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生徒の答案を見ているとあきらかに覚えたことを利用せずに問題を解いているというのが伝わってくることが多い勉強嫌いな子にとっていちいち思い出しながら考えるというのが邪魔くさい問題を解くというのは正しい答えを導き出すことではなく何かを書いて解答欄を埋めることという悪い癖が身に付いてしまっている授業中にあるいはテストