ふつうの生活 ふつうのパラダイス

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2006年04月10日
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カテゴリ: 外国映画 あ行

どんな歴史嫌いでも知ってるはずの人物だが、
彼にも無名の時代はあったわけである。
この映画は一人の画家志望の青年のとまどいと挫折の物語であろう。
普通の話のはずが主人公がヒトラーであるところに大きな違いがある。

ヒトラーが画家志望であったことは、知っている人は知っている話だが、
このエピソードを物語りにしてこの映画が語ろうとしているのは、
ただの独裁者の独裁者になるまでの歴史ものではない。

この映画はただの画家志望の青年の話にすぎない。
しかしヒトラーがいずれ世界をゆるがす歴史上の重要人物であることを
映画を見る側は当然知っているわけで、そこにこの物語の面白みと深みがある。
とにかくネタバレしてますからぁ。

画家をめざすアドルフはただの貧乏な元伍長にすぎない。
第一次世界大戦終戦直後のドイツは敗戦国として、貧乏のどんぞこ。
国民の全ての生活も苦しい。その苦しさにアドルフもまたあえいでいる。

アドルフが知り合ったユダヤ人の画商マックス。
かつて画家を目指しながら戦争で右手を失い、
画商となったマックスはアドルフに言う。

「ただ絵が上手いだけではだめだ。
絵の中に自らのうちにある真実を描け」と。
「自分にしか描けないものを描け」と。
自分自身の中にある疑念、苦悩、怒り、戸惑い、苦痛、
自分が持つ全ての心の闇を絵のなかに転化するのだと。

時代は貧しく、苦しく、
そのゆがみ、ひずみ、よどみがアドルフの中で怒りとなって沈殿してゆく。

芸術家というものはその身のうちの闇の部分を芸術という形に昇華させて、
人を感動させうる作品をつくりだしていく。
しかし、自らの心の闇と対峙し、芸術にまで高めていくその作業はとても苦しい。
そして困難である。
自分自身のよい部分も悪い部分も醜い部分も
すべてを自ら自覚し、認識し、ひきうけなければならない。
そしてその全てを他者に露呈しなければならない。

アドルフは決して政治的成功を目指していたようには見えない。
独裁者となろうと考えていたとも思えない。

時代のよどみの中で彼は画家を目指しながら、
なかなかその先に進むことができない。

そして、彼は時代のゆがみに囚われてしまう。
自らの意思とは別のところで、歴史の生贄として捕らわれてしまっている。

二次大戦におけるドイツ軍というのはかっこいい。
悪役であるはずのドイツ軍はしばしばあらゆる映画、漫画、アニメ、小説などにも登場する。
ただの悪役としての登場ではないその抜群のかっこよさは、
実は誰もが認めていて、
だからこそいろいろな物語の中で登場し、
物語をより面白くしてくれるのだが、
悪役がかっこいいという面白さをドイツナチスは体現してみせてくれたのだ。
あの制服といい、親衛隊といい、マークといい、
全てがデザイン的には抜群のセンスなのだ。
それは画家志望であったアドルフがデザインしたものだったからかと、
この映画をみて再確認してしまった。
なにしろ日本軍はどの映画を見てても毎回呆れるくらいださくてかっこ悪いからねえ。
何とかなんない?と毎度思ってたけどさ。
どんなかっこういいセリフ言っててもあのダサさで半減するっていうか9割引きですからね。
実のところ。

それはいいとして、自らの苦悩、怒り、疑念をアドルフは芸術にしようとした。
しかし、時代によってそれは戦争へのエネルギーに変えられてしまう。

マックスは言う。そのエネルギーを芸術にむけろと。
しかし、現実はアドルフを戦争へと向かわせてしまう。

ラストで、アドルフの演説によって反ユダユ主義に燃えた一部の聴衆によって
マックスは殺されてしまう。
この時アドルフは自らの熱意によって仕上げた作品を持ってカフェでマックスを待っている。
アドルフによって殺されてしまったマックスは当然カフェに来ない。
もしこの時、マックスが殺されることがなかったら、
アドルフは独裁者になることはなかったのだろうか。
画家への道を進めたのだろうか。

しかし、たとえ、アドルフが独裁者にならなかったとしても、
他の誰かがアドルフの代わりに時代に捕まってやはり独裁者あるいはそれに近い何かとなって
第二次大戦は起こっていたのではないかと思う。
あれほど、苦痛にあえぐドイツの中で国民の怒りは既に充分燃え上がっていて、
その象徴となるべき存在を要求していたことが映画の中でも、
要所要所に表現されていて、
その時代の中でアドルフはその身のうちの怒りとぴったりリンクして、
捕らえられてしまった。

人がもつ怒りや苦痛や苦悩は、芸術にも、あるいは、犯罪や戦争にも、
どちらにも変化しうる可能性を持っている。

芸術家は絵画も音楽も文学も人間の生の苦悩を描くことで人を感動させ、ひきつける。
そして、犯罪や政治や戦争も人間の怒りが変容した姿である。

自らのもつ心の闇を芸術に変えるのか、戦争に変えるのか、
その境界線にたって、どちらに向かうのか。
その決定はなにによって決まるのか。

独裁者として世界を席巻したヒトラーは世界最強のイメージ。
けれど、映画の中の青年アドルフは弱い人間として描かれている。
貧乏にあえぎ、めざす将来に迷い、
自らの立ち位置をみつけられずにいるただの弱い青年でしかない。
そしてその弱さこそが独裁者ヒトラーの強さを支えているのでもあろうか。

ノア・テイラー演じるところの、目ばかりがぎろぎろとして目立つ、
孤独で人生に迷う青年アドルフは人間的にはとても魅力的に見えて、
男前で金持ちの自信家にみえるマックスよりはるかに人間くさく、見る側の心をひきつける。

ところで画商マックスは架空の人物なのだそうだ。
しかし、映画のなかで、アドルフのライバルとして名前だけ登場してくる画家がエルンスト。
有名ですね。その世界では。そのエルンストのフルネームが、マックス・エルンスト。
なんとも絶妙な遊びかな。ここまで気づく人がいるのかいないのか。

そして、右手をうしなったマックスには画家としての未来はない。
右手をもつアドルフに未来があるはずだとマックスは思う。
スタートシーンで愛人に゜私達に未来はあるの?」とマックスは問われる。
マックスは答える。
自分に未来はない…と。

マックスがみたアドルフの未来と
アドルフ自身がつくるアドルフの未来には微妙なずれがあって、
冒頭で既に自分には未来がないというマックスの言葉は
ただのストーリー上の複線にしかすぎないのか。

あるいはそれ以上の含みをもち、
ストーリーのテーマと微妙に絡んで、見る側は考えざるをえない。




エルンスト作品集


作中のアドルフのライバル エルンストの作品集です
(たぶんこの人だと思うのです)









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最終更新日  2009年01月05日 08時51分15秒
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