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2009.07.16
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スカルノハッタ空港からです。22:15発JALです。そんなことで早めの投稿です。
前にも書いたが、失敗した原因はQにある。Qが成功を恐れ、成功を妨げたのです。J社の従業員の多くは、QににらまれたらJ社では生きてゆけないと、思わされている。それがもう、20年以上続いているのです。Qと同年代か前後5歳位の人たちはそれぞれに自立し、会社の一部を支える能力を持っているし、何人かの部下に仕事を指導できるが、Qはそれらの人たちを無視し、その人達の部下を懐柔して、その人たちのいうことを聞くな、自分がやれと云ったことだけやれと命令し続けた。命令を効かない人達は止めるように仕向けられて辞めざるを得ないようにした。その人達も孤立し能力を殺され、Qは「彼らはなにも出来ない」「この会社にいらない」と云い回し、部下たちにもその人たちを批判するよう仕向けた。創業時からの侍や、私のように、社長が採用した、外からきた、能力のある人達も、思いもよらない個人攻撃にあって、苦しい立場にさらされて、辞めざるを得ない状態にさせられていった。
 私も、インドネシアでいきなり、Qの洗礼を受けたということでした。その様子は一年後くらいに一通りやり方が、明らかになった。Qがインドネシアに来たとき、私は一度も声をかけられなかった。たまたま、会ってしまった時は、一こと二言世間話をするだけでした。他の日本人は食事に誘われるし、インドネシア人の射出成型の人も、昼食会に誘われるが、私は一度も誘われたことがない。私の担当部門の押出しのインドネシア人も誘われなかった。
生産開始の前から、ラベルは日本語で印刷せよ、カートンボックスも全て日本語でと指示された。また、メモなどインドネシア語や英語の物を絶対ポリ袋やボックスに入れてはならないと再三指示があった。何のためでしょうか>

インドネシア人も差別された。私の生徒たちは、給料も地位も低く設定された。
完全無視であった。これほど、きつい、典型的な職場いじめ(パワハラ)はないと思う。
自分でおこした会社の社長を二十年以上やってきた私も、立場によって、こういう目にあうのです。こういう世界もあるのだと思わされた。

今、インドネシアから出ます。ジャカルタ、スカルノハッタ空港から投稿しました。いつもより早めでした。






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Last updated  2009.07.16 22:08:04
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