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エイヒロ(eihiro)

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2026.04.20
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こんにちは、エイヒロです。

今回は木下街道を「エイさんぽ」します。
木下は「きおろし」と読みます。旧字は「木颪」です。
江戸時代には利根川と江戸川を結ぶ往還道として、農水産物等の物資の輸送や、銚子や三社詣へ行く旅客にとって重要な道筋でした。
また松尾芭蕉が「鹿島紀行」の中で、本行徳から布佐まで歩いたことも知られています。
そんな古の人たちの足跡を尋ね歩くのが、今回のテーマです。

但し木下街道は今なお産業道路として交通量が多く、路肩を歩いていて車と接近して危ない思いをした事が何度もありました。街道歩きとしては、あまりお勧めはしません。

今回の「エイさんぽ」は、2025年6月~8月と2026年3月に行いました。

参考資料としては、鎌ヶ谷市郷土資料館が平成11年に主催した「木下街道展」のパンフレットがかなり役に立ちました。

【2025年6月21日】

おなじみ本行徳の常夜燈。
江戸から舟で来た客は、ここで降りて歩いてゆきます。

おなじみ笹屋のうどん屋さん。

行徳橋を渡ります

本来は八幡へ向かうところですが、街道入口まで近道します。

田尻の日枝神社

京葉道路を超えてここは真間川、総武線下。

木下街道の起点

車で走っていていつも気になっていた蔵、真近で見れました。

寄り道して中山法華経寺へ向かいます。黒門。

山門

祖師堂

五重塔

見事な蓮池



こちらは近くの安房神社
街道へ戻りダラダラ登り坂道を歩いてゆきます。通りは渋滞。

船橋法典駅

【2025年6月26日】

少し寄り道して、姥山貝塚です。

ハマグリやアサリなど採集されたと、この近くまで海岸線だったのですね。

縄文時代の住居が竪穴式だったことが確実に分かった発見でした。

柏井町、貝塚隣の畑。早くも農村の風景です。

藤原観音堂。行徳33か所札所巡りでは番外編に選ばれています。

身代観音と呼ばれています。

上山神明宮

狛犬が可愛いです。

上山町

馬込沢駅近くの天満宮。多くの子供たちやママさんが遊んでいました。

馬込沢駅

【2025年6月27日】

馬込十字路辺り

鎌ヶ谷市に入りました。

鎌ヶ谷大仏駅、街道においては「鎌ヶ谷宿」のあったところ。

駅前の八幡神社



1776年に建てられた大仏様。柔和なお顔をされています。

魚文の句碑。白井と西白井への分岐点にあります。
「ひとつ家へ人を吹き込む枯野かな」

白井市に入った辺り

天神社。競馬学校の近く。

白井駅

再び寄り道して、鎌ヶ谷市の郷土資料館です。

縄文時代の中沢遺跡に関する展示

「奈良平安時代の住居」とあります。

この辺りも深田だったことが伺えます。
こじんまりとしているが、きちんと整理されて見応えがある資料館です。
撮影許可の基準も文章化されていて、分かりやすいです。
今回はここまで。







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最終更新日  2026.04.20 19:21:18
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