・ 養老孟司の『AIの壁 人間の知性を問いなおす』は、AIの進歩を前にして、「そもそも人間の知性とは何なのか」を問い直す一冊だ。養老孟司は、AIがどこまで人間に近づけるかという競争そのものに距離を置く。AIは大量の情報を処理し、言語を操り、囲碁や将棋で人間を凌駕する。しかし、それだけで「人間と同じ知性を持った」と言えるのか。本書の核心は、 「知能」と「知性」は同じではない というところにある。AIを理解しようとすると、逆説的に人間そのものが見えてくる。
・AIについて考えるとき、普通は、「AIは何ができるようになるのか」という未来予測に目が向く。しかし養老が向ける視線は逆だ。 「AIにはできないことは何なのか」ではなく、「人間はそもそも何をしているのか」 と問い直す。AIはデータを処理できる。文章を生成できる。画像を認識できる。複雑なパターンを見つけられる。しかし人間は、単に情報を処理しているだけではない。身体を持ち、環境の中で生き、感情を抱き、他者と関係を結び、死を迎える。この「身体を持った存在」という点が、人間の知性を考えるうえで重要になる。
・本書を読むうえで最も重要な区別がここにある。 知能=問題を解く能力 に対して、 知性=何を問題にするべきかを考える能力 と捉えることができる。AIは与えられた目的のもとで、極めて高い能力を発揮できる。しかし、「そもそも、この目的でいいのか」という問いは別の問題だ。ビジネスでいえば、売上を最大化するAIを作ることはできても、 「売上を最大化することが、本当に会社や社会にとって良いことなのか」 という問いは、単純な最適化問題ではない。ここに人間の知性を考える余地が残る。
・養老孟司の思想を理解するうえで、「身体」は欠かせない。AIには身体がない。もちろんロボットに身体を与えることはできる。しかし人間の身体は、単なる情報入力装置ではない。空腹になる。疲れる。痛む。老いる。病気になる。そして死ぬ。人間の思考は、こうした身体的条件から切り離せない。だから人間の知性を、脳内で情報を処理する能力だけとして考えると、重要なものを取り落とす。 人間は「考える脳」ではなく、「身体を持って世界の中に存在する生物」なのだ。
・『AIの壁 人間の知性を問いなおす』は、AIの限界を語る本である以上に、人間の思い込みの限界を語る本だ。 AIが賢くなるほど、「人間の知性とは何か」という問いは難しくなる。そしてその答えは、知識量や計算速度の中にはない。疲れ、迷い、感じ、失敗し、誰かと関わり、やがて死ぬ。そうした 身体を持った存在として世界にいることそのもの が、人間の知性の土台なのだ。30代・40代のビジネスパーソンにとって本書が突きつける問いは明快だ。 AIに仕事を奪われるかどうかを心配する前に、「AIにはできない仕事」ではなく、「人間だからこそ考えるべき問い」を持っているか。 AI時代に価値を持つのは、AIより多く知っている人間ではない。 AIが出した答えを前にして、「それで、本当にいいのか」と問い返せる人間なのかもしれない。
AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書) [ 養老 孟司 ]
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