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70年代。一番近所の駄菓子屋の夫婦は少し変わっていた。別名「ドケチ屋」 という異名をとっていた。10円くじ引きしても、最後の1枚になっても何故 か、1等と2等はそのまま残っているとか、野球スナックを買っても絶対にカー ドが当らないとか、王将棒アイスも棒にもう1本当りくじがでないとか、ガチャ ポンでも一番いい商品が絶対に出てこないとか、あめちゃんににっついた紐を、 束ねた中から選んでも、何故か一番大きいあめちゃんには絶対引けないという摩 訶不思議構造になっていた。 一度、年下の、育ちの悪い子供が、どこから金をもってきたのか、多分、50 0円分ぐらいの当りつき駄菓子やくじ引きをして、その袋を店内にぶちまけ、 ちっとも当たりがないやないか!と暴れていたのを見たことがある。 一度、意を決して、近所のガキ共(私もガキだったけど)と大声で店内に向 かって「ドケチ屋」と叫んだら、親父が切れて、何故か車を発車させ、我々を威 嚇、轢こうとしたこともあった。 それでも、一度だけ、母親に食パンを頼まれ、母親に言われたとおり「3枚切り 2食(当時は、呪文のようなので平かなで「さんまいぎりにしょく」)と繰り返 して駄菓子屋を訪れ、パンを切ってもらい、遠道をしながら家に戻り、玄関でふ と「そうや、おつりもらうの忘れた!」といい、また駄菓子屋に戻ったことがあ る。駄菓子屋の親父は「ちょうどのお金でおつりはないよ、あーあ、パンこんな にくしゃくしゃにしてしまって」といいながら、10円を恵んでくれた。ちょっ ぴり優しい親父に思えた。 あれから30年がたつが、他の駄菓子屋がつぶれていくというのに、クリーニ ングやタバコをメインにして趣味として細々とまだやっている。但し、世代交代 はしてしまったが。 フィリピンには、街角のどこにでもサリサリストア(何でも屋)があり、塩1回 分からタバコ1本からシャンプー1回分から飴玉1個という具合にチョコチョコ 販売されている。たいていは商圏も狭く、地元密着型で、売る人買う人も知り合 いという感じで、ツケもきいたりする。しかし治安が悪いので、商品受け取り窓 口以外は金網で厳重に仕切られていたりなんかする訳だ。店を閉める前にビール を2,3本買いに行けば、瓶代もらわないといけないけど、明日必ず返してくれ るならいいよ、何ていってくれたりもする。タバコは1パッケージという と、「おおお」という顔をされたりもする。地元民はこちらのサリサリストアの ほうが、タバコ1箱買うならいくらいくら安いからそうしなよ、と買うものに よって多少行く店が違うようである(といっても50メートルも離れてなかった りするけど) また買い物してみたい。
2005.07.31
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車検の車を取りに行った後、駄菓子屋を覗いた。昔、親に10円や20円貰って、うきうきしながら買いにいったものだ。 安藤忠雄設計のオールドニューも場所が悪いのか、店の名前変更。オーナー変更か。
2005.07.31
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バスはシアトルタワー前に着いた。降りたのは数人に過ぎなかった。ここが市内なのかどうかは良く分からなかったが、地図を広げてみれば、中心部から少し外れていることが分かった。 町行く方向に向かうタクシーを拾った。モーガンフリーマンに似た運転手が、気さくであった。 バンクーバーから陸路で国境を越えた。スペースニードル前にバスは着いた。久し振りの陸路越えではあった。風景が何となく「ホテルカルフォルニア」のジャケットのようであった。 今日は、2000回程度「あつい」という言葉を聞いた。都会の野蛮な暑さは、エアコンの噴出し口から発せられているように思ってしまう。これでは、私の家もとっても暑い。裏ではショベルが工事しているので、五月蝿いし。そんな訳で、せめて家の中だけは痩せても枯れても飾ろう。昔、ジョージアオキーフにちょとだけはまったなあ・・・
2005.07.29
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自分の整理の悪さを棚に上げていうのだが、ネクタイを外し散らして、ボーっとしていて、ハサミで紙を一挙に切ったと思えば、ネクタイも切ってしまった。ごめんなさい、ネクタイよ。「ネクタイが千切れる」といえば、大学時代の友人Oは、かつて大手証券会社に勤務しており、ある羽振りのいいオーナーを儲けさせることによって、かなり可愛がられていた。「今度、O君、わしのクルーザーで遊びにいこや、その前に、この1億円、どばっと増やしてくれや」とそのオーナーはやはり羽振り良く言った。「わっかりました」と彼は1億円を預かり、1週間で8000万円にしてみせた。焦った彼は、手を出してはならないと言うジャンク債に手を出し、一気に取り戻そうとした。そして1週間で4000万円、更に1週間で2000万円。それで限界と感じ、彼と支店長は、オーナーの元に。そして胸ぐらをつかまれ、ネクタイが千切れた。その帰り支店長はOに向かって言った。「次の顧客探さないとナ」つまんないな・・・ははは。
2005.07.28
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私は、大抵朝の7時頃から翌朝の7時頃までは眠気がとれないのであるが、真剣になればなるほど、打ち合わせをするほど、電車に揺られるほど、睡魔と闘い、それどころではない状態が続く。社員何人かで飯に行けば、野球の話になり、私はちんぷんかんぷんの話になるが、さすがに飯を食っている最中に睡魔に襲われることはない。実は何を隠そう、3、4年前に23年ぶりに草野球をしたことがある。何故か兵庫県中部の山村にまで野球をしにいったのであった。実質問題、大阪から3時間かかって到着し、既に90分の遅刻を敢行し、ピンチヒッターっていうのか何というのか分からないが、練習の欠片も無しに、23年ぶりに借り物のミットをはめた。。いやあボールって怖いものだねえ。飛んできたら思わず奇声を上げていた素直な自分がいた。そして、肝心の打率の方は、0打数0安打0失点。恐らく私の出番を皆が恐怖したということだろう。多分、ボールがホームランで山の彼方に消えていき、試合続行が不可能になることを他のメンバーが恐れたのであろう。勿論草野球なのでTシャツとジーンズであった。いつもスーツにネクタイがビシッと決まりすぎて似合い過ぎているのとは対称に、本来の自分の姿の様な気がしてならなかった。仮面被って嘯いて生きているわけだなと再認識し、何とかネクタイという首輪のない生活はないものかと思うのであった。やっぱ、日本の風土は北海道除いたら着物だぜ。着物サラリーマン、ナンか渋いやん。「ぼちぼちですわ」というコトバぼ似合うじゃないか。クールビズくそっ食らえだぜ。インドって凄いよなあ、一部都市を除いたら、女性は主婦から土方からオフィスワークからサリーやパンジャピドレスなんかの民族衣装なんだからすごいねえ。ぼやいているねえ。興奮冷めやまぬうちに筆を置く(というか、打ち込みを終了する) 老後は疲れた老夫婦になんのかねえ・・・・あ、私妻帯者ではなかった・・・
2005.07.27
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今日、夜中1時、部屋は暑いが外は風が強く吹いているようなので、近所を彷徨うことにした。適当に1時間歩いて、 クーロンまで。香港の九龍城砦といえば「あらゆる犯罪の巣窟」だとか「完全な無法地帯」だとか、日本でもいろいろな噂が流れていた場所だ。 もう今はただの公園であった。 「無法地帯」と呼ばれるところは世界中にたくさんあるが、たいていは「犯罪が多くて治安が悪く、法律がまるで有名無実と化しているような場所」という程度の意味。ところが九龍城砦は現実にどこの国の法律も適用されない一角だった。そんじょそこらの無法地帯とは格が違うのである。 なぜそんなことになったのか?香港はイギリスの植民地であったが、九龍城砦は香港の中にある中国領の飛び地だったのだ。中国領だから中国政府の役人がいるはずだが、イギリスは条約で中国側の役人派遣を拒むことができた。つまり九龍城砦はイギリス領ではないので英国の法律は適用されず、中国の役人も不在なので中国の法律も施行されなかったのである。戦後、九龍城砦は建築法を無視したコンクリート・ジャングルに変わり、わずか3ヘクタールの敷地に3万人とも5万人ともいわれる住民が暮らす高層スラムと化した。こうして、法律が適用されず警官が入れないことをいいことに、城砦では麻薬や売春、賭博などあらゆる悪事が栄えた・・・・と日本でも香港でも信じられているが、そんなたいした場所ではなかったらしい。現実には医師法無視の無免許医や、食品衛生法無視の工場が栄えていたくらいであったようだ。実際普通の人も(会社員など)いっぱい住んでいた。ただその人達も自分の家のルート以外はよく分からなかったようである。今はただの公園。わ、4時になってもた・・・
