気にはしておったが、一年も過ぎればそんなことは全く気にならなくなったもんさ」そう言って後ろの書棚からいくつかのノートを取り出した。ノートを開くとびっしりと書き綴られた独特の字体がカビ臭いにおいを伴って見えた。半ば日記の役目を持っているのか、日付毎に割り振られているようで○年○月という見出しから下にかきなぐられていた。所々赤い文字やら挿し絵やらが点在しているのが見てとれる。事あるごとに利二は注釈しそのノートの中身を説明した。だがシュウには専門過ぎることばかりで話の半分が解らなかった。「あったあった、ここだ、ここ」二冊目を広げるや思い出したように目的の頁を見開いたのである。「奈良は竜鎮の滝に向かいて暫し座禅を組み、徐に書物を取り出すこと十数分。我、野太い声をもちて、竜神の真言を滝壺へ放たんとす。すなわち、これ神界からの言霊を聴かんがための極意なり」「時刻にして半日、いよいよ身体の疲れ著しく、一息と思うにいたりて目を開けるが後に、滝壺の白く泡立ちたる、その巻き返しの中に何やら怪しげなる光り一つ、仄かに輝かん部位を認める」「禅を崩さず我固唾を飲んでしばし見つめるが、光はそこから動くでもなく消えるでもなくただ、ポツンと明かりを放つばかりである」「我思うところあり、竜の印を作りて今一度真言を発す。それに反応するがごとく光り大きく揺れるように輝く。我興奮のあまり更に真言を連称す。光りみるみる目映さを伴いとうとう滝壺より浮かび上がり、そのまま水流に逆らいて遡上するに至る」「我、恐ろしさにおののき印を解きその場にて腰砕けし体をようやく支え、まばゆい光りの筋を追う」まるで今其処でみたかのような臨場感を醸し出した様子にシュウは興奮した。そうしながら集中していたのである。「すると、後ろに立っておった」顔をあげた利二はシュウの目を見つめてそう告げた。「橙さん、ですか」「うむ、前に会ったときとかわらぬ出で立ちで顔をこわばらせていた。何も言わずに彼女はすぐ私の腕を取り後ろ側に引いたんだ。私は彼女に身を任せるだけで精一杯じゃったよ」利二は茶を急須に入れ直した。例の心地よい風に乗って新しい茶葉の香りがシュウの鼻の上に残った。外は日が傾き、鋭い光りから植物を労るような影を作るそれへと変わっていた。「私をかばってくれるのか?」「言ったでしょう、深入りするなって。この竜はだめよ。起こしてはダメな竜なんだから」橙はそういうなり、どこに隠していたのか、見たこともないような不思議な形をした杖を取り出した。神呪看経・・・利二でもわかるそれを声を張り上げながら発した。「至真至誠、一心奉祷、神通自在、神力深妙、感応速通、如意随願、決定成就、無上靈法、神道加持、太元元気、玄妙至真、至誠妙諦」「天地真理観、天地真理観、天地真理観、天地真理観」一度ばかりでなく何度も繰り返した。そうするうちに竜の体から発せられる目映い光りは薄らいだ。まるで憤る主をなだめたような作用を与えたのである。だが、滝の流れに逆らうそれは依然悠々と泳いでいる。むしろ不気味で隙あらばこちらに向かって来るのではないかとさえ感じられた。それほどの緊張をみせた様子であったのだ。「動かないで、動いてはだめよ。やられるわ」「私はもはや逆らう気など無くなっていた。『やられる』という意味が手に取るほど身近に感じたからだ」橙は杖を握り変えた。「この竜はね、黒竜。毒を持つ竜神よ」「まさか、善女竜王を崇めし竜穴堂にそのようなる悪竜が」利二は震えた。前に言っていた橙の言葉の真意を目の当たりしたからである。「だから浅はかだと言うのよ。あなたは、丁度山に入った山菜採りみたいなもんよ。たかだか生きている間で、全部を知った気になってキノコをあさる人みたいにね」そう言いながら杖の先を滝壺へ向けたのである。「運良く死なない期間があるだけで常に失敗と隣あわせであることには変わらないわ。いってみれば素人と同レベルってわけ」彼女の後ろから竜の様子を探った。「この竜はね、招聘された善女竜王神のなきあと、鎮魂の竜王としてこの地を守るために遣わされたいわば門番。開けてはならぬ扉の中には想像だにしないものがあるものよ。そして、知ってしまった先に待つものは」利二はもはや詮索するまでもなかった。『死』確実なるそれは、橙がいなければ回避できないものであった。「パンドラを守るのは私の務めではないけど、そのパンドラを頑なに守る者からの言伝を私は守りたいだけなの」「言伝?・・・・一体お主は?」「今は、この龍をなだめあなたへの報復をやめさせることが必須。神呪看経で交信を試みてるけど、後は向うの出方を見るしかないわ。場合によってはあなたを守れない」「どうして私を守ろうと?前の話であれば、わし等守るべきに値しないと・・・」「そうね。そうかもしれないわ。でも、あなたは今死ぬべき人ではないことだけは知っているの」龍がかすかに動き出す。その中で橙ははっきりと言ったのである。「あなたには役目があるのよ」
2010.11.04
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二十四シュウの利二を見つめる瞳孔が大きくひらいた。「私が古い文献の痕跡をたどってこの地の羽衣伝説を調べていると、随分と派手な今風のおなごがあらわれた。そして私の傍にやってくるなりこういうたんだ」「貴方、随分熱心ね。天女の体を舐め回すように調べているじゃない。何かの執着?でなきゃ単にエロオタクかしら」「いきなりなんだ。それに人を侮辱したものいい。聞き捨てならん」利二は持っていた天眼鏡を強く握りしめ憤る呼吸を女に浴びせながら更に言葉をだした。「わたしは自分の名誉などという陳腐な欲のためにこんなことをしているのではない。それに、見ず知らずにこちらの考えなどお構い無く好き勝手に宣われるいわれなどない」「あら、そうかしら。あなた確か神仏研究の異端児だったわよね?それも、学会ではその知識足るや誰一人としてかなうものがいないとか。そういうのをオタクっていうんじゃない?あっ、死語だったかしら平成語のオタクって。ふふふ」不適に笑うその顔はあくまでも人を見下しているものであった。「知りたい、知りたいと思うのは人の性、それが故に過ちも犯すものよ」「何が言いたい」口元に唾を溜めながら利二は反発した。「趣味も度を越すと後戻りがきかないってこと。あなたのしようとしていることは神と人間を隔てている境界に入ることを意味しているのよ。パンドラの箱はご存じよね?正に開けてはならぬ箱をあなたは開けようとしているの」利二は今ある額の皺の上に、更に深いそれを作り、その険しい顔から、より厳しい視線を投げ掛けながら悠々とした女に向かいこう言った。「そんな大それた事をしようなどとは思わん。科学がその神秘を、マクロの不思議を追求するがごとく、或いは医学のそのミクロを知り尽くすように私も精神が作り出す念の象徴をただ研究しているにすぎん。人が暮らすその真理を紐解く、それが私のしている事」話を続けようとする彼に女は首をちょっと振りつつ、割って入った。「大義名分はこの際いいわ。結局のところ江ノ島に現れた女性や耳に聞こえた声の主が現実であって幻ではなかったことを証明したいだけでしょう?そして、あなたが今の今まで疑問に思っていた水神との関連、それを探しだそうとしている」まるで全てを見透かしたような口ぶりに利二は不覚にも瞳をドギマギとさせた。それを確認するや女は話を続けた。「いい?それはね、いきつくところ、人間であるあなたが、知るべきではない世界に踏み入ることを意味しているの。どうやっても結局はそうならざるをえない、必ず行き着く場所よ」幾重にも刻まれる皺を赤く照らす顔に作った彼を、臆することなく彼女は諫めた。彼は無論、意味がわからなかった。ただ彼女が今風に見えて適当なことばかりを意見する、そんな人物には到底見えないことだけはわかったのである。(こやつ相当な曲者・・・まさか・・・)女は更に続けた。「神が居る世界に図々しく入り込めばどうなると思う?死者でさえ行くことが許される世界の前に裁きがあるというのに、その資格が無い、しかも人間などという無知で浅はかな、煩悩の固まりが近づいたとしたら?」利二は躊躇した。それは彼がよく知る報いであるからだ。「結果は酷いことになるのよ」何かを隠す。十分な説明がないまでも今していることを止めさせようとしていることは利二にもわかった。その理由が何であるのかを、余計に知りたくなったのである。(何をかくしておる?)「こう考えてみなさい。過去に文献がない、あるいは、言い伝えが曖昧でそうした神話じみた話がいくつもある。人は浅はかな考えで『知恵』などと言う無責任な建前をふりかざして、謎に迫った気でいるのよね」「でもね、それを広めたこと、そもそもの発端が曖昧であること、それはそれなりに意味があるといいたいの。前述が無いのは詳しく知る必要はないからなのよ。だからパンドラの箱は絶対に開けてはならないの」黙って聞いていた利二は女にこう言い放った。「随分と都合のいい解釈だな。その言いようは何かを隠しているだけとしか見えんよ。それに文献を書いたのは人間」「お主の言う浅はかな奴が書いたからこそ言葉が足りないか書き損じかはたまた、推理推測を余儀なくさせる手法、つまり想像を求めさせた過去の人物からのメッセージだとも言えるものよ。物事を一方的にしか見せないことならば記録として残す意味はないではないか?」今まで面と向かって話をしていた女は急に体を変えて室内の窓側へと歩み寄った。水分をぬきとった、まるで筆で書きなぐったようなちりぢりでかすれた雲が窓辺から見上げる女の前に広がっていた。しばらく無言の時が過ぎた。利二は返事がないことで、やはりといった具合の息を鼻から漏らしたのである。「人は長く生きると……」「なんだ?何が言いたいのだ?図星だったようだが」「小さいわね。私いな……ううん、橙という名前の人間として言わせてもらうのならば、隠すべき物があるのならば、当然見てはならないというわ。それでいいじゃない?」くるりと向き直り、背を窓辺につけながら利二を見つめた。「十分な理由だと思うけど、それでは足りないというのよあなたは」「橙?お前の名か?一体何者なんだ?」「詳しくは言えないけどね。まぁ忠告はしたわ。災いを招きたくなければ言うことを聞くことね」そういって女はその部屋からでたのである。そればかりではない。後を追うように利二が部屋を出ると、姿が消えていたのである。そして、彼の目に、図書館の脇へ小さいながら設置された稲荷の祠が少し熱気を帯びたような淀みゆがんだ空気を少し残したのが見えたのである。シュウは真剣なまなざしでその話を聞いていた。更に利二は、二度目に彼女と会いこの地に定住した話をし始めたのである。
2010.10.09
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二十三シュウは再び利二の庭に立っていた。今度ばかりは八方塞がりであった。それだけではない。父の生死がかかっている。何か手立てはないか湖を探ったが手がかりはおろか、これだけ広大である湖面を監視するすべはない。ピーターはボンベが持って一時間であれば当に浮上していると話した。それでも見つからなかった。止むなく、ピーターの指示で舞い戻ったのである。「どうだった?」優しく気遣う利二の前でこらえていた涙が流れた。「見つからないんです」地安隊や政府捜査省にも連絡した。ピーターが全て手配したのだ。「お役所はなんと」「ただ待っていろと。僕はずっと湖岸で待つと言ったんだ」もはや悲壮の顔をみせていた。「でも、どれ程待つかわからないといわれて帰されたんです」真っ赤な目で自分の気持ちを訴える、その青年の想いに何か役立つ事は出来まいか、利二はしきりに知恵を絞った。タンスからタオルを取り出し彼に渡した。「大丈夫さよ、きっと生きとる。龍神は誰彼構わず命を奪ったりはせんって」受け取るタオルもそのままに、橙が言っていた言葉の事を思い出した。この家は不思議と落ち着いた。古い家屋の趣に慣れているシュウならば至極当然のことであった。だが彼を和ませる理由はそれだけではない。見たことのない家具や家財道具、そして数々の書物や趣味の用具など本来であれば一つ一つ丁寧に見て確かめるに値するものばかりであった。そんな珍しい物に囲まれていても、家屋に漂う空気が、庭から、敷地全体から流れ、開け放たれた窓を通してシュウの五感を刺激した。それが何であるのかははっきりとわからない。遠い記憶の中に、知っているような、体験したような感覚がシュウの体を落ち着かせた。涙も、その心をくすぐるような風に誘われて自然と流れたのである。そして、利二に尋ねた。「あの、橙さんは?父が潜ったって知っていた、そのことをどうしても聞きたい。なんで、何も言っていないのに潜るなんて言葉が出たのか知りたいんです」利二はただ黙っていた。「あの人が何かを知っていて隠しているのは、最初に来た時から分かっています。だから……」そう言いかけた時、利二は煙草盆を手繰り寄せてその手を止めた。「どうも癖だ。いかん。煙草は、今日はおしまいだった」「そうか、知りたいか」意味あり気な様子を見せた。シュウはようやくタオルで顔をぬぐった。「彼女はな私の命を救ってくれた恩人だよ」「時に不意に現れ時に居なくなる。最初にであったのは平成の天孫降臨を研究していた時だった」閉まっていた埃まみれの日記を紐解くように重い口を開けたのであった。今から半世紀前、日本を沈没させるほどの自然災害が起こった。東海大地震である。それは未だかつて経験したことのないものであった。東海地震の誘発は死火山である富士山を蘇らせたのである。そればかりか大いなる天空からの力が落雷となって東京をおそったのだ。自然の驚異の前に文明と科学はなすすべはなかったのである。人々は逃げ惑いそして多くの命が失われた。その時である。人々の頭に声が響いた。それは神からの開示であった。一人や二人ではない。ほとんどの人々がその声をとらえたのである。神はこの災害を止めるには人間が費やしてきた過剰な浪費、地球に与え続けたその資源の摂取をやめることだといった。世界人口が膨れ上がる当時において抜本的な解決策を余儀なくされた人類の生活圏に於いて地球からの代償は計り知れないものであった。人々はその声をうたがった。疑いながらも神に頼らざるをえなかった。やがて地震はおさまり火山の噴火も止んだ。当に神のちからであった。「私もその場所に居た一人であったんだ。御殿場より遥か遠い江ノ島まで逃げおおせた私は、目の前に浮遊する天女を見た。神の声が言っていた事は嘘偽りや幻でないとわかったんだよ」シュウはこれまでに聞かされたどの話より説得力があると感じた。それは単に臨場感があるというだけではなく、まるで時を違えてそこにいるかのような錯覚に陥っていたのである。「どんな人だったのですか」鼻声気味のシュウに利二は穏やかな顔を照らし応えた。「あれは若い、それでも今のそなたよりかは幾分上ぐらいか、哀愁の漂う瞳に気迫が全身から溢れておった。宙に浮くその天女はあろうことか水を、海水を操り江ノ島のまわりに海の壁をつくっていた」「昔私の祖父が言っていた水神の神秘の力という言葉の意味を垣間見たような心持ちだった。そして彼女は私を含め手を合わせる人々に頷き空を駈けていった」利二がいうには、その時から龍に対する信仰心がうまれたのだという。彼女はどんな神であるのかを調べるきっかけにもなった龍の存在が彼の心を突き動かしたのである。「大学を卒業してすぐに、神仏の研究にはいった。天照をしらべ、インドの神々を紐解き、更には古代ローマの神をも覗いた」「それでも龍の存在はおぼろげなるものでしかなかった。そして、天部の神々をもう一度調べている時、彼女があらわれたのだ」まだまだ時間が取れません。約一ヶ月かけて一話ですから・・・お許しください。本当、大変です。
2010.09.18
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二十二城の中に大きな足音のような地響きが続く。「万事うまくいった。ようやく手に入ったぞ」「来たか、五陰の主」例のごとく、ずかずかとあらわれ、勝手を知ったように女の傍に座り込んだ。「コレだコレだ、まぁみてみろ」家来の一人が両手を主の前へ丁寧に差し出した。その上に、塊にして椿の実ほどで全く透明な水晶の如く曇りを持たない玉が置かれた。向きを変えた家来に今度は女が指を近づける。親指と人差し指ではさみあげ、天上に向けてかざした。「ほほう。これが何でも適うという、『祈願の露』、『神の雫』か」瞳が血走った。口元は震えていた。女の、女の胸が激しく躍動する。男も高まる彼女の感情を具に捉えた。もはやその力を手に入れた如く振舞おうとしているようにさえ見えたのだ。「よもや止められぬ。我が力によって、世界を再び」その様子に、主が諫言した。「待たれ、待たれ。姫には酷だがそのままでは意味がない」「何を今更、何故妾の邪魔をしようとする」横槍を入れられることを嫌う女に肝心なこと伝えようと、主は拳を両膝の上に乗せ身を乗り出して伝えた。「そうではない、早まる出ないというのだ」女はきつい目をしながらも、男の口元を見た。隠し事や嘘をつけば、何かいいわけめいた貞操を保とうとする様子が現れるはず。無理に繕えれば、必ずその場所にボロが出る。そう分かっていたのだ。だが、男は余裕の様子で、表情もおろか態度も何も変わらなかったのである。「この雫は元来持っていたとされる者の力を借りねば、その効力を得ることは出来ぬ」女の、玉を見つめるその目がより一層鋭くなった。「厄介なのがその所有者だ。我ら鬼一族をもってしてもその所在を掴めなかった。残念ながら・・・」どのような者が持っていたにせよ、現にこうしてここにある以上、自分の意のままにするだけである。そうと言わんばかりの態度を女はみせた。「世を震え上がらせた酒天童子ともあろう、五陰の主がわからぬと?ふん、その持ち主の正体を恐それたからではあるまいか?借りるなどというシモベめいた言い訳など似合わぬな」酒天童子は眉間にしわを寄せ女を睨んだ。「図星か?ふふふん」女のせせら笑いに憤りを隠せない様子で、それでも少し落ち着きをみせながら伝えた。「姫、いや、あえて名乗らせてもらうならば、海龍こと、乙姫が、それでも手が出せず、震撼させる程の相手であることは知っておるぞ」「ほう、面白い。誰だ?釈迦か?ふふふん」からかいを、この期に及んでまだそうしたことを言わんとしていた。「大国主神は、天部の生き残り……大黒のものだ」「何?」乙姫は遠い過去を探った。記憶の中に仕舞われた、むしろ甦らせたくはない、それほどの苦い仕打ちが彼女の冷静さを打ち消したのである。「大黒だと」主は彼女の震え出した肩を見た上で話した。「世界をも滅ぼしそしてまた世界を造るという大黒、異国ではそのパワーの前に数多の神がひれ伏すという。我ら鬼族は地獄や宴界に住むゆえ聞き伝えにしか解らぬがあの閻魔でさえ屈服するそうではないか」口許からつばをとばしながら言い放った。「しかも、乙姫はその未曾有の力の前になすすべもなく財を奪われたと」「いうな!ええい、いうでない。それ以上、口にすれば例え酒天童子と言えど容赦はせぬ」乙姫の首元が煌めいた。龍の鱗が浮かび上がったのである。瞳の中が蛇のような黒目に覆われる。白い部分が失われた彼女の目におののいた酒天童子は、頭を垂れ陳謝した。「ここで力を無駄にすることはなかろう。我も刺し違える程愚かでもない。しかも、姫の力を忘れるほどもうろくしてはいない。激鱗を納めてくれたもう」「ふん、妾が本気にならば刺し違えなどはあり得ん。それは、大黒とて同じことよ」「まぁよい。お前に頼みがあって呼んだ。この雫はそれが済んだ後ゆっくりと吟味しようではないか」元の様子にもどる乙姫は、家来にその雫を渡した。「何かあったか?」「うるさい狐がおってな。どうも箱を隠したようだ」「ほう?稲荷か?」「鋭いな」「奴のことは、我が同胞から聞いておった。それに、大黒の所在にも一枚噛んでいるようだ」「ならば話が早い。餌を撒いて欲しい。これは鬼族ではなければなしえぬこと。頼めるか?」「御意」城の中が寒々とした霊気が立ち込めた。鬼と龍のひそかな企てがその冷気を立ち上らせたのである。 ~未完~筆者の身辺の不幸により、執筆活動の休止を余儀なくされました。この「僕が僕でなくなるとき」は今回を持って一旦このまま保留とさせていただきたいとおもいます。再開は、余裕が出来ました際に改めてご報告させていただき続けてまいりたいと思います。それまで、今しばらくお待ちいただけたらと思います。いつも勝手を言いまして申し訳ございません。
2010.08.30
