株式会社SEES.ii

株式会社SEES.ii

2017.08.07
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カテゴリ: ショートショート
ss一覧 短編01 短編02
―――――

 リビングから聞こえる女の話し声に、男は目を覚ました。
 枕から首をもたげ、耳を澄ます。
 確かに聞こえる……楽しげに笑う女の声。嬉しそうにはしゃぐ女の声。笑ったり、はしゃい
だり、相槌をうったり、怒ったり、叱ったりする声……。
 誰が何を言っているのかはわかっている。妻が、誰かと電話でお喋りしている声に違い
なかった。相手は誰もいない。そう。ひとりなのだ。


 ……もう、勘弁してくれよ。
 妻の実家に近い名古屋市緑区の高層マンションで――真っ暗な天井を見つめて男は思った。
「おーいっ、もう深夜だぞっ!」
 隣室で喋る妻に聞えよがしに言う。「ほどほどにしろよっ!」
 けれど、妻は相変わらず楽しそうに喋っている。自分の夫が寝ているというのに、いい気な
ものだ。

 やはり妻を無理に実家近くに連れてきたのが悪かったのかもしれない。この急激な変化は
妻にとって良くはなかったのかもしれない。まだ40歳だというのに、最近の妻はまるで
老婆のようにおいさらばえて見えた。
 東京にいた頃は、こんな風ではなかった。確かにヒステリーは起こしていたし、朝まで

回りのことはたいていひとりでできたし、テレビを見て、新聞を読んでいた。近所にはOL
時代からの元同僚もたくさんいて、そういう友人たちが来ると近所の喫茶店で、コーヒーや
紅茶を飲みながら何時間でも世間話に花を咲かせていた。
 それなのに……名古屋市に来てからのわずかな間に、妻はまるで重度の精神疾患の患者の
ようになってしまった。

 もう今では男は、片時も妻から目を離すことができなかった。今日も、男が半日ほど家を
空けて戻ると、寝室に若者向けの衣服が大量に買い込まれていた。
 新品の靴や靴下や下着やセーターやカーディガンやコートやスカートが買い物袋から引き
出され、ベッドの上に並んでいる。少し前に購入した衣服が散乱し、ようやく整理を済ませた
ばかりのクローゼットの中がグチャグチャになっている。
 それは本当にひどいものだった。妻自身はどうやって寝室を歩いたのだろう、と考えて
しまうくらい、ひどい散らかりようだった。
 そんなわけで男は、心身ともに疲れきっていた。まもなく、自分は発狂してしまうかも
しれない。そんなことを半ば本気で思うほどだった。
 ……畜生。いっそ離婚でもしちまおうか?
 寝室の暗がりで、男は唇を噛み締めた。
 そうだ。こんな知らない土地で、友達もおらず、満足に仕事もできず、精神疾患者とふたり
きりで生涯をフイにする必要なんてない。……このまま我慢を続けていたら、自分も近い
うちにおかしくなってしまうに違いない。この頃は動悸が激しく、胃も痛い。時折、猛烈な
不安に駆られて、叫び出しそうになることもある。

 男は、ベッドの脇のチェストに置かれた1枚の写真を見つめた。
 写真の中の娘は相変わらず楽しそうに笑っている。……妻がこうなってしまったのは、
すべてコイツの責任だというのに、本当に腹の立つ娘だ。
 イライラし始めていた。名古屋に来てからというもの、男は苛立ってばかりいた。
 そう。こうなってしまったことのすべてがコイツの責任だった。

 妻の精神状態を安定させるために、心療内科の医師の勧めで、嫌がる妻を無理矢理――
故郷である名古屋市に連れて来たのだ。
 しかし――名古屋市での生活は、思っていたものとは程遠いものだった。今では仕事帰りに
酒を飲みに行くこともできなかったし、好きだった週末のライブハウス通いもできなかったし、
友人たちとサーフィンを楽しむこともできなかった。不規則な就業時間のせいで、仲の良い
友人や両親や兄弟と電話で話すこともままならなかった。

 人生には――諦め、というものがある……ことぐらいは知っている。そんなことはわかって
いるつもりだ。これが現実というものなのだ。
 だが、よりにもよって、なぜ自分が? まだ38歳の自分が? なぜ、こんな苦難の道へ足を
踏み入れなければならないのか?
 男はまた唇を噛み締めた。男にはもう、自分が妻を愛していることに確信が持てなかった。
 夫婦の肉体関係は8年も前に終わっている。けれど、別にそんなことは関係ない。それ以前
も、それ以降も、男は妻に「愛している」と告げていたし、妻もまた、「愛しているわ」と
言っている。
 けれど、いったい、「愛している」という言葉に何の意味があるというのだろう……。
感情の入っていない「愛」になど、何の価値があるのだろう? 男は忘れかけていた、いや、
初めから……「愛」など何も理解していなかったのかもしれなかった……。