2005.07.26
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「あなたが一番充実したアルバイトは何でしたか」*はい、倉庫の中で、真夏、右端から左端までプロパンガスを500本移動させる仕事でした。頭の中が体の動きと別になり、忘却から、南無、無常、無明になっていきました。私自身が、いつの間にかプロパンガスになり、気がついたときには仕事は終了していました。「あなたは「自己分析」って知っていますか?「自己PR」は?「志望理由」は」*知ってますが、秘密です。PRとはパブリックリレーションのことで、企業は、個人の消費者に直接商品を訴えかけるのではなく、マスコミなどを使って商品を露出し、消費者を導いています。「この会社の志望理由は」*よく覚えてません。よく知っていたら誰もその企業にもなかなか就職できません。こちらが聞きたいです。「あなたは、学生時代に何をやってきましたか」*道草のみです。「あなたがこれまでにやってきたことから得たものはなんですか」*何とかなる。何とでもなる。でも最近分かったのは、何とかなっただけ。何とでもなっただけ。「あなたは価値のある人間ですか」*勿論。だってそうじゃなかったら誰も私のことを価値ある人間と思ってくれる人がいなくなるじゃん。それ悲しいじゃん。(横浜弁)「あなたの個性は何ですか」「あなたの『セールス・ポイント』は何ですか」*でもどうでもいいことには真剣真摯な態度でのぞみ、とても大切なことはやり過ごします。「もう一度お聞きします。あなたは、なぜ、就職したのですか」*修行ですね。「そこであなたは何がやりたかったんですか」*修行。「 -あなたの「夢」は何ですか」*勤め人としての立場からは、いえません。「I speak to myself “what a wonderful world”」(ルイ・アームストロング) 鉄くずの彼方に
2005.07.25
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昨日、背広を取りに行った。隣で店員に向かって20代とおぼしきカップルが「40代になってもまだこういう服きてるかなあ」といい、店員が何か講釈を垂れていた。いくら、私が20代から顔が変わらないからといって(20代の頃はいつも30歳以上に見られ、今は、30歳ぐらいに見られている(筈だ)が、顔は中島らもに似てきているらしい・・・)、「私が40に近くて失礼だなあ」と大声で心の中で叫んで粛清してあげた。暑いので、コーヒーを飲んでぼやぼやしていると、ぼやぼやしていたことを思い出した。その年の冬、繁華街の喫茶店で、ぼやぼやしていた。席の後ろに怪しい男と若い女の子が二人座ってきて、話し声が入ってきた。「君達はこの業界初めて?」「何見て知ったの?」「御客サンと終わったら、必ずお店に電話してね」「マンションまで迎えに行きますから」「勤務時間は24時から6時までだよ」「帰りは店の人が送って行くから」私は、トイレに行き、二人の若い女性をちらっと見た。失礼ながら、人のことは言えないのだが、不細工であった。で、何故だか、良かったぁと安心してしまった自分が、情けなくなった。貴族の娘が、落ちてゆく孤独で悲惨な結婚生活「女の一生」(モーパッサン)を思い出してしまったというのは嘘である。人面石 立神岩2021.02与那国島 人面石は森の中にあるようである。バイクでどんどん進む。幅の広い道ではなく、右側の狭い道をいく。案内はなく、グーグルマップで辺りをつけた。山道になっちまったけど、行けるとこまで行くわ。これ以上バイクでいけないところまで行き、そこから歩く。初めて案内がでた。人面か。人面石の上に登ると頭にストレスハゲがあった。ちょとかわいそじゃないか。牧場見えた。さて、森の中に戻りながら、絶壁へ向かうとするか(するかって、行って絶壁と分かったんだけど)立神岩そんなことを思いながら、本のしおり代わりにしていた紙を見た。タイの入国カードであった。記入欄にこんなのがあった。年収はいくらかと。2万ドル未満、2~4万ドル、4~6万ドル、6~8万ドル、8万ドル越え、無収入。 年収聞くのは聞いたことがないが、喫茶店でずっこける訳にもいかず、眉毛をぴくりと動かしたに過ぎなかった。
2005.07.24
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電車は、横揺れをしているのを感じながら・・・以前こんなことがあったなあと思い出していた。ある日、突然会社に電話があって、それは同じ大學の見知らぬ後輩からだった。アクサという保険会社からであった。確かフランスのでっかい会社やったなあと思いながら、一度会いましょうってことで、まあ会うぐらいいいよっていい、夜に、行った。 保険の勧誘ではなく、社員の勧誘だった。話の内容はまああれとして、私からも質問してみた。「突然、同じ大學卒業としても見知らぬ人に電話してだいたい何人ぐらいひょこひょこ来るの?」「それが時代もあって、10人中3人ぐらいも来るんですよ」これには驚いた。まあ電話のあやふやな内容からして引きぬきであることはピンと来るはずなのに、とりあえずそんなに来るか。「毎月、2万円の個人契約5人でいくと、3年目で1000万を超えてくる計算になってますが、これが基本ペースですか?いけますか」「いける方法があります。そういう戦略を会社が持っています。でも皆がいけるかどうかは、分かりません。ノルマはありませんので自分で目標をたててやって下さい。」なかなか正直だなあ、と思った。「今までの保険のおばちゃんから保険変更してもらう作業は、理屈でいえば紹介が続けば簡単かと思うのですが、ガリバーである日本生命だけは抜くのは難しいのではないですか。まあ、もういわゆるGNP(義理、人情、プレゼント)は終わりですけどねえ。」「世界規模でいえば、アクサの方が日本生命よりでかいのですが、日本では確かに難しいと思います。全く新しいシステムなら別ですが、同じ土壌なら2位3位が1位を抜くことは無理です」なかなか正直だなあ、と思った。お互い頑張って何とか勝ち組になりましょうや、シークレットボトム会談は終了したである。
2005.07.23
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何を隠そう、今日は、消防訓練があった。別段、私が消防士になったわけではないのだが、特別に応急処置セミナーに炎天下の中、参加した。止血方法や、止血方法や、止血方法等を、現役消防士さんが身の回りにあるもの、つまり、コンビニの袋やパンストやネクタイを駆使しながら熱弁をふるってくれた。観客は何人かその様子を私と同様ボーっと見ていたが、そのうちの一人が熱中症で倒れた。不謹慎だが、私はおかしくてたまらなかった。急いで止血してあげなければならないのではないかと、動く腹を必死で押さえた。昔、母の兄が亡くなった時の葬式で、私の真ん前に喪主の従弟が、正座をしていたが、お経最中ずっとムズムズしている。そして、お焼香の時、やはり、やってしまった。立って、よろけて、こけた。ダメだ。おかしすぎる。肩が震える、笑いを耐えるのが辛い。花壇先日、D&Yで花を買ってきて、鉢に植えていたのであるが、私の部屋は北向きで日が入らない(家具が焼けないように北向きを選んだが、よく考えたら家具がなかった)割には、花は毎日新しく咲いていた。ふと調べてみると、やはり、日に当てないと、と思い、共用廊下側に出したら、新芽は育つが、日に当たったことのない既存の葉は、断然元気がなくなってきて、もはや瀕死の状態である。育ちを途中で変えるのはよくなかったのであろうか。くぅ、焼肉定食・・・
2005.07.22
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うまく笑う人は、他人をも平和にさせる力を持っている。そして自分自身にも快活にさせる力を持っている。うまく笑うとは顔面左右対称に微笑むことだ。下手な笑いは、顔が歪み、皮肉の表情となり、他人との敵対関係を作りかねない。人は真実の真偽を五月蝿く問うかも知れない。しかし、問題は真偽の外にあるに違いない。他人は私の態度に注目している。言葉はあまり信用できるものではない。 夕日を背に前方から歩いてくる人の表情は分からない。その表情を知りたければ、その人の横に行って、一緒に歩いて、其の人の顔を覗き込むしかない。分かっちゃいる様だけど、トイモイ、どうする、アイフル?何となく中ノ島公会堂何となくその辺の事情・・・・ ●オーストリア一つの地方((Vorarlberl);を除いては合法である。登録せねばならず、かつ、毎週の健康診断を受ける必要があり、所得税を払わねばならない。●ベルギー違法である。しかし、黙認されている。ぽん引きと売買だけが起訴されている。50年代まで登録と健康診断等を伴った公式の政策があったが廃止された。しかし、特定の市はこの政策を非公式に復活させている。 ●チェコ合法である。が、ぽん引きは合法ではない。市は特定地域で、禁じることができる。しかし、これは、通常、機能せず、そして強制されていない。 ●デンマークそれ自体は合法である。しかし、それで生計を立てることは違法である。