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二十一シュウとピーターの顔が変わったのは低い山並みがきれ視界が広がる中で、湖岸に沿って続く道の、繰り返し現れるカーブの、その最後と思われる箇所に差し掛かった時であった。「お父さんの車だ」ピックアップと呼ばれる車の、車高があり後ろ側に長く伸ばした荷台が僅かに錆び付き、泥などで汚れたそれは間違いなく父のものだとわかった。車から降りたシュウはすぐに運転席を開けた。「お父さん」いないことは既に判ってはいた。しかし、期待を、想いを込めるしかなかったのである。中を調べてみると鍵は不用心についたままである。そして、バッテリーのランプが点滅したままであった。全くありえない状況に鼓動が自然と早くなった。ピーターが「来てくれ」というとシュウは更に動揺した。父の服は荷台の外に脱ぎ捨てられていた。靴も下着もそのままである。荷台には予備のタンクが積まれ固定されていた。他の機材はみあたらない。更にピーターは彼の足取りを探った。ダイビングのフィンと同じ模様を写したものが足跡となってその場から絶壁へと続いていたのである。二人はそこへ進んだ。足取りが慎重になるシュウは今にも泣き出したい気持ちへと変わっていった。「とうさ~ん」何度も何度もそう叫んだ。そしてとうとう戦慄いた。「ダイジョウブ、リョウハイキテイルッテ。シヌワケガナイ」ピーターはそういうのがやっとであった。「姫様、運び屋の消息が判らなくなりました」うなだれる頭がわずかながら動いた。「何?役に立たない連中め」そういうと、あの鋭目を作りすぐさま霊気を伴わせた。「申し訳ございません。申し訳ございません」容赦なく家来の一人に浴びせる。「何卒お慈悲を……」彼女の力によってまた一つこの世界から抹消させられた。「この期をどれほど待ったことか。うぬらにはわかるまい。長期に渡る遠島、左遷は単なる追放ではない。厳重な監視すら持たぬこの地の永住は、妾の復活を阻止せんがため。どうにもならぬことを知っての処置」「だが、あの窓の明かりを眺めるばかりの妾であっも、その羨望は消えぬ」立ち上がって天窓に腕を伸ばした。「わかるか、あそこを出るという意味が。この手に力がみなぎる、その喜びを得るためならばどんなことでもしようぞ」「妾には見える。あの先にある栄光が。欲の限りを尽くす我が楽園の復興がもうすぐ。それをお前達ごときに邪魔されとうないわ」家来の一人が足早に近づいた。「まだ、大丈夫です。子息が傍におります」「ほう、息子がいたか」女は少し考えて続けた。「それは面白い。ならば、念を使って操るのみ」「お待ちください」「妾に口答えをするつもりか」「いえ、滅相もございません。ただ……」「なんだ?いうてみよ」「どうやら、狐がかぎまわっているといううわさを聞きました」「出どこはどこからだ」「はい、京のオニゴからでございます」「あの三つの稚児の霊か。ならば確かだな」情報に関してはかなり慎重さをみせていた。そして、今後のことを告げた。「そうか。だとしたら狐に餌をやらねばならぬ。我等眷属の同類であれば必ず乗ってくるであろう物をな。主を呼べ。もう帰っておるころだろう」「ふふふ……あははっは……」女がようやく笑った。確実な未来を予見した高らかな笑いには余程、余裕を見えていた。 橙はまた利二に断った。「ちょっとおひまをもらおうかしら」「どうした?」橙の真剣な表情は彼に真意を伝わらせた。「まさかあの男が来るのか?」「いえ、彼が来ることは出来ないわ。それよりも恐ろしいものが」「なんだ?」「それを調べるために行くのよ。あなたを助けて、そして隠密まがいな生活を送って来た。いつかはこうなると予想してね。それもこれでおしまい」「帰ってはこれぬか?」「さあ三人目がいるからそのうち会えるわよ。そんな寂しい顔しないで、大丈夫よ。貴方に危害を加える奴が現れたら、真っ先に駆けつけてあ・げ・る」家の戸を開けたとき利二は前に橙が作っていた奇妙なポーズをまねて胡座をかいて座った。「死ぬ出ないぞ橙」
2010.08.29
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二十「ある人を経由して私のところにやってきましてね」はじめてみたその石は全く化石のように模様が石の表面に見えるだけのものであった。 いわれれば確かに大きな魚や蛇の鱗のようにも見える。あるいは、知らないものならば植物の葉というかもしれないそれは、龍の体に付く側と思われる場所から外側に向け、放射線状に細くこまかな筋をいくつも伸ばしていた。その中に年輪を思わせる扇の、先程よりも大分はっきりとした線も見えた。「間違いなく龍のものだよ」そういうや、自分で集めたという様々な写真や図を持ち出し比較し始めた。「ナルホドドンナイキモノニモナイモヨウデスネ。デモソレガリュウデアルショウコニハナラナイノデハ?」ピーターがそういうや利二は決定的な物を金庫から取り出した。「今から十七年ほど前に奈良県宇陀郡室生村のとある滝で見つけたものだ」それは明らかにシュウの父が持っていた化石と同じ大きさ、そして模様を作っていた。生きたものの鱗が包み紙の上で緑と紺のはっきりとしない色彩の上でエナメルのような光沢を煌めかせていた。まじまじと見つめる二人に彼は信じがたい事実を伝えた。「その滝で龍に遭ったんだ」部屋に張り積めた空気がはじめて聞く二人の体を緊張させた。全てを聞き終えると、シュウは視点を例の鱗に写した。歳をとれば物事の本質を敷衍的に捉えるものだと父はいっていた。それは得てして自分の考えの範疇から出ることはない。故に回りから見れば、導き出された結論そのものが随分自分勝手で独りよがりに見えるであろう。また、なるべく自分が意図した結論に近づけようとさえする。それは都合が良いからである。結果正しさを欠き、科学的にも根拠のないものとなる。実証の伴わない利ニの話は、シュウには疑うべきことだらけである。だがどこかで父が探していたロマンや神秘への憧憬めいた感覚があったのも事実である。鱗がそれをあらわしていた。しばらく考え、父が失踪したことの関連を尋ねようとした。橙はまた眉をもちあげた。どうやら例の男の息子だと既にわかっていたようである。そして今までとは異なる態度をみせた。「琵琶湖にはね、多くの龍が行き来するの。それに住んでいるともいわれているの。理由は日本のへそだからよ。だから無闇にあらしたり汚したりすると祟られるの。まして勝手に湖底に潜るなんてご法度よ。神聖な遺跡を荒らすなと政府ですらいってるんですから」シュウはまだ何も話してはいない。自分の父がダイバーなど知るはずもない。なのにこの先読みした話振りはどうだと少しうろたえた。すると利二が煙草盆を手繰り寄せた。「まぁ、政府が言うのは本当だが。昔と違って環境保護法が定まって以来琵琶湖への立ち入り規制がきびしくなってな」彼は補足しながらシュウを見た上でまた彼女の方を向いた。「しかし橙何か知っているのかな。この方の父上がここへ来て何かをしたとか?」彼女は口をつむんだまま目だけをシュウに向けていた。それはまるで登校時にみたカガチの瞳のようで冷たい視線であった。しかも、彼の心の片隅に穴を開けて除き見るような鋭さもみえた。シュウは彼女が声の主なのかと疑った。『テレパシー』彼の脳裏を掠めたのはオカルトに詳しい学校にいた例のアメリカ人から聞いた話である。 現実にいる人がその念道力によって発せられる脳波伝達方法のことでった。最初彼の話はまるで出鱈目のことと思っていた。ただでさえ今回のことで祟りだの蛇だのと根拠のない信じがたい迷信に翻弄されている。どうしてと悩み何故父なのだと悔しがった。まだ本当のところ確信にいたってはいないが、父はいなくなった。あの声と共に。それは事実で間違いのない現実である。(今度はSFか?いい加減にしてくれ)彼は沸々と沸き上がる懐疑心にうんざり気味の気持ちを覆いかぶせた。だが今まで父親の痕跡が見えなかった中で、手がかりとして唯一何かを知っていると思われる人物に出会ったのである。ピーターは利二と橙のやり取りをただ見ていた。彼女は利二が煙草を積めようとするとその手を叩き、こういった。「知らないわよ。でも状況判断でわかりそうな推理をしただけよ。蛇、龍の遣いに祟られているんでしょう」鼻で笑うような素振りを見せながら利二に話続けた。「ということは利ちゃんがされたようにこの海に呼び寄せられて水中に引きずりこませるってことでしょう。別に実際、何か私が見たわけじゃないわよ」「しかし彼はまだそうとわかったわけではないだろう?」「あら鱗と関わっているだけでも同じになるんじゃない」「すると、彼は既に来ていると?」「知らないわよ」明らかに何か隠している素振りだ。シュウでもすぐにわかるものであった。第一潜るという言葉がでた理由が伝えられていない。彼がその疑問を解決しようと座り直した時再び橙が先に話し出した。 「着ているとしたら、龍にゆかりのある湖岸にいっているはずよ。だったらそこへ行ってみてればいいじゃない」「うむ、そうだな。それはいいかもしれない」この家の二人に阻まれて、疑問もそのままに地図を渡されてしまった。数箇所マークされた跡の中に葛籠尾崎という名前を見た。シュウは数ある印の中でこの文字が一番気になった。理由こそ分からないが、すぐにそこへ行くべきだと感じたのだ。
2010.08.28
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十九部屋に通された。先ほどの女性はニヤニヤとしながらお茶をふるまった。奥さんとしては若すぎである。かといってお手伝いか何かとしてもそれほど大きな家ではないので疑問が残った。詮索はしないようにしていたが、利ニ自らその答えを告げたのであった。「不思議だろう?この子はワシの愛人でな」ハマグリの口が開いたような顔をした二人に、冗談は早いと思ったらしい。「あははは、まぁ秘書といっておこうかな」「それにしても、どうも兄では役不足だったようで、いかんな」岡本の家にあった同じようなタバコに火をつけた。利二はそれでも丸めてキセルにつめることはなく白い紙にまかれて両端が切られたものをそれの先にねじ込んでいた。火をつけると大分こちらの方が長く大量の煙が出た。シュウもピーターもしかめ面をしつつ咳をした。「ちょっと、利ちゃん、慣れない人だって多いんだから、タバコはだめよ。さっきも吸ったんでしょう?一日1本の約束は守ってもらわないとおやつ抜きよ」「お~こわいこわい。こやつはいつもこれでな、ずいぶんいじめられちょる。」そういって、もう一度大きくタバコを吸うと真上に向けてはきだした。健康に悪いと政府が販売を取りやめてからは、一部の嗜好家の間だけで高値で取引された。タバコの葉は手軽に育てることが出来るが、大量に育てたり、その後の採取、乾燥、製品化に至る過程が面倒である。政府は商品にすることは禁止したが、自家栽培などで個人的に作ることへのお咎めはしなかった。シュウもそういう事情は知っていたが、わざわざ身体を壊すようなことはしたいとも思わなかったし、回りでもそれほどタバコを吸う大人はいなかったのである。鼻につく匂いが結果的に一層嫌いにさせていった。ただ、兄弟がこんなに離れていて、合うこともないというのに、趣味が似ているということはいよいよ不思議でならなかったのである。二人が煙が消え行くのを見ていると、橙が先ほどの態度に反撃した。「あぁらやだわ。そんなこといって、いなくなるとさみし~って抱きついてくるのは誰でしたっけ?年も年、大老中になろうって人がまるで幼児じゃなぁい?」ふんといいながら利二はタバコを灰皿の缶の中に落とし蓋を閉めてしまった。「しかし、一徳はずいぶんと中途半端な資料で、君たちの頼みを解決しようとしたそうだな。そんな方法では、物事は解決せん。結局経験者の所へ駆け込ませる。それでは責任を逃れただけでいかん」「まあまあ利ちゃん愚痴はそれくらいでいいから、聞いている方もうんざりしちゃうわよ」本当に仲のよさげな二人である。互いのことを蔑む風もなく言いたいことを言い合える間柄は見ていても気分がいい。シュウは不安な心を持ち続ける中で一瞬でもそうしたことに出会えたのがうれしいと思えた。利二はそして、一冊のノートを橙に持ってこさせた。なにやらびっしりと書かれたものである。この家も見れば近代的な仕掛けはついぞ見ない。テレビもなければインターネット通信システムもない。あるのはラジオぐらいであろうか。ラジオは先の震災でも活躍していた優れもので、未だに普及するものであった。利二がいうには、人は目で物を見て認識するようになってからは、見たもの以外は信じようとしないという。自分もかつてそれは恐ろしい体験をしたが、それを決して目で捉えることはしなかった。確かに遭遇した時は信じがたいことで、見れば見るほど悪魔的な姿で身体が動かなかったほどである。恐怖のとばりにつつまれるや、何か肌へじかに生暖かいものを感じた。それが妖気というものだろうかとその時に思ったそうであった。耳鳴りに似た、あるいは空耳のようなものさえ捕らえたのだ。「耳鳴り?どんな風に聞こえたのですか?」「うむ、金属が擦れる高い音。すぐにそれからなにやら葉がこすれて行く音がする。最後に口笛に似た音だよ」同じであった。シュウも父もそして母も聞いた音であった。そしてすぐに尋ねた。「何なんです?それって」「龍だよ」シュウはまさかと思った。「金属片の擦り切れる音は鱗を持つ龍が、それを脈打ちさせた時に自然に発する音。ようは身体をくねらせるたびに開いたり閉じたりする時の音だ。葉のこすれたような音は龍が空気を蹴って進む音。空を翔るときにその抵抗を受けて音が鳴るだろう、正にそれだよ」「デハフエノオトハ?」ピーターも感心しながら尋ねた。「わしが思うに龍王、中でも海龍の角笛ではないかと考えておる」「海の中にいる龍……」「普段は海まあ、淡水でもよい、川でも池でも、滝でも大洋でもよい。彼らはそうした水の中に住み自由に外界と行き来する。海を出た後で笛の音を響き渡らせ、何万といる仲間に交信したり、あるいは自分の力を鼓舞するために使うとされる。厄介なのは、これは女だと仮定してだが、欲の限りを尽くそうとする。その合図というわけだよ」「リュウニオトコヤオンナガアルトイウノデスカ?」すると黙っていた橙が真剣な表情を作って語りだした。「龍界といって龍族が住む世界があるのよ。両性もあれば男も女もあるわ。善女龍王はその名を九大龍王ともいうけどもっと分かりやすく言えば九頭龍のこと。一番えらいとも言われているわ。その配下に様々な龍がいて、天竜八部衆にも参加する、八大龍王がいるってわけ」シュウはその解説を瞬きも忘れ聞いていた。「でね。本来は如来法を護る八大龍王のようないい龍が多いんだけど、中には邪悪な心をもつものもいてね」「ソレガシュウノチチニチリツイタト?」「ある意味そうね」「ナンデソンアコトニ?」利二は腕を組んで応えた。「君の父は鱗の化石を持っていたといったね?それは」そういいかけると懐に閉まってあったと思われるものを取り出してテーブルの上に乗せたのである。シュウは驚いた。それはあの時父が瞬きも忘れ作業に取り組んでいた化石だったからである。
2010.08.27
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十八橙は湖の湖畔に立っていた。暮らしている場所からは余程遠いそこは彼女の足では道も細く難儀である。そもそも蛇行した山道で遠回りしなければたどりつけないところであった。彼女は、自分のたたずむ場所近く、大きな鳥居を目印にしてやってきた。朱を際立たせたそこは奥琵琶湖は長浜の須賀稲荷神社という歴史有る場所であった。湖面はいつものように小波だっている。時おり吹く風はこの地形ゆえの突風で、朝なのに速く吹き付け、それで髪を弄んだ。そんな乱れを気にせず風でかき乱された水面を橙はじっと眺めている。しばらくすると彼女が期待した通りの、広い範囲で浮かび上がる、泡の群れが現れた。それは時に大きく、時に固まってやって来る。人間が吐き出すものであった。「来たのね」そうつぶやくと彼女は奇妙な格好を作り始めた。彼女以外その浜にはいない。誰もいないことを確認した彼女はその左腕をゆっくりと動かした。胸の前で離れ気味にして止められた左手、そこに拳が作られた右手を内側から突くような格好で少し間を開け重ねた。そして彼女は、風に逆らい、湖の泡に向かって呪文を唱えたのである。「オン シラ バッタ ニリ ウン ソワカ」辺りは空気がどよめくように騒ぎ出した。それは明らかに彼女の周りからおこされたようであった。やがて黒いもやが掛かったような雲が橙の頭のすぐ上に立ち込めた。そのままその場所から一気に湖に向かって流れていく。彼女の手は決して緩むことはなく、その力の込め方は更に強くなっていった。やがて、泡の上に到達するや一つの人影が、彼女の起こしたもやと重なったかに見えた。彼女はその影を急いで自分の念力でひきあげ、その上で新たに呪文を発した。「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」影がとうとうもやにくるまれたのである。その影はだらりとしたまま宙に浮いていた。口にはめられてあったレギュレーターが落ちる。遠目でもすぐにダイバーだと分かった。それは意識を失う稜であったのだ。「三界…三有…」そう言うが早いか、目の前にあった肉体はまるで魔法でもかけられたかのように、忽然と消えたのである。橙は口元を緩め、先ほどから作っていた印を解いた。「箱は?あった、あった。」稜が浮かび上がった辺りにゆらゆらと浮くでもなく沈むでもないそれが漂っていた。真っ黒の四角いそれは泥やコケ、水垢にやられてあるようで、ほとんど箱のようには見えなかった。ただ、年代を感じさせるほど、そして、何か魅惑的な感情を抱かせるようなそんな匂いが感じられた。「これだけはだめなのよね。絶対に開けてはならない。まぁしかたない。今しばらく私が持っておきましょう」そういって、社の方へ歩いていった。「神照寺というお寺はどの辺りですか?」車の窓越しから尋ねた。中学の社会科見学で来て以来のこの地。その懐かしさを覚えていたシュウも、琵琶湖の東側は疎い。一徳から預かった地図と教えられた番地の中にその寺の名前があった。地元の人から「萩の寺」と呼ばれていた。平安から受け継がれ、度重なる戦火で焼失しつつも、足利、浅井、豊臣とその度に再建されてきた寺であった。寺院では珍しく、京都は伏見稲荷、その元本尊であるダキニ天を祀る神照稲荷であった。寺院や神社が点在するここ長浜でも、道を尋ねたおかげですぐにその寺の場所がわかった。黒い屋根瓦の、長くせり出したそれは、決して大きいとはいえない本殿の上で威厳を保させていた。その寺の周りには田畑が続き、シュウの住んでいる場所に似ていた。そして以前農協があった跡地に、一風変わった家が見えた。「タブンココダロウ」ピーターが家の敷地に車を進ませた。長屋のようなつくりの平屋に煙突のような塔を立て、その上に人一人が乗れるほどの囲いを用意してあった。高さにして5メートルほどのそれは何に使うのかは全く分からなかった。一見すると船の塔である。ピーターはクスクス笑いながらシュウに指で示した。車の音を聞きつけて人が出てきたのである。「いらっしゃぁ~い♪」なんとも体つきの良い女性である。なで肩の、二の腕が張り、胸も大きな彼女はどこか女性とは言いがたい気もした。ピーターは全く疑わず、口笛なぞ吹いて車を降りた。シュウは車から出ると軽く会釈をして話し出した。「あのう、丹後からきた」言いかける彼に、女性は眉を動かして先に答えてしまった。「戸張くんね。一徳さんの紹介で利ちゃんに会いに来たんでしょう?ふふふ」何でも知っているようである。玄関を空けてもう一人出てきた。シュウは少しびっくりした。同じような着物を着た、京都で見た人がそこにいたからである。「きたのか。橙」
2010.08.26
