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11月 “早~や”っ! も~最後の日曜日 カット直前の空と杏 dock・salonランさんからの “お迎え” 杏&空 いつもの歓喜の出発Am8時そして・・・Pm5時 いつものカットで 帰宅報告です Ribbonとbandanna Xmas version 如何でしょうか? 27日 親族の「結婚式」 杏&空 留守番兼ねての美容室でした。 Papaは長野市で緊張の一日 遠方 加子母からの・・・ 美しく心に・・・。 「一生頑張れることがある こんな幸せなことはない」 他人のものさし 自分のものさし それぞれ寸法がちがうんだな <相田みつを> 先日 野沢温泉「真湯」 と 木島平「火口そば」 ソフトチーム宴席で急遽決まった ≪ 湯花 = 明礬≫ + ≪ 火口蕎麦 ≫ 体験ツアー 野沢温泉村と野沢温泉スキー場の展望 チームメイト 温泉散策中 Papa推薦 “真湯” 乳白色に緑色そして熱湯・・・黒い湯花 明礬 お風呂上がり 昼食は高社山山麓に直行 木島平 物産館内 火口ぼくち蕎麦 食にうるさい? 年頃[還暦前後]のチームメイト Papaの推奨に “納得”の昼食でした。 順番待ちに並ぶ時も“美味さ”に加味されました。 そろそろ北信濃ではスタットレス準備 今年 カマキリ 巣が高い位置に造られているとの事 積雪の多さを予感させてます。
2011年11月28日
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晩秋の戸狩スキー場から鍋倉山辺の山並み目的地は豊田・飯山inter-経由“野沢温泉” 真湯へ 117号を山沿い西まわり線 飯山シャンッェ近く 「正受庵」 寄り道 飯山市は“雪国の小京都”とも言われ「お寺」の多い城下町 恵端禅師ゆかりの寺が正受庵で、寺「七福神めぐり」の中心寺です。 杏 空 長野県史跡て1847年の善光寺大地震の後再建され 庭園の古池は当時をしのばせます。 帰路 立ち寄り 長野市若穂保科 清水寺(せいすいじ) 牡丹寺として有名ですが 本堂横から観音堂までの参道沿いもみじの紅葉も素晴らしい寺です。 清水寺 観音堂千手観音が祀られ 北信濃三大霊場のひとつです のんびり一時間の紅葉狩でした ※ テレビ朝日系列の土曜「人生の楽園」 先日放映された“安曇野有明山麓・・・”一帯はいわさきちひろ美術館等の観光スポット PapaのDRIVE主要コースでも有ります そして、この地に移住し“今”が人生の楽園・・・早速立ち寄り 同じ位置から※有明山を望みました 途中 すずむしで村おこしの松川村 全国すずむしサミット開催でも知られ 郵便小包 “すずむし” 全国発送で自然豊かな安曇野の目玉 安曇野松川道の駅 リン太君 ※ 有明山 2268m 飛騨山脈、 北アルプス安曇野の名峯です 有明山を見ながら頑張った事と思います。 そして20日(日) 姨捨山(冠着山)周辺 晩秋から初冬 今年も残り僅かな日々 だれもが人生の晩年に 先日 お世話になった知人のお母さんがご逝去 年々所縁ある方々の葬送が・・・、 ご冥福をお祈り致します。 合掌
2011年11月20日
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上信越道坂城inter-から佐久・小諸junction、 中部横断自動車道佐久南inter-(部分開通)、そして佐久穂町からR299麦草峠に 既に景色は晩秋 佐久平から浅間山、群馬県境上野村方面 墨絵眺望の一息 麦草峠は志賀・草津R292に次ぎ標高では国道2番目の峠で標高は2,127m 何想う?・・・杏 空腹だ~! ・・・空 佐久穂町から茅野市まで八ヶ岳山麓の峠です。 レストハウスふるさと 八ヶ岳山麓 蓼科高原 白樺湖 (下写真) R152大門街道で上田市と晩秋のDRIVEでした。 ※同期会 素描「小布施堂界隈でジジババが雲集する中で往年のギラギラする眼光を至る所に飛ばし闊歩する・・・」「朝日食堂の思いがけない蕎麦の盛り付けと食感に、、信州はやはり蕎麦だよ! と相槌を打ちながら蕎麦を流し込む・・・」「岩松院の葛飾北斎が描いた鳳凰図を見上げフォークリフトに乗らないと描けないよな! と嘯く・・・」「福島正則公の墓所を見て、広島から僻地の小布施に転封された時、籠に」乗って何日位かかったのか! と真面目に旅程を計算する・・・」「2次会では夜更かしして飲むぞ! と快気炎を吐いてた同士も22時散会となり急に寂しくなり布団に身を沈めた途端」鼾をかきはじめる・・・」「朝食では“今ダイエット中”と言いつつバイキング料理を数皿山盛り状態にしてシャリ三杯をお変わりする・・・」 信濃路における同期生の面々の行状は誠に凄まじく、実に目を見張るものがありました。生命力溢れる行動とウイットに富んだ振る舞いには敬服を禁じ得ません。・・・・と、担当した山形県出身、現茨城県在住者回顧記載でした。 追伸・・・剛腹な御同輩!流し読み感想をとの事です。※ほんの一部の抜粋ですが・・・。
2011年11月10日
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早朝の見送り 杏 と 空 錦秋の信濃路を“旅”する昔の若者 《 同期会 》 圓山荘 (千曲市) に集結大震災 春 延期も 秋 revenge 北信濃 小布施辺りの散策 日曜の町並みは都会の人混み 国内各地から“集結”の元若者 観光地小布施人気に驚嘆 小布施堂界隈 栗の小路 いつものメタセコイア辺り 昼食は“新蕎麦” 試食の信州リンゴ そしてバスで約五分移動 福島正則の霊廟 曹洞宗 岩松院へ 戦国武将福島正則(1561~1624)は豊臣秀吉の重臣で、関ヶ原の合戦でも勇名をはせ広島城主(49万8千石)の大大名と成ったが、幕府の謀略によって信越地方に国替えされ、4万5千石と悲運の左遷・・・64歳で死去。 岩松院は北斎・一茶 ゆかりの古寺でも知られます 葛飾北斎(1760~1849)最晩年に本堂天井に取り付けた6・3m×5・5m 「八方睨み鳳凰図」 小林一茶(1763~1827) 晩年を過ごし 「やせ蛙まけるな一茶これにあり」と詠んだ寺裏に小さな池が有ります。 ※病弱な初児・千太郎への声援の句であり、その一か月後一茶54歳のとき他界した。 次の見学コースは太平洋戦争遺跡 松代地下壕 小布施EТCから長野inter-に戻り太平洋戦争末期 軍部が本土決戦に備え 極秘に大本営、政府各省等を松代(現長野市松代)に移すと計画し300万人を 強制動員したと言われてます。 総延長 5、853・6m 全行程の75パーセント掘削時点で終戦 象山神社から地下壕までは古い町並みが続く 参加者再訪の声にコース選定のPapaもホッと安堵予定時刻 “圓山荘” に到着 鹿児島県に戻った仲間の“焼酎”も宅急便で参加?でした。 翌日 年々再々 “振り返り” 再会を約束し 国内各地に散会致しました。 過ぎた時は経験と知識に・・・。 大歓迎で杏&空が待っててくれました。
2011年11月02日
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