すなわち、別の収入源を持たねばならない。これは実際には、他人の行為によって生計を立てる者に対してのみ、適用されている。 ●エストニア違法ではない。●フィンランド違法でもないし、規制されてもいない。ぽん引き及びプロモートすることは禁じられている。●フランスそれ自体は合法である。しかし、公道において勧誘することを許されていない。周旋も、また、違法である。本人のみがそれで得た金を使うことができる。もし、彼女が結婚していて家族の生計を支えている場合、夫は周旋の罪で起訴される可能性がある。登録はもちろん、古い高級宿は1946年、議会において、共産主義者及び社会主義者によって廃止された。時々、そんな宿が摘発、宣言され、閉鎖される。 ●ドイツ合法であるが、まだ、通常の職業としての地位を得ていない(健康管理、失業給付、団体交渉など)もっとも、税金を払わなくてよい。共同体は特定地域、一日の特定の時間において禁ずることができる。ぽん引き及びプロモートは違法である。登記されねばならず、(しかしながら、多くの、特に外国人は登録していない。)そして、定期の強制的な、健康診断を受けなければならない。もし、客が代金支払を拒否した場合、訴追できない。もし、履行しなければ客は訴追できる。●ギリシア合法である。ギリシャ政府は最近、55歳で引退させる計画を公開した。週二回健康診断を義務づけられるので、多くの者は登録していない。 ●ハンガリー1992年に合法化された。内務省は92年2月、私的企業家として登録されなければならないとの計画を出した。地方自治体は、免許を発行し、有効な衛生証明書を持ち歩かなければならなくなるだろう。 ●イタリアそれ自体は合法である。経営、宿での労働は合法ではない。登録されず、健康診断もない。●オランダ非合法化されたことはない。1988年より、それは法的な職業として位置づけられ、サービスの分野の組合に加入した。1996年より彼女らは所得税の支払いを義務づけられている。ぽん引き及び周旋は違法である。これは厳密に言えば、宿を維持する行為にもまた、当てはまる。しかし、この法は強制されておらず、おそらく、すぐに改正されるであろう。宿はオープンに宣伝している。市はたびたび、宿を町の一定地域に制限している。 "Stichting Man & Prostitutie" と呼ばれる客の組織と売春情報センター(PIC)がある。PICは小冊子を配り、質問に答え、客、その配偶者、観光客、そして学校のクラスにセミナーを開いている。プロの天職として社会に充分に受け入れられている。彼らは非営利であり、PIC、等で寄付を受け付けている。彼らはまた、彼らの全ての小冊子、アムステルダムの価格情報、身体障害者の客のための情報、安全情報、女性客のための心得等を特集したウエッブサイトを持っている。 ●ノルウェー合法である。●ポーランド規制されておらず、ゆえに合法である。議会は産業全体に適用される税の導入を検討している。●ロシア違法である。しかし誰も気にしていない。 ●スウェーデン合法。ライブショーは違法である。 ●スイス合法である。●トルコ合法である。 ●イギリスそれ自体は厳密にいえば合法である。しかし、いくつかの外部活動は非合法化され、そのため合法的に働くことは難しくなっている。勧誘、 宣伝、宿の経営は違法である。スコットランドでは黙認されているとの噂がある。そこではサウナと呼ばれている。
2005.07.21
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かつて、いろんなアジアの国に行ってみて思ったこと、子供は大人にとって宝だってこと。一例を挙げると、フィリピンのマニラの家にに2週間程滞在したときのこと(飛行機で偶然隣に座った人の実家だよ)結局、誰がどの子供なのか分からないのだ。皆が抱擁し、皆がキスをする。皆が食べさし、皆が連れ歩く。誰がどの子供なのか、というのはあまり問題がなかった。それ以外の問題はいっぱいあるのだが、これには感心した。関連するのかも知れないが、誰の子供でもいいじゃん、皆で育てれば。同様に、金のある人が払えばいいじゃんというのもあって、何故かその場に居合わせた私が、その家の電気代を払っていた。まあ、飯代も宿代も払ってないし、家に住んでる家族か同居人かなんか分からないオカマが私の衣類を洗濯してくれるし。極めつけは、いつもソファで寝ていたじいさんだ。夜には私がウイスキーを振舞うのだが、一週間たっていなくなったので、「彼はどこへ」というと、「家に帰った。だって彼はただの電気屋で、うちの修理をしていただけだよ」だって、だてじゃねーぜ。面白いじゃん。勿論、表面的なうすっぺらい所しか見えてないけど、何か家族ってもっとアバウトでいいじゃんって思う。「おまえには子供がいないからだ」といわれれば、確かに、その通りです。 バジャウの大家族
2005.07.20
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FAX送付票 送付日: 2005年7月20日 送付枚数: 3枚(送付票含む) 送付先: 発信元: 〒 TEL: 飛脚 FAX: ヒミツ E-mail: 件名: お世話になっております。 □ ご査収の程、宜しくお願いいたします。 □ 後ほど家出いたします。 □ 折り返しご連絡お願いいたします。 □ FAXにてご回答お願いいたします。 □ 何もしません
2005.07.20
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ゆっくり朝出かける時は、体を冷やすためにスーパー内を通って駅に行くが、今日は小さなイベントホールで何かが踊っていた。休日の朝、空いている電車に乗った。雲は「シェリタリングスカイ」であった。冷めた夫婦関係を修復させるためにアフリカに行き、夫が病死で死んでいく家庭で愛を再確認するという趣旨の映画。夫が死に行く程に妻のデブラウィンガーがどんどんセクシーになっていくという趣向。映画音楽は、その単調なシーン(沙漠とか空とか)にも有効だが、演技に盛り上がりのないシーンや、下手をすると、演技のまずさをごまかすためにも有効なんだなあと思って空を眺めていた。普段は、電車内で私は、本を開いているか、眠っているか、本を開いているだけか、本を開いたまま眠っているかのどれかなのだが、昔、知識人の小田実氏が阪急電車に乗っていたのを見た。こういう人は本を読むのかと思ってみていたら、いつものようにポケットに手をつっこんだまま、ずっと流れる風景を見ていた。頭の中は難死の思想しているのだろうか・・・でも、なんだなあなんか思っていたなんかいっても、本当に自分がオリジナルで考え出すことなんか一生で数えるくらいしかないのだなあ、大抵は、どこか何かで知った知識の組み合わせやなぞりに過ぎないのだなあと思っていたら大阪に着いた。大阪に着いたら、呪われた一家JFK銀行があったタ(ウソウソ)。私はお人よしなので、昨日の日記の続きであるが、簡単に騙される頭の単純構造になっている。知恵がないのは、考える力がないからであろう。大役だといわれ難題を押し付けられる。無理難題についてはどうやっていいか尋ねると、キミに任せたよ、と丁寧に言われる。無理して車を買うと、火の車までついてくる。そんなことが続くなあ、と思っていたら、もう夕方である。急いで帰らなければならない。(帰っても何もないけど)もう「挑発には乗る」という信条を撤廃する季節かも知れない・・・明日は宴会隊長に任命されている・・・ちなみに「踊り候え」とは鴨居玲唯一の本である。
2005.07.19
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何を隠そう、実はこれも国家機密に近いA級情報なのだが、車検で車をディーラーに持っていくため家路を急いだ。堕落である。かつて日本製真っ赤なポルシェに乗っている時は、直接車検場に持っていき、車の手続きの詳しい知人に5,000円を握らせ、4万円程度で車検を通貨させたのであるが、今回は良く分からないが重量税という重税だけで既に5万円を突破している。新たに加わったリサイクル料金まで2万円である。自賠責さえ3万円である。あの真っ赤なポルシェ時代が懐かしい・・・。そんな訳で涙した。歓喜の涙ではない、暴力(的税金や車検代ぶったくり料金)の涙である。「それから少しみましたが、こことことこことここにヘコミや傷がありますね、一緒に確認しますか」と言われたが、「ああ、そうですか。じゃあ見積もりだけしといてください。」といって早々に立ち上がり、おもむろにトイレに寄って、店外に出た。用事は3分で終わった、シブイ!渋すぎる。そのあと、何を隠そう、半年に1回同じようなことを書いているのだが、そのまま車を預けて大丸に行った。7月に入って都会を歩いていなかったので、人々の私服の代わりように驚いた。原色が目に飛び込んでくる。世の中の半分以上が女性のような気もしてくるし、世の中女性の方が元気なのだなあという気もしてくる。急いで大丸ポイントカード1年分毎月1万円積み立て合計12万円分プラス利子1万円分を受け取り(凄い利率である)いつものように、いつもの背広コーナーに行き、速攻で兄ちゃんにつかまり、急いで挑発に乗り、3着も見本を出され、申し分なく一番安いのをオーダーしたが、サイズがなく、2番目に安い背広に決めるまでの所要時間が3分であった。