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12/25、26日はわらし仙人の大阪講演会だった。わらし仙人講演会の参加はこれで2度目。今回は受付天使としてお手伝いさせて頂いた。わらし仙人のメルマガでの告知文では、「名前忘れた」と書かれ続け、ちょっと情けない気持ちではあったのだが、2日間の濃いぃ時間が過ぎ去った今は、それも面白い出来事の一つだったなあと思う。この2日間で体験したことは全部、「面白かった」という一言に尽きる。大笑いして、ドキドキして、そしてなにかしら、すっきりしている。「ともかくやってみよう」という駆動スピードが上がってくる。わらし仙人講演会の魅力は何だろう。もちろん、わらし仙人のトーク自体が、情報の宝庫である。速読術、出版、感動する文章術などなど、盛りだくさんな上に、めちゃくちゃ納得な内容なのだ。しかし、なんといっても最大のポイントは、参加された方々とお友達になれるということだろう。名物の心理劇、名刺交換、自己紹介、他人紹介などを通して、時間が経つにつれ、その日初対面の人々と、どんどん仲良しになっていくのだ。わらし仙人の作り出す空間。これが人を夢中にさせる。その場に没入させる。わらし仙人自身も表現するし、参加者もさまざまな形で自分を表現する。表現できる時間と空間を提供してくれる。自分自身で、「今」という時間を、最大限に引き延ばすことができる。そう。わらし仙人は、とんでもない時空間プロデューサーなのだ。当たり前なんだけど、この魅力は実際に参加してみないとわからない。勉強できた、情報を頂いた、というだけではない、不思議の世界には、自らダイブするしかない。
2004年12月26日
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土曜日の話である。こんなに刺激的で活気のある忘年会は、何年ぶりだろう。ほんとに、すごい人ばかりだ。最近、自分の価値は自分で決めればいいんだなあということが、少し腑に落ちてきたのではあるが、こういうすごい人ばかりの集まりに入ると、アッパーな気分になるのと同時に、少しブルーが入る。なぜかというと、なりたい自分になるためにと考えてきた「やりたいこと」とか「やるべきこと」が音を立てて崩れるからだ。そんなに簡単になし崩しになる程度のものなんだなあと、認識するからだ。自分がほんとにやりたいことは何だろうということと、向き合わざるをえなくなるからだ。空回りな行動しかしていないように思うからだ。しかし。崩壊あるところに創造はある(はず)。自分で自分を情けながっていても、な~んら意味はない。今、やれることはいっぱいある。作って壊れるものなら、さっさと作ってさっさと壊せ。何もしないで、気分に浸っているだけが能じゃない。続けろ、私。
2004年12月20日
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久しぶりにいい物語を読んだなあ、という実感がある。熱心に介護する金髪兄ちゃんの姿に純粋に感動する、というのとは、ちょっと違う。無論、そういう部分も無きにしも非ずだが、それよりは、何かを全部飲み下すような、圧倒的な力を感じているのだ。この物語には、さまざまな対極が提示されている。己の社会的な不甲斐なさに歯ぎしりする焦燥感と、祖母の介護から訪れる絶対的な自己肯定。さらに、傍観者であり続けることを選択する親族への、絶対的な否定。誰よりも「血」の繋がりを愛しく思いながら、同時に湧き上がる嫌悪感。その他いろいろ、ともかく対比が多いように思う。対比するということは、まがりなりにも自分の価値観で「○」と「×」を付けていくということだ。その○と×をつける基準は、ここでは自分の体験というそれだけのものなのだが、それを基準にするのだと決めるには、腹を括る必要がある。実際は、基準といっても、他者からの影響なしに自分が存在するはずもないから、見極めようもない。が、それにはあまり意味がない。自分の体験という強度(この言葉を使うと宮台真司を思い出す)を、信じるか信じないか、ということなんだと思う。印象深かったのは、旅先で祖母の大けがを知った「俺」が、祖母の死を思って、飛行機の中で先祖に向かって投げつける言葉だ。「俺の心からの祈りを力添え出来ぬほど霊力なき先祖など祀るに値せぬ」で始まる、強烈な長文だ。無意識にせよ、ご先祖を敬うことを当たり前にしている人が多いと思う。お蔭様とか、おすがりの世界だ。だから、とんでもない災厄のとき「神様、仏様、ご先祖様」となる。ここではそれが逆転する。とんでもない呪詛の言葉を先祖にぶつけるのだ。ご先祖の血が今の自分を作っているともいえるけれども、その逆もありなのではないか。ご先祖には見出せないが、今の自分の中には確実に存在する魂。今、自分にこの血があるのなら、ご先祖にもその血がある。血の、逆流だ。呪いこそ言祝ぎ、なのだ。逆転の渦中にこそ、何かを貫くような中心がある。もしかしたら。これから、ますます、逆転する世の中になるのかもしれない。「介護入門」とは「生き方サバイバル入門」なのか?