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十七離れの奥部屋に布団が敷かれてあった。ピーターはほとほと疲れたようで布団の上に寝転がったとたんに高いびきである。シュウはそれでもなかなか寝付けなかった。ぼんやりと今まであったことや、一徳の話を考えていた。その度に、史江の顔がちらつく。断続的に現れる整ったラインに浮かぶ笑顔や柔らかそうな二の腕、それに女性らしい腰つきや胸など。ミステリーとミステリーの間に挟まれる淡い青春のともし火は彼を余計に困惑させた。知っていた少女は既に大人の女性になりつつある。彼の周りに見かけてきた女子より輝いてさえいた。火照った体を冷まそうと、縁側の戸を引いた。夏虫の鳴く声が心地よい。月もそのかげりをみせた。まもなく本当の暑さがやってくる。シュウの知る外気とは大分違うこの地の、古今を感じさせる空気。自分たちの育った町にもかつてはこうした空気があったのだろうかと、史江の言っていた大地震の前のことをふと考えていた。そして戸を閉め横になった。やがて彼も深い眠りにつき夢の中で時を過ごす。シュウはまぶたの裏に張り付き、ぎょろぎょろとそこをなでるほど目が動く、そんな驚きの夢をみた。今までとは違う空耳であったのだ。「だめだ、見てはだめだ。それはあけてはならない。決してみてはいけないもの。近づくな……絶対に近づいてはいけない……」繰り返し聞こえてくる声と、水の中で泡立つ情景が鮮明に映し出された。何かに手を差し伸ばす、その手は自分の手のようであった。箱のような何か四角いもの上で爪をたてて引掻く素振り。じれったい感情がこみ上げてきた時にその声が聞こえたのだ。まるで別の自分がそばで見ているような感じだ。箱を持つ自分に、それを見つめる自分。それを見る自分をももどかしさを持っていた。なんとも奇妙で、気味の悪い夢である。そしてその残像を残し、目が覚めた。脂汗が首周りから垂れていた。ピーターは寝たままである。(何なんだ、今の夢は)手の平を返してみた。汗ばんでいるばかりではない。爪に先ほど引掻いた痕跡を残すような垢がついていたのである。シュウは背筋が凍る思いがした。夜が明けた。稜は車の中で目を覚ました。自分が何故ここに居るのか分からない様子で、辺りを見回し車から降りてみた。高台の際に車避けとして広げられた場所だとすぐにわかった。そこから外を見る。眼下には水面が広がっているのが見えた。見覚えのない場所。どうして来たのだろうか頭に手を乗せていた。そこへ一台の軽トラックが通過しようとした。稜はすぐに車の前に飛び出す。鼻歌を流していた年配のドライバーが彼の行動のために急ブレーキを踏んだ。「あむないぞ。いきなって飛び出すなんて」近江弁が返って来た。「すみません。いきなりで。ちょっと聞きたいのですが、ここはどこなのでしょうか?」「はぁ?おまはん、何いーちょうる。どうでほんなこと言うにゃ?あつうてがおうでもみとうがか?」「下みたらわかるやろ。ここがうみってしらんてはった?」そういうと、まるで相手にしないような顔をつくり行ってしまった。「うみ?海…」独特のイントネーションでそれが琵琶湖であることが分かった。「でもなんでまた」そう独り言をいうと、頭が割れるほど痛みだした。夢の記憶が蘇ってきたのである。稜はその場に倒れ込んだ。うめき声を上げて頭を抑えた。すると、今度はすうっと立ち上がり車の荷台のほうへ歩み寄った。頭を抑えることもなく、苦しい様子もない。変わりに、昨日ここに来たときと同じ、無表情の死人のような顔に変わっていた。ダイビングの機材をあさり、ウエットスーツに着替え始める彼は体が勝手に動いた。そして、すべてを装着するや、近江八幡は竿飛びのごとく、その崖の上から湖に飛び込んだのであった。水深が深いところでは通常はアンカーを頼りに下へ降りる。だが、今の稜にはそんなことはお構いなしであった。水しぶきが縦にあがり、その中の大きな波が崖の方にぶつかった。波が落ち着くと稜が確実にもぐっていったと分かる空気の泡が湖面に浮いていた。そのころ、そうした異変を敏感にかぎまわっていたものがいた。「あらら、来てしまったのね」「どうした?橙(だいだい)」「なんでもないわよ。独り言。ちょっと散歩に行ってきてもいい?」「こっちは構わんよ。今日はお昼前に人が来るからそれまでに戻ってくれれば」「じゃぁそういうことで。悪いわね、利ちゃん」
2010.08.25
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十六「おじいちゃん、こちらが、戸張シュウ君。さっき話していた。こちらはシュウ君のお父さんの知り合いのピーターさん」「はじめまして」シュウは畳の上に正座をしながら挨拶した。ピーターは少し窮屈そうに脚を曲げて座ろうとした。すると史江の祖父は気を利かせた。「よいよい。胡坐をかきなされ。シュウ君もいいぞ。それより、孫に会いに来てくれてありがとう」顔つきや態度などからみても随分穏やかな人物のようである。茶色い着物を羽織りテーブルの上にこぶしを作って乗せていた。面長の顔は痩せてしわが目立つ。客人である二人とは対照的に史江も含め色白であった。近くには最近では全く見なくなった煙草盆がある。最初はそれが何なのか分からなかった。後ろには岡本一徳という名前の書籍がずらりと見えた。史江のいう「いいじいちゃんのいいとは『いっとく』の『い』からきているとすぐにわかった。そして、話の最後でもう一つ理由があることもわかったのである。「ところで、シュウ君。話は大方聞いてわかっておるが、この度は大変なことになったそうで。こんな老いぼれでも力になればと思っておる」「ありがとうございます」かしこまったまま脚を崩さずに真剣な表情を見せていた。「いいじいちゃん、シュウ君が言うには大物神社の蛇じゃないかって」「ふむ。大分昔のことじゃな。各地にある蛇神も全ての発端はそこから。故にそこまで調べておったのならば、ほぼ間違いはないだろう。どれ」そういって、後ろの戸棚から数冊本を取り出した。そして指を舌につけてはページをめくった。「ここじゃ、ここじゃ」「大物神社に祀られし神は大国主神が和魂なり。我は大和の国三輪山に向いて祀られんことを望む」シュウが調べた話であった。そして一徳が言い伝えの書かれた部分を咀嚼した。「遠い海より姿を白き紐のようにして泳ぎ渡ってきた。陸に上がるやその神は、人と同じ姿に変わった。大国主の力により奈良に祭られるや国に幸をもたらした。だが、崇神天皇の時代に大物神社の祀りを怠ってしまいやがて疫病が流行ったとされる」「その時崇神天皇の耳にこう聞こえたそうだ」『これは我が祟り。世の平静を望むのであれば我が子孫にこの大物神社を祀らせよ』「すぐに大田田根子を神主にし祀らせると、疫病はなくなり、神の怒りも鎮まったという」ピーターも興味深そうにその話を聞いていた。しかし、史江は解せない顔を見せた。「でも、それはお参りしなかったからでしょう?今はもうその神社はないんじゃない。あの大地震でなくなったんだから。シュウ君のお父さんがお参りするとかしないとか関係がなくなったとしたらよ、祟られる理由はないと思わない?」「そうじゃよ。史。普通ならそういうことになる。では聞くがそのご神体はどこへ行ったのかな?」「もしまわりまわって、その一部がシュウ君の父上殿が生きてきた空間、つまり履歴の中、あるいはごく身近にあったとしたら?」史江は考え深げに頷いて見せた。「それだけではない。各地にある蛇神ないし、それに準ずる神社は水に関係する者が必ずおまいりする。漁師、農夫、スポーツ選手でも良い、とにかく蛇は水神・海神の象徴といわれておるから、そのご利益を得る人々は多い。熱心な信者はその力によって加護されるわけだよ」「じゃぁ、そうしたことを途中でやめたら?」「だから、祟りなのだよ。江戸の失踪もそういうことが関係していたと思われる。今回の件もそれに近いものがあるかも知れんぞ」ピーターはそれでも、稜は無神論者であったはずではと首をかしげた。その様子を見ていた史江もシュウに尋ねた。「ねぇ、シュウ君のお父さんてお参りに行った?」「いや、盆や正月には確かに如意寺に行ったりするけど、特にはないよ。そのかわり」言いかけた彼を見つめるピーターも、頷いてみせた。「お父さんは鱗を持っていました」「ほう、鱗か。どんなものかな?」「実際には見てはいないのですが」ピーターが彼に代わって説明をした。「なるほど」一徳はゆっくりキセルに火を点した。物を考える時に決まってやる癖である。「ズイブンヨイシュミデスネ。コットウデスカ?」それほど大きな煙にはならない。かえって蚊を追いやるいい煙である。シュウもピーターに何かを尋ねた。すると先ほどから肘を掻いていた史江が丁寧に説明した。この煙草が彼を余程落ち着くかせるようであった。二人は珍しそうにその道具を見ていた。一徳は揺蕩う気持ちを整えたようである。キセルを灰吹きではたいたあと二人に告げた。「滋賀に行って見ますか?」「いいじいちゃん?それってもしかして?」「うむ。ここまでわかっておったのなら、仕方あるまい。それにわしが応えられる範囲はとうに超えておるがな」「滋賀に何があるのですか?」「おじいちゃんの兄弟がいるの。にいじいちゃん」「そう、わしらは双子でな、博士を取ったわしと、そういう肩書きが嫌いで好き勝手に研究する雑学王が彼、利ニ(よしじ)でな」「名前に一とか二とかあるからいいじいちゃんとかにいじいちゃんとか私がつけたの」「しゃれてるじゃろ?あははは」「まぁ冗談はそれくらいで、彼とはどうも意見が合わん。天邪鬼だから仕方がないが、素直でないからな」「でもいいじいちゃん。にいじいちゃんも純水よ。ちゃんと話は聞いているし。聞いているからまともな返事もするんだもん。いいじいちゃんに優しくしないのは負けたくないかよ」彼等の話を聞く度に首を左右に行ったり来たりさせたていた二人は、そこに行けば父の行き先が分かるのだろうかと尋ねた。「おそらくな。あんな奴でも、竜神に関してはわしよりも詳しい」「そうよね、なんてったって、滝つぼから龍が出たのを見たって言うくらいだから」シュウは確実に父に近づいていると思った。そして今すぐにでもそこへ行く素振りを見せた。「だけど、今日はダメ。向うだってこんな時間に行ったら迷惑だもの。だから、今日は泊まっていって」時計を見ればもう十時近い。食事をするのも忘れ話に聞き入っていたほどであった。ピーターもお腹がなった。「あらやだ、夕飯食べてなかったの?」「ごめん、思い立ってそのまま来たから」「イイヨソトヘタベニイクカラ」気を遣う二人に、「簡単なものなら私が作れるから」と史江が頼もしく伝えた。その言葉に一徳がニヤニヤしながら「うまいからまぁ任せなさい」と付け加えた。
2010.08.24
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十五入り口からここまではカーブを描いた渡り廊下になっていて石畳など敷いて古風である。屋根の張り出しのせいで、月が隠れてしまっていた。京都に入るまでその月を時々車中から眺め、父も見ているのかと考えていたのであった。程よい照明が足場を照らし、廊下の外に敷き詰められ綺麗に慣らされた小石の粒がはっきりと見えた。母屋の扉が勝手に開けられた。流石は政府筋の家である。諸外国のVIPが来ることもあって家の作りも飾りもよほど未来志向である。靴は脱がなくとも踏み台に載せただけでカバーがつけられた。汚れ防止の措置のようだ。どこに照明があるというのか、その場所が特定できない位置にあるようで、それが返って家の天井を高く見せていた。両側の壁は目線から下のところが丁度ガラスのような、よく磨がれた鏡のようなつくりになっていた。彼女が言うには危険物を探知する役目もあるそうだ。すぐ横の扉を開けた。「電話で言っていたことだけど、今おじいちゃんもくるから、ここで待っていて」通された場所は近代的なつくりの応接間であった。殺風景に見えていても実に機能的であった。ソファーは半透明なエアーチューブ式のもので、好みによって色彩が変わる。史江はシュウが青を好むことを覚えていてすぐにソファーの色をそれに変えた。そればかりか、壁の色も、アイボリーに変わり、床はシックな藍色を落とし、全体的にシャープな雰囲気をかもしだした。シュウはありがとうといってソファーにすわった。「ピーターさんも、くつろいで。飲み物持ってくるから」彼女は部屋を出た。その扉の横の壁は水でも流しているような、ゆらゆらと、そしてきらめきのある滝を演出していた。聞けば確かに水の音もする。ピーターは近づいてみた。「ワオ、ヒンヤリスルネ。コレハサイシンクーラーデスヨ」腰掛けたすぐ目の前に楕円形のテーブルがある。教室で使うようなデスコンと比較にならない立派なスクリーンが立っていた。そして彼らの後ろに本棚やグラス置きの戸棚があった。よほど海外の人は飲むのであろう、たくさんのグラスがある。クリンカー加工でされたワイングラスやプラチナで装飾されたシャンパングラスなどが目に飛び込んだ。中には土紋グラスと呼ばれる今では珍しいものもあった。ピーターは久しぶりにそうした物を目に見て心が弾んだ。シュウは全くそんなことには頓着しなかった。また不謹慎だと怒ることもなかった。彼はベランダに続く大きなガラス扉の先に煌々と輝く部屋の明かりを見ていた。この建物とは明らかに異なる、古都の屋敷を再現したような離れがあったのである。そこに人影が二つぼんやりと並んでいた。時々、小さい方の影が小刻みに動いた。シュウが見つめているそこへ、扉をたたく音がした。史江の母である。「こんばんは。まぁシュウちゃん、大きくなって。立派になったわねぇ。またあえてうれしいわ。ピーターさんもほんと、懐かしいわ」よほど、シュウのことを気に入っていたのであろう。笑顔で迎えた挙句、彼の好きな飲み物を覚えてくれていた。ピーターも同様である。「オカアサン、ヒサシブリデスネ。オット、ソノペンダントマダモッテイテクレタンデスカ」引越しが決まってからピーターが餞別で渡したものである。海で見つけたそれは、ボナパルト朝時代の財宝の一つであった。「そうよ、コレのおかげで、いろんなマダムと話が出来て助かったんだから。ほら、日本を知っている方々でも、まさかナポレオンの財宝がこんなところになんて思わないでしょう?ふふふ」古びた金貨のペンダントであった。シュウはそれを見ながらまた父のことを考えた。「それより、大変ね。でお父さんわからないの、まだ?」「はい」「そう。こんなことなかったものね、いままで。早く見つかるといいわね」全くである。科学も技術も人間の五感に近づくように迅速かつ的確に発達した現代、行くへの分からない人間を探すことなどは容易いはずで、これほどまでに労力をかけるほど無駄なことではない。記憶を探すことでさえある程度お金を積めばなされる世の中である。話をしているうちに彼女が戻ってきた。「おじいちゃんが向こうで聞きたいって」「あらら、どうしてもここに着たくないのね。いつもなんだから」どうやら、近代化を毛嫌いしているのか、嫁と仲が悪いのか、母屋には滅多に来ないらしい。「いいです。あっちにいきます」「ごめんなさいね。シュウちゃん。ピーターさんも。お父さんが帰ってきてくれたらこっちでみんなで話が出来たでしょうけど、あいにくアメリカへ出張してるから」「ダイジョウブデスヨ。オカアサンキニシナイデ」史江が先頭になって離れに移動した。シュウは自分の家よりも綺麗にされた障子戸をみた。「この戸、史ちゃんの家にあったのと似ているね」「あ?わかった?おじいちゃんがこれはいいものだからって持ってきたのよ」「そうだったんだ。」「うん。こんなのを作る人はそうそういないからって。だから向こうの家は扉だけなくなっちゃて開け渡したんだって。笑っちゃうわよね」「それより学校はうまくいってる?将来はどすんの?」シュウは言葉に窮しながら下を向いた。気まずいと史江はすぐにあやまった。「ごめん。そんな雰囲気じゃなかったよね。お父さんのことだもんね」「いや、ひさしぶりだから、色々話したいの分かるし。大丈夫だよ。でも次のことはこの件が片付くまで考えられなかったから」「そっか」そう会話をしていると、中から声がした。「史、いつまで客人をそこにおいとくのかね」「あっ!ごめんなさい。おじいちゃん。入ります」先ほどのじっと動かないでいた影の姿がそこに見えた。
2010.08.23
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十四「やっぱり。三津子なんだね」彼女である。あの海で一緒に潜る前に見せた最後の笑顔が、目の前にあったのである。「どうして君がここに」そう話し出す彼は、またしても海の中に体が置かれた。水の圧力が彼の体を包む。あわてる彼は口元を手で押さえようとした。だが今は息苦しくもない。不思議と呼吸が出来るのである。そして何よりも、海の中だというのに話が出来るのだ。「息が出来る……しゃべれるぞ」妻はそんな稜を抱き寄せるがごとく腕を広げた。するりと体を前に進ませる彼は彼女の前に漂った。「あなた…私、死んだのよね。どうして…」「分からない。君はあの時何かにとらわれたように前に進んだんだ。僕の合図も目に入らず。そして毒蛇に首を噛まれたんだ。それだけだった。たったそれだけのことで」「僕は悲しかったよ。シュウもいなくなった君を探すように部屋を歩き回っていたよ。つらかった」「シュウを見るたびに、涙がこぼれたんだ」三津子はその時、確かに我を忘れて海の底を目指したことを思い出した。「何かに呼ばれたのよ。底に埋まっているものを探し出して欲しいって。そう聞こえたの」「僕らがよく耳にしていたものの正体だったのか?」「さぁ分からないわ。気がついたら今こうしてあなたの前にいるんですもの」「その間の記憶はないのかい?」三津子は黙っていた。苦悶する表情は必死に思い出そうとしていると稜にもわかった。「だめ、分からない。でもなんだか体が熱くなったのは覚えている」「それって、冥界へのいざないってやつか?」「あなたがよく船の上で話していたことよね。人は死ぬと冷たくなる。それは肉体の中にあった魂が温かさを伴って旅立つからって言っていたものね」「ああ。肉体の温度は魂が抜ければ自然と下がる。魂はどんどん熱さを持つ。熱ければ熱いほど天を目指す。熱力学的に考えても熱の流れはそうさせる。」「君が熱さを感じたのならばそれは冥界でも至極上等な世界に向かったんだろう。親父がいっていたようにね」「うん。こうして現れるまで苦しむことがなかったことを考えれば、地獄に追いやられたのではないと思うわ」二人は再び目を合わせた。夫が妻の手を、妻が夫の手を互いに触れ合うように伸ばした。「夢でも良い、このままずっとこうしていたい」すると妻は急に下を向いて首を振った。「それは無理よ。あなたが居なくなればシュウはどうなるの?私達のかわいい坊やを置いてあなたを連れて行くことはできないわ」稜も分かっていた。分かっていたが、自分のこの高まる気持ちを抑えられないのだ。そして、彼女は顔を上げて彼に言った。「お願いがあるの」「なんだい?」「この湖のそこに丈夫なクバの木で出来た箱が沈んでいるの。それを引き上げて欲しいの」「それはなんなんだい?」稜はどうしてそのようなものがあるのか、またそれを知っている理由や何故引き上げる必要があるのか知りたがった。「何も聞かないで。ただ、今言えるのは、私が甦るかも知れないってこと……」「なんだって!そんなことが、そんな馬鹿なことが!」「真面目よ。近未来と言える世界に育った私だって最初は信じられなかった……でも、もしそれが本当なら」「わかった、君が、君が元に戻れるというのならなんでもする。どんなことだってしてみせる」彼は疑わなかった。彼女のその言葉の真意を確かめるすべがないことと、何よりも彼を愛し自分も愛した者への信頼がそこにあったからである。「丁度今いる場所から東に500メートルほどの沖合い。そこは水深が70メートルもあるの。そして、一番深いその湖底に石や木片の塊の下に探してほしいものがあるのよ」「何か目印や特徴はないのかい?海と違って湖はその下が泥だから、一端視界が閉ざされれば、浮上しなければならないよ。一度きりの真剣勝負じゃないと」「大丈夫。この場所は下から真水が噴出しているから視界は確保されるはずよ。そして、光の届かないくらい静かなそこに一際輝くものが見えるはず。だから心配ないわ」またである。いくら彼女がこの世に存在しないとはいえ、そんな砂漠の上に落とした針を探すような、しかも的確に言い当てるようなことが出来るはずもない。あの世といえるところに意識があるというのはそうした万物のあらゆる物を把握してしまうものなのであろうか。稜は不思議に思いながらも、詮索はしまいと、返事をした。「わかった。とにかく行ってみる。だけど、万事うまく引き上げたとしたら……」「そのときはまた、来るわ」そう意味深な言葉を残し彼女は消えていった。稜の意識も深い底に落ちるように薄れていったのであった。ボンネットの上にはまた一匹の蛇が現われていた。運転席で力なく窓に頭を持たれかけていた稜の方をジッと見つめていたのである。シュウが京都に着いたのは午後八時を回っていた。岡本という表札はすぐにわかった。大きな門だ。真新しいつくりのそれは古都の中でも十分目立つ。ベルを鳴らした。「お久しぶり戸張君。よく来てくれたわ」あの時、さようならをいった、大きな瞳が、シュウを再び見つめていた。懐かしい思いではなく、昨日も会って分かれたような、不思議とそんな気持ちにさせられた。
2010.08.22