3分で48000円も消費したというのに、まだ兄ちゃんは何かを売りつけようと、私の背中に見え隠れするネギを見ている。ベルト・・・カフスボタン・・・そんなのいらねえよ、ベルトは1本持っているし、カフスボタンは2つ持っているが、今まで使ったことは1回しかない。うちとスワロフスキーとの提携商品ですなんかいいながら何故か500円のカフスボタン、安いやん、でもいらない。いかンイカン、私は売り込みに非常に弱いし、騙されるのも非常に得意なので、一目散に退散し、数件となりの靴屋に。靴屋に入ってウロウロしていた店員さんに、いつもの夏の言葉を発する。「靴下貸してください」その次は「これ履きます」といって足を入れた瞬間に「コレにして下さい」速い!時速90キロぐらいで決めた。店員さんもその速度についていけず、思わず「左足も履いてみますか」と聞いてきた程だ。 夏なのだなあと思う。何故かしかめっ面して雑踏を一人歩く自分が惨めな気がした。かつてトイモイ氏は、風呂の時間が長く、時に朝まで入っていることもあった。風呂に入ると雑誌を読むのだが、何故か雑誌の端が水没していくのである。雑誌が可愛そうである。ページが開かなくなった雑誌は既に10億冊を超えるという。大抵は翌日パリパリになった雑誌を再度風呂に持ちこむのであるが、疲れも日増しに高まり、雑誌の2ページを超えた所から意識が突然消えるのである。湯が冷たくなる前に浴槽から出てくるようにと、内閣調査室ではコメントがなされていたことを思い出しながら歩いていた。ここ3年は温泉等以外では浴槽に漬かったことがほとんどないというレポートもあることは、フォーユアアイズオンリーである。<ヘルシンキサウナ・・・またイキテエ・・・
2005.07.18
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同乗するなら金をくれ。100円。ハートは燃える器官。肝臓は耐える器官。血管は持続する器官。脳は育てる器官。私は人の話を聞かん。 2002年の観光白書によると、海外旅行好きの国は、オーストリア、ベルギー、デンマークといった国が海外旅行の好きな国として目立っている。日本は海外旅行好きと思われがちだが、日本と米国は、実は海外旅行の対GDP比は1%以下であり、海外旅行にお金を使っているかどうかでは、世界の中でも海外旅行を好んでいない2国である。まあ、陸続きでないとか国内もまあまあ充実しているからなのだろうか。しかし、海外旅行の支出の金額規模から言えば、米国は1位、日本は4位と決して小さくはなく、日本人観光客の場合は特定の国際観光地に集中する傾向があり、金遣いの荒さが目立つのであろう。いらない土産物買ってくるのや、ぶったくられぱなしのボレロはやめるべきであろう。国際観光収入の大きさについては、実額は、米国、スペイン、フランスの順に大きく、こうした国が大きな国際観光消費の対象となっていることがうかがえる。 国際観光収支のプラスが目立っているのは、1にスペイン、これについで、オーストリア、スイス、イタリア、フランスといった諸国であり、なるほどなとうなずける国々である。 逆に国際観光収支のマイナスが目立っているのは、デンマーク、サウジアラビア、ロシアといった国である。 日本は、収支がマイナスであるとともに、国際観光からの収入依存比率が0.1%と極端に低い点が目立っている。 2004年9月のWHO調査によると、日本は10万人あたりの自殺率が8位であるが、9位までは、1位のリトアニアや2位のロシアを始め、すべて旧東欧諸国である。自殺大国と私が思っていたハンガリーは7位である。なんだかなあ。ちなみに女性の方が自殺率が高いのは中国のみである。男性向け避妊具の大手メーカーDurex社は毎年セックスに関わる調査をウェッブサイトで行い、これをホームページで公開している。調査対象者にどのような片寄りがあるか明確にされていないので、科学的な価値は低いが、いろいろ面白いデータが掲載されており、面白い。相手のどんなところにセクシーさを感じるかという質問に、おおまかに、民族別には、アジア諸国では、「胸」、北欧諸国では、「まなざし」や「態度・姿勢」、東欧・南欧では「お尻」への回答率が高い。そんなものかいなあ・・・2005年の日本地理学会によると、最近メディアによく登場した10カ国(米国、インド、ブラジル、北朝鮮、フランス、ギリシャ、ベトナム、イラク、ケニア、ウクライナ)について、全国の大学生、高校生に世界地図上の位置を答えてもらう調査を行った。調査結果によると、大学生で位置が分からなかったのが米国3%、インド3%、ブラジル7%、北朝鮮10%、フランス12%、ギリシャ24%、ベトナム26%、イラク44%、ケニア35%、ウクライナ45%。あれだけ毎日イラクが出ても半数はどこにあるか分からないんだなあ。1999年財団法人日本性教育協会によると、1974年81年87年93年99年の男子大学生道程率はそれぞれ77%、68%、55%、48%、38%、女子大学生の書所率は89%、82%、74%、57%、49%、とのことでっす!2004年国連開発計画によると、1980年から20年間で年平均の災害死亡者数の多い国の順でいえば、(( )内は主な原因)エチオピア(旱魃)、北朝鮮(旱魃)、バングラデシュ(台風)、スーダン(旱魃)、モザンビーク(旱魃)、インド(台風・洪水・地震)、イラン(地震)、中国(洪水)、ベネズエラ(洪水)、アルメニア(地震)、フィリピン(台風)、トルコ(・地震)、アフガニスタン(地震)、ホンジュラ(台風)ス、メキシコ(地震)、ベトナム(台風)、インドネシア(地震)、日本(地震)、パキスタン(洪水)、米国(台風)、イタリア(地震)、ネパール(洪水)、ニカラグア(台風)・・・である。日本は世界18位であるが、先進国の中では1位である。地震国というのもあるが、対応のまずさもきっとある。年平均350人である。災害死亡者1人の裏には被災者が約3000人いると国連は結論している。休憩のコーナー・・・トイモイにかつて入ってきたおふざけメールによると、野茂とホモの違い:完投して喜ぶのが野茂、浣腸して喜ぶのがホモ。打たれるのを嫌がるのが野茂、打たれるのを喜ぶのがホモ。野茂はホモを狙わないがホモは野茂を狙う事がある。好プレーするのが野茂、チンプレーするのがホモ。家族で楽しくみるのが野茂のプレー楽しくみれないのがホモのプレー。お尻を見せて球を投げるのが野茂、お尻を見せて球を揺らすのがホモ。野茂は球を投げるがホモは球を捨てる。野茂はアメリカで人気者になったがホモはアメリカに沢山いる。野茂はお尻を向けて投げるがホモはお尻を向けて誘う。
2005.07.17
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スターバックスもアルコール業界に進出か。愛でたい事である。何を隠そう、7月に入って1日も休んでいないので、労働基準法に違反している。こんなことでは、心配である、もはや靴下と下着は裏返しに履いても間に合わない状態である。「逆にいうと・・・」「基本的に・・・」「変な話ですが・・・」と接頭語に口癖をつける人々がいて、まあ、それは、愛嬌であって、ちっとも逆になってないし、基本的も応用的もないし、ちょっとも変な話でもないんだよなあ。~的という言い方は本当はあまり好ましくないが、私も何となくあやふやな時は~的なんかいって誤魔化しているのだ。残念ながら、わたし的には、というのは言わないけれども・・・・パクリのコーナー結婚した教え子から年賀状が来た。「性が変わりました」と書いてあった。(2.8朝日新聞)酔っ払って帰宅した夫は、そのまま居間に寝てしまった。重くてとても寝床まで運べない。「這(は)って行ってよ」と何度も声をかけたが、そのたびに夫は「ハッ!ハッ!ハッ!」と答えた。 (5.18朝日新聞)「絶体合格しますように」と書いてある絵馬を見て、多分合格しないだろうな、と 思った。(4.21ぴあ)阪急電車の中、3歳位の男の子がおしっこをしたがっている様子。子供「ママおしっこ」ママ「どうしてもっと早く言わへんのっ」すると子供は何を考えたのか、早口で「ママッおしっこ」。(2月号Lマガジン) 某工場内の「おれがやらなきゃだれがやる」という看板が、「だれが」の「が」の 点が削られ、「おれがやらなきゃだれかやる」になっていた。この会社の将来は …。 (10.27ぴあ:97秋第2位) 友人は入社試験の面接で、あまりに緊張してしまい、「家業は何ですか」との質問に「かきくけこ!」と答えてしまい、家に帰るまで、何で「カ行」を尋ねられたか分からなかったそうだ。(11.23北海道新聞)「ふえるワカメ」は大きくなるだけで、別に増えはしない。(9.22ぴあ:97秋第3位) 一人息子がちゃんと留守番できているかどうか、公衆電話から他人のふりをして家に電話してみた。「もしもし、お母さんいる?」息子「いらない」。(3.17北海道新聞:96春第2位) 電話で書店に本を注文した時のこと。住所と氏名を聞かれたので、名前の「和英」を和は「ヘイワのワ」、英を「エイゴのエイ」と答えた。 後日送られてきた郵便物の宛て名は「和A様」となっていた。(95.6.11毎日新聞:95夏第2位) 「水戸黄門外伝・かげろう忍法帖」の最終回で、事件がすべて解決し故郷へ戻ることになった由美かおるたちは、喜びのあまり「ヤッホー」を連発していた。 でもそれってもしかしてドイツ語じゃ…。(ちなみにあの「水戸黄門」には、格さんが「おいハチ、ファイト!」と言ってしまった前科があるらしい。) (95.10.3ぴあ:95秋第3位)新鮮なお魚を「死にたてピチピチ」と言う私を、母はとても嫌がる。 だって本当のことじゃないの。(9.29ぴあ) 理髪店で中学生が「少し長めにして下さい」と頼むと、ご主人が「耳はどうします か」と聞き返した。中学生は少し考えていわく「切らないで下さい」。(10.5週刊読売)父が入院することになって、病院に予約を入れて自宅で待機していたら、思わぬ早 さで連絡が来て、「明日から入院して下さい」 突然のことで、心の準備が出来ていなかった父は、思わず「今、ちょっと体の具合 が悪いので、少し延ばしてもらえませんか」と言ってしまった。病院も何の疑問を持たず父の要望を受け入れた。(6.15週刊読売)小学4年の息子が受けた国語のテストに「もう…してしまった」を使って例文を作りなさい、という問題があった。息子は「もうしわけないことをしてしまった」と書いていた。 (2.1朝日新聞) 「JUNKO」というデザイナーのネーム入りトイレマットを敷いた日、夫は「J」の文字を踏んでいたらしく、トイレを出るなり、「あのマットはなんだ」とのたもうた 。 (1.18朝日新聞)
2005.07.16
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http://www.hottokenai.jp/ スペースシャトルの打ち上げが延期になった。有人飛行というのはスコブル難しいということが分かる。スペースシャトルは飛行高度が300から500キロのところを地球をぐるぐる回っておる。月は38万キロ離れている。まだ1000倍遠い。ほんまに30年以上も前に月に行けたんかいな・・・ 対して、無人飛行(探査)は、着実に成果を上げている。ディープインパクトは彗星の近くまで接近して彗星の成分を分析したり、カッシーニは土星の輪や衛星の映像を送り続けているし、ホイヘンスに至ってはタイタンに着陸までしている。しかし、中国が2年前に「神舟5号」で有人飛行に成功してからというもの、アメリカはまた必死だ。宇宙飛行は即、軍事技術だからだ。またブッシュは月に人を送り、火星への探索を目差すなどといいだしている。ムチャな有人飛行に金をかけ、有効な無人の予算を削っている。あーあ。 自由の女神 意味なし八王子名店紹介*「死にかけおじさん」の豚カツ屋。死にかけのおじいさんがやっている。多分関西出身だろう。2週間に一度程行くが、そのたびに「帰って来たの?」と訳の分からないことをいわれる。耳が遠いので、顔を不用意に近づけてきて、日本人的距離にすると恋人並接近度になるので、若干恥かしい。定食としては「コロッケ定食」か「アジフライ定食」しか頼まないことにしている。*「いつも空いている中華料理屋」リバティという名だが、ちっとも勝ち取った自由って感じはない。いつも誰も入っていないが、何故か飯を食っていると必ず(限りなく100%に近い)客が入ってくる。俺は招き猫ではない。味は可も不可もなく「チャーハン」しか食わないことにしている。(ワシも保守的やなあ)*「新しいスタイルのラーメン屋」一応雑誌にも良く載っているみたいで、その記事やその号の雑誌を置いているところが偽者っぽい。ただ、スープは実際のところなかなかいける。ただ、愛想が悪いのが何となく嫌だ。ワシの場合、ブスッとして職人的だが味がうまいとこよりは、多少味が落ちても愛想がいい所のほうが好きだ。但し、不必要に話しかけてくるところは疲れる。距離の取り方が難しいが、そこを瞬時に判断できれば、尚良い。*「カレーCoCO一番」こういったチェーン店の嫌な所はマニュアル化されてるところだ。思うに、人間を馬鹿にしている。本当に感謝しているのか、そうでないのかは誰にでも分かる。(だからマニュアル化していても、本当に感謝しながらいっているのなら勿論OKだ)だいたい、ウエイターは仕事として格が下という状況が良くない。だから若い奴が多くて、プロフェッショナル度が低い。特にカフェには支給30年とかいう年季の入った威厳のあるウエイターが欲しいものだ。あっ、そうそう、味としてはまあ中庸をいってますな。「野菜カレー」しか頼まない。*居酒屋「しょうや」泊まっていたホテルの1階に入っている。東京ではチュウハイのことを何とかサワーという。(レモンサワーとか)それが結構嫌な感じだ。ひつこく「チュウハイ頂戴ね」といって嫌われている。味はただのチェーン居酒屋だが、海モノを食する。(最近では関西でもサワーだ、何となくむかつく)
2005.07.15
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知らないものを何か知っているものに還元することは、私の心を楽にしてくれ、満足させてくれ、何より力になってくれる気がする。知らないことは、動揺であり、不安であり、心配である。本能は知らないことを取り除こうとする。それは知っている知識や経験をフルに使って知らないことを埋めたり理解していこととする。不安や動揺や心配から免れる為に、既知の部分を最大限に生かす。この行動は、やたらめったら後ろ向きな感じがする。知らないことへの恐怖感が動き出す衝動になっている。その原因を過去の知っていることから導きだそうとするので、選択幅が狭まり、優遇させられる面が出てきて、習慣性の法則が見出される。結局は自分に支配されている。この枠から抜け出したい。人を見よ、人を探せ、人を模倣せよ、書物を見よ、結局は外を見よってこと。それを頭で考えずに、自然着火する。そんなことはきっと小学校で習った筈だ。情けない、と、思う。「人に感謝が足りない」と思った頃。[ 政治経済を学ぼう ]ぎんぞうくんはある日、パパにたずねました。「ねえパパ。政治経済ってなあに? おしえて」「政治経済か。ひとことでは言えないな。そうだなぁ。パパはお金を稼いでくるだろ。ママはうちのことを管理している。だからママは『政府』だ。ぎんぞうはいつも、あれほしい、これしたいっていう要望を出すだろ。だからぎんぞうは『国民』だ。それから、お手伝いさんのきむ子さん。きむ子さんはいつも一生懸命働いてくれるから『労働者』。忘れちゃいけない、赤ん坊のまむ。まむはみんなの希望。『将来』だな」「ふうん。資本主義、政府、国民、労働者、将来か。難しいや」その日の夜中、ぎんぞうくんは赤ん坊のまむの泣き声で目が覚めました。まむのおむつはうんちだらけ。ママに知らせようと寝室に行くと、ママはぐっすり眠っています。「ママ」呼びかけても起きないので、お手伝いのきむ子さんの部屋へ。すると中から声がしました。そっとのぞいてみると、きむ子さんのベッドにパパも一緒に入っていました。翌朝。「パパ!ボク政治経済のこと、よーくわかっちゃった!」「ほう。そうか、えらいなぁ。どんなふうにわかったんだ?」「うん。あのね。労働者が資本主義にもてあそばれている間、政府は何もせず、国民の声は無視された。将来なんかくそったれ!」 自由市場
2005.07.14
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今日は、パクリなのだが、今回は、昔アメリカで活躍した日本人 ”ミスターT”の話を致しましょう。100年前のアメリカ西海岸、「ロスアンジェルス」。当時、そこは神様がいない街、「ロスト・エンジェルス」の街と言われていた。麻薬と犯罪、そしてギャングがはびこる無法地帯であった。 その頃、リトルトーキョウに一人の日本人英雄が住んでいた。その名を、ミスター東郷と言われ、空手3段、柔道3段、合気道3段、さらに正確無比な射撃の腕前は、FBIの狙撃チームを上回るとさえ言われていたのであった。(もうその頃にFBIがあったというのが嘘っぽい。確かに創立は20世紀はじめであったが・・・) 通称 ”ミスターT”は正義感溢れる行動により、犯罪都市ロストエンジェルスの中で、リトルトーキョウの治安を守り通した英雄であった。やがて ”ミスターT”の名声は、ロス全体にまで広がり、とうとう彼は警察に協力してロス全体の治安にまで力を貸すようになっていき、やがて彼は、麻薬と強盗がはびこるロスを救い、ロスは再び平和な街へと復活していったということである。 しかし、日常生活の ”ミスターT”は、想像を超えたスピード狂でした。月も見えない漆黒の夜、”ミスターT”の車は時速200キロで壁に激突して、無惨にも即死してしまったが、その死は、自殺、他殺など色々と取りざたされていますが真相はいまだに謎のままである。 彼の功績によって平和が蘇ったロスの市民は ”ミスターT”を偲んで、いつの間にか、ロストエンジェルスの街を、ロスアンジェルスと言うようなったとさ。”ミスターT”の ”T”は、ミスター東郷とともに死に、市議会も、ロストエンジェルス(LOST ANGELS)から、”T”を永久欠字にすることを、全員一致で決議したという。 