・作者の藤ノ木優は現役の産婦人科医でもある。主人公は、大学病院で起きた医療事故をきっかけに「偽医者」と世間から糾弾され、職場を追われた産科医・阿比留一馬。自分の人生から逃げるように北へ向かう途中、雪の中で産気づいた妊婦と遭遇する。彼女に付き添ってたどり着いたのは、限界集落にある村唯一の分娩施設、竹下診療所だった。院長・相良の言葉に導かれ、一馬はそこで働くことになる。しかし、そこにあったのは、都市の大学病院とはまったく違う医療の現実だった。医師不足、人口減少、経営難、出産を支える地域基盤の弱体化。さらに、一馬を「偽医者」と報じた女性記者が診療所を訪れ、過去の医療事故と現在の村の問題が交差していく。
・ この作品の本当のテーマは、単純な「医師の再生」ではない。 「正しい医療とは何か」そして「地域を守るとは何か」 という問いにある。都市部では、専門医療を細分化し、効率と安全性を高めることができる。しかし人口の少ない村では、そもそも「医療を提供する人間がいること」自体が地域の生命線になる。つまり、医療の問題は医療だけでは完結しない。人口減少、経済、交通、雇用、家族、地域コミュニティ――すべてがつながっている。本書は、 一人の医師を救えば問題が解決するわけではない という現実を静かに突きつける。
・タイトルの「偽医者」は、一馬に貼られた社会的なレッテルでもある。医療事故をめぐって一度「悪い医師」という物語が出来上がると、その人物の事情や能力、過去の功績などは見えなくなる。ここには現代社会への鋭い批評がある。SNSやニュースでは、 「誰が悪いのか」 という問いは広がりやすい。一方、 「なぜ、その事故が起きたのか」 という構造的な問いは広がりにくい。一馬の苦しみは、医療事故そのものだけでなく、複雑な現実が「偽医者」という一言に圧縮されてしまったことから生まれる。
・本書の魅力は、医療を「医師と患者の物語」に閉じ込めていないところにある。一馬が失ったのは、単なる職場ではない。 社会から「あなたは何者なのか」という資格を奪われたこと なのだ。だから、彼が村で医療に向き合うことは、単なる再出発ではない。「人は一度失敗したら終わりなのか」「社会から貼られたレッテルは、本当にその人の正体なのか」という問いへの再挑戦になっている。そして村の問題も同じだ。限界集落を「衰退していく場所」とだけ見るのか、それとも、そこで暮らす人々にとってかけがえのない生活の場として見るのか。 効率だけでは切り捨てられない価値がある。 そこに本書の文学的な核心がある。
・ 『偽医者がいる村』は、医療小説の形を借りて、「人を一面的な評価で裁かず、その人を取り巻く構造まで見よ」と問いかける再生の物語だ。
30
代・ 40
代のビジネスパーソンにとっては、失敗した人間をどう評価するか、地方や小規模組織をどう維持するか、そして「効率」と「人間の価値」をどう両立させるかを考えさせる一冊になる。
偽医者がいる村 (角川文庫) [ 藤ノ木 優 ]
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