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北朝鮮ネタ4日目です。昔の記録をいろいろ調べてみたら、当時以下のような日程で旅行したことがわかりました。
1997年8月2日(土) 11:30北京発(高麗航空152便)→14:00ピョンヤン着
・到着後万寿台の丘など簡単な市内観光
8月3日(日) ・板門店軍事境界線、開城市内観光
8月4日(月) ・ピョンヤン市内観光(チュチェ思想塔、地下鉄、託児所等)
8月5日(火) 9:00ピョンヤン発(高麗航空151便)→9:40北京着
ということなので、昨日の日記には朝の便と書きましたが、昼の便でした。また、昼飯を食べにいくというところで終わりましたが、昼飯は食べてなかったですね(確か機内食のみ)。金日成の銅像にご挨拶したあとホテルに戻ったのは確かでしたが、その後市内観光をして晩飯に至るという順番でした。訂正してお詫びいたします。 やはり10年近く前の記憶はいい加減だったと 思います。失礼しました。
さて、お詫びを兼ねていろいろ部屋を掘り出したところ、以下のようなものが出てきました。

これがおととい書いた 機内のうちわ 。

もろもろ出てきました。基本的にパンフは日本語のものが多いです。当時あの国で見る商品は ほとんど日本製 のものばかりで、 ある意味日本の属国ではないかと 感じさせる雰囲気もありました。いろいろ日本のことを公式には言いますが、日本からの物資を確保することは、最近中国製品が相当増えたといっても、国の根本にかかわることなのではないかと感じました。ちなみに真ん中上の紙幣は5チョン。チョンはウォンの下の単位ですが、漢字で書けばウォンが「円」、チョンが「銭」なので日本語と同じです。また、この紙幣は昔中国にもあった外貨兌換券で、外人専用の紙幣です。「こども銀行」のような札ですが、外国人が行くところはそのまま日本円払いもできましたので、ほとんどこの札を使う機会はなく、まして北朝鮮人が使う国内用の紙幣は見ることはできませんでした。あと、右上に ゴルフ場 のパンフレットがありますが、ピョンヤンにもゴルフ場があります。誰がやるのかは知りませんが・・・。このことは下でも少々触れます。
さて、1日目、空港到着後、 金日成の銅像のある「万寿台(マンスデ)の丘」 経由でホテルにチェックインしたあと、 金日成の生まれたところとされる、「万景台(マンギョンデ)」 に行きました。ここも完全に北朝鮮ツアーではお決まりの訪問地ですが、市内中心部から南西方向の小高い丘になっているところにあります。金日成が生まれたという質素な萱葺きの家がいくつか建っていて、昔の食事風景など、当時の様子が再現されています。確か日本語で専門の説明員が滔々と「偉大な首領様はこちらで・・・」と長々と説明していました。家のそばには白くてまん丸な石が敷き詰められた石庭のようなものがあるのですが、どれも均一な大きさで非常によくできていることは認めますが、こんなものに時間をかけるより、もっと別のものを生産でもしたほうがいいと強く感じました。
このあと、万景台の近くにある、スポーツ施設が集中して集まっているところに向かいました。そろそろ夕方になったので、この中にあるレストランで晩飯を食べますとガイドから説明されました。このスポーツ施設は、過去ソウル五輪に対抗して北朝鮮が「世界学生祭典」を同時期に開催したときに作ったもののようで、スタジアム、体育館など多くの施設があります。ただ、人影はほとんどなく、閑散としていました。まだ食事まで時間があるので、射撃でもしませんかとガイドに促されて 屋内射撃場 に向かいました。どうも ガイドが自分も遊びたかったようです 。私は北京でも人民解放軍経営の射撃場でライフルや高射砲を実弾で撃ったことがありましたので、話しのネタになるかと思ってやってみました。施設はとてもきれいでしたが他の客はだれもいません。ピストルを数発撃って、後で的で使用した紙を記念にもらいました。射撃代は結構高かったですが、ガイドの分も合わせて全部払わされました。
その後ゴルフ場(打ちっぱなし)の施設内にあるレストランに晩飯のために向かいました。ここも他に客はいませんでしたが、打ちっぱなしそのものは施設としては小規模ではあるものの、日本のものとそれほど大差のない雰囲気ではありました。さて、「晩飯のメニューは?」とガイドに聞くと、「カルビです」みたいな答えだったので、 韓国のように食べきれないほど料理が出てくるのかと一瞬期待しましたが 、ガイドが出て行ったあと、運ばれてきた料理は焼肉が10切れと野菜少々、これを岩谷産業のカセット式コンロで自分で焼いて食べるというもので、かなり期待はずれ、「これが14万円ツアーのメニュー?」とも思いましたが、当時すでに北朝鮮は 食糧危機 が取り沙汰されていましたので、しょうがないと思ってあきらめました。
食事が終わるころになると、ガイド2人が戻ってきました。若い方のガイドは、先ほど食事を給仕してくれたレストランのウエイトレスの親しいようで、アタックをしているように見えました。 ああいう体制の国でも若者はちゃんとやることはやるんだなと 思って、少しほのぼのとしたものを感じました。
翌日は朝早くから板門店(パンムンジョム)の軍事境界線に行くスケジュールだったので、食事後はホテルに戻ることになっていましたが、我々が「ちょっとコーヒーでも」と行ったので、ピョンヤンで最高級といわれる「高麗(コリョ)ホテル」に立ち寄りました。最上階が回転レストランになっていて、ここでコーヒーを飲みましたが、外は明かりが極めて少なくて真っ暗、他に客もいなかったので閑散としていました。コーヒー代はそんなに安いわけでもなかったですが、当然のようにガイド2名分のコーヒー代も我々が払いました。
1日目なのでとりあえずおとなしくして、その後宿泊しているホテルに戻りました。部屋には盗聴器は見つけられませんでしたので、同行者と北朝鮮の悪口をためしにいろいろ話をしてみました。次の朝ちゃんと我々二人が無事でいるかちょっと不安になりましたが、うるさい冷房の音を気にしつつも、とりあえず結構疲れたのですぐ眠れた記憶があります。
ではまた続きは明日・・・
(以下本文とはまったく関係ありませんが、本日昼、三浦半島の三崎漁港(鮪で有名)で食べた鮪のあぶり丼です。うまかったです。)

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再び約30年前のベリカード 2008.04.09
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