このようないきさつでLOST ANGELSから、”T”がなくなり、LOS ANGELSと呼ぶようになったのであった。(ほんまか)歩いていると、キャバクラ?スカウトマンをよく見かける。あんなことしてて儲かるのだろうかと思っていたが、こういう記事を読んだスカウト成功制では1人2~20万円(えらい幅あるなあ)歩合制では女性の稼ぎ5~10%が入るという。入店する確率はというと1万人に声をかけると電話番号を教えてくれるのが100人(1%)面接に来るのが30人(0.3%)初出勤するのが15人1ヶ月続くのが3人とのこと。(どのこと?)以前、心斎橋を歩いていたら、45度の鬱陶しいサングラスの男がマヨネーズをチューチュー飲んでいた。こんなことで日本は大丈夫だろうか。実はと言うと、私の妹も、彼女が3歳のころ、ふと彼女に目をやると、マヨネーズを飲んでいた。何か静かにその光景を見ていた。母が気づき、すっ飛んできてQPを取り上げた。ちなみに私の知り合いにQPな子がいて、まっすぐ立つと、手が外側に反る。ちなみ高校の時の野球部の友達の渾名はマヨネーズだった。唇がマヨネーズだったから。チーン。■防衛庁の契約実績上位20社(1999年度) 件数 金額(百万円) 調達額 構成比(%) 三菱重工業 279,669 22.1 川崎重工業 132,192 10.5 三菱電機 112,084 8.9 東芝 53,809 4.3 石川島播磨重工業 53,524 4.2 日本電気 42,567 3.4 小松製作所 37,051 2.9 日立造船 34,449 2.7 日産自動車 27,337 2.2 日本電子計算機 25,525 2.0 マリンユナイテッド 24,675 2.0 日立製作所 21,765 1.7 富士通 16,619 1.3 山田洋行 16,002 1.3 ダイキン工業 13,364 1.1 日本製鋼所 12,747 1.0 伊藤忠アビエーション 12,023 1.0 冨士重工業 11,246 0.9 新明和工業 10,689 0.8 沖電気工業 10,433 0.8 やっぱ三菱BKの一人勝ちに例をみてもわかるように三菱というのは、すなわち日本なんだああろうなあ。
2005.07.13
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コベントリーから飛行機に乗った。そういうことを思い出したのは、今日のお中元が例のチョコレートだったからである。季節外れのチョコ。11世紀イギリス。コベントリーに住む人々は、領主レオフリック伯爵の課す重税に大変苦しんでおりましたとさ。それを知った領主の妻が税を軽くするように申し出ると、伯爵は素っ裸で町中を歩いたらそうしてもいいといいました(とっても酷い領主やなあ)美しい妻は大変なやみましたが、精霊降臨祭の次の金曜日に白馬に乗って町を廻ったとさ。人々は彼女の強い自己犠牲に心打たれました。そしてその日は人々は窓を固く閉ざして彼女の行為に応えました。そんな彼女の優しい心、自己犠牲の精神を称えて社名にしている会社のものを今食べております。ベルギー王室御用達、ゴディバ(ゴッド ディーバじゃないよ)。 ところで、キリン
2005.07.12
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クルド人というのは、推定人口2500万人なのだが、独自の国を持たない民族であり、トルコやイラクやイランなどでマイノリティーとして存在している、イラクのフセインもイイ戦争では化学兵器で5000人を毒ガスで虐殺したり、湾岸戦争では2万人を虐殺したり100万人の難民を発生させたことは有名だ。そんなフセインも何故かロマ人(ジプシー)には寛大で、定住のため家を提供したりなんかして、手厚く保護したりなんかして、ロマから感謝されたりなんかしている。今は、政権が崩壊して、イラク人に略奪され悲惨な目にあっているようである。まあ、フセインも兵力増強のためにそうした手厚い保護をしたのであろうが。 続きを書こうとしながらも中断して本読んでたら・・・あ、2時間たってる・・・寝るわ てへらんペルシャ市場
2005.07.11
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発明とは 妹のところに荷物を送ろうとしてふとアタリマエのことに気がついたのであるが、海外ではしばし、通りを中心とした直線的な住所になっているので、非常に分かりやすい。日本は何々町何丁目といって住所を面で捉えている。これは、役所的に地図で俯瞰して分かりやすいが、いざその地に行っても探し出すのは結構大変だ。人のことを考えるのではなく管理しやすい住所になっている。 日本の住所表示が統一化されようとしたとき、ガンと反対して統一しなかったのが京都だ。「御池通り凧薬師下ル」とかいって、南北の通りと東西の通りを表記してそこを上がる下がるといって、住所を書くのに非常に面倒なのだが、現地に行くと大変分かりやすい。 日本はドコの町に行ってもあまり代わり映えしない原因の一つに住所表示の悪弊もあるのかも知れない。 そうそう、ロンドンヒースローから、妹の住む田舎町(失礼)に向かうバスにしたって、ハイウエイ(勿論、無料)にしたって、道路標示が非常に単純、数字とイニシャル(AとBとMだけ)の組み合わせで分かりやすいのであった。(M1を北上し、B777を右折) とは、いっても、妹の配偶者は、しっかり道に迷いましたが、そのとき、カーナビを使ったが、これまたシンプルな説明。「ランドアバウトどうします。次、ターンレフト」とか。 日本の道路は、これまた役所の縄張りのためのネーミングであり、走行車のことは特に考えておりません、ワナワナ・・・ワナワナついでに、黒いドットを数えてイライラ・・・
2005.07.11
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今日は0時20分から2時50分の夜中まで「スターぉーず」真夜中版レイトショーがあったので、こんな時間は珍しいと、行く準備をしていたが、(15分で行ける)しっかり今時計を見れば、0時20分であった。一去年の日記の続きであることをお断りしておかねばなるまいまた、去年の日記の続きであることをお断りしておかねばなるまいまた、 周辺を外輪山巡り気分で3時間程歩き、山小屋に戻ると、我々を見届けたかの様にまくねえなあといいつつ飲むと5時半になり夕食開始。山小屋在住のぶーちゃんは食堂に降りて来なかった。 久し振りにに山で宿泊する時を迎え、私は少し緊張しなければならないのかとも思ったが、山小屋は楽勝プーだった。ただ私はついうっかり歯ブラシを忘れてきたのである。しかし歯もあまりに清潔すぎたら余計に虫歯になりやすいことを思い出し、それを教訓とした。それは日本人だけがバリやエジプトでコレラ等の病気に罹ることと同じような気がした。清潔さには基準がないのに、皆グルーミング産業の罠にはまっている。多少の効果はあれ、何もしなくても、もともと清潔に見える人もいれば、いくら金をかけても暑苦しく見える人もいる。それは仕方ないからあきらめたらいいし、皆違うからこ面白いと思えないのだろうか。といいつつ、歯磨きたいなあと思う。でも勇気を出して他人の履いたパンツを借りることはできても、歯ブラシは借りれないからなあ。それも気持ちの問題だけなのだがねえ。気付かなければ、それでまさか病気になることもないだろうから、それで終わりなんだろうけれども、これは箸に似た所が多少あるのかも知れない。他人の箸は躊躇するが、スプーンはおとがめなし。不浄感である、といいつつ指で歯を磨きウイスキー時間となる。隣ではビール3本目、の一人クライマーが、我々にちょっとだけ話しかけたく思っているそぶりをみせながら、黙って眉間に皺を寄せてつまみのイカを食っている。 山を降りると次は川でのキャンプである。 この辺りの名物はソースかつ丼というもので、要はかつ定食をひとつにまとめて面倒みているだけで、皿を洗う枚数が減るという合理的な食べ物で、実際口の中に米とキャベツとかつとソースを一緒に入れると想像通りの味で、何故か胃がもたれてしまった。 川沿いでテントの張れる場所を2つの川に絞って探していると、地元の親切なおじさんが我々の気配を鋭く敏感に察知し、道のド真ん中に軽トラックを颯爽と停め「どこ行くずらか」と尋ねてくれた。我々が質問をする前に後続車がやってきて、「ちょっと待つずら」といった。もしかしたら「づら」なのかも知れないと私は危惧したが、そんなことはおくびにも出さず、テントの張れる場所(以下「テン場」という)を尋ねると、もうこれ以上上流に行っても沢になるだけなので隣村に行くように助言を頂いた。ついでに道も教えてくれたが、地図を見せると、南北逆に話してくれているようで多少分かりにくかった。おじさんは満足そうに再び颯爽と車に乗り込み、相変わらずよく分からずにいる我々を田んぼの挟まれた道端に残し、去って行った。我々はおじさんのいったことを翻訳しながら忠実に地図とにらめっこすること30秒。「これってここから無茶遠いぞ」と叫び、行くべきか、無視すべきか本日最大の選択を迫られた。