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十三「人が死んだ後、霊体となって現れることもある。その仮の姿が蛇」「ニホンニハソンナイイツタエガアッタノカ?」「それだけじゃないよ。通常は神霊界と呼ばれる世界から眷属となって加護を目的にやって来る。でも時に約束を果たさなかった人間を懲らしめるために現れる」「そして……」「ソシテ?」「その眷属の正体は……龍!」「ナンダッテ?」江戸の人々は札返しなどを張り事なきを得たということも分かった。だが、シュウの疑問はそうした厄除けに似た方法をで蛇の祟りを撃退したという不思議さではなかった。そもそもどうして百年に一度なのかということである。そして、大きな災害が起こった半世紀後。その理由はどう調べても分からなかった。天保の動乱の後、伊勢神宮でお蔭参りが盛んに行われたという。シュウはこのハッキングで過去を垣間見た。多くの命が亡くなることへの無常さの裏で、命の尊さを重んじはじめた、その日本の歴史を知ったのである。戦国の世では考えられなかった人の命の尊さ。その夜、ピーターとシュウは父が行きそうな場所を車で探し回った。海岸、海の見える峰、駅前の居酒屋、母が眠る墓、すべてを探した。「ウマレソダッタ、シマネノシンジコハ?」「もう実家もないし、場所が分からないよ」シュウは自分の家の過去を考えていた。その時、あの幼馴染の顔が思い浮かんだ。電話を掴みあわてた様子でボタンを押した。「ピーター。京都に行ってくれる?」「コンナジカンニカ?イクラナンデモコドモジャナインダカラダイジョウブダヨ」「今までのことを考えたら居ても立ってもいられないよ。蛇に、龍に取り憑かれたかもしれないんだよ」こんなに心配な顔つきはピーターすら見たことがない。「ワカッタ」と言い放ちシュウのいう街に車を走らせたのである。岡本史江という女性は今住んでいる場所から数分はなれた大きな屋敷にいた。シュウの幼馴染の彼女は目の大きい健康そうな肌をしたかわいらしい少女であった。人懐っこい性格が、女の子ということを忘れさせ、友達のように気さくに接することが出来た。シュウはとても彼女が好きだった。彼女そのものが自分を落ち着かすような作用が心地よかったのである。丁度人形を持つことで落ち着く幼児のような感じなのだろう。彼女の父は新政府と外国人議員をつなぐ役割を担っていた。表書きは通訳ということであろうが、立派な交渉人である。語学に長けていたために各国の意見と日本の意思とを過不足なく正確に伝え合えるキーマンであった。今回の思わぬシュウの訪問は彼が目的ではなかった。史江の祖父についてである。彼は民俗学および民話や伝説などを調査する学者であった。六十を過ぎてもなお現役でそうした古来の文献を調べたり、あるいはその地に赴いたりしていたのである。そして今回の件でもそのいくつかの資料の中に史江の祖父らしき名前が見えたのであった。直接名前を聞いたことはなかったが、彼女に「おじいちゃんは昔話をよく調べているから」と聞かされたのを偶然覚えていたのである。「おじいさんなら何か知っているだろう」そうピーターに告げて向かったのであった。……霊界「姫様、どうやら五陰のあるじが雫を手に入れたようです」「ほう、あやつの動き、確かというわけか。ふふふ」「では、姫様もいよいよ」「待ちに待った復活。どうしてもたもたしていられようぞ。手はずはよいな」「はい、丁度箱の所在もわかりました故、早速引き上げに向かわせております」「子孫か?」「いえ、所縁はないようですが、現世においては一番の適任者かと」「どれ、妾が見てやろうぞ」城の中が怪しくそして慌しくなる。女は会話の間相変わらず天窓を眺めていたが、適任者の値踏みをすべく徐に立ち上がった。ゆっくりと両手を広げ、頭を後ろに倒した。乱れた髪は艶も張りも失われ下に力なく垂れ下がる。絹でできた衣は容姿とは対照的に、それでも色あせもせず黄金や赤や紫がよほど映えていた。裙に背子、裳や紕帯などの唐風な出で立ちは女の品位を象徴していた。それが風もないのに、ひらひらと揺らめいた。まるで水の中で浮いているような……稜は夢の中にいた。また例の女である。だが、いつもと様子が違って見えた。顔が露になりそうで見えない彼女は、今回ばかりは、はっきりとその容貌を見せていたのである。彼はその顔をみてほっとした。
2010.08.21
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十二父は無表情の上に、何かに囚われたような生気を欠いた瞳を見せていた。ハンドルはそれでも確実に、滋賀は湖北・長浜市、琵琶湖の東側にある葛籠尾崎を捉えていた。彼は運転しながらも女の声を聞いていた。「稜……私を助けて……」導かれる声によって彼の感情など鬱積は当に忘れさられていた。シュウが学校に行った後、頭の重さを訴えて頭痛薬を飲んだ。そして、昨日の醜態を思い返していた。もちろんそれは、彼自身の屈辱的なほとんど、耐え難い履歴として残ってしまった。いくら、窒素病とはいっても素人でも掛からない水深であったこと、そして冷静にいることはそれほど難しくはなかったはずではないかという後悔が彼を苦しめた。カウンターで頭を抱えていると、例の声がまた聞こえた。「止めろ、止めてくれ。もう来ないでくれ」何度も何度もそういいながら半狂乱に暴れまわった。椅子が倒れ込み自分も転がってしまった。そして彼の頭の中に、あの人物が入ってきたのである。そして、操られるごとく車に乗り込んだのであった。かなりのストレスを溜め込んでいると思われた彼は、精神の疲れ、肉体の疲れなど全く感じなくなったまま運転を続けた。妻、三津子と信じてやまない、いや、そう刷り込まれた暗示が彼を変えてしまっていたのである。夜の八時にはとある湖畔の崖に着いた。稜はそのまま車の中で眠ってしまった。また夢を見ている。「あなたは、誰ですか?何故私に……」「稜、私よ、三津子よ」「まさか、だって君は死んだじゃないか!」「そう、あの時毒蛇にかまれて死んだわ。でもこうして精神だけはさまよっているの。成仏すら出来ないこの場所……あぁぁ、寒い、苦しい。お願い私をここから出して」運転席で苦しそうにもだえる彼のことなど、車が一台やっと通れるような山深い林道の一角では誰ひとり気づくはずもなかったのである。ピーターはシュウの話を聞いていた。「学校でハッキングしたんだ」彼は驚きもしなかった。ハントでも極日常的に行われる手法であったからだ。「そして、『祟り』っていう項目を調べてみたんだよ」「タタリ?エンコンノノロイトカ?」「ううん。人に恨みを買うなんてうちにはないよ。そんなのピーターだってわかるでしょう?日本の祟りは巫蠱(ふこ)の術で行われるものもあるけど、それは呪いを目的としている祟り。でも今回のは別の意味があると思う」「ヘビの呪いは実際にヘビを殺したり、何か危害を加えたことでそれが祟るって言われているそうだけど、そうではないとしたらって考えたんだ」シュウは詳しく学校であったことを説明した。かつて奈良にあったとされる大神神社。蛇神である大物主神は豊穣をもたらすために雨や雷を呼ぶ天候神とあがめられた。一方ではその強靭な力を象徴し祟りなす神と恐れられていた。文献はすでに消え去ってしまっていたが、シュウの調べた情報筋では、百年に一度その神の呪いが現世をさまようと言い伝えられてた。その呪いの周期を詳しく研究した学者もいたそうである。奇妙な周期は大きな天災があった後の半世紀後に現れたという。磐梯山噴火と濃尾地震のあった時代から半世紀、日中戦争で贅沢は敵とばかりのスローガンが日本中に鳴り響くなか、蛇が動いたという。琵琶湖のほとりに住んでいた男がいつものように漁にでる準備をしていると、なにやら白い大きな大蛇が彼のそばに突然現れた。そばで同じように漁をする仲間が危険を察知しすぐに逃げろと叫んだ。だが、その男は身動きすら出来ずにその蛇の前で硬直してしまったのである。蛇の冷ややかな目は彼を捉えゆっくりと鎌首をもたげた。誰もが食べられてしまうと思ったその時、蛇の体は半分透けたような体に変わり彼の身体に溶け込んでいったのだという。遠くから見ていたものは腰を抜かし平形船の上でブルブルと震えていた。何を思ったか、男はそのまま、湖の中に入ってしまったのである。息が続くでもない、皆も苦しくなって上がってくるだろうと思ったが、五分しても十分しても上がってはこなかった。男は泳ぎも潜りもこの仲間の中では群を抜いてうまかったらしい。溺れることはないとしても全く浮かび上がる気配がなかったというのだ。そのとき、皆は蛇が乗り移ったのだと口々に騒いだ。とうとう一時間が経過して、漁で使う底引き網を湖に放った。何べんも何べんも底をさらうように網を張った。それでも彼を引き上げることは適わなかったという。「ソレガタタリ?」「うん。他にも似たようなことがあったらしいけど、極めつけはこれだった」天明の大火、京都の大火事からすでに半世紀が過ぎた。丁度、大塩平八郎の乱が起こった翌年のことである。各地でまるで神隠しにでもあったような事件が相次いだ。成人した男が何人も行方が分からなくなる。あるものは妻子ある輩、あるものは商売が上昇傾向にあった輩、更には地方の何のとりえもなさそうな田舎の男もいなくなったという。数にすれば十名前後。神隠しなるものはこの時代においてはさほど珍しくはなかった。そのほとんどが人売り・人買いと呼ばれた不道徳な行為であったといわれている。そしてその対象は女子供であった。女は遊郭や女中として売られ、子供は下働きのために売られていった。だが、今事件はそうした弱者ではない。追いはぎなど山賊に殺されたのならば死体が出ても不思議はないがそういったこともない。第一町民も含まれていることから略取とは考え難い。つまりは大の男ばかりが忽然と消えたということなのである。彼らの共通なことといえば泳ぎが達者だということであった。それはこの事件があった数年後に分かった事実であったといわれる。そして、近所でいなくなった瞬間を偶然目撃したものは白い蛇が男の体をぐるぐると巻き込んでいったといっていた。町方もそうした口書を集め上に知らせたという。それが時間を経て江戸に集まってから世にお触書として広まった。何故彼らがいなくなったのか、またどこへいったのかはわかっていない。唯一、富山湾の入り江近くで漁師でもないのに男が十名くらいで沖に向かったということである。奇妙な一行は船に乗り込み朝霧に吸い込まれるように出て行った。以来その船は戻らなかったという。「エドノフダニハ、ナント?」「昼夜問わず人に取り憑く白蛇これ有り候事、用心なく海に連れて行くなり。よくよく行い心がけ、呪いの蛇に気をつけるべし」シュウはどうして蛇が祟るのか更に調べた。ピーターはそして、彼の言う言葉に素直に驚いたのである。
2010.08.20
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十一「ただいま」玄関を開けるシュウはすぐ、客席に鞄を置いて父を探した。椅子が倒れてあったのを直しながら一階にいないことを確かめた。「あれ?まだ寝てるのか?」歯切れのよい足音が二階へと続いた。ふすまを開け、自分と父がよく寛ぐ部屋を覗いた。やはりいないようである。扉が開いていた父のベッドルームはその気配が感じられない。念のため声をかけてみたものの同じである。そして、父の書斎を開け放った。この前読み漁った本が机の上においてあるだけで父の姿はない。不思議なことに、本は開いてあった。確かに自分が読んだ部分も含め閉じて置いたはずであったのに、今は広げられておいてある。そればかりではない、何かで書きなぐったような跡もついていたのであった。シュウは気味悪そうにその部分を手にとってみた。『日本人の多くは外界で聞こえる音を左脳で処理する。欧米人などは対照的で左脳でも右脳でも処理できる。意味のある言語などは左、雑音などは右という具合だ』そう書き出された章の後から、『復活』という単語が目に飛び込んだのである。そして、父が書いたと思われる言葉が綴られていた。『死してなお、欲すこの心、わだかまりは消えず、かえって未練に寂しさが募るばかり、我を目覚めさせよ、我に復活を与えん』「復活……未練って?」本を閉じて脇に抱えたまま家中に響くほどの声で父を探した。「とうさ~ん」トイレに風呂場、庭にまでも探した。そして気がついた。食堂の席に腰掛けて大きなため息をつく彼は電話をかけるべく受話器に手を伸ばした。「僕です。シュウです。父さんはそちらには?車がないから、そっちにいったんだと…はい、いないんです。こっちにですか?はい、わかりました。」三十分もしないうちにピーターがやってきた。「シュウ、マダレンラクハナイカ?」父が持っていると思われる携帯電話に何度も連絡を入れてみるが、不通である。衛星通信で送られるグローバル・ポジショニング・システムは機能していない。そればかりか腕に装着された単純な電波発信のビーコンすら不点滅である。どちらも自己の位置を確認するために誰もが欠かさず身に着けなければならない、世の決まりであった。片方の所持で外出することはもはや幼児でも自然なことであったのである。明らかに故意にスイッチを切っているとしか思えないのである。自分の所在をそうまでして隠さなければならない理由とは何か、ピーターが来るまで考えていたシュウ。「ダイジョウブサ、ワレワレモハントヲジッコウスルトキハキマッテ、スイッチハキルモノダ」「だけど、ピーター、父さんはこの間やっと海に潜っただけで、唐突にハントをするなんて絶対考えられないよ」そして、例の謎のことを聞いた。「タカラデ、モチカエッテキタモノ?」以前父が何か家に持って帰ってきたものがあるはずだとシュウは尋ねたのである。「ソリャイッパイアルケド、デモリョウハゼンブハクブツカンニワタシテイタヨ。ホラ、カークカラホウシュウハデテイタカラ、ソレヲドウコウスルコトハナカッタシ」そうである。父はいにしえのロマンに浸ることはあっても、それを転売し利益をむさぼるようなことはなかった。祖父からも足ることを知る教育を受けていたのである。納得がいかないシュウは更に疑問を投げかけた。「どうしても知りたいんだ。大分前のことだけど、父さんは部屋に入って一生懸命何かを調べていた。なにかよく分からないけど、石のようなものだったよ」ピーターは真剣な表情の彼をみて、ただ事ではない何かを感じ取った。それほどの凄みが17歳の瞳から見て取れたのである。「オーケー。イシニツイテハシッテイル。ミツコガイタトキニグウゼンミツケタモノダッタ。カノジョガナクナッテカラハ、イリュウヒントトモニシマッテイタミタイダケド、デモソノアトハワカラナイ。カークニキイテミル。スコシマッテクレ」携帯を操作し無線に切り替えた。こちらのほうがはるかに早く連絡がつく。というより、ハンターの間では極秘の通信のやり取りであったのだ。「Hello, Kirk. I don't finish during work. I had a favor to ask and made a contact. I'd like to know by Ryo. Please tell me the stone he had before.」それは、シュウが中学最後の日に書斎に座り、夢中で調べていたものであった。何も卒業式にそんなものを見なくてもいいのにと部屋の隙間からのぞき見たことをはっきりと覚えていたのである。父はその石の中に見えた一片の模様を丁寧に形どっていた。「Fish scales?ホントウデスカ?デモカレハ……ソウカ……センモンカノイケンハ?Snake's scale?And ginormous!」シュウはその会話で出たウロコという単語に同様を隠せなかった。母の命を奪ったのは蛇、最近現れ始めたのも蛇である。それが、見たこともないほど大きなものであると話していた。こんなに身近なところでである。あの部屋で紙に写していたものがそれを象徴するウロコであったとしたならば、それが原因で何かの祟りになったのではないかと考えたのである。自然な結論にピーターの電話を切る姿を見るなり勇み寄った。「ウロコって、僕の手のひらぐらいあったやつ?」「シュウハシッテイタノカイ?」「いや、詳しくは知らないけど、父さんが紙に写していたのを見たんだ。でも大分前のことだよ」「ウン、カークガイウニハ、リョハ、ソノイシヲスグニセンモンカニアズケタラシイヨ。シカシアツイナ」今日はなんだか蒸し暑い。夏本番にはまだ早い時期だが、外気が部屋を温めた。ピーターはシュウに渡されたコップに水を注ぎながら話を続けた。「ソノイシハカセキデ、コダイセイブツノサカナノウロコダッテ、カークハイウノダガ、センモンカハ、キョダイナヘビノモノデハナイカトハンダンシテイルラシイ」「タカラヲミツユシヨウトシタトキ、メズラシクオモッタバイヤーガイッショニツメコンダヨウダ。ウロコソノモノニハカチハナカッタカラ、リョウニワタシタンダソウダ」「父さんはなんて?」そしてシュウは期待した通りの返答から一つの確信に触れた気がしたのである。「ドラゴンデハナイカトイッテイタヨ」「やっぱり」「ヤッパリッテ、シュウオマエ……」
2010.08.19
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十学校の授業、そして休み時間と全く元気のない姿に友達も心配した。「おやじさん、どうだったの?」いつも一緒に登校してきていた友人、田上が心配して誰よりも先に近寄った。「分からないんだそれが……」なんとも頼りない返事である。シュウもずうっと考えてはいたのだが、自分の頭の中で処理しても元の場所に戻るだけなのだ。空耳と父の関係。何故聞こえるかも分からない。また、何故自分にも聞こえたのかさえ分からない。「田上さ、耳鳴りって分かる?」当てにはしていないが、問題の突破口を何とか作りたいとその言葉が自然に口から出た。彼もとっさの質問に首を傾けた。「なんだそれ。普通にあることじゃないの?トンネルに入った瞬間とかさ」「いや、そういうのじゃなくって、何か声のようなものが一緒に聞こえたりする、そんな感じのなんだけど」「空耳ってやつ?経験はないなぁ。それが今回のと関係してるの?」「あぁ。僕も、父さんもそれに、亡くなった母さんも聞いたんだ。父さんは昨日も聞いたらしい。よっぽどひどかったみたい」「そっか……」「なんか」「何?」「何か祟りなのかなってさ、考えちゃうんだよね。気の回しすぎかもしれないけど」「デスコン(デスクコンピューター)で調べてみたら?」「いや、普通の検索程度じゃ医学の話しで終わるからだめだよ」二人の会話に別の仲間が加わった。「シュウノカゾクニ、タタリ?アクリョウデモ、ツイテルッテ?」「茶化すなよ。こいつ真剣なんだから」「チガウヨ、ソンナツモリナイシ。ネェ、シッテル?ニホンノゲンゴウデ、ショウワノジダイガアッタデショウ。ソノコロワダイニナッタ、『オカルト』」「そうだ、お前ってホラーオタクだったもんな」アメリカ国籍のある生徒が詳しく説明してくれた。「『イヌガミノタタリ』ッテイウノガアルンダケド。ナンデモ、『コジュツ』トカイウ、ノロイヲ、イヌニカケテ、シラズシラズニソノオンネンヲトリツカセルンダッテサ。、トリツイタヒトハ、シュウイノヒトニキガイヲアタエテイクッテイウンダ」「じゃ、シュウんちが犬神に取り憑かれたっていうのかい?なんでそんな呪詛をしなきゃならねぇんだ?」「イヤ、ベツニソノカミダケニカギッタコトジャナイヨ。ガイコクトチガイ、ニホンハサマザマナカミガシュウゴウシテ、スガタヲカエテイルデショウ?イヌガミハ、ソノイチレイニスギナイッテイウコトサ」「それじゃ、意味なくないか?」「タダキョウツウシテイルノハ、カミヲソマツニシタリ、ドコカデカミヲブジョクスルヨウナコトヲシタトカ。モシクハスウハイスルタイショウデハナイノニソレヲ、キョウミホンイデ、カカゲテイルトカ」シュウはその言葉にピンと来た。確かに父はトレジャーハントの仕事で、仏神に関る品々を引き上げていたからだ。だが、その宝はことごとくカークが管理するか、博物館に収めているはずであった。父にはそう聞かされていたのである。例の理事長の息子が、興味深そうな顔で割って入った。「シラベテミルカイ?」シュウもその言葉に反応した。机上で判断していても埒が明かないのだが、かといって無計画にその辺の大人に聞いてまわっても結果は得られない。調べるすべを知っているというのならこの際試してみる価値は十分にあるわけである。「どうやって?」田上が不思議がっていると、彼は「マァ、ホウカゴ、トショシツニキテヨ」といったなり自分の席についてしまった。シュウに田上と理事長の息子が図書室にいた。他には大学進学を決めた生徒たちが調べ物をしながら学習する姿があった。図書室には蔵書と呼ばれるものが多くある。高校としてはかなりの書籍が保管されてあり、持ち出し禁止以外では自由に閲覧ができた。ほとんどが先代の校長の趣味で、各地から集められたものであった。古本の独特の匂いが鼻をつく。円卓がいくつもある広間を素通りすると、自習室とかかれた札の前についた。オーディオルームが一体となった部屋で同じような作りが二つ用意されていた。一つは英語の補習などでよく使われるリスニングルームである。今では補修する生徒はほとんどいないが名目上そう呼ばれていた。もう一つは教育実習生などの控え室として利用されていた。あいにく実習生の予定は全くないため閉まったままである。「そういえばシュウの幼馴染にお姉ちゃんがいてこの部屋よくつかっていたよな?それ以来じゃないこんなとこくるの」確かにそうだ。今はその幼馴染とも離れ離れになり連絡すら取っていなかった。「史ちゃんか……」その話題が出るまですっかり忘れていた。そんな会話をよそに、カナダ人の彼が扉を開けた。「ハイルヨ」一体何をしようとしているのか聞かされていない二人はついていくだけである。そして部屋に入るなりカーテンを閉め切った。勝手を知ったように彼はデスコンの一つを立ち上げた。そして今度は二人に少し後ろを向いていてくれと頼んだのである。どうやら見られたくない操作をするようだ。静かに指を這わせる気配だけを残して時間が過ぎた。「オマチドウ」シュウは何も変わった様子が認められないオーシャンスクリーンを面妖な顔で見つめていた。田上の方は操作をしていたと思われる机の上に不正を嗅ぐような視線を落としていた。「ハッキングサ」田上の目を見てそう告げる。「センモンショヤ、コッカレベルノジョウホウヲミルトキハ、ミンナツカウノサ」シュウが調べたいと思っている内容は確かに普通の電子辞書程度の検索ページでは見つけられないだろう。かといって大げさすぎやしないかと思った。ハッキングといえば情報化社会にはびこる悪用侵入のことである。コンピュータを介したデーター処理の改ざんや違法ダウンロードなどが主だったものでかなり深い知識がなければ出来ない。不正をしてまで見なければならない内容とは考えがたっかたのである。「そこまでするのか?」シュウの問いに「コワクナッタノカイ?ソレニコノホウホウデ、ヨクココニキテエツランシテイルケド、イママデミツカッタタメシガナイカラ。ジョウホウハ、ソノレキシヤソノヒトノヒミツトイエルダロウ。フツウデミレナイノハミセタクナイカラデアッテサ。シュウシュウニハリスクガトモナウモノサ」とあっさり答えた。初めてみる世界に三人は胸が高まった。
