出羽の国、エミシの国 ブログ

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2016年07月09日
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この無礼打ち事件に連座して多くの同士たち(池田徳太郎(広島藩)、石坂周造(信濃国)、北有馬太郎、笠井伊蔵(庄内)、西川錬造熊三郎(弟)、お蓮(妻)他多数) が捕まり 、犠牲者も出てしまう。八郎は動揺するのだが、嵩(かさみ)春嶽(江戸住)、桶渡八兵衛、神田橋直助(薩摩藩)などに諭され、自害を止まり潜行逃亡することになる。

 八郎の不注意も影響したのかもしれない、後に嵩春嶽は八郎をかくまった罪で獄死する。八郎は嵩春嶽という恩人により、ここで生きながらえたことで後の大きな功績へとつながる。

 一方、虎尾の会、幕臣の 山岡鉄太郎 松岡万 は、清河塾に出入りしていたので、幕府から訊問(取り調べ)を受けた。
「ただ、兵事を語りあっていただけで、危険な内容などはなく、そういうことは武士の修行と考えている」の理屈で押し通したという。その後に提出したと思われる幕府当局者へあてた尋問についての回答とする内容の2人連名の上書が残っている。それからは山岡と松岡も処罰される可能性があったとみられ、 必死の抵抗 の様子が読み取れる。

 苦し紛れにもとれる内容で次のようなものだった。この中で、山岡や松岡が自分たちは八郎たちの行動を探索する役目の スパイ活動
「自分たちは八郎たちの消息が知れなくなることを恐れた幕吏に命ぜられて、八郎たちと交わる 間者 (スパイ)となって、探索(スパイ活動)をしていた。この焼打ち計画を、偽策をもって止めさせたり、計画の成り行きを探っていたりしていたところだった。その途中で、八郎一党が捕まった・・・(焼打ち)計画はまだ決定していたものではなく、その後のことは知らない。事実がわからない(状態な)のに 幕府の士 が栄利のため 虚言 を述べ、自分たちが嫌疑(対決・対審)をかけられて刑罰を受けるのは(武) 士道 に対し面目が立たない・・・」などとしている。

 そして、「八郎については人を殺し逃げ去ったのだから、召捕えるのは当然なのだが、八郎の一党(関係者)については、事実不分明(あくまで容疑であって、罪が実証せれていない)人達なので召捕えて重罪刑などにするのは 歎げかわしい(残念) ことだ・・・世(間)上の信頼のこともあるので 命は助けてほしい ・・・」として、 八郎の一党を重罪にしないことを嘆願 している。虎尾の会のメンバー、八郎の関係者を擁護し釈放させようとする意図が見て取れる。
(参考:清河八郎伝: 徳田武著、このブログは虎尾の会中心に解釈しているので、本の内容ととは多少解釈が異なる。) 

 八郎が、安積と伊牟田で九州遊説を始める(京都で挙兵をすることを九州地方を説いて回る) のは、この事件から半年ほどのことだった。(詳細は幕末のジレンマ12. 参照)。

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 ※"清河八郎編"はこちらの本でまとめてご覧になれます。
出羽庄内 幕末のジレンマ (1)(清河八郎 編) Kindle版
 ※"清川口戦争/戊辰戦争"編はこちらの本でまとめてご覧になれます。
出羽庄内幕末のジレンマ(2)(清川口戦争/戊辰戦争編) Kindle版





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最終更新日  2022年09月09日 15時07分59秒
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