「あのおじさんは川上に行ったのか」「見てませんでした」とSTは首をかしげた。もしかしてあのおじさんは自分の領域である川でテントを張られるのが嫌だっただけなのかも。よそ者排除の思想が仮面の裏にあるのではなかろうかという申し訳ない疑惑を抱きSTに心情を話すと、「最近は心ないアウトドア野郎がいっぱいいますからねえ」と最近の新聞で読んだ通りの模範的回答が返ってきた。「やっぱりこの川もうちょっと上流行ってみようや」という意見はもう既に一致していた。我々は川上に沿ってレがCを走らせた。数分後、充分にテントが張れる広さの河原が道脇に広がっていた。地元の家族連れの車も数台止まっていて、お決まりのバーベキューの類を食していた。我々も早速テント類の組み立てを始めた。道端に貼ってあった「7月◯◯日に熊が出ました。常に音を鳴らしたり集団でいるようにしてご注意下さい」という看板を気にしながら、レがCから荷物を取り出した。「今は山は食料豊富だから出てきませんよ」とか「まあ食料だけ外に出して寝ていれば大丈夫だ」とか「ヒグマ以外は案外気が弱くてめんちの切りあいしてたら逃げ出してしまうからなあ」とかいつしか勝手に自分たちに肯定的なことばかりをつぶやいていた。「大丈夫、もうちょっと先に進めば予定通りの道に出るであろう」といいつつ勇気ある撤退の時期を逃し、山で遭難してしまう心境に似ていたような気がした。「“来た時よりも美しく”とボーイスカウトの様な標語をモットーにしております。また川を汚さぬ様洗剤は使用しません」と一応我々は誓った。 食事を終えて伊那の中心を調査することになり、おおよそレがCを走らすこと十数分。内心、例の軽トラック颯爽おじさんに見つかり、「なんや、まだこんなとこでぶらぶらしているずらか」と怒鳴られるのを恐れながら。今夜は盆祭であった。車両通行止めであった。警察官か町内会役員か欲分からない人に行く手を遮られる。「どこか車止められる所ないですかねえ」と聞くと「うーん。そこに止めなさい」と人の駐車場の前に止めさせてもらえた。「素晴しい。ブラボー」と我々は叫ばずにはおれなかった。商店街の人通りを一つ抜けると飲み屋街であった。10年前の高校生用帝国地理院出版の地図町巻末で調査すると伊那市の人口は6万人弱である。それなのにこの飲み屋街の広さとこの人出、いやこの若者人口比率の高さ、何だこれは。来年につづく
2005.07.10
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世の中で起こっていることとか自分が考えたり趣味にしたり肌で感じたりしていることと、仕事の内容や話題と全然関係ないのも、なかなか面白い。 取りやすい所から優先的に確実に取るということで、勤め人にも税金が上がった。せめて背広ぐらい経費にして欲しいものだ。北欧ではかなり税金が高いが医療費や教育費がただやソレに近いということで、税金に対する不満が税金の少ない日本より少ない。昔の税金はどうだったのだろう。二宮尊徳という人がいましたな。学校で薪をかつぎながら本を読んでいる不逞者である。本当なら両手も薪で本なんか読めないぞ、なんかひねくれた私は小学校の花壇の脇に会った銅像を見て思い、鼻に紙を丸めたものを詰めたりしたものであった。昔は、太閤検地により、農地は完全に把握され、厳しい年貢を取り立て続けられたかのようであるが、その後、新たに私的に墾田した田については、おとがめなかったようであった。これが、実質的な脱税の源であり、農民の食いっぷちになっていたふしがある。まあ薄々領主も分かっていたのであろうが、一揆も怖いことだし、ちゃんと食べて決められた年貢を納めて欲しいからお目こぼしをしていたのであろう。こういった隠し田は、農民にとってかなりの収入源になっていたようである。二宮尊徳も、この脱税で大もうけし、これが身を立てる財産になっていったのであった。 ヒットラーの「我が闘争」は無茶苦茶売れたらしく、当時の平均年収の2500倍程度売れたらしい。今に直せば平均年収を分かりやすく500万円とすれば125億円、1冊1,000円とすれば1250万部・・・税金が6億円だったそうだが、税務署に何度もかけあっているうちに総統になり、チャラにしたという実績を持っているらしい。これでよかったのかしらん、パリよ。
2005.07.09
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昨日、オリンピック開催地決定があり、今夜同時多発テロがあり。現代人は、本当に自分の身近にコトが怒らなければ、鈍いままでいるほど、想像力が麻痺していて、動物的勘を失って危険回避に鈍感になっている。事故を目の当たりにしても家路を急ぐ為や会社に遅刻しない為に通り過ぎ、途中で酒場に寄って酒を飲む。 今日、後ろから若い男が自転車に乗って、狭くない歩道なのに、急ブレーキをかけ、軽く私にぶつかった。私が振り向くと、「おいおい」と苛立っている。逆切れというのだろうか。こんなとき、軽く、こんな奴死んじまえと思ってしまう。 今日、打ち合わせで、製作物のイラストを見ながら、「これはハゲを気にしているように見えてしまいますなあ、はっはっは」と私は軽くギャグをかましたともりだったが、全く受けなかった。業者が帰ってから、「おいおい、君は配慮が足らんなあ。頭の薄い人の前でいうことではないだろう」とそこで爆笑された。 私も人のことをいえない。ツッテンカク高い。テロの標的にならないことを祈るのみである。通天閣
2005.07.08
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2005.07.07
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薄暗い地下道を抜けようとしていた。黴臭い丈の低い高架下は、少し危ない雰囲気を出している。 長い時間失っているものがあった。 行きの飛行機の時間は長い。 もっとスピードの遅い列車やバスの時間は短い。そこに風景があるから。思い出という荷物を積んでいるから。かわいい子には旅をさせよ村を離れない者は出世できない(ミャンマー)一生外に出なければ、馬も小馬のまま終わる(中国)牛を愛するなら繋ぎ、子供を愛するなら叩け(タイ)鞭を惜しめば子供がダメになる(ドイツ)鞭を惜しんで子供をダメにせよ(イギリス)よく愛するものはよく罰する(フランス)店でも開くか。
2005.07.06
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2005.07.06
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メイク中足の時代列車内カオスホーリーの夜、満月バラーナス ガンガアジャパー石窟院全て岩で出来た何百年もかけて造ったエローラ石窟院。ヒンドゥ、イスラム、ブッディストが隣り合わせ。優雅な遊びですわ・・・でも幼稚な遊びですわ。アラビア海のほとりにてチャイヤサダルカルカッタ。
2005.07.05
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暑いからセントラルパークしちゃっていい?1920年代は道程であることが美徳であった時代でもあった。1920年代の489人のラジカルな人々の道程維持の理由調査。自他共の純潔尊重。(すんばらしい)31パーセント。生病が心配。(あまりすんばらしくない)27パーセント。道徳上からの理由。(堂々巡り論のような気がするが)15パーセント。世間にばれるのが怖い(世間とは、2,3人のことであろう) 11パーセント。専ら美醜の好き嫌い(意味不明) 6パーセント。経済上から(情けない) 4パーセント。ただ嫌だ(正直) 4パーセント。臆病の為・ニンシン怖い・健康上自信ない・ヲンナを知ったら歯止めがきかなくなる為。恐ろしい。各2人。で、学生345人中道程をそこでソーシツしたかというと、のバラエティに富んだデータ。( )内はパーセント家庭の娘(13)女中(11)人妻(9)女学生(8)看護婦(3)農家の娘(2)恋人(2)職業婦人(2)女学校卒業の娘(2)自分の妻(2)小学校女生徒(2)未亡人(1)離婚女(1)他人のメカケ(1)女子専門女子大学(1)いいなずけ(1)肉親(1)近親(1)小学校女子教師(1)女工(1)以上シロウトと思われる部類。娼婦(31)芸者(2)宿屋の女中(1)料理屋の女(1)女給(1)・・・・といった按配で何かシブイ言葉と分類の曖昧さが光る。(ちなみに学生とは東京帝国大学や同志社大学などであった) 最近、副業である会社員が忙しくて、本業の散歩がままならない。映画も頑張ってDVDを見ようとするのだが、5回中約5回程度途中で寝てしまう低レベルの状態にある。それでも時間を割いて訳の分からん資料を眺めている沈着冷静な私がいた。
2005.07.04
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実は、何を隠そう、表題を変えてから、楽天の回転数が狂い、グルルグルとカウンターが回り、毎日500ヒット以上するようになり、最高1日1400ヒットぐらいしてしまった。(昨日からは、また落ち着いた)ランキングまで載る様になって、アフェリアイトもしてないので、ちっとも儲からなかった。楽天監視委員会に目をつけられたのか、単なる機械の不具合なのか、リンクしてもらっている人々の新着アップには出なくなってしまったばかりか、ログインしているのに、自分の足跡が残せなくなり、常にゲストになっている。 これは、分不相応な私への警告なのか猛省を促しているのだろうか、仕方ないので、私は、有名な方々の人生とは一言集をいろいろ集めてみたのである。人生とは、墓場に行く途中で起きた、ある滑稽な出来事。(イングリッシュマンインニューヨークのモデル、クリスプ)人生とは、橋。渡る事はできても、その上に家は建てられない。(印度のことわざ)人生とは、水平方向に落ちていくコトデアル。(コクトー「阿片」)人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。人生は、B級映画に似ている。途中でやめようとは思わないが、二度と見ようと思わない。(テッドターナー)人生は、誰もが演じなければならない道化芝居である。(ランボー)人生は、考えるには喜劇であり、感じるには悲劇である。(初代英国首相の息子)人生は、大写しにすれば悲であり、遠写しにすれば喜劇である。(チャップリン)人生とは、病人の一人一人が寝台を変えたいという欲望に取り憑かれている病院である。(ボードレール「パリの憂鬱」)宴会と同じように、人生からも飲みすぎもせず、喉が乾きもしないうちに立ち去ることが一番良い。(アリストテレス)10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。いつになったら人間はただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。(ゲーテ)人の一生は曲がり角だらけだ。山本周五郎人生にはただ三つの事件しかない。生まれること、生きること、死ぬことである。生まれるときは気がつかない。死ぬときは苦しむ。そして生きているときは忘れている。ラ・ブリュイエール人はその生涯の40年間で本文を著述し、これにつづく30年間において、前者についての注釈を付加する。ショーペンハウエル傷ついたのは、生きたからである。高見順人生は全て次の二つから成り立っている。したいけど、できない。 できるけど、したくない。ゲーテ とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ。太宰治人生に執着する理由がない者ほど、人生にしがみつく。エラスムス人生とは、二気筒のエンジンで440馬力を出すことだ。ヘンリー・ミラー人生は外国語だ。たいていの人間はそれを間違って発音する。クリストファ・モレイ人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。しかし重大に扱わなければ危険である。芥川龍之介人生は苦痛であり恐怖である。だから人間は不幸なのだ。だが今では人間は人生を愛している。それは苦痛と恐怖を愛するからだ。ドストエフスキー一杯の茶のためには、世界など滅んでもいい。ドストエフスキー人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。しかもその間の期間の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人生は短い。ルソー人間の死ぬのはいつも早すぎるか遅すぎるかよ。でも一生はちゃんとけりがついてそこにあるのよ。一本、線が引かれたからには総決算しなけりゃ。あんたは、あんたの一生以外の何ものでもないのよ。サルトル我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ。イギリスのことわざ私たちは他人を愛して生涯の半分を過ごし、他人の文句を言って残りの半分を過ごす。ジューベール酒を飲め。こう悲しみの多い人生は眠るか酔うかしてすごしたほうがよかろう。オマル・ハイヤーム「将来のことを考えろ」「将来なんて捨てている」「ちがう、将来がお前を捨てているんだ」(ジョントラボルタ「サタデーナイトフィーバー」)・・・疲れてきた・・・本題も忘れた・・・今日は、Tシャツを反対に着ていた。昨日はパンツを反対に履いていた。多分、このダラシナサも、更新拒否とログイン拒否の理由だろう。 ポタラ。チベットも長らく自らの軍隊をもったことがない。仏教も、ヒンドゥーも国を挙げて他国を攻め入った歴史はない。ヒンドゥーの神々は戦争ばかりしてるけど。
2005.07.02
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2005.07.02
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マイルームから遠く離れて・・・去年の日記の続きであることをお断りしておかねばなるまい 山上駅に降り立ち、良き空気を吸い込む。7分おきに40人ばかりの人々がベトトコンベアー絶望工場のように山に噴出する。皆、気合いを入れることもなく「綺麗な景色」と絶叫して山を登り始める。はっきりいって、ヒールのおばちゃんまでいる。よし、わしらも気合い入れて行くかよ、と私は300年ぶりの登山を開始する。高山植物を見て、あちこちで「可憐」という言葉が連発される。我々のような馬鹿でかい荷物を持った人々はいないが、それはさておき、「可憐やのう」とか弱い声でつぶやいてみて、「不憫やのう」と自らを慰める。コースタイム通りに屋小屋に着く。丁度、昼頃だ。山小屋のお気楽そうなアルバイターの許可を得て、荷物を部屋に置きに行くとすでに学生風の太った若者が布団に包まっていた。蛙のように足を開いたり閉じたりしている。我々は密かに「ぶーちゃん」と呼ぶことにした。まだ昼というのに、何をしているのだろうか。山岳部合宿で怪我や体調が悪くなり隊を離れ小屋で停滞している説や、日本どこでも山小屋滞在フリーク説や、股開き世界促進カルト行動統制部長説や、嫁捕獲じっと我慢に待機説や、自分だけの快楽誘導法を編み出した孤独なエピキュリアン説や、完全体力消耗後の獣のごとくじっとして体力回復待機説から寝ながらにして足の開閉世界新記録ギネスブックに挑戦中説まで数々の憶測と流言が飛び交った。ぶーちゃんのことを気にしながら、我々は山頂近くの見晴らしの良い場所を目指して2玉100円ラーメンの価値を高めるべく出発した。おおよそ10分の直登の末、登山独特の呼吸を始めた頃、昼食とし、湯をへそで沸かし始めたのであった。おかずは100円缶詰「the鰯」であった。山頂で、とても弱った魚に見えた。 その後、直登を続けた我々は、3000メートルまであと50メートルという所で無念の断念をしたのであった。そこから上は、死して参るしか手段がないのであった。つまり空中なのだった。山頂横にはミニミニ神社がありその横に1.5メートル四方の掘ッ立て小屋があり、若そうな兄ちゃんが行き来する登山者を退屈そうに凝視している。あいつは何だ何でしょね、と歌を心の中で歌っているうちにT.Sが調査に出かけた。「飲みもんだけ売っている、いわゆる売店ですよ」と多少興奮気味に私に的確な報告をし、ついでにポカリスエット(ポカリの汗)を購入し、ドランクし、「いつ仕入れたんか知りませんけど冷えてますわー」と簡素な感想を述べた。まあ、2950メートルの売店で飲み物を買ったことを記念して、そっと悪党的に優しい気分になるのであった。そのとき、私はインドネシアのジャワ島中部にある高原の町ウノソボで知り合った雑貨屋の親父のことを思い出していた。親父は田舎から出稼ぎで2メートル四方ぐらいの掘ッ立て小屋で雑貨を売っていた。トイレ等は後ろの家でお世話になっているらしい。夜遅く私は全日制の障害者の学校に親善訪問と称してただ遊びに行った帰りにその雑貨屋の前を通った。表のカウンターの台はそのまま引き上げて壁となり2・程のベニアの箱が道端に置かれていた。私は隙間から中を覗いてみた。そこには商品に囲まれてあの親父が「きょうつけ!」の姿勢で眠っていた。昼間の笑顔の親父は毅然としていた。そして、また続いてこんなことも思い出していた。その後フィリピンのマニラ郊外で移動遊園地に参加させてもらい(ただの見物客だが)毎日屋外のビリヤード台の下で寝ていた。外で寝るのは蚊の猛攻以外は平気だったがトイレに困っていた。ある朝、草履の鼻尾が切れて、困っていると、草履やさんが何故か目の前を通り、外国人とばれないように知っているタガログ語を駆使したが、その後「それはいくらしたんだ」と口々に団員に聞かれ「高いなあ」と呆れられた。「2900メートルか。フッ、カワイイものだぜ」と5000メートル突破経験者の私は落ち着き、次第に優しい気持ちになり、最終的に意味のない優越感に浸りながらポカリスエットを飲み干した。「・・・スエットって動物の汗のことだっけ」私は、すでにポカリスエットを飲み干したT.Sに尋ねたのであった。またパート3は来年に続く。
2005.07.01
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