2010.08.18
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九客間に布団を敷きすぐに父の体を横たわらせた。「ユウガタトイウノニ、マッタクアガルケハイガナカッタンダ。アガッテキタトキニハ、チッソヨイニニタショウジョウダッタ」父は事情を説明するピーターの横で寝入ってしまった。今日は生徒の数も多かったそうだ。船の上ではボンベのチェックやフィンの装着などを終えた者から最後の指示を受けた。「レギュレーターを口にくわえたら順次エントリーすること。入ったら速やかに浮かび上がりバディー同士で場所を作るように。BCの調節は我々が降りたら指示します。今回はアンカーロープを使わないので我々にしっかりついてくること」二人のインストラクターにそれぞれ四名くらいの生徒がつく。先に海面に降りた生徒はシュノーケルを顔の横に伸ばし既に海の中を覗いている。最後の一人を送り出し、船板で待機するテンダーのスタッフと船長に合図した。「四十分で上がる。ドリフト後のアセントポイントは例のところで」今回の場所はアップウエリングが良い場所である。稜も久々であることと折角ならば透明度の高いゆっくりとした動きの潮流に身を任せたいと思ったのである。海面での注意もほどほどに潜行開始となった。若狭湾から日本海の沖合い出るとすぐ見える無人島、沓島がある。この島には伝説があった。そもそも、今以上に大きな島であったらしく、なんでもそこに海人族(かいじんぞく)が住み、本土以上の楽園を築いていたという。だが、その楽園に悲劇が訪れた。大宝元年に長期にわたり続いた大地震。それがその島を沈ませたというのである。海人族の生活も共に沈み、わずかに残ったのがこの沓島と近くに浮かぶ冠島というのであった。ダイバーの間でも有名な話だが、西日本の神秘なる島の全貌を潜って見つけたいというロマンがそこにはあった。稜は何度も何度も潜ったことがあった。その度に島の痕跡を探した。勝手を知るこの近海ではあったが、潜れる日はさほど多くはない。そして、幸運にも潜れたならば、誰もがその光景に言葉を失うのである。潮の流れは今日に限って穏やかで中級者にとっても丁度いい。透明度の高さに感動した生徒は、次に魚群の多さに驚かされた。岩礁帯の隙間をぬって、岩のトンネルを抜ける。全て日の光が差し込む。何とも冒険心を掻き立てるスポットである。久しぶりの海の圧力を肌で確かめた稜は、それでも決して仕事も忘れることなくバディのペアに写真を撮ったりした。時間通りピーターのグループは浮上した。次に稜のバディー達もあがった。だが、彼だけは上がってこなかった。トランザムステップと呼ばれる船につけられた階段を最後に登るピーターが生徒に尋ねた。「リョウセンセイハ?」皆首を振るばかりである。生徒の一人が手話をつくり、下に潜ると付け加えて説明した。勝手な行動は仲間の安全を脅かすわけであり、そうしたことを講師である稜がする筈はないと船長もピーターも思った。そして、ゆっくりと波立つ海面を皆が見ているとボンベから溢れ出したであろう空気の泡が無数に広がる箇所を見つけた。船はすぐにそこへすすみ、ピーターが急いで海に入った。ピーターは目を疑った。水の中で暴れている稜がいたのである。こんな彼など今までに一度も見たことがない。水深十メートルぐらいの場所で、あろうことか、レギュレーターを口から外しているのである。すぐにそれが窒素酔いだと分かった。窒素酔いとは高圧の空気吸引で起こる大量窒素摂取により、まるで酒にでも酔ったような精神状態になることを言う。気分の高揚が主だった症状だが、まさか稜が今更そのようなことになるなどとは考えられなかった。ピーターは自分の口からそれを外し、稜の口へ無理やり押し込んだ。そして抵抗する彼に構わず、BCジャケットの給気ボタンを押した。二人はやがて浮上する。ピーターはそれでも信じられない様子であった。浮上すれば直るも窒素中毒症がこんな浅い場所で掛かるはずもない。スクールの生徒達も白い目で彼を見ている中、船長は急ぎ陸へ向かった。クルーザーの上では横になったまま無様な醜態を見せていたという。「父が、面倒をかけてすみませんでした」自分がそそのかしたからとシュウは責任を感じていた。もし、「言って来て」といわなければみんなにも迷惑をかけることなどなかったわけで、父もこんな恥ずかしい思いをしなくて済んだのだ。ただ、それでもピーターにもスクールの生徒にも謝らなければならないと感じていた。ピーターは「仕方ないよ何年も潜っていなかったんだから」とシュウを責めなかった。もちろん父をもである。そして気になることを告げた。「ココニカエッテクルトキニツブヤイタンダヨ」ここに着くまで黙っていた父は家が見えるなり聞こえるか聞こえないかの声でこぼしたという。「似ている……」ピーターにはさっぱりの言葉であった。とにかく、一端戻ってきただけのピーターは、後片付けもあるからと港に戻ろうとした。シュウに何かあったら携帯に電話をかけるよう指示を出し帰っていった。話を聞き終えたシュウは驚きもせず、あの空耳のことを考えた。(やっぱり、祟りだろうか?)父は深い眠りの中にいた。海で見たものの続きなのか。いや、昨晩の続きのようである。例の、彼を抱き上げた女性は、海の中にいた。しかも彼女の周りには妻の命を奪った海蛇が泳いでいたのである。目の前の女性も同じことになるととっさに思った。そして今度こそ助けようと考えた。だが、蛇は彼の行く手を遮った。しかも女には何も危害を加えない様子である。女は口を開いた。海の中で水深二十メートルもの中を器材なしで潜れるはずもない。ましてどうして口などが開けられようか。稜は何とか前に出ようと考えた。助けようという思う他に女性の顔を見たくなったのである。蛇が遠くに行きかけた隙を狙い彼女の前に出た。髪が黒々と長い、海の流れにまかされて辺りを海草のような広がりをみせる、女のそれが容易に確認をさせなかった。稜が手を伸ばそうとすると、女は声を、海の中で声を出したのである。「あなた……あなた……探して、お願い……」驚いた拍子に大量の酸素が、彼の口元から溢れた。それが渦を巻いて海上に上がっていった。泡の隙間から見えたものに、更に興奮した。かつての三津子の面影を見たのである。女はそうして、かき消すようにいなくなった。父が今夢で見たものと、海の中で見たものとは同じもののようであった。シュウは苦しがる父の肩を抑え、「しっかりして」と何度も何度も声をかけた。次の朝。遅れて登校した。学校に電話するシュウは休むことを伝えていた。すると後ろから、起きてきた父が受話器を奪い取ってしまったのである。「もしもし、変わりました。保護者です。いえ、大丈夫です。すみません、遅れますが行かせます」受話器を置いた父にシュウは「だって、父さん昨日」と寝ずに心配させた原因を話そうとした。「わかっている」息子の気持ちは痛いほどわかるが、かといって何かが変わるわけでもない。今は一人にしてくれと言い放ち二階の自分の部屋に入っていった。シュウも歯がゆい自分を押し殺したまま学校へ向かった。
2010.08.17
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八シュウはわなわな震えた。跪いて焦点が合わないほど狼狽した。父が咳をして、苦しみながら体をおこしす。気がついたようだ。口から水のような透明な物が吐き出された。目は充血して真っ赤だ。我に返るシュウは父の傍に這って行く。父はまだ苦しそうに咳をしていた。どうしたというのか全く分からない。まるで水の中で溺れたような、それほどの、多くの水を吸い込んだ跡が見て取れた。「父さん!」背中を叩き摩った。「ゴホ、ゴホ……大丈夫だ……ゴホッ、エホッ」呼吸を整えて座りなおした。シュウも食い入るようにその顔を見つめた。鼻息が荒いシュウの様子に、父は心配ないともう一度言った。深夜の静かな時間が過ぎていく。そして父は今見たことを語り出したのである。「女性だ。女性をみた。いや……見たのではなく誘われてそこに行ったんだ」彼が言うのはこうであった。一杯引っ掛けてうつらうつらした頃、ぼんやりと提灯のようなものを持った一人の芸妓が店の中に突然現れた。玄関は開いていないはずで、どこから入ってきたのか分からない。ただ、その恰好からすぐにそうした類の女性だと分かった。昔島根の実家にいた頃、よく祖父が夜な夜な遊んでいたのを見ていたので芸妓がどういうものかは見れば大凡見当がつく。女性は扇子を帯から抜き取って広げ、ひらひらと腕で舞って見せた。顔こそはっきりとは見えなかったが、口元の赤い紅と、頬から首にかけてたっぷりと塗られた白粉は明らかに見て取れた。そこに怪しい魅惑の笑みを浮かべ、こちらに来るように誘ったというのである。父はただ誘われるがまま招かれる方へ付いて行ってしまった。見るとそこは、人通りのない暗い路地のようで、温泉街に敷き詰められた石畳のような固い足場が続いていた。芸妓が持つ提灯の明かりだけを便りに進んだ。しばらく行くと、先ほど以上に暗い場所についた。そして、明かりが消えたのである。父は「おいどこへ行く」と声をあげ、手で辺りをまさぐりながらその場に立ち竦んだという。するとなんだか息苦しくなってきた。「海だ、海中の中にいる」水の抵抗を体が感じる。水圧が間違いなく彼を覆いつくしている。何故だの考えるまもなく息が出来なくなった。そして今まで目の前が真っ暗であったところに、昼間にでもなったような程の明るさが現れたのである。口を押さえる父の前に先ほどとは違う女性の姿が見えた。しかし、苦しさのあまりに目がぼやける。体は自然と力が抜けてしまう。もがき苦しむこともなく、体の腕や脚はだらりとするばかりであった。「死ぬのか……そうか、三津子のところへ」そう思った時、女が父の顔を両手で支えたのである。はっきりとは見えなかったが、三津子のような顔にも見えたという。やがて意識を失い倒れたそうだ。ほとんど荒唐無稽の内容である。それでもあまりにリアルでしかも、この様子から察しても実際にあったとしか思えないというのである。父は畳に広がる水の跡を指でなでて、舌にあてがった。「しょっぱい…」確かに海水だ。肌にアワを生じる話。シュウは次いで声のことを伝えた。父は、黙って聞いていたが、祟りなのかと勘ぐった。海に入るなということなのであろうか。(今度は息子を狙うというのか)そう胸に嫌な予感を仕舞い込んだ。「とにかく寝よう。十分注意すれば大丈夫だから」次の日父は夜まで帰ってこなかった。何年かぶりに海に潜ったのである。シュウは昨日のことを思い出した。そして、前に父が言っていた聴心理学と関連付けようと考えた。二階の父の部屋に入っていった。最近はめったに使わない父の部屋は、それでもよく整理整頓されてあり、多くの本が壁や棚に並べられていた。すぐに本は見つかった。難しい専門用語が目立つ本であった。その中に空耳に関する項目があった。空耳には、実際の音の中にQ-Spoilerというツールが存在するという。自然界には存在しないツールだが、あるメッセージを異次元の世界から発していると考えられていた。それが、自然に聞こえてくる音の中に組み込まれる。聴心理学的には、かなり微妙な帯域となるため、ほとんどが聞こえないわけである。ただし、ある条件下に置かれたり、そうした環境を持った人にのみ音として現れるというのである。「メッセージ?」(昨日の耳鳴り?それなら一体何を僕に伝えたかったのだろうか)そう考えるシュウは父の今日が心配でならなかった。「父さんや母さんも聞いてきたというのなら、僕ら家族に何を知らせたかったんだ?」本は後に書かれているものは、シュウには難しすぎた。何かの計算や、分析データーなど習ったこともない分野ゆえ意味が分からない。最後のページはもっと分からないことであった。『戦闘神』聴覚による心理学考察であるにもかかわらず、宗教用語がわざわざ巻末に準備されていたからである。シュウは例の腕時計で検索してみた。仏教を護るために、様々な排他的な敵を攻撃する神のことである。帝釈天と戦う阿修羅や四天王の広目天、持国天、増長天、多聞天などであった。そして特に多聞天についてはより力を込めて書かれているように思われた。それは割かれたページを見れば明らかであった。それでも、平成の天孫降臨同様、ほとんど神がかった内容にシュウはすぐに本を閉じてしまったのである。しばらくすると、何か疲れきった様子の父が、ピーターに付き添われて帰ってきたのである。
2010.08.16
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七既に無線で知らせてあった。湾内は救急車が待ち構え、多くの人だかりが出来ていた。シュウは分からなかった。甲板の上に横たわる母の体に向かい、命一杯腕を伸ばすだけであった。アウアウといい、ママと笑顔でしゃべるその姿に、カークもピーターもただただ涙するばかりであった。ルイは鼻を赤らめて腕でぬぐいながら、船からロープを受け取った。葬儀が済んだ後、稜は仲間に船を降りると告げた。カークは時期が来ればまた会えると信じ、ピーター以外の仲間と共に日本を旅立っていったのである。「だからダメだといっている。もう、苦しみたくはない」そう父が声を荒げた。だがピーターも負けてはいない。「イツマデモ、ソコニコダワッテイタッテ、ナニモカワラナイ。モウ15ネンダヨ。コレジャミツコサンダッテウカバレヤシナイ」黙々と作業を続ける父。シュウは写真を見た。優しい笑顔の母をみて、思い切って言いだしたのである。「父さん。僕からもお願い。潜ってきて。今日学校で進路の提出がまだって催促された」「なんだ、そんなこと。出したんじゃなかったのか?てっきり終わっていたかと」「ううん。父さんの寂しい顔見ていたら、やっぱりこの家にいなきゃって」父は手を止めてシュウを見つめた。三津子の面影が残る優しい目をしていた。「父さんがしっかり立ってくれないと、僕だって前に進めない。母さんを想う気持ちは分かるけど、残された自分の思いはどうすんの?ロマンを追いかける夢は?僕に現実以上に夢に向かえって言ってるくせに、自分は勇気がなくその場所に踏みとどまるだけだなんて……」ピーターは意外な助っ人によって助けられた。稜はまた目を手元に戻した。シュウが話を続けようとした時、それをさえぎるように伝えたのである。「わかった。今回だけだぞ。そのかわり、手当てははずんでもらう」「オーケーオーケー!ワタシノブンヲアゲマスヨ~」手を叩いてピーターは喜んだのである。そしてむっくりと立ち上がり、急ぎ足で外に出た。玄関を出た彼は独り言のように英語を喋っていた。「It is so. He promised to go into the sea again. I was surprised.」すぐに仲間に電話をかけたと父には分かった。うっすら頬が緩んだとシュウにはみえたのである。父は食堂を始める準備をとシュウにいった。立て付けの悪い入り口を開け放ったシュウの目の端に、外の植木鉢近くで栄えた見覚えのある色彩が掛かった。身構えるそれはヤマカガシであった。「こんなところにも?」今朝の一匹だろうか。まだ小さなそれは瞳ばかりが顔を占拠し、あの時見たと同じく、鎌首をもたげ偵察をしているようであった。すぐに父に告げると、シャベルを持ってやってきた。「殺すの?」「普段は臆病な蛇だから向うから逃げるんだよ。でもそうでない時は危険だ。たとえチビでもな」しっかりと柄を握る父の横に立ち、様子を窺った。向うも同じ腹づもりらしい。舌をチロチロ出している。全く動こうとしないそれを、地面の土ごとさらったのである。何かの置物のようにそれはシャベルの上に乗ったまま動かない。父はゆっくり歩き、近くの用水路の上でひっくり返した。蛇はバサリと土をまとって流れの中に落ちていった。くねくねと体を回転させて空を仰いでから、またいつもの姿勢に保ち、悠然と下っていったのである。「珍しいよね。今朝も見たんだよ」「そうか。まぁこんな時代だが、自然もしっかり再生しているということさ」その夜、友達に返すゲームの最後を楽しんでいた。いつものようにベットの上でバーチャルの相手と対戦していると、一階で何かうめくような声がした。父は最近店の客間で寝ることが多い。最後の客を追い出してから、晩酌をしてそのまま寝入ってしまうのである。戸締りはシュウの役目で、客が帰った頃を見計らって閉めた。もう、下には父以外には居ないはずである。寝言だろうかと思い、ゲームに集中した。しばらくするとまた聞こえた。度重なる不審な声にシュウはゲームを強制的に終わらせて階段を下りていったのである。「どうしたの父さん?」シュウは父の様子を窺おうと食堂の電気を点けた。点けるなりその場で硬直した。 テーブルが立てかけられて畳の上に引かれた座布団のその上に、膝をついた恰好で立ったまま寝ている姿があったのであるだが、顔は上を向いた状態である。誰かが彼の顔を下から支えているような姿である。もしそこに人がいるのならば、何か語りかけているような、そんな感じに見て取れたのである。「父さん!父さん!」そういって身震いする体をよそに、敷居をまたいだ。すると、ふわっと生温かい風がどこからか入ってくるのを感じた。そして、耳が何かを捕らえたのである。父の言っていた笹の葉が触れあうような音。そしてその後に続く口笛のような音。それらがシュウにもはっきりと聞こえたのである。そして父はその場に崩れて行った。
2010.08.15
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六シュウが知る父の仕事は、海底よりそうした宝を引き上げることと心得ていた。当時は彼等以外に海底をさらう者などはいなかった。陸地の繁栄に埋もれるだけの生活が一般的であった。日本も戸惑いやためらいの中昔の環境を取り戻そうと必死だったのである。父がどうして過酷な仕事についたかといえば、ロマンがあるからということらしい。高校に入るやその話をこの食堂でよく聞かされた。ピーターも父の背中を見て経験した思い出を良く語ってくれたのである。漁師の祖父が健全だった頃、一緒に連れられよく仕事を手伝った父。その時たまたま、海水で腐食した銅鏡のようなものを網が引き上げた。それを大事に持ちかえり綺麗に掃除をした。年代などは分からないが、とても不思議な気持ちになったと当時を振り返った。手伝いで船に乗る度にそうしたお土産が増えていったのである。町の資料館や図書館の文献などで丁寧に照らし合わせた。貴重な歴史的発見かと思われるものでもほとんどが近代のものであった。だが父は欲におぼれることなく、もしかしたら古代の人との接点があるかもしれないと密かに思ったのである。海が、また空が、古より伝わるそれと同じように確かなものとして手の中で触れられることに、いつかはたどり着くだろうと。以来、飽くなき憧れが彼の中で膨らんでいったのである。海にはまだまだ、そうした過去に思いをめぐらせるロマンがある。ピーターとのやり取りで、それほどまで海に潜るのを拒ませるものは何なのか、リョウもよく知っていた。その決定的な事件のことをピーターが渋々手伝う姿をおぼろげに見つめて思い出してみた。「水の中で音をきいたことがあるか?」ピーターと潜った時に尋ねた言葉であったそうだ。丁度その頃だろう、母三津子と付き合い始めたのは。酸素ボンベで空気の吸引を繰り返す音やその二酸化炭素を逃す音、時々耳の奥の辺りで唾液を飲み込む時に発生する音や骨格がきしむ音がする。それ以外は静寂のはずなのに、稜の耳には何か別の音がするというのである。不思議に感じた彼は仲間にも尋ねたりもするが、同じ海で同じ音がすることはあるだろうが、異なった深海でそうした音が聞こえたためしはないと返されてしまった。キリキリと耳に障る音が聞こえた途端にそれは現れるというのである。何か、サワサワと笹の葉が揺れるような音である。そして、そのざわめきめいた音の後に口をすぼめないと出ないような高い音、空気が行きかう口笛のような音が決まってするというのである。それは明らかに、彼を誘っているような音であった。近づけば大きくなり遠のけば小さくなる。それ故にそう感じたというのだ。稜は陸にいる時はもっぱらその謎に迫った。第一にその異変に相談に乗ってくれたのが三津子であった。看護の学校を出てしばらく医療に携わっていた彼女は、健康診断で稜と出会った。その時医師に話していた耳閉感のような耳鳴りに似た症状を伝えていたのを何気に覚えていたのである。ハントがない間はもちろんダイビングのインストラクターをしていた。日本海は若狭湾。初心者でも楽しめるスポットで多くの若者が集まる場所である。三津子は初めて友達に誘われてきた。その時、稜をみて「耳鳴りの人」と言ってのけたのである。卑しくも先生にあたる者にそう言い放ったその場は、すぐに笑いの渦となった。稜は怒るでもなく返って気が楽になったという。