―――――

 リビングで続いていた笑い声が、だんだんと小さくなり……完全に止まった。どうやら
独り言の時間は終わったらしい。
 ゆっくりと歩くスリッパの足音は、少しずつ夫婦の寝室へと近づいて来た。
 パタン……パタン……パタン……パタン……。それはまるで、何か得体の知れない昆虫が
獲物に近づく様を思わせる――不吉で不気味な音だった。
 やがて足音は――夫婦の寝室のドアの前でピタリと止まった。そこに立ち止まったまま、
動かない。どうやら、寝室のドアが開くのを待っているかのようだった。
 いったい何を考えているんだろう? 俺が優しくドアを開けてくれるのを待っているの
だろうか?
 ……くそっ、こんな生活がいつまで続きやがる。
 はーっと深い溜め息をつく。ひどく憂鬱な気分で男は、布団を払いのけてベッドを出た。
妻を怒鳴り、叱りつけたくてしかたがない欲求を、必死に心の奥へと追いやった。
 ドアを開ける。
 男の予想通り、ドアの前で立ち尽くしたままの妻を見る。
 俯いていた妻は顔を上げ、焦点の定まらない目で夫である男を見つめている。
「……電話なら昼間にすればいい。何も深夜にしなくても……」
 妻にそこまで言いかけて……男は口をつぐんだ。だらりと下がった妻の右手にコードレスの
受話器が握られていたのだ。
 ……えっ? いったい、誰と?
 全身の皮膚に鳥肌が立った。
 そう。異変はそれだけではなかったのだ。経過時間を意味する数字の列が、液晶の中で
刻一刻と進むのが見えていた。つまり……。
 そう。いるのだ。たった今も、間違いなく、妻と会話をしていた誰かが――いるのだ。
 妻の肩に手を掛け、叫ぶように言う。「誰だ……こんな時間に、相手は誰なんだっ?」
 けれど、妻は答えなかった。まるで楽しかった思い出を頭の中で反芻するかのように、
ただうっすらと笑みを浮かべて夫を見つめ続けるだけだった。
「まったく……相手も迷惑だったろうに……」
 誰にともなく呟くと、半ば強引に受話器を受け取る。そして、リビングの明かりを灯し
ながら、「俺がお礼を言っておくから、キミは寝ててくれ」と妻に告げ、受話器のマイクを
手で塞いだ。
 妻はのろのろとベッドにもぐり込み、仰向けに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。

 寝室のドアを閉め、リビングのソファに腰をおろす。
 ……誰かはわからないが、深夜の長電話は感心しないな。
 うんざりした気分で深呼吸をする。何げなく受話器の液晶に目をやる。
 通話時刻が進んでいる。ぐずぐずしていたら、また面倒なことことになりそうだった。
 ……さて。
 受話器のマイクから手を離そうとした瞬間――男は言いようのない恐怖を感じた。
 ……?
 この電話の相手は危険だ。理性や常識ではなく、男の遺伝子による防衛本能が、それを
男自身に伝えた。
『出るな。話すな。通話を切れ』
 男の遺伝子は必死でそう叫んでいた。
 心臓が高鳴り、膝がガクガクと震える。口の中がカラカラに乾く。
『やめろ。絶対にコイツと話してはならない』
 ……?
 男は自分自身に聞いた。
 ……何が怖い? 別にどうってことはないだろう?
 男は『電話を切れ』と言う遺伝子の制止を振り払い、マイクを塞ぐ手と指をゆっくりと
外し、受話器を耳に当てた。

「……もし、もし?」
 恐る恐る口を開き、問いかけてみる。
「……もしもし? 失礼ですが……お名前をお伺いして……よろしい、でしょう、か?」
 電話から聞こえたのは――男の知っている、幼い、少女の声だった。
『……おとうさん?』
「ひっ」
 かつて経験したことのない猛烈な恐怖に呼吸が止まった。
 そんな、バカな……ありえない……ありえない……。
 そう。それは妻の娘であり、男にとっては義理の娘の声に聞こえた。
『……どうかしましたかぁ? ……何を驚いてるんですかぁ? ……フフフッ』
 娘の声は――まるで男の心の中をのぞき込もうかとするかのように、不気味に笑った。
「うわぁーっ!」
 死んだハズだっ……コイツは……死んだハズなのに……。
 死んだ……いない……。死んで……消えた、ハズなのにっ!

 静かな緑区のマンションに男の凄まじい悲鳴が響き渡った。

―――――

 あーあ。情けない声出しちゃって……。
 リビングから夫が叫び声を上げている。
 夫が『娘』と話し、驚いている様子なのは間違いなかった。
 天井を見つめる私は、そこでようやく瞼を閉じた。
「……『娘』、ねえ……」
 闇の中で女は呟いた。「……驚いた? ……でも……私は、あなたほどではないわ」

『娘』の正体は不明だった。
 そう。『娘』があの子のわけがないことぐらい、わかっている。私の娘が死んでこの世に
いないコトなどわかっている……。霊や妖怪の存在など、もっともっと信じられない。

 もう一度、頭の中で再確認する。
 そう。『娘』の正体は不明なのだ。

 女は耳を澄ませた。
 ――そして、繰り返される夫の悲鳴や嗚咽や呻き声を、じっと聞き続けた……。

―――――

 『unknown』 後編に続きます。









            本日のオススメ、新曲!→    ダダダダ天使 / ナナヲアカリ
            そう、これが私の願望ス→    マンネリライフ / ナナヲアカリ
            何度聞いてもイイすネ~→    一生奇跡に縋ってろ / ナナヲアカリ


          ナナヲアカリさん↑ seesも大好きな天使様。毒性の強い歌詞でありながら、ま
         るで幼女声優のような声質の持ち主。この方も……そう……『もっと売れていいと
         思わせる人』です。中毒性が高すぎるのも問題なのか? いろいろと考えさせられ
         るヒトですね……。勝手な妄想ですが、私生活ではすごくマジメそうで、イイヒト
         ぽい? とにかく……まぁ……大好きです🎵




 お疲れサマです。seesです♪ また意味が「不明」の英字タイトルw
 短い夏休みも終わり、また仕事とブログ作成の毎日が始まります。ネタは豊富にあるので
問題無いのですが……最近、股間が少し痛いですね……尿管結石かもw再発www
 心機一転でブログのメイン写真変えました。加工に少し手間取りましたが……どこかに
『天体』の写真で良いものは落ちてはいませんかね? お便り……待ってます(笑)。

 さて、今回ですが――昔、『世にも奇妙』系のドラマで見たヤツのオマージュです。記憶も
あらすじも曖昧ですが、何となく形にした程度の出来。並以下。……得意分野ではありますが、
大衆ウケはしませんねコレ……。つまんないすね、しかも……。

 今話は前後編の2話完結予定。次話は前中後編の3話完結を予定しております。
 それ作ったら短編03『地雷原のD!(仮)』作りますかね。
 ……モール街とプラスチック爆弾の勉強しなくちゃな……💦

 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし
ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。
 seesより、愛を込めて🎵 



 ↓ナナヲアカリさんの楽曲ス。最高っす。      最近買ったお気に入り↓ 


こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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 好評?オマケショート 『配車担当日、おつ』

 次長   「sees君、休み明けで悪いが、明日――配車担当な🎵(忖度しろ)」
 sees   「……はい。わかりました(パワハラすか?)」
       ……はあ? ふざけんなよ、まぢで……。何でワシがこんなメに……。あの
       クソ課長め、急ぎの出張、だどー? 夢の中で行って来いよポンチが……
       お情けで出世しただけのポンチが……給料ワシより下のポンチが……ポンチ
       ポンチポンチポンチ、イカレポンチが💢貴様の持つエメラルダスのフィギュア
       よこせや……ついでに日向ヒナタも……。
       ………
       ………
       ………
       翌日朝礼後――。
 sees   「おはようございます!!!」
 部署一同 「おはようございます!!!」
 sees   「え――……本日はA社とB社の合同会議、新製品の紹介、顧客接遇が入りますっ!
       え――……では、本日の業務担当と配車を発表しまーーーすっ! ( `ー´)ノピシ」
 部署一同 「はいっ!!」
 sees   「え――……Aさんは4号スバル。Bさんは5号スバル。Cさんは6号スバルで、
       DEFGHさんは〇〇で✖✖✖で――。……各自顧客訪問と新製品の紹介をお願い
       しますっ!」
 ABC他     「はいっ!!」
 sees   「Iさん、Jさん、Kさんは本社にて待機っ! 総務応援と人事応援、車両整備、
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       ………
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       まで頼みますっ!!」
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 部署一同 「はいっ!!」
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       その時――
       その瞬間だった――
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  次長   「seesっ!! てめー自身は何ヤルんだよ、ゴラァッ!!💢 殺すぞっ!!!(# ゚Д゚)💢」
  sees   「……ヴッ(即死)」
       ……忘れていた。自分自身の仕事を。自分自身の存在を……。
       だって……慣れてないんだモン(^_-)-🌟テヘペロ~。

                                       了





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Last updated  2017.08.08 01:38:30
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