元気力UP!

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2015年11月17日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
熱い熱いと云う声が吾輩の耳を貫 ぬいて左右へ抜けるように頭の中で乱れ合う。
その声には黄なのも、青いのも、赤いのも、黒いのもあるが互に畳 なりかかって一種名状すべからざる音響を浴場内に漲 らす。
ただ混雑と迷乱とを形容するに適した声と云うのみで、ほかには何の役にも立たない声である。
吾輩は茫然 としてこの光景に魅入 られたばかり立ちすくんでいた。
の中から一大長漢がぬっと立ち上がった。
彼の身 の丈 を見ると他 の先生方よりはたしかに三寸くらいは高い。
のみならず顔から髯 が生 えているのか髯の中に顔が同居しているのか分らない赤つらを反 り返して、日盛りに破 れ鐘 をつくような声を出して「うめろうめろ、熱い熱い」と叫ぶ。
と縺 れ合う群衆の上に高く傑出して、その瞬間には浴場全体がこの男一人になったと思わるるほどである。
超人だ。
ニーチェのいわゆる超人だ。
魔中の大王だ。
だ。
と思って見ていると湯槽 の後 ろでおーいと答えたものがある。
おやとまたもそちらに眸 をそらすと、暗憺 として物色も出来ぬ中に、例のちゃんちゃん姿の三介 が砕けよと一塊 りの石炭を竈 の中に投げ入れるのが見えた。
竈の蓋 をくぐって、この塊りがぱちぱちと鳴るときに、三介の半面がぱっと明るくなる。
同時に三介の後 ろにある煉瓦 の壁が暗 を通して燃えるごとく光った。
吾輩は少々|物凄 くなったから早々 窓から飛び下りて家 に帰る。
帰りながらも考えた。
羽織を脱ぎ、猿股を脱ぎ、袴 を脱いで平等になろうと力 める赤裸々の中には、また赤裸々の豪傑が出て来て他の群小を圧倒してしまう。
平等はいくらはだかになったって得られるものではない。

帰って見ると天下は太平なもので、主人は湯上がりの顔をテラテラ光らして晩餐 を食っている。
吾輩が椽側 から上がるのを見て、のんきな猫だなあ、今頃どこをあるいているんだろうと云った。
膳の上を見ると、銭 のない癖に二三品|御菜 をならべている。
そのうちに肴 の焼いたのが一|疋 ある。
これは何と称する肴か知らんが、何でも昨日 あたり御台場 近辺でやられたに相違ない。
肴は丈夫なものだと説明しておいたが、いくら丈夫でもこう焼かれたり煮られたりしてはたまらん。
多病にして残喘 を保 つ方がよほど結構だ。
こう考えて膳の傍 に坐って、隙 があったら何か頂戴しようと、見るごとく見ざるごとく装 っていた。
こんな装い方を知らないものはとうていうまい肴は食えないと諦 めなければいけない。
主人は肴をちょっと突っついたが、うまくないと云う顔付をして箸 を置いた。
正面に控 えたる妻君はこれまた無言のまま箸の上下 に運動する様子、主人の両顎 の離合開闔 の具合を熱心に研究している。

「おい、その猫の頭をちょっと撲 って見ろ」と主人は突然細君に請求した。

「撲てば、どうするんですか」
「どうしてもいいからちょっと撲って見ろ」
こうですかと細君は平手 で吾輩の頭をちょっと敲 く。
痛くも何ともない。

「鳴かんじゃないか」
「ええ」
「もう一|返 やって見ろ」
「何返やったって同じ事じゃありませんか」と細君また平手でぽかと参 る。
やはり何ともないから、じっとしていた。
しかしその何のためたるやは智慮深き吾輩には頓 と了解し難い。
これが了解出来れば、どうかこうか方法もあろうがただ撲って見ろだから、撲つ細君も困るし、撲たれる吾輩も困る。
主人は二度まで思い通りにならんので、少々|焦 れ気味 で「おい、ちょっと鳴くようにぶって見ろ」と云った。

細君は面倒な顔付で「鳴かして何になさるんですか」と問いながら、またぴしゃりとおいでになった。
こう先方の目的がわかれば訳はない、鳴いてさえやれば主人を満足させる事は出来るのだ。
主人はかくのごとく愚物 だから厭 になる。
鳴かせるためなら、ためと早く云えば二返も三返も余計な手数 はしなくてもすむし、吾輩も一度で放免になる事を二度も三度も繰り返えされる必要はないのだ。
ただ打 って見ろと云う命令は、打つ事それ自身を目的とする場合のほかに用うべきものでない。
打つのは向うの事、鳴くのはこっちの事だ。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2015年11月17日 13時02分54秒
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