水深四メートルを自由に行き来させた、極簡単なツアーを引率している時、また稜はその音をきいた。しかも同じ状況下に合ったのに他には誰も聞こえなかったのである。唯一彼女を残して。水面に顔を出した三津子は綺麗な海の中を十分に楽しんだという表情を彼に見せた。そして、耳鳴りのことを告げた。彼女も口笛のような音を聞いたというのである。本当に聞こえた。しかも自分と同じように。それから、書物を取り寄せたり、彼女は専門分野の先生に相談したりと真意を確かめようとしたのである。そこで手にとって見た本があった。『聴心理学』という本である。とても耳のよい著者が様々な音が意味する、その真理を解説したものであった。自分には様々な音が聞こえてくる。車が通る音。人が歩く音。鳥がさえずり、虫がなく。草木が揺れる音から海や山が叫ぶ音。そうした、『聞こえる音』以外に『聞こえてくる音』を分類しながら独自の解説を加えた、とてもユニークな解釈が目をひいた。そして、彼が知りたかった耳鳴りに関する記事を見つけた時、二人は驚いたのである。『時として聞こえるようで聞こえないもの、同じ空間にいてもそれが聞こえるものは、少なからず悟りが開かれる瞬間。悟りとは迷妄を智慧の力によって解脱される領域をいう。つまり、感覚的に聞こえるのではなく啓示として選ばれたものだけに与えられた能力である』驚きながらも納得した。そうしないと気がふれやしまいかとさえ思えたのである。それから二人は付き合い始め結婚した。父二十七歳、母二十五歳の時であった。結婚当初も母は稜の仕事を理解してくれていた。世間で言う墓荒らしなどという野暮ったいものでは決してなかったからである。看護の仕事もやめ、変わりに船に同伴する道を選んだ。船内で紅一点の彼女は船乗りの健康を管理する役になった。食事も作った。数多くの宝を探し、二人はその魅力の虜になった。夫が探す。カークや仲間がそれを引き上げる。妻は夫の帰りを待って、船の上で祝杯を挙げる。その連続が何よりも心に刻まれていった。陸の上で繰り広げられる無意味な政治などとは疎遠な、どこまでも自由な世界があったのである。だが、その幸せは長くは続かなかった。クルーに加わって三年、待望の子供を授かった。シュウである。それを気に彼女は陸での生活を余儀なくされた。そして、彼らへの感謝の意味も込めて喫茶店を経営したいと伝えた。航海の無事を祈るだけではなく、帰ってきた後のねぎらいを手料理をもって迎えてあげたいという一身である。稜ももちろんOKした。クルーは寂しがったが、事情が事情ゆえ応援しようと意見が一致した。シュウがもうすぐ三歳になろうという時である。三津子が久しぶりに海に出たいと言い出した。子育て一本きりでがんばってきた彼女も、育児の一息がしたいのだと、稜はすぐに海へ出向いたのである。息子はピーターやカークやルイが面倒を見てくれた。ロベルトが出す船にカークに抱かれたシュウは手を振った。「すぐにもどるわよ」船の上で満面の笑みを見せて記念写真をとった。「これが最後になるかしら?」「どうしてさ?大きくなったら、また探せるよ」「そうだけど、ほら、最近政府もうるさいでしょう?」「関係ないさ」「まぁね」ロベルトは合図した。「スイシン30、リョウニハモノタリナイガ、ミツコニハキビシイゾ」親指を立てて二人は背中から海に沈んでいった。久しぶりの水中の感触。首や腕、脚などひんやりと冷たい海水が彼女を取り巻く。導かれるように下へ下へと沈む。懐かしい圧迫感。耳鳴りがすると上手に耳抜きをする。潮の流れは緩やかである。日光が十分にそこまで降り注ぐ。静かな、空虚の海底を眺める三津子に稜は手招きをした。魚の群れである。ぶりであろうか、大きな魚体を小さく力強い尾びれで水を蹴って進む。その速さに目を奪われた。まもなく海底というときである。二人はまた音を聞いた。今度は、今まで以上にはっきりと聞こえたのである。その音に誘われるように三津子は降りていった。稜は久しぶりの彼女の潜水にためらいはないもののうかつな行動は無理が祟ると思い合図した。しかし彼女は無反応で何かに取り憑かれたようにひたすら進んでいった。その時である。背中が黒く、腹の辺りから黄色が鮮やかに伸びる奇怪な姿のものが彼女の横を通り過ぎた。セグロウミヘビ、人間を死に至らしめる強い神経毒をもつ海蛇である。とっさに稜は身の危険を伝える彼女の前方を回りハンドシグナルを送ろうとした。だがすでに蛇は彼女の首に食らいついたあとであった。「みつこぉぉぉ!!!」
2010.08.14
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五父は黙って障子を張り続けた。ピーターもそれを手伝っていた。二人がこうして仲がよいのはシュウのおかげでもある。小さい時からかわいがってくれたピーターは小さな弟が出来たと喜んでくれた。父が忙しい時は二階で面倒を見てくれたものだ。 シュウは今日はどうしたのか尋ねた。「シュウカラモセットクシテクダサイヨ。スクールノセンセイガ、グアイガワルクナッテシマッテ、カワリニダレカインソツシナケレバナラナイデス。ボクハモチロンイキマスガ、モウヒトリデナケレバナラナイノデス」事情が分かったが、父は断り続けているという。作業をする父の後ろに立てかけられた写真の中には幸せそうに笑う、ダイビング姿の父と母が写っていた。今から二十二年前……稜は今日も海の上だ。日本でも屈指のダイバーであった彼は、とある船長にスカウトされたのである。その初の搭乗であった。船乗りの中で冷静で口数の少ない彼は狭い船内で独りせっせと働いていた。彼の乗る船はいわゆる漁船の船体でもなく、クルーザーというような豪華なものでもない。船の横に書かれた『Navire au trésor』というものとは程遠い作業船であった。そしてその船の中では「次なる獲物」、という言葉がよく聞こえた。時々船尾がうねりを上げ船首が反動で傾く状況でも乗組員はかまわず想像をめぐらしていたようであった。「オフコース」船長が決まって皆に言う台詞であった。稜以外は皆外国人である。船長は、このパーティーを指揮するフランス人である。考古学に精通していた。ヨーロッパはもとより、オセアニア、キューバ、インド、そしてアジア圏もの古い遺跡に明るかった。舵を取る彼は皆にカークと呼ばれていた。イタリア人のロベルトは海洋学に長けている。海を知り尽くした男であった。船長の操縦を補佐し時には難しい海域を数々の経験で培われた分析と感で切り抜けた。ルイはイギリス人で冒険家だ。度重なる危機の中でいかに生き抜くかを常に心がけていた。得意な分野は海の危険生物などの他、地質学や物理に詳しかった。まだ見習いのオーストラリア人のピーターは稜の後輩に当たる。見習いダイバーとはいってもメカにはめっぽう強い。解体したエンジンなど手引書がなくとも組み立ててしまうほどである。彼らは世界でも認められた、トレジャーハンターなのである。稜の身体能力は世界屈指で、そのダイビング能力は誰もが驚くものであった。ブラッドシフトに特異体質が働き水深百メートルを優に超えて潜れたのである。海底まで五~六十メートルがもっとも彼等が得意とする水域であった。何千メートルもの深海に沈んでいるとされる豪華客船や戦争当時に略奪品を運搬していた大型船などの引き上げは彼等のターゲットではない。専ら美術品や考古学的に価値のある品々のみを探していたのである。比較的浅いそうした場所に多くの宝が埋没していた。理由は密輸を目的とした小型船の往来が頻繁にあり、その途中で難破や襲撃にあい海の藻屑となった事件が数多くあったからである。沈没後の引き上げは海上保安当局により監視され、勝手になされることはなかった。だが何十年もそうした警備が続くわけもなく、今はほとんど野放し状態であった。もっとも、かつての取引者も一部腐敗しているだろうそれに、お金をかけてまで引き上げる労力を嫌っていた。トレジャーハンターはそうした中で政府にも働きかけ、自由に捜索することを可能にした。稜はだから余裕でその場所に潜ることが出来た。誰もが出来る仕事ではなかったのである。ライトで辺りを照らし彼が探す姿を、アシスタントのピーターが、大きめのライトを装着した撮影カメラをもってレンズに収める。海上で待機する船長が宝の有無を確認するといった按配であった上からの指令は全て耳に刺してあるイヤホーンに集約される。今回は水深三十メートルという浅場である。ダイバーの吐き出された酸素が海面に向かい浮いていく。すると、ルイがなにやら怪しい珊瑚を見つけた。通常のダイバーであれば気に留めない、クシハダミドリイシなどのテーブル珊瑚やごつごつと海草を付着させた岩であっても、彼の目には不自然なつくりであると見極められるのであった。「ソノシタ、カメラデアップシテクレナイカ」やはりである。多くの小枝や小突起をだして伸びる珊瑚の群生の中でぽっかりと穴が広がった領域が見えた。チャネルである。そこに、真っ直ぐに、ほとんど人口的であるのがわかるような隆起物がみえた。カークもすぐにそれが船体の一部であることを認めた。「ケッコウオオキソウナフネダナ。レイノダロウカ?」ルイがそう言ってカークの顔を覗き込むようにみると、何かを勘定しているようなそぶりを見せていた。そして思い立ったように指示を出した。「シュウ、ソノトッキカラ、シタマデ、ヨンヒロアルカハカッテミテクレ」あえてフィートではなく尋を使うところが洒落ていると稜は思った。「イエッサー」そういってすぐに調べにはいる。ルイの読みどおり中型の船のようである。船首を上にした状態で垂直に立っている。砂地に残りが埋まっているのであろうか。このままではわからない。ただ、横幅から見ても漁船のような感じがした。「カーク、流石に艫(トモ)が埋まっていて船体の長さまではわからない。推測だが四から五尋はありそうだ。まって……」そういって息を潜めた。鮫だ。ルイは画像に映ったそれを注意深く見ていた。ハンマーヘッドシャーク。通常群れを成して泳ぐそれはこの亜熱帯の海域ではさほど珍しくない。二メートルのそれがいるというのはまだ成体の群れが近くにあるのだろうと簡単に推測できた。ルイはロベルトに海図で地形を探らせた。海の凪具合と天候からみて、この一海里あたりは格好の餌場になるだろうと読んだ。ピーターはゾクゾクした。普通の鮫ならともかく、やつらは獰猛であることぐらい知っていたのである。カークは作業を急がせた。クルーの命は宝以上に大事であったのだ。鮫をやり過ごして、埋まっているだろうそこへ赴いた。「カーク見てくれ……」そういってピーターに手招きをして、気になる場所を指差した。画像に映るそれは砂地埋もれているのではなく、岩礁が左舷にがっしり食い込んでいるようにみえた。長い年月と水中の流れの影響でここまで流された結果、やがてこの場所にうずもれたようである。カークはすぐにクレーンを下ろす作業に入った。岩礁の一部を持ち上げて下の空洞を広げようというのである。皆が手伝って錨のようなものをシュウのいる辺りの下げた。「シュウイイカ、ソイツヲウマイコトガンショウノキレコミニイレテ、ハサマセテミルンダ。アトハコッチデヒキアゲル」作業はうまくいった。白い石灰質の水埃を巻き上げて岩礁が砕け落ちた。しばらくすると水の色が落ち着く。透明度が戻るその中に、消された記憶を開放するかのごとくうずもれた船尾が、現れたのである。シュウは高まる心臓の音を響かせて見下ろした。小魚やうつぼが驚いて浮いてきた。それが、シュウの目の前を勢いよく飛び出して、ピーターの身体の周りをくねらせながら逃げていった。シャフトの辺りが海底についているようである。エンジンを切ったロベルトも画像に釘付けとなった。すぐにシュウは全長を調べ報告した。カークは頷き、船の側面か選手にどこかに曼荼羅のようなマークが掘られていないか探させた。すぐにそれは見つかった。フジツボが付着する甲板の真ん中辺りに胎蔵曼荼羅が略式で描かれていたのである。シュウもこの旅の前にカークから読まされていた本の中にそれを見て知っていた。「マチガイナイ、レイノレックダ。トウソウジニナンパシタ。『山からの王』ソノタカラガアルハズ」西暦700年代後半、シャイレーンドラ王家はボロブドゥールとして残っていた遺跡。宝はその王朝の廟にあったとされる三界の思想をモチーフにした版画のことであった。カークはその版画を保存したとされる頑丈な箱を探させた。船室が見えた。中はかなり痛んでいる様子である。寝室の床板は全て取り外されていた。おそらく、沈没と同時に浮き上がってしまったのであろう。船底に優に入ることが出来た。シュウはこの傾き方からもし残っているのであればかなりしただろうと考えた。耳抜きを更に慎重に施して沈む。後からピーターもついてきた。少しミシミシ響く。先ほどの碇で崩れた部分に不安定さを生んだようである。回りを確かめながら行くと、狙い通りのものがあった。画面をみるや、カークは「ブラボー」と手を叩いた。そしてすぐにピーターをあげさせ、ロープを下に送り込ませた。こうしてトレジャーハントの仕事が始まったのである。
2010.08.13
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四昼食の時、シュウは仲間に今朝の写真を見せた。机の中に埋め込まれるコンピューターに転送すると、その画像がすぐにモニター化された。例の理事を映し出したオーシャンスクリーンの小型版である。仲のいい仲間や早めに昼食を取ったものがシュウの周りに集まってきた。モニターに映し出されたそれは立体的なものでまるでその場に浮いているように見えた。「シュウ、コレナンダイ?」仲間の一人が目をこわばらせて尋ねた。「ヤマカガシ、別名カガチ、昔はツチノコ伝説とかかわりがあったらしいよ」「ナンカ、イロガスゴイナ。ハデデミンゾクイショウヲキテルミタイダ」「毒あるの?」女子まで見に来た。少し恥ずかしそうにしながら伝えた。「首の周りにあるみたい。頭の後ろに頸腺という分泌線があって敵に襲われたらそれを放出するらしいって。待って」シュウは更に解説文面をたどった。「奥の歯の辺りに、ドゥベルノイ腺という腺が来ているから、噛まれても毒に犯されるって」「どんな毒なの?」皆興味津々のまなざしで見解を待った。「血液毒。咬まれればすぐに出血が始まって歯茎から血が出てくる。毒は体内を巡り腎不全さえ引き起こし、手当てが遅れると……死ぬって」「こわ~い」誰もが顔をこわばらせた。その時休憩時間を利用して学内から通信が入った。彼らが見ていたモニターに映し出されたのである。「戸張君、お昼休み中に悪い。進路科の先生が呼んでるので、職員室まで来てくれ」こうした通信は誰にでも入った。シュウは先延ばしにしていたので遅い方であった。朝の友達は冷やかしたように言った。「なんだ、シュウ。まだ出し惜しみしてんの?早く見せてやんなよ、大和魂ってやつをさ。あはははは」「からかわないでくれよ」そういって机を強くたたいてモニターを消した。集まっていたものもクスクス笑い彼が出て行くのを見送った。丸い顔の、髪がないためによりはっきりと丸さが誇張された罪のない笑みがシュウを出迎えた。部屋に入りその先生の前に座らされた。シュウはないも言わずにうつむく姿を続けた。先生も向かいいれた時と同じようにニタニタと意味もなく笑っていた。「ところで、戸張君。君だけがまだ、進路の報告をしていなかったですね」「……」「どうしたんですか?」「別に先生は困らんが、君やお父さんがこれでは困るでしょう?来年は成人式があるし、その時には皆の前で自分がどんなことをしていくかはっきりと提示するルールがあることはしっていますよね?」「はい」先生はまだニタニタとしている。しかし侮辱や余裕を見せているのではない。こうして生徒をあざけって楽しんでいるのでもない。彼の癖なのだということはシュウも知っていた。「では何でまだ出さないのかな?」また黙り込んでしまった。「平成の天孫降臨は知っていますよね?あれ以来わが国も大分事情が変わりました。神の教えの元、我が校も教育理念を政府と諸外国の助けの中、足並みを揃えてきました。慣習といわれればそうでしょうが、そのおかげで日本がよい方向に向かってきているのも事実。われわれの努力と先輩たちの決断と強い意志のおかげで君たちもこうして生きていけるのですから。だからこそ進路の決定は大事なんですよ」シュウはそんなことは当然わかっていた。わかっていても尚決め兼ねていたのである。急かされる事に気を使う彼は、自分でも解決できなくなると皮肉ったことをつい言ってしまう。本心であっても別の言い方があっただろうと後悔することも多い。彼は今回もそう、口にしてしまったのである。「その話は知っていますが、実際に見たわけではないんで……」先生の笑顔が急に寂しい顔つきに変わった。まじめに受け取ったようである。「見たものしか信じない。昔の学者みたいなことをいうのですね。それもいいですが、全てを見ることはできない。どうかな?」シュウは答えられなかった。ただ一言「明日お伝えします」とだけ言うのが精一杯であった。自宅に帰ってきた。今日はスクールの仕事はないはずなのに、父の仲間の一人が来ていた。「オカエリナサ~イ。シュウ。ドウチョウシハ?」彼はピーターといって父の後輩であった。「オヤオヤ、ゲンキガナイデスネェ。ガッコウデナニカアリマシタカ?」この地域にいる外国人はみな日本語が達者である。ピーターもそうだが、難しい漢字でさえ読み書きが出来るほどである。それも、父、稜(りょう)の特訓を受けたからでもあったとピーターは言う。「ピーター悪い、その戸棚の上にある半紙をとってくれ」父は破れた障子を直そうとしていた。シュウは裕福ではないこの家がとても好きだった。進路が決まらないのは決めたくないからであったのだ。母と父がせっせと作ろうとしたこの店。そして自分を大切に育ててくれた母の面影と、今尚自分の成長を見守ってくれる父。この家にいる幸せ以上に愛情を感じていた。だからこそ、皆が行きたがる都会や、自分を自分だけを高める大学などに進む気が生まれないのである。世の中は変わった。変わってもこの家はどうだろうか。半世紀前と変わらない家のつくり、ゲームを貸してくれた家と比べても歴然である。変わらない何かが、根本的に変わってはいない何かがあるのだろうとシュウはおぼろげながら感じ取っていたのである。ピーターが半紙を取ろうとしたとき、その上に一緒に乗っかっていたものがボトリと落ちた。少し埃が立った。文集である。ものめずらしそうにピーターはそれを開いた。「オー!コレ、シュウノネ。サクブントイウモノネ」すぐにそのページを見つけることが出来た。シュウは嫌がらずそのまま読ませてあげた。自分でも何を書いていたのか忘れていたのである。『もし地球にいる人々が一斉に立っている場所で思いっきりジャンプしたらどうなるの?地球はへこんじゃうの?』『もし世界中の空気を吸い尽くしたらどうなるの?』ピーターは意外な内容に大笑いしていた。「アハハハハハ。シュウハ、キソウテンガイナカンガエヲ、モッテイルンダネ。アハハッハハ」奇想天外でもなんでもない。彼は純粋にそう思っただけなのである。誰もが科学的な答えをすぐにでも用意出来る愚問であっても、わずか小学生の頭で思い描いた素朴な思いなど今の日本人いや外国人でも気がつくまい。(そうだった……そんなこと考えたっけ)そこにはかつての自分がいた。真っ白なままの自分。それを思い出すと、急に寂しくなった。今日の先生に反発した自分を恥じた。
2010.08.12