2004年12月16日
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このところ、一日おきぐらいで、ちいちゃいイイことが起こっている。その1:ヤフオクセミナー以来の憧れ、「拾い物」をついに体験!それは先週の日曜日。ウチの階で、エレベータに一緒に乗り込んできたお兄さん。ふと見ると、腕にはプリンターを抱えている。もしや?と思い、一階に到着後、すかさず後をつける。ふっふっふ。思ったとおりだ。彼はゴミ捨て場に直行したではないか!おまけに日曜日はゴミ捨て場にカギがかかっている!ブツはすぐ横手の階段に放置され、お兄さんは寡黙に立ち去っていく。ゴミの汚れや水気の心配もなく、あっさり私のものになったプリンター♪落ちてたものを売る。この、「仕入れ0円丸儲け!」という、甘美にして、ときめく響き。その第一歩をめでたくも踏み出した私。売れるものでなきゃどーしよーもねーぢゃん!っていうリアリズムな話は正論なのだが、それはまた別次元の問題なのだ。まずは「オークションを意識して、拾う」というところが、イイのだ!ブツの良し悪しは現在調査中なり。それにしても、絶妙なタイミングである。ありがとー、お兄ちゃん。って、半年ぐらい前、あなたの部屋の玄関先で女の子が泣きながら、「このまま別れるぐらいなら、一生恨んでやる!!」とか言ってなかったっけ?その2:ファンシー&スウィート実は、とあるパソコン教室でインストラクタのバイトをしている。古本屋だけでは食っていけないからだ。今日、何だか知らないが、生徒さんのひとり(おばさんである)が、いきなり「いつもお世話になっているから」と某デパートの包みをくれた。皆さんでどうぞ、というパターンでお菓子などを賜ることは、わりとよくあるのだが、今回はそうではなく、私個人にだった。お世話といっても、何度か授業以外の質問にお答えしたぐらいである。そこを感謝してもらえたようで、ほのぼのと嬉さがこみ上げてくる。生徒さんが帰ってから包みを開けてみた。中身はハンカチのセットであった。デザインは、なんていうか、その...カワイイうさぎちゃん模様で、えーっと...これってファンシー...?ちょっと困ったが、それでも嬉しい気持ちに変わりない(笑)。その数時間後。別の生徒さん(これまたおばさん)が、帰り際になって、その日に買い物してきたらしい荷物を、教室でほどきだした。来たときから、スーパーの袋と一緒に、紐で結わえた薄い箱を持っていて、なんだろなあって思っていたのだが。その箱を開けて、またまた「いつもお世話になっているから」と仰るではないか。またまた個人あて。そして取り出したのは、なななーんと、苺!私が果物の中で史上最大に大好きな苺である!しかも、めっちゃ大きいやつ!さっきのハンカチを頂いた時に、実は「食べ物にしてほしいなあ」と不届きなことを思い浮かべていたのだ。うわわわー。思考は現実化するぅ!頂いたハンカチをバッグに入れ、それが入っていた紙袋に苺を入れ、にまにましながら、家路についたのだった。お家に帰って、改めて見るとハンカチは結構、イイ(^_^;)苺はめちゃくちゃうまかった!
2004年12月07日
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前回の日記で書いたN先生。彼のおすすめが芥川賞を取ったこの「介護入門」だったりする。N先生によると、この小説には、『表層を流れるパワー』と『裏の、サブリミナルメッセージ』があるそうです。おまけに『決して、見逃してはならない、エネルギーの作用がある』とのこと。現在10ページ。いまだその作用はさっぱりわからず...。ううーむ。読了したらまた感想書く予定です。今、同時平行で3冊読んでるので、少し時間がかかりそう(^_^;)
2004年12月05日
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