極上生徒街- declinare-

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矩継 琴葉

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2007.10.28
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カテゴリ: 小説
血の烙印編 プロローグ
血の烙印編 第1話 Expulsion<前編>





 そう言われ、ウィルは空気に混じる臭いを確かめる。「確かに」


 二人は飛び起き、周りを見渡す。
 何も見えない。
 だが僅かに、確かに木が焼ける臭いが風に乗って届いている。



「ハンス! あれ!」ウィルが声を上げた。指を指したのはエヴールの街の方角だった。北側から煙が上がっていた。
 そして、目を疑う光景を見てしまう。


「馬鹿な! あの色、あれは……ロイマの国王軍の軍旗! どうして、こんな片田舎に?!」ハンスも思わず声を上げた。








「……!! まずい! 俺の家の近くだ!」丘を滑り降り、ウィルは街へ一心不乱に駆け出した。それにハンスが続く。
 丘は段になており、途中途中で道を挟む。滑り降りて、走るというもどかしさと焦りに、ウィルが苛立ち始める。一刻も早く家へ向かいたかった。そこに――。
 ……母さんが危ない!
 街の北側から出た炎は、気持ちを裏切るように劫火となり街の3分の1を一気に飲み込んだ。エヴールは紅蓮の海と貸した。
 もう間に合わなかった。誰が見ても、手遅れだった。それでも、ウィルは足を止めようとはしなかった。瞳から零れそうな矛盾を我慢したまま。


「ダメだ! ウィル! これ以上は無理だ」ウィルを抜いてハンスが止めに入った。これ以上、見ているのが辛かった。


「ふざけるな! 母さんが! 母さんが!! まだ間に合う」街までは目と鼻の先まで来ていた。ここまで来て、引き下がるつもりはなかった。国王軍がいようとも、少しは剣の鍛錬もしている。ウィルは止まるつもりは無かった。ハンスの静止を振り切ろうとしたところで、二人の前に馬車が現れた。


「ウィル! ハンス!」馬車から、二人と同じ年くらいのブロンドの長髪の少女が飛び降り、駆け寄ってきた。



「「アンナ!」」


 アンナは二人の幼馴染で、エヴール市長の娘である。



「何してるのよ! 早く馬車に乗りなさい! ここは危険よ!」ハンスの手を引く。


「ダメだ! 俺は、母さんを助けに行かなくちゃいけな――」


「ウィリアム君。一緒に来なさい」今度は、大柄で無精髭の男が馬車から降りてきた。すると、アンナとウィルの間に入り、話を割った。男は、アンナの父親・エヴール公である。


「叔父さん! だって、母さんが!」


「そうか……知らぬのか」


「え?」


「ソフィア殿は、魔女の容疑をかけられロイマ軍に殺された。そして、清めるためだといって、軍は町を焼き討ちに……。所詮は、宮殿に上がることすら許されぬ地方の貴族の街という訳か」唇を噛み締めた。




 ……魔女?
 ……国王軍?
 ……焼き討ち?
 整理することが出来なかった。棚の数が無く、収納する場所が無いように積み重ねることしか出来なかった。



「ここは、一旦、ヴァロワ卿の下へ向かう。話はそれからだ! 分かったな二人とも?」


 ウィルの耳に、エヴールの言葉は届かなかった。今、ウィルは怒りに支配されようとしていた。街を焼く払う炎よりも、赤く燃え盛る負の感情に。
 馬車に乗るように促したエヴールがウィルの肩に手を伸ばした瞬間、ウィルは街へと走り出した。自分の目で見るまで、逃げる気は無かった。



「待て! ウィル!」直ぐに、ハンスがあとを追う。


「待ちなさいハンス君! 君まで行ってしまっては!」


 ハンスにエヴールの声は届いていた。だが、ハンスは聞く気は無かった。ウィルは親友だ。見捨てるわけにはいかない。


「ハンス! 絶対に連れ戻してきなさい!」アンナがハンスの背中に叫んだ。











「少佐、我々の行いは正しかったのでしょうか……?」


 下仕官は視界に北門と炎をいれ、少佐と呼んだ男に話しかけた。
 その間も、炎は勢いを増し、木造の家屋を焼き払い、レンガを焦がし続けた。そこにはもう、街の残り滓しか見えなかった。


「……正しい行いだった」


 期待していたのとは違う答えに、下仕官が声を上げる。


「そんな! どう考えてもこれは――」


「正しいと思わねば、我々はただの人殺しだ!」少佐は声を荒らげた。
 自分達の間違いには気づいていた。これはただの人殺しだ。《魔女》と呼ばれる女性達を捕まえ、処刑と銘打っての殺人。街を焼き払い、浄化と偽り街を焼き払う。拭えない罪に気づいていた。「……正しかったのだ。これも、《シュタイン王》の、大義ための尊い犠牲だ。全ては、《リベラシオン作戦》のためなのだ」



 炎が激しく揺らいだ。



「お前らかぁぁぁぁぁぁぁ!」背後から、紅蓮の炎を裂くような怒声が響いた。炎を東側から迂回し、国王軍の背後に回ったウィルだった。



「何者だ貴様! 少佐いかがいたしますか!」


「余計なことを聞かれたやも知れぬ。……捕らえろ。抵抗するならば、骨の一、二本くらい折っておけ」










「ウィル! どこだ? ウィル!」ハンスは家屋が崩れる音に負けぬ声量でウィルの名前を叫んだ。しかし、返答はなかった。
 それもそのはず、一足先に出たウィルは東側を迂回。ハンスはその逆の西側を迂回していたのだ。
 エヴールは、南門と北門があり、回りをレンガの塀で囲み、堀で外部から侵入を防ぐ構造になっている。それが壁となり邪魔をしていた。


「クソッ! 燃え過ぎだ! 国王軍は、油をまいたのか!?」


 身を焦がされそうになりながら、ハンスは北側へと進んだ。
 北門を視界に捉えようとした時だった、北門付近で岩が転がり落ちたような音と共に、まるで竜巻が起きたかのように粉塵が舞い上がった。
 ハンスは、慎重に北門へと向かう。国王軍の旗が見え、身を伏せる。旗は地面に刺してあったようで、直ぐに倒れた。ゆっくりと体を起こすと、中腰の姿勢で前進した。
 北門の前には、異様な光景が広がっていた。肢体をもがれたような無残な兵士達の姿と、砲弾が撃ちこまれた様に大きく減り込んだ地面。そして中心部で血まみれで蹲(うずくま)るウィルの姿だった。



「ウィル! 大丈夫か?! ウィル!!」


 全ての始まりが冷徹に、残酷に幕を開けた……。






<次回・第2話 Doute>



「陛下がお待ちでございます。フィリップ様」


「父上。エヴールの件について詳しく話していただけますか?」



「シュタイン王は、狂っている!」


「分からないんだ。どうなったか……」


「あなたらしくもない! 元気出しなさいよ!」



「それは、例の大義のためですか? それとも、まだ父上は、兄――」



「黙れ! 第1王子・フィリップ!」



「私は、無理を承知で、シュタイン王に謁見を求めに行く」






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最終更新日  2007.10.29 03:25:39


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