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三突然友達は大きく蛇行した。しかも体をのけぞらせて声をあげた。「うわぁ」シュウは彼が通った付近を振り返った。見ると珍しい、一匹の蛇である。丹後は久美浜の忘れ去られた海を湖にした湾内の、ほとんど内陸側に面したところに如意寺という奈良時代から続く行基菩薩ゆかりの寺がある。不動堂という見るものを圧倒させる建造物はまだ仏事を理解しえないシュウであっても心を惹かれるものがあった。まだ、美しい景観を見せるこの地にこうした生き物がいることはさほど珍しくはないが、それでも滅多にみないのも事実である。友達はシュウの家より大分港寄りなので蛇を見るのは小学生以来であった。シュウですら中学生の時に一度きり見ただけである。その唐突な出会いに立ちすくんだ友達の前に、シュウはすぐに割って入り、腕に巻いた時計を突き出した。ゆっくりと外周にはめられたダイヤルを回した。カシャリそしてダイヤルを再び回しなにやら細かな作業を繰り返した。友達もそのしぐさをそばで見ていた。蛇は動かずじっとしている。というより首をもたげ二人の姿を偵察しているようにも見えた。シュウはそして言った。「ヤマカガシ」襟首に黄色の帯をぐるりと回し、全身を緑に覆い尽くした中に、赤と黒の斑点を交互につけたそれの名前である。目が顔の割りに大きい。シュウの言葉に友達も感心したが、すぐに顔色を変えた。「うぇ……なんだかすげぇいるぜ」京都の中心から越してきた彼にとってはやはり気持ちが悪いの一言のようである。見ると横に小さいながらも、大きいそれと同じ模様をした蛇が何匹もいるのである。シュウにはそれが親子のように見えた。そして、この場は彼らに譲るべきだととっさに感じたのである。二人で後ずさりして、道の反対側を通って学校へ急いだ。カーブを回る際に、シュウはもう一度彼らの様子を確認してみたのであった。親の口から赤く長細い舌が見えた気がした。寸でのところで門が閉められてしまいそうであった。いぶかしくゆがめるその顔に、げじげじの眉を吊り上げた一人の先生が如意寺の仁王のように待ち構えていた。「はようせい」他の生徒はそのほとんどが既に校舎内に入ってしまった後である。教室に入ると、まるで外国にでも来たような感じを受ける。シュウの通う学校も日本に住み続けている外国籍の生徒が多い。しかし、世に言うインターナショナルスクールではない。公立である。アメリカやカナダ、韓国や中国の国籍者が多い。イギリスやフランスから来ている場合も多少あるが一番少ないのはロシアであった。国際化という言葉で片付けられてきたこの人種の坩堝は、大人の政治が産んだ勝手ではあるが、国境のないこうした出会いの多さを生徒達はそれでも大いに楽しんだ。何十年もの歳月をかけてこうした環境を作ってきた。日本に多大な貢献をしたという国はビザ無しで自由に入国できた。多大な貢献とはつまり資金援助である。日本の政治はかつての自民や民主などが争った時代はなくなり、変わりに新しい派閥を生んだ。大和派閥、環境保護派閥、仏神実現派閥という三つの政党が立ち上がったのである。大和は従来の残党の寄せ集めであるが、中でも人間の理想は自由にこそあるというものと、生活の発展は未来に不可欠であるという躍進を掲げるものであった。いわゆる革新系統である。環境保護はその名の通り、グローバルな保護をうたっていた。それでも内部は二分しており、あくまでも人間の社会生活を第一に考えた上でなされなければならないというグループと、生活の自粛、無駄や贅沢を失くすことを訴えつつ環境を守るグループとの対極の場を作っていた。神仏の歴史を尊重する仏神は、文字通り日本の宗教を前面に押し出したものである。古来の考えこそ真理であり、そうした慎ましき生活の中でこそ幸福はやどり、未来を照らすという解釈である。だが、様々な宗教の母体が存在するのも確かで党としてまとまるには不十分なところが多かった。実際には習合という合理的な考えに賛同できない団体も多くあり、また、同じ宗派でも本質や伝統が異なると互いに退け合う場面すらあった。それでも、五十年もの月日をかけてようやく独り立ちを許されたのである。各国がその自立を認めた時代にシュウは学校に入ったのである。朝礼が始まる。クラスにつくが早いか生徒の机が一斉に校庭に向けられた。自動式の卓上は使用するものの体型に合わせて高さが調節される。そして、授業が終わるまでは勝手に席を立つことさえ出来ない。窮屈なそれは、小学校から、それ以前から踏襲されていた。ゆえに誰も文句を言うものはなかった。そして、今から始まる全体集会も慣習である。校庭の地面より巨大なポールが立ち上がり、その上部に掘られた溝の中から光の散乱を放ち始めた。やがてその距離の中に大きなオーシャンスクリーンを映した。透過型の画面にはこの学校を運営する理事の顔が導光され浮かび上がった。机に設置されているスピーカーからその話を聞くというのが朝礼である。時間にしてわずか数十分、次いで校長の話が始まる。二人は専用の部屋からカメラの前に座り話をするのである。公立でも必ず理事がいる。それは学校というものを運営するために資金を出してくれた人物がいるからである。国に予算がない以上誰かが出資しなければ学校は機能しない。全国の小中学校もそうであった。シュウの学校ではカナダ出身者が協力していた。その息子がゲームを貸してくれたのである。校長は仏神実現派の系統であった。だからか、常に古文書からの引用で講釈を述べていた。次に、その週の代表学長からの諸注意と連絡が入る。および生徒会からの報告という流れで構成されていた。そして、以上のものを聞いた上で話の内容を端的にまとめ卓上からすぐに送信するといった手間までが朝礼であった。あまり押し付けがましい教育は個性をなくすばかりか自主性を欠くと当初は非難を浴びたが、画一的な方法はむしろ幼年期からの弊害であって、もうすぐ成人となる十八に向かう今ではかえって規律があった方が良いと校長も理事も政府に意見を述べたそうである。その成果もあり、この学校にはかつての不良という者は全くいなかった。ただし、特出した何かを備えたという者がいなかったのも事実である。バランスの取れた人間をより多く育成する。確かにそれが今の日本を築いてきたのである。
2010.08.11
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~荷担~ニある年のこと。「シュウ。早くしねぇと遅れるぜ」「分かってる」二階の座敷でつぶれてほころんだ鞄の中に筆箱やらノートやらを急いで詰め込みながら返事をした。日本家屋の随分傷んだ玄関の傍で、声をかけた青年がひょろひょろとした線の細い体を、肩で左右に揺らしていた。「もう、遅刻しちゃうよ。今日の日直は怖いんだからさぁ」年季が入り垢や煤で黒くなった階段を威勢良く下りてくるなり、「いってきま~す」と一階で新聞を読む父に向かい挨拶をしてから玄関を飛び出した。「きいつけてな」客席用のあがりで紙面に目を落とす父のいつもの返事である。高校二年になるシュウは父親と二人暮しであった。決して裕福ではないながらも、その生活には満足していた。唯一つ贅沢を言うのであれば、もう一度母に会いたいということであろう。まだ三歳にもならない時に彼の母は不慮の事故で亡くなった。顔は微かだが覚えている。笑顔の絶えない頬の緩みに薄い唇が伸びる印象を持っていた。母の面影はそれだけで十分であった。父は最初は遺影を眺め何も手につかない様子であった。これからの生活を楽しみにしていただけに、自分の形見を残して逝ってしまったことが悔しいばかりであったのである。それからというもの、大好きであった、そして仕事としていたダイビングもピタリとやめたというのである。幸い彼女との生活が始まってから貯めた蓄えのおかげでシュウが大きくなるまでは何とか食いつなぐことが出来た。贅沢さえしなければそれでも一階で経営する小さな食堂ぐらいの仕事でも十分であった。妻の三津子がやりたがった喫茶店とは行かないまでもその願いをかなえたつもりでいたのである。そんな中、シュウも高校へあがるようになると何かとお金がかかるようになった。そればかりではない。貯蓄もほとんどなくなってしまったのである。またこの周辺に住んでいた若い人々も、いよいよ都会へ行って仕事に就くことになった。今の政府より、ようやくつくられたこの流れを、誰もが待ち焦がれ、期待していたのである。こうなると食堂に足を運ばせるものは夜の近所の年配者ぐらいしかない。当然収入もなくなり、今の生活が立ち行かなくなるわけであった。仕方がなく昔の伝を頼りにスクーバダイビングのアシストインストラクターの仕事を世話してもらった。といっても水の中に入るのではなく陸上での任務という条件をこちらから願い出たのであった。彼を知るものはその仕事の内容にただただ驚きと嘆かわしい哀れみの目で見た。父はそれでも忸怩たる思いはしなかった。さばさばとした様子で仕事をしたのである。シュウは父の本来の仕事のことを高校に入ってから知った。どうして海に潜らないのかもようやく知った。だからか、悪くも言わなければ不平も贅沢も言わなかった。よく日焼けした、がっちりと背の高い父を尊敬していたのである。短く刈上げられた襟足に少し汗を流して友達と小走りに進んだ。父親譲りの体格のよさはがっちりと、というよりも、むしろスポーツマンらしい健康的な骨格と筋肉を見せていた。まだ少年のあどけなさを残した顔つきの中には、これから起こり得る事象に対する免疫などは全くないほど、純粋で懸命に謳歌しようとする青春へのひたむきさを見せていた。「もうさぁ、いい加減、ゲームの貫徹止めたら」「……」「せめて、休みの前の日だけにするとかさ」シュウは最近仲の良いこの友人から借りたゲームに凝っていた。普段は学校の部活と、帰宅後の家の手伝いとに追われ、夜は十時近くにようやく宿題などの課題が出来るわけである。自分の時間などというものは無理して作らない限り生まれてはこない。眠そうな目をこすり、二階のベッドの上でゲームに興じる頃は深夜を当に過ぎていた。シュウの暮らす日本はこの数十年間で大きく変わった。かつては世界でも指折り数えられるGNI保持国であった。開発も研究も、そして生産も大国には惹けを取らない強国であった。ゲームなどというものは個人に何台もあったという。それも忌まわしい過去の惨事以来すべてが変わってしまったのである。シュウはそのことは良く理解ができていなかった。あまり頓着しない極普通の青年の考えでしかなかった。また、友達から借りたそれは日本製などではなく、友達のものでもなかった。たまたま、持っていたその友達の知り合いが飽きたのでしばらく貸してもらったものである。た。スキーのゴーグルを大きくしたようなメガネをかけて、手には専用のキャップを装着する。ワイヤレスで操作するそれで、様々なゲームが楽しめた。そのメガネに映し出される映像がバーチャルのように目の前にあらわれ指を器用に動かすと自分のポジションを替えることが出来た。チェスやオセロはもとより、シューティング系やシュミレーション系のゲームも出来た。メガネは高性能の電子頭脳が組み込まれていて、遠く離れた別のプレイヤーとも対戦できる通信システムすら備えられていた。父はそのゲームのことは知っていた。自分が育ったときには全くなかった物が時代と共に宣伝されていくのを見てきた。父の父、つまり祖父は健全だったころ、そうしたものを産むことがまた同じような結果になると絶対に触れさせなかった。だからか、目新しいものであっても決して欲しいとは思わなかった。代わりに古めかしいものや書籍などに描かれたものへの憧憬が深かった。ただ、シュウには自分がしてこなかったからという理由で同じ考えを強いるのは良くないと思い、自由にさせていたのである。むしろ、経験は何でも受け入れろというのが彼の口癖であったくらいである。「今の面がクリアーできたら返すよ」「いや、別に返して欲しくっていったわけじゃないけどさ」もうすぐ学校である。彼の通う学校は家から走れば二十分も掛からない。その気を許せる距離が遅くまでゲームの誘惑に浸らせていたのである。「いいよ。もう飽きてきたし」友人を気遣い、また、最近こうして朝の無駄なジョギングにつき合わせてしまっていることに申し訳なさを感じていたのである。
2010.08.10
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~新小説・連載開始~7/31執筆開始連載8/9スタート 『僕が僕でなくなるとき』~きっかけ~一外が騒々しい。城の中にいた女が、周りのものに尋ねた。「かしましいぞ。何事だ」上空の藍色に染まるその光を取り込むわずかな明かりが、天窓を通し仄暗い城の中の怪しく縁取られた椅子にもたれかかるように座る女の顔を照らした。うなだれた頭をゆっくりともたげ、山姥のように乱れ散る髪をそのままに、その銀の前髪の中からくすんだ瞳を露にした。ここに来てから、ついぞこうした落ち着きを失わせる出来事はなかった。平穏こそこの地に追いやられた女の、唯一の慰めであったのである。ただ、この世界の入り口辺りでは、次々とやってくる客人たちの、そのざわめきで女の気が触れてしまうであろうと、そこからはるか遠くのこの島に籍を置くことが許されたのである。あてがわれた城は城壁や堀のようなものはなく、ただ入り江に面した高台に、王宮を思わせる表門を仰々しく置き、また硬く閉ざした上でその奥に、恐々と聳え立っていた。李朝様式の反り上がった屋根瓦は無残にも穴が開き、それとは反対に色彩が派手で明るく縁取られた梁や柱が、緑や朱色をもって城であることを主張させていた。それは一見するとこの世界でいたずらにその存在を鼓舞するかのごとく見えた。それでも一部はやはり折られ、あるいはひどく色が剥がれ落ちているほどであった。名ばかりのそれはみすぼらしい城であった。全く静かな、血のように赤く染まった海は、荒々しく時化ることもなく常に凪の平静を保っている。そして時折聞こえる小波の音だけが女の心を和らげた。女は気難しいわけではなかった。昔を思い出すまいとする気持ちとそれでも自分を楽しませてくれたことへの未練とが交差する、寄せては返す波のような迷いこそが女の姿を作ったのである。最初の召使いは女の心情を知らないがために逆鱗に触れ、その力によりこの世界から消滅さえられたそうである。魂の拠りどころとされ、唯一住まうことを許されたこの世界からの抹消とは、考えてみただけでも恐ろしいことであった。流される瞳が、一人の家来に向けられた。「どうやら、裁きを受けて大量の受刑者が送り込まれたようです。数にして何百万といるでしょうか」その家来は別の家来から、またその家来は別の家来からと数珠繋ぎに聞き取った情報であった。それを知る女は「情報の出所をここへ」といってまたうなだれてしまった。やがて鬼車鳥(キシャチョウ)が部屋に通された。この世界を自由に出入りできるその鳥は、様々な悪気を身に溜めることを目的にやってきては、それを体中に十分に染み渡らせて休息をとっていた。ちょうど一回りする頃の中継点が女の島であった。そして、鬼車鳥がもたらすといわれる恐ろしい呪いとは、羽をばたつかせる際に不逞な妖気を纏った風を起こし、疫病を振り撒くことからきていた。上空を飛び回っていた鬼車鳥がなにやら今までにない邪魂の数を捕らえたという。腹をすかしていたところに舞い込んだそれは十分な栄養となり、やがてこの島へたどり着かせたのである。更に鳥が言うには、近々、遠方より来賓があるやも知れぬという。血の海を渡る一艘の箱舟がこの島を目指しているらしいのだ。女は黙ってその話を聴いた上で、小指の関節ほどの骨をその前に放り投げた。褒美である。奇声を上げてそれをついばむと、通された場所ではなく、ひと際高い位置にある天窓に向かい飛び上がった。窓の縁に脚をかけて外に出ようとした時である。女は例の目をギロリと光らせた。強い力を加えた瞳は鬼車鳥の、飛び上がったその体を停止させた。そればかりではない。金縛りを引き起こした上に、その体にめぐる血や細胞の循環、そして呼吸をも止めてしまったのである。女がした理由は、自分が一番気に入っていた場所を、自分の都合で断りもせず使おうとした態度、その勝手さが癇に触れたのである。そこは、女の羨望を忘れさせまいとするこだわりを備えた、特別な意味合いを持っていた。久しく使っていないその業は、衰えもせず、未だ健在である。家来の者は見せ付けられた。彼等は心得ているように、落ちてくるであろうその下に回った。上から落ちたその残骸をその一人がすぐに片付けた。また、静かな城内に戻ったのである。引いては寄る波の音が幾たびも繰り返されたある時、女のところへ家来が急ぎ足に近づいた。女は血潮の臭いをすぐにかぎつけた。家来が言葉を放つ前に立ち上がったのである。「ほう、キシャが言っていたのはアヤツのことか」落ち着いた様子は、家来を不思議がらせた。あれ程の者が来たというのに動揺すら見せなかったからである。しかも、虚勢を張っている風もない。この世界においてはごく自然な、あるいは彼女ゆえ至極当然な態度であったようだ。「久しぶりですなぁ。姫」女を姫と呼ぶその男は、家来のことなど眼中に無いようで、勝手を知ったようにずかずかと中に入って来た。そして、女を見るなり口をきいた。体は門の一番高いところに背が届くほど大柄で、着物の隙間から見える黒い筋肉質の体はつややかであった。顔は恐ろしいほど彫が深くそのせいであごが突き出していた。喋る度にちらりと覗かせる、折れた下あごの牙がかつての栄光を窺がわせた。「五陰のあるじか。それがこんな世捨て島に何用である」「『世捨て島』とは、いとおかし。世とはもはや相容れぬこの地。それを申すならば『果ての島』ですぞ。あははは」余興のようなしゃべりはこの大男のお株であった。そして、そうした笑いを作った時は決まって何か画策を打ち出す準備をしているのである。女もそのことを以前から知っていた。「成れの果てか、ふん。今度は何を持って参った」女はまた椅子に腰掛け伏見がちの態度を見せた。だらりとするその様子に、五陰の大男は大きな音と振動をもたらして胡坐をかいた。すかさず深いため息をついた。「いけませんな、その虚像。かつての」「いうな」抗う女の言葉に家来は緊迫した。だがその椅子に力なく寄りかかる様子を見てそのまま立てひざをついた。「まぁ。いいだろう。今日は、面白い話をもってきた」「例の客人のことか」「流石に情報は早いですなぁ。聞けば、つい最近、あまたの人が死んだという。それが裁きを受け、その大半がここに送り込まれたそうだ。それをむさぼり喰う輩には結構な話だろうが、我らには無縁」男は腰にぶら下げた印籠のようなものを手に取り封を開けた。「これはその中の一人が持っていたものだ。そこに記されていることを読んでみた。何でも大いなる力が復活の手助けをする。その力は全知全能の神と同等のものを供えさせるというらしい」その言葉に未だかつてないほどの動悸が女の胸にほとばしった。たった一言である。『神と同等のもの』女が求めていたもの。過去の栄光、そしてこの地に送り込まれた結末を生んだ、そもそもの原因。すべてを説明していた。更に男は彼女をそそのかす、極めつけのセリフを用意していた。「魔力を有して支配することができるそれは、『祈願の露』というらしい。別名『神の雫』と呼ばれる。それが欲しいとは思わぬか?」ごくりと喉がなった。そして、例の窓を羨望の眼差しで見上げた。男の狙いは的中した。『この取引は必ず成功する』そうよんだ画策はもはや前にしか進まない。「何が望みだ」女は取引を持ち出すことでより確実な、確固たる現実を掴もうとしていた。「なるほど、本気ということですな。流石は姫、話が早い。では率直に申そう」「そなたが、現世を治めればこのような世界はそもそも不要となろう。だが、独りではそうは出来ぬ。姫の力で元に戻ることが出来ても、本来の力がなければ意味はない。またこの世界に逆戻り。そこで、我等が力でその雫を探し当てようぞ。姫はその間に復活し、我等と合流の後、雫を使い完全なる復活を遂げるというわけだ」女はまだ上を見上げ、乱れた髪の間から空を見ていた。そして男が自分の望みを伝えた。「首尾よく復活を果たしたその暁には、我等が城を大枝山に作り、当主として君臨することを約束されたし……いかがかな」「造作無い」女はそういって再び立ち上がった。「では追って知らせを」男はまた大きな体を起こし、今来た様にその場を後にした。女は家来に告げた。大声が、この部屋には似つかわしいほどの声が轟いた。「遣いをだせ。箱を探させよ」
2010.08.09
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早ければ来週に新作の連載を開始します。タイトルは『僕が僕でなくなるとき』内容は・・・読んでのお楽しみ。「もしも・・・」はそれが終わってからのんびりやりますね。誠に勝手だとはおもいますが、何卒温かい目で見守りくださいませ。筆者
2010.08.07
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皆さまに読んでいただいておりました小説『弁天』を一旦削除しようかと思います。まだ途中までしか読まれていない方にとっては非常に申し訳ないことと、私も心苦しい限りです。かの小説家 三島由紀夫は 文章読本の中でこう記しております。『自分の感覚を誠実に突き詰めないで、読者に対する阿り(おもねり)やいいかげんなリアリズムやいいかげんな想像力や、世間へほどほどのところで妥協した精神の上に書かれているので、醜悪な文章になるのであります。作家の個性が強化のように最高度にはっきされれば、それはそれなりに文章の完全な亀鑑となるのであります。 』また前述でも『私はこのような悪文のお手本を書いてみました。つまりこんな文章は鴎外の「水が来た」のたった一句とちがって現実の想像やら、心理やら、作者の勝手な解釈やら、読者への阿りやら、性的なくすぐりやら、いろいろなものでごちゃごちゃに塗りたくられています。これが古代の情景に対していつも時代物作家が、現代の感覚を持ち込もうとする過ちであります。彼等は古代の物語りのおそろしい簡潔さにたえられないで、現代の生活感覚でベタベタと塗りたくってしまいます。描写すればするほど古代支那の簡潔な物語りの、すっきりした輪郭は崩れ、たとえばその衣装を描写すればするほど、それはわれわれの感覚からかえって遠くなって、紙芝居のようになってしまいます。 』としました。これだけでは何のことか、分からないと思います。ようは、物を書くにあたり、もう少し修行をしてみることというのです。エンターテイメントという娯楽小説を書き上げる私も、及ばずながらその執筆に固執したいと考えてしまうことは自然なことです。もっとよいものを、皆さんが喜んでもらえるものをと邁進していきたいのですが、がむしゃらにいるだけでは良い結果にはならない。そこで、新たに掲載しております「もしも・・・」も、私事ではございますが休止させていただこうと思っております。書けないとかネタがないとかでは決してなく、過去の作品を更に良い形でお届けしたいがための保留処置と言うことでございます。執着ばかりしていてはという意見も生まれそうですが、如何せん頭の弱いものの浅知恵ですのでどうか御勘弁願いたいと思っております。明日7/11には削除させていただきたいと思います。勝手申し上げましてすみません。筆者より
2010.07.10
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.09
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.08
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.07
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.06
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.05
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.04
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連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.03
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「連載休止中・・・再掲載は未定。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。
2010.07.02
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全体的に暗い曲、ホラーチックなスリリングなサウンドが多いですね。やっぱり部類はホラーになるのか・・・今回は少し悲しいサウンドが多いかな? 今日はまず学と勇の三界三有の世界に入ったシーンhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170023/交通事故を起こした二人は目を開ける。そこは見たことのないような道の上。とにかく進む。扉からさしこむ光を頼りに。そして勇は見た!自分の知っている場所だ!更に本堂に入ると二人は驚愕した。http://www.youtube.com/watch?v=x1S5hSA9raQ&feature=related Derek Duke の「 The Black Morass 」 輝の霊が浮上する。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002260001/ハープの書き乱れる音と光の粒が地面から浮き上がる部分とがマッチするであろう。1分経過するところが輝の姿を目視できる時だ!曲的には2:30くらいまでがいい・・・後は残念ながらボーカルが被ってしまう。http://www.youtube.com/watch?v=vhLB2_TND3c The Cinematic Orchestra の「 All That You Give 」 リュウインがエビスからの手紙でいよいよ妙法寺に行くシーンhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002250000/世話になった寺のものから、最高のプレゼントをもらう。深々と頭を下げて、宿命に身を投じる覚悟をきめた。以前の自分はもうそこにはない。http://www.youtube.com/watch?v=SnR34iqLL4Q Polished Chrome の「 Red Sky 」 モーリーへ金剛起を使い覚醒させるシーン。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003130001/http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003140000/苦しがるモーリーを思う。天とは宿命とは・・・苦しく辛い思いをするのは自分だけでいい。身内まで巻き込むその悲しさを十分に分かる聡美であった。http://www.youtube.com/watch?v=qbhf2WHcXug sine の「time」 こんな感じです。なかなかいいでしょう?
2010.07.01
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選曲が続きます。目玉はシヴァ神の登場です!でもどこかで聞いたことがある音楽かもね。まずは賢靖が物悲しく車の座席に座る。気遣う弁天にモーリーがやたらと質問をしたがるシーン。一行が向かう先は松崎。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003060001/右手に見える海が太陽の光を反射してきらめく。賢靖は腕を組んだままうつむいていた。マイルが車の屋根の上で大黒のことを考えていた。http://www.youtube.com/watch?v=0u1flyXFCaASINE の「moonlight」少し軽快なビートとギターがより賢靖の複雑な気持ちにミスマッチする。リュウインが天城の洞窟、アジトにやってきた。不気味な杉の木から突然浮き上がるカラス天狗。そしてつかまって洞窟内に連れて行かれたシーン。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003100000/真っ暗だった洞窟が急に明るくなり、万太郎、そしてさゆりが現れる。地面には人骨が転がる・・・http://www.youtube.com/watch?v=EqusY4p-aC8 Bad Dataの「Deep Freeze 」エビスがいる東京の三有三界。権吉たちもやってきた。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003150001/権吉が扉を開けて空間移動をするところからhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003170001/三有三界に入るまでそして回が飛んで、http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003170001/までだ!無機質な機械音(奇怪音)がその怪しい空間を演出してくれる。http://www.youtube.com/watch?v=mxlJjk_B1a0&feature=related Higher Intelligence の「Agency-Spectral 」弁天が岩の上で目覚める。見たこともない場所・・・http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003230000/緊迫した雰囲気は万太郎の存在を知ったからだ。やがて敵ではないと分かる。奇妙な関係がその場に生まれた。カラス天狗の聖地を尺八のような笛の音が印象付ける。http://www.youtube.com/watch?v=FKm5JE9woB4 Steve Roach & Robert Rich の「Nightshade」おどろおどろしい空間に入った。そう、風穴の地獄穴だ!http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003290000/からhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003300000/まで。閉鎖・恐怖・緊迫どれをとってこんな場所はない。シヴァの前身がそこで瞑想し弁天が術を使おうとする。ダメだ。倒せない。そして毒牙にやられ、急ぎ穴を抜けようと戻っていく・・・http://www.youtube.com/watch?v=U9UgmQiGBeI Tangerine Dreamの「Abyss 」最後はシヴァの登場・・・http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004040000/「天からの使者、その目覚めを促しているようだ。」から「ならば、消滅すべし。そして星になり、次の地上の再生まで輝いているがよい」まで。十分すぎるだろう。そしてその姿を現した!ゆっくりと降臨するその姿に誰もが凍りつく。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004090000/http://www.youtube.com/watch?v=KCVdWsyustw Tangerine Dream の「Betrayal Sorcerer 」どうぞお楽しみくださいませ!
2010.06.30
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本日もマッチング選曲をお知らせします。 リュウインのゆかりの地、毘沙門天が奉られる妙法寺で、財を取り込むべく瞑想する一同。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003050001/たった一人モーリーは人間ゆえ、彼等のすることを見るばかり。次々と財がその真の姿を表わす。崩れかけた寺の様子を思い浮かべながら・・・http://www.youtube.com/watch?v=o1GQvs8ax3c Mike Oldfield の「Weightless」4:30辺りが切ない。モーリーの視点からとらえたい。 権吉のつくる参道。社と社を繋ぐその異次元空間で、モーリーが宝珠を使いリュウインと下仁田の居所を探るシーンhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003250000/それぞれが肩に手を乗せてモーリーのすることを見ている。そして宝珠の中が怪しくうごめいた。http://www.youtube.com/watch?v=ENgEuycmlqs cross that line の「 sine 」 さゆりの復活、そしてモーリーたちが驚いた。羅刹と吉祥天が再び争う。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004040000/http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004050000/やられたと思ったさゆり、そしてモーリーもダメかと思った。互いに譲らない戦い。弁天も毘沙門天もその敵の数に決して手をぬかない!インド舞踊っぽい音楽が天部の神との争いをより印象付けている。http://www.youtube.com/watch?v=z-pFeWFqe34 Amina の「 Belly Dance 」 地上の掌握。何とか噴火を止めようとする神々。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004220000/http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201004230000/ピアノのブレイクは必聴!静かになってピアノの音だけ(2:20くらい)になる時こそ、弁天が江ノ島の上空で大弁財天になり力を発揮する時だからだ。その後の曲の盛り上がりが地上を治めようとする皆の活躍を浮き彫りにさせる。http://www.youtube.com/watch?v=_6KFq8s2fgg Veracocha -の「Carte Blanche (Original Mix) 」 こんな感じです。わくわくしてきますよね?
2010.06.29
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今回も選曲例をのせますね。ユーチューブも勝手ながら使いました。ないのは試聴でご勘弁を・・・本作品を読みながらあるいは、読み終わってから想像してみてください。ちょっとベタな感じですが、http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170003/ の猩々最初のシーン聡美をさそって輝が動物園でデートをするときにかけたい。http://www.youtube.com/watch?v=iS8dLDBtNFs Little Busters OST - Heart-Colored Capriccio そしてすぐに、怪しい予感と呪いにも似た運命の呪縛に取り付かれる部分。http://www.youtube.com/watch?v=9sUf6vGqjS4「Metaphormosis 」とあるが楽曲名は不明 聡美が皇大神社に行きゆかりの地である三保の松原に行ったとき。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170009/自分の中に宿るものがわかり始めた。http://www.youtube.com/watch?v=w8Y-JzYu24k 佐藤ぶん太 「祈り ~眠る魂(こころ)へ~ 」 リュウインの流す涙。そのシーンから。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170011/この年になっても親子が戯れる情景をみて涙する。父親に会いたいという思い以上に自分のふがいなさに気づいているのだ。http://www.youtube.com/watch?v=R27s6GmEeU4&feature=related倉本裕基の「ワルツ・コンソレーション」がよく似合う。 謎の手紙をもって袋井駅に向かう。雑居ビルまでのシーンに。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170014/真夏のどことなく寂しげでいてそれでも軽快な感じを出したい。電車に揺られる感じと知らない町を歩く様子が目に浮かぶ。残念ながら試聴しかないので気をつけてください。http://www.discas.net/netdvd/trackInfoView.do?pT=0&mdlGoodsId=tr0000119985五十嵐祐輔の7月32日の短編 ちょっと飛ぶが、福田三兄弟の次男、勇が車で兄のところへ深夜に向かう場面。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002170021/はやる気持ち、母を心配する気持ち、今回はだめかもしれない、兄はどうして肝心なときに・・・そんないらいらと不安が交差する深夜の高速道路。http://www.youtube.com/watch?v=08KkHi-l4dA&feature=relatedMetamatics の「Giant Sunflowers 」 聡美の覚醒シーン。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002260001/妙見菩薩との会話。その様子を外野の皆は見守るしかない。本当に立ち上がるのか?http://www.youtube.com/watch?v=Nv9h9TnoL0k&feature=relatedOpus IIIの「When She Rises」弁天の最初の闘いシーン。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002270000/とhttp://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201002270001/やはりこれしかないだろう!残念なのはライブ音源しかないこと。彼らの歯切れのよい太鼓の音と迫力のあるバチ裁きは弁天の箭の放出を彷彿させるばかりか、下仁田、リュウイン、マイルの攻撃をも十分に表現しえる。切り替えでは邪鬼が倒れ込み、消滅し、連打では神々が次々に攻撃を仕掛ける。そして静まり返れば、賢靖が術を繰り広げていた。http://www.youtube.com/watch?v=qPanrG3xaRg打打打団 天鼓 今日の最後は弁天が空中戦でガルダから逃れ海に飛び込んだところ。水中から上空を見上げ策をめぐらせるシーンだ。http://plaza.rakuten.co.jp/cue44113/diary/201003180000/猩々が再び現れる。彼女はその目を見つめ考えを悟った。ひらめいたあたりからビートがはじける。策が生まれた瞬間だ。http://www.youtube.com/watch?v=MnmvVV81G08&feature=relatedMetamatics の「 Swimmer 」いかがでしょうか?楽しんでみてください。
2010.06.28
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ただ今改訂版を載せてます!昔の日記の日付でですが、いま大黒四十まできました。ゆっくり再掲載しますね。作品の中でバックで流しながら読むとより臨場感が増す。そんなご提案を。 ※ユーチューブのリンク先は消えてしまうかも知れませんのであしからず。 アメブロのほうに載せた面白い試みです。シーンはオープニング 聡美が倒れこみ、それをリュウインたちが抱きかかえる。暗転した後のオープニング曲として選びました。 GIRL NEXT DOOR 『Jump』 筆者の妄想・・・聡美と輝が楽しそうに街を歩いている。そこへ手を振ってモーリーが駆けつけてくる。公園の芝生の上ではリュウインが亡き父と空手の稽古をつけている。遠くからエビスが見ていた。下仁田が座禅を組み、賢靖は神殿の前で拝む。その姿が交互に映し出されてた。福田三兄弟が仲良く母と写真を撮ったり、赤ん坊を大事に抱え、笑う夫婦の姿も現れた。・・・そして突然画面が切り替わる。夕闇に地上が崩壊されたシーンが浮かび上がる。怪しげな様子でそれを引き起こす影がちらりと見えた! 弁天が飛ぶ!早いとてつもなく早い!そして布袋も扇で舞う!モーリーが宝珠を持ち360度のカメラングルでまわされ、リュウインが様々な術を繰り広げる。権吉が扉を開けて出てくる。にやりとしたその意味するものは?マイルと賢靖は杖をかかげ交差させた!エビスが睨むその視線の先には・・・シヴァの姿が島の上に浮いていたのだ!そして七福神の横顔が並ぶ・・・そんな躍動感のある映像を思い描いています。 次のシーンは大黒43 最後の弁天が輝に礼を言い、宿命に身を投じた決意の後、 大黒44 妙法寺へ向かう車中にかけたい曲。DJ Krush 『Day's end』 筆者の妄想・・・モーリーは自分だけが取り残されてしまった感じがしていた。輝もいない。親も日本にはいない。炎が上がる街、海はそれを映していた。聡美は彼女の気持ちを知ってか知らないでか、車中でじっと目を閉じていた。 戦いとは離れた場面66 聡美が皆から離れる、その冒頭の部分でかけたい。 RASMUS FABER feat. FRIDA 『HIDDEN THOUGHTS』筆者の妄想・・・羽衣を手にしてそれを自分の技にかえる弁天。初めて空を飛ぶ。その心地よさに思わず闘いを忘れるほど。昔の天女が、かつての弁財天が飛んだであろうこの飛翔を十分に味わう。その下にはモーリーが見つめていた。 このシーン天地雷鳴74 と天地雷鳴75 で聞きたい。もう一つ初めて弁天が闘う覚醒直後のシーンでもいいのだが、かっこよさはこっちもある。九字を切りつつ辺りから戦闘シーンで。Madonna 『Give It 2 Me』筆者の妄想・・・弁天が繰り出す技の数が半端じゃないからだ!シンセの音が弁天が見るコマ送りの現実を的確に表わしている。敵をすさまじい速さで倒す。それだけで鳥肌が立つ。 東京惨事86聡美が東京に降り立った時に流したい。加古隆 『パリは燃えているか』筆者の妄想・・・いわずと知れた名曲。大切なものを失った彼女の思い。歩く東京にはもう何も無いのだ・・・多くを語らずとも、その悲惨さは曲を聴くだけで涙が出てしまう。最後のシーンエンドロール エンディングの曲として。 Kalafina 『光の旋律』 筆者の妄想・・・大(大黒)が10歳になる。聡美は助けてくれた者と暮らし身ごもった。絶対に忘れてはならない人間の歴史、次の世代が懸命に生きていけるように彼女は参拝するのであった。成就玉を使うことが無いことを祈り。 こんなことを考えて選んで見ました。いかがでしょうか? 人気ブログランキングへにほんブログ村 小説ブログ
2010.06.17
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