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今朝は本当に冷え込みましたね~。ここ数年では珍しいことに、我が家のネコのオデコの花壇に霜柱が立っていました。さむ~い朝の霜柱は、冬の楽しみの一つ。盛り上がっている土の隙間から覗いている透明な姿を眺める時や、踏んだ時のサクサク感。春もそこまで来ています。
2008.01.26
今朝、カーテンをあけたら東はもうすぐ朝日が昇るところでオレンジ色。西を見たら朝だというのに意外な程明るく煌々と輝く月。去年の11月の、富士登山した次の日の朝と同じ、朝なのに輝く月。何かを語りかけられているようで、耳を澄ませてみた。そして思った。いつでもどこでもちゃんと”聴く”人になろう。これまではどうだったかというと、コーチングしている時、講師として人前にたっている時、仕事の打ち合わせなどでは”聴く”のは当たり前。でも何気なく友達と話している時や家族といる時は、それこそ何気なく一緒にいた時が多かった。”ちゃんと”聴いてない時もたくさんあったと思う。いつでもどこでも、”聴く”レベルを上げていこう。何気ある人でいよう。昨日より今日、今日より明日とどんどん聴く人度を上げていこう。ありのまま聴いてもらえる場は、いつでもどこでも今ここで自分のまわりで創れるのかも。もちろん”ちゃんと聴く”相手には自分自身も含まれる。本当にありのまま話を聴く場創りへの第一歩はこれか、そう思ったら、ちょっと心の目が覚めた。うー、今頃”いつでもどこでも聴こう”と思うなんて、コーチとして情けない!と一方では思いつつ。きっと今までも何度も”よし、いつでもどこでも聴く人でいるぞ!”と思ったと思う。でも忘れちゃったんだなぁ。また忘れるかもしれない。そしたらまた思い出そう。
2008.01.25
昨日の夕刊に、傷害事件を起こしたボクサーの記事が載っていた。からんで殴りかかってくる相手を自制心を働かせてやり過ごそうとするも、大切にしていたネックレスを引きちぎられて、一瞬我を忘れて殴り返してしまった。そして、そのままその場を立ち去った。それから自宅に刑事が来るまでの間、葛藤の日々を過ごす。彼は、母にもジムの関係者にも誰にも相談できなかったそうだ。わかる!この「誰にも相談できない」という氣持ち信頼する人がいるからこそ、大切な人がいるからこそ、その大切な人を悲しませるのではないか・・・相手が困ってしまうのではないか・・・誰かを傷つけるのではないか・・・などなど、色々な想いが頭を巡って誰にも話したくない、という状態。話せないのではない。話したくない。こんな想いを抱いた人が、まったくの第三者にただありのまま、自分の話を聴いてもらえる場創りがしたい。ただ誰かに一緒にいてもらう、そんな時間を持ってほしい。自分で自分の想いを受けとめるスペースとして使ってもらえる場が創りたい。”いのちの電話”のような活動になるのかなぁ。どうなっていくのか、まだよく見えていないけれど、想いはしっかり持っていようと思う。思えば、リーダーシッププログラムに参加している頃、私の想いに耳を傾けてくれたリーダーが「ピンチの人のために何かを始めたら?」と言ってくれたこともあった。色々なことや消えかかっていた想いが、また一つまとまってきつつあるのかもしれない。
2008.01.22
先々週から1週間程、珍しく中1の息子が風邪をこじらせて寝込んでいました。真冬もいくら親が上着を差し出しても半そでのTシャツしか着ず、なのに小5・小6と皆勤で通したツワモノなので、親も久々の看病でした。ひょっとして、制服なので長袖になったのが風邪の原因か?!・・・なんちゃってしかも長引く症状を専門家に見てもらったら、極軽いがウイルス性髄膜炎を起こしている可能性があるということで、母は献身的看護。で、無事に今日1週間と2日ぶりの登校となった・・・私は昨日はもらった風邪で寝込んだ。なさけな~ここからですよ、本題は。ウチの家族は妻&母の私がコミュニケーションを仕事にしていながら、えらくそっち方面へたくそだと私は思う。具合悪くて寝込んだ私に「調子はどう?」と聴くことも一切なく!這うようにリビングに登場した私に一瞥すら投げず!でもリンゴはむいてくれて「ありがとう」と言っても、うつるのを恐れてか10センチほどあけたふすまからお皿を差し入れてすぐそそくさと立ち去り!結構本氣で悲しかったですきっとあちらにはあちらの理由があるのでしょうけどね・・・。私のNLPの師匠 ジェフが言っていた「苦しんでいる人や悩んでいる人の役に立ちたかったら、ただ一緒にいるのが一番。でもシンプル過ぎて、実行するのは難しい」という言葉を、ふかーく思い出す今日この頃です。ただ一緒にいる、というのは、ただただありのままに話を聴く、ということにもつながると思うのだけれど意外と、本当に話を聴いてくれる人は少ない。コーチという仕事のおかげでコーチ仲間がいるから、普通よりはずっと恵まれているとは思うけれど・・・それでも本当に苦しい時に本当に聴いてくれる人はとても少ない。アドバイスもせず、解釈もせず、ただただありのままに話を聴いてもらえる場はほとんどない。そんな場が創りたい。
2008.01.21
NHKの朝の連ドラ「ちりとてちん」に結構はまっている。18日の回は感動の涙が流れたぞぉ・・・。ヒロインの親友が妊娠する。親友の両親にとって相手は意にそまぬ若造。父も母も「あのアホぼん」といつも呼ぶような男。娘も親が一代で築いた食堂をつぐために、彼はアホでも一生懸命なアホでいとおしい、と思いながらも結婚はせず一人で子どもを育て、食堂をつぐと決めている。ここでヒロインが「堂々と人生のド真ん中を歩いていって。好きな人と幸せになってぇな」と説得することで、親友は自分の氣持ちに正直になる勇氣を手にし、ハッピーエンドへ。仕方なく娘の結婚を許した時の父親の言葉にグっときた。「わかった。ただし条件がある!」流れる沈黙。どんな条件なんだろう・・・と固唾をのんで次の言葉を待つ娘とアホぼん。父は一言「喧嘩はするな。仲良う暮らせ」親の願うことは、つきつめればこういうシンプルなことだけなんだよねぇ。あれもこれもと願わなくていい。仲良く暮らしている幸せな顔が見られるだけで、十分。その幸せが実感できていれば、親も毎日幸せでいられる。幸せを実感できるのは一つの技だと私は思う!しっかし、こんな場面でこのセリフを言えるような、そんな親ってかっこいいよなぁ。いかん・・・母というより父化してきたかも・・・・。
2008.01.18
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