宮木京子の さらさら散文
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「これまで経験したことのない」と言われた台風19号。宮城県でも河川の増水、決壊で、かなりの被害に見舞われました。宮木家は割合、川から近い位置にあります。河川敷、堤防、アパートが二棟建ち、さらに道路を挟んだ状態でありますが、もしも氾濫すれば間違いなく浸水しそうな位置です。地元のお年寄りたちは「決壊するとすればもう少し上流で氾濫するから、ここは大丈夫」といいますが、安心はできません。ハザードマップを見ると、ぎりぎり浸水危険地区を免れている程度。朝から断続的に雨は降り続き、関東の様子をテレビで見ながら不安な時間を過ごしました。仕事に出ていた義妹が1時過ぎに帰宅。夫も終電になった15時台の電車で帰宅しました。避難勧告が出ていた17時時点で、浸水しても1階までで、2階に避難すれば大丈夫ではないかと、避難所にはいかないことを決意。我が家には87歳になる姑がいるので、色々慎重になります。18時に、2階のベランダが排水がうまくいかず、増水していることが分かり、夜中まで3回ほど子供たちが中心になって水出し作業をしてくれました。勤務先の中学校は避難所になりました。平屋の武道館です。そこに8人ほど避難に来ている、との連絡の後、水嵩が増していると校舎4階に避難場所を移します。中学校には最終的に350人が避難したそうです。そのころには、「避難勧告」は「避難指示」になりました。でも、もう雨が相当強くて、年寄りを連れて避難場所まで行かれない。自治体からは、川が増水を続けており、「あと40cmで氾濫危険水位を超える」というメールも届きます。TVでは玉川が決壊したと伝えられ、近隣の自治体から発令される緊急メールが大音量で頻繁に鳴り響き…。この時は緊急メールの音量を下げる術を知らず、メールが入るたびに家族の携帯が大音量で「ピロピロピ~ン」と鳴り響くのでその度にドキドキ。不安のピークは22~1時頃だったかな。その後少しづつ雨も風も落ち着いて、3時ごろにはやっと寝ることができました。この日はお風呂を早めに済ませて、みなジャージ着用(笑)現役高校生の二女と長男は、高校ジャージ。大学生の長女も高校のジャージを出してきて着ていました。おかげで、機動力抜群(笑)この夜は、布団を敷かず、絨毯の上に雑魚寝でした。不安な夜を過ごしはしたものの、宮木家は普段通りの朝を迎えることができました。今日は朝9時から学校に召集がかかり、出勤。我が家が大丈夫だったせいで、(停電も断水も、浸水もなし)全職員が来ていると思いきや。なんと、時間に集まったのは10人。1/10しか来られてない。自分の自宅が大変な人もいるけれど、道路が浸水していて来れない先生が多数。手分けして校舎内の点検をして、浸水情報の出ている地区に住む生徒の自宅に安否確認。ほとんどが、「近くまで水が来た」「床下浸水があった」程度で済んだけれど、「ひざ下まで床上浸水し、レスキューしてもらって避難所にいる」という家庭も。未だ、「土砂災害警戒レベル3」です。明日にはJRが動けばいいけれど、明後日から日常に戻れるのかまだ不安。皆さんの地域はいかがですか?
2019年10月13日
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