冷七面鳥的生活
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昨日に引き続いてイノセンスの話題。本日はイノセンスの中で、実に多用されている古の格言。知識が足らず、理解できないのや出典の分からないものもありました。一挙羅列。纏まってない(;´Д`)もしご存知の方、いらっしゃいましたら教えてくださいー。******柿も青いうちは鴉もつっつき申さず候自分の面が曲がっているに鏡を責めてなんになる鏡は悟りの具ならず迷いの具なり春の日やあの世この世と馬車を駆り(中村苑子)シーザーを理解するためにシーザーである必要はない(M・ウェーバー )人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだその思念の数はいかに多きかな我これを数えんとすれどもその数は砂よりも多し(旧約聖書詩篇)彼ら秋の葉のごとく群がり落ち狂乱した混沌は吼えたけり(ミルトン 失楽園)忘れねばこそ思い出さず候信義に二種あり秘密を守ると正直を守るとなり両立すべきことにあらず秘密なきは真なし人の上に立つをえず人の下につくをえず路辺に倒るるに適すロバが旅にでたところで馬になって帰ってくるわけじゃねえ寝(い)ぬるにしせず(孔子)未だ生を知らずいずくんぞ死を知らんや(孔子)暴苦は覚悟でなく愚鈍となりてこれに耐える人体は自らゼンマイを巻く機械であり永久運動の生きた見本である神は永遠に幾何学する(プラトン)幸運が三度姿を現すように不運もまた三度兆候を示す見たくないから見ない気がついても言わない言っても聞かないそして破局を迎える。人造人間のゴーレムは額に書かれたaemaethつまり真理の文字によってエネルギーを得ていたが最初の文字aeを消されmaethすなわち死を示されて土へかえった(ヤコブグリム)思い出をその記憶と分かつものは何もないそしてそれがどちらであれそれが理解されるのは常に後になってからのことでしかない鼓を鳴らし攻めて可なり(孔子)鳥は高く天上に蔵れ魚は深く水中に潜む(斎藤緑雨)精霊はあらわれたまえり何人か鏡をとりて魔ならざる者ある魔を照らすにあらず作るなりすなわち鏡は瞥見すべきものなり熟視すべきものにあらず(斎藤緑雨)鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず声あるものは幸いなり(斎藤緑雨)孤独に歩め悪をなさず、求めるところは少なく林の中の象のように(仏陀)無常を観じて 以って永遠を探求せよ卵(かひこ)の来生(こむよ)を統神(すめかみ)に祈(の)む生死去来(セイシキョライスルハ)棚頭傀儡(ホウトウノカイライタリ)一線断時(イッセンタユルトキ)落落磊磊(ラクラクライライ)世阿弥「花鏡」→一旦死が訪れると、あたかも棚車の上のあやつり人形が糸が切れればがらりと崩れ落ちるように、一切が無に帰してしまうという意味です。われわれの神々もわれわれの希望ももはやただ科学的なものでしかないとすればわれわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか(ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』)その思念の総計はいかに多きかな我これを算えんとすれどもその数は沙よりも多し******多すぎる。というわけで、今日はここまで(フォローなしかい)。またちょこちょこ意味調べて、この日記を更新したいと思います。
2004年11月06日
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