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2026.04.03
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カテゴリ: 城探訪


 城主と伝えられる植木氏は、備中国守護代を務める庄氏の一族で、天文年間(1532~1555)に砦部〈あざえ〉庄(真庭市下呰部・上呰部付近)を支配していたことが史料にみえます。
 永禄2(1559)年の猿掛城合戦で毛利氏に敗れた庄氏とともに、植木氏は尼子氏を頼って出雲に遁れますが、永禄12(1569)~元亀2(1571)年頃に宇喜多氏の助力を得てこの城に入ります。元亀2(1571)年9月の佐井田合戦では毛利氏を撃退しますが、翌年に結ばれた講和によって、この城は毛利氏に引き渡されることになりました。
 天正2~3(1574~1575)年、備中松山城主の三村氏が毛利氏に叛いて戦った備中兵乱が起こると、毛利氏はこの城に籠もる三村方の部将を逐って城番を置きます。そして、天正7(1579)年には、毛利氏と断交した宇喜多氏の勢力をこの地域から一掃し、以後、両氏の争いの舞台は美作西部へと移ります。
 別の説では永禄11(1568)年、岡山城主宇喜多直家が佐井田城を攻撃し、植木氏は宇喜多氏の軍門に下りました。その後の戦乱を経て、天正8(1580)年に植木秀資が佐井田城主に返り咲き、慶長5年の関ヶ原の役後は廃城となりました。



斉田城主郭跡 右の建物は稲荷神社

 斉田城跡へは高梁方面から願成寺を目指して国道313号線を行くと途中の国道沿いに斉田城跡の案内板があります。そこで左折して寺を過ぎた先を南へ曲がると鳥居が見えますが、ここが登山口です。登山口前に駐車場と休憩所が設けられています。現在は主郭に稲荷神社が祀られていて登山道が整備されています。





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Last updated  2026.04.13 17:56:22
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