「 開かれし扉 」

「 開かれし扉 」

2006.07.14
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カテゴリ: ワークショップ
昨日の午前のセツションは、「愛について」でありました。

ほとんどの方は、実感しているのではないでしょうか?

『両親から十分な愛をもらっていない!』

たぶん 十分に愛をもらったと言える人はほとんど少ない、、、

僕も 父に暴力を受け続けたので、逆に

父の暴力を恨んでいた。

暴力が僕に与えたものは、耐え難い恐怖と恐れでした。

とても愛されていたとは、言えない。





ほとんどの家庭では、純粋な愛をもらえないケースがほとんどで



そこで、「愛を知らない大人達に 愛についてのワークです」




c14
(気づかなかった存在)




それでは、愛とはいかなるものでしょうか?

それを見付けるワークです。

愛は探してもみつかりません

何故ならば、そこら中に有るからです

あなたの中に無いものと 思っていませんか、

そこら中に有りすぎて、だれも気づいていないのです。




イメージしてください。

生まれてから今まで、十分に満たされていて、気づけなかったモノ、、、

あたりまえの様に、そこに有って、ありがたいと思わなかったモノ、、、



実は、父や母から大量にもらいながらも、あたりまえすぎて、感謝していない事  無いですか?

空気の様にいつもそこに有るから、気づかなかったけど

とても 大切な モノ

それが無いと、生きて行けない大切なモノ

あたりまえ過ぎて、気づいていなかった 大事なモノをもらっていたと、イメージしてください。








あらゆる事に、感謝の気持ちで、いっぱいに成り始めます。

とうぜんなんて、一つも無い!

すべて、気づかずに もらっていたのです

こんなに、大事なものを ずーと、ずーと無償で、もらい続けていたのです。

そう、愛とは、気づかない位、自然にあなたに届けられていた、大切なモノ



空気や水に、愛や感謝をあまりしていないけど、とても大切なモノ

同じ様に、あまりに有りすぎて、無い事を知らないから

愛と気づいていないのです。






「たくさんの 愛を ありがとう」

「知らなかった、」

「こんなに たくさん もらっていた事を」

「ありがとう、とっても、ありがとう」

「愛を くれていた事を 気づきませんでした」

「たくさんの 愛を ありがとう」

「あなたに、感謝と愛を 捧げます」






愛が無いと言っているのは、気づいていないからです。

苦労や寂しさ、枯渇や闇を知った時

どれほど、いままで、愛に守られて生きて来たのか 知る事になります。




もっとも、苦労を知る者こそ。

神の愛に、気づくのです。

ありあまる、当然に、こころの底から 感謝が出るのです。

恵まれている人こそ 愛に気づけないのかもしれない。。。








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Last updated  2006.07.14 09:30:24
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