元気力UP!

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2015年09月23日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
美しい? 美しくても構わんから、美しい獣と見做 せばいいのである。
こう云うと西洋婦人の礼服を見たかと云うものもあるかも知れないが、猫の事だから西洋婦人の礼服を拝見した事はない。
聞くところによると彼等は胸をあらわし、肩をあらわし、腕をあらわしてこれを礼服と称しているそうだ。
しからん事だ。
十四世紀頃までは彼等の出 で立 ちはしかく滑稽ではなかった、やはり普通の人間の着るものを着ておった。
流に転化してきたかは面倒だから述べない。
知る人ぞ知る、知らぬものは知らん顔をしておればよろしかろう。
歴史はとにかく彼等はかかる異様な風態をして夜間だけは得々 たるにも係わらず内心は少々人間らしいところもあると見えて、日が出ると、肩をすぼめる、胸をかくす、腕を包む、どこもかしこもことごとく見えなくしてしまうのみならず、足の爪一本でも人に見せるのを非常に恥辱と考えている。
これで考えても彼等の礼服なるものは一種の頓珍漢的 作用 によって、馬鹿と馬鹿の相談から成立したものだと云う事が分る。
それが口惜 しければ日中 でも肩と胸と腕を出していて見るがいい。
裸体信者だってその通りだ。

現にこの不合理極まる礼服を着て威張って帝国ホテルなどへ出懸 けるではないか。
その因縁 を尋ねると何にもない。
ただ西洋人がきるから、着ると云うまでの事だろう。

長いものには捲 かれろ、強いものには折れろ、重いものには圧 されろと、そうれろ尽しでは気が利 かんではないか。
気が利 かんでも仕方がないと云うなら勘弁するから、あまり日本人をえらい者と思ってはいけない。
学問といえどもその通りだがこれは服装に関係がない事だから以下略とする。

衣服はかくのごとく人間にも大事なものである。
人間が衣服か、衣服が人間かと云うくらい重要な条件である。
人間の歴史は肉の歴史にあらず、骨の歴史にあらず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申したいくらいだ。
だから衣服を着けない人間を見ると人間らしい感じがしない。
まるで化物 に邂逅 したようだ。
化物でも全体が申し合せて化物になれば、いわゆる化物は消えてなくなる訳だから構わんが、それでは人間自身が大 に困却する事になるばかりだ。
その昔 し自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛 り出した。
だからどんな人間でも生れるときは必ず赤裸 である。
もし人間の本性 が平等に安んずるものならば、よろしくこの赤裸のままで生長してしかるべきだろう。
しかるに赤裸の一人が云うにはこう誰も彼も同じでは勉強する甲斐 がない。
骨を折った結果が見えぬ。
どうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだと云うところが目につくようにしたい。
それについては何か人が見てあっと魂消 る物をからだにつけて見たい。
何か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股 を発明してすぐさまこれを穿 いて、どうだ恐れ入ったろうと威張ってそこいらを歩いた。
これが今日 の車夫の先祖である。
単簡 なる猿股を発明するのに十年の長日月を費 やしたのはいささか異 な感もあるが、それは今日から古代に溯 って身を蒙昧 の世界に置いて断定した結論と云うもので、その当時にこれくらいな大発明はなかったのである。
デカルトは「余は思考す、故に余は存在す」という三 つ子 にでも分るような真理を考え出すのに十何年か懸ったそうだ。
すべて考え出す時には骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費やしたって車夫の智慧 には出来過ぎると云わねばなるまい。
さあ猿股が出来ると世の中で幅のきくのは車夫ばかりである。
あまり車夫が猿股をつけて天下の大道を我物顔に横行|濶歩 するのを憎らしいと思って負けん気の化物が六年間工夫して羽織と云う無用の長物を発明した。
すると猿股の勢力は頓 に衰えて、羽織全盛の時代となった。
八百屋、生薬屋 、呉服屋は皆この大発明家の末流 である。
猿股期、羽織期の後 に来るのが袴期 である。
これは、何だ羽織の癖にと癇癪 を起した化物の考案になったもので、昔の武士今の官員などは皆この種属である。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2015年09月23日 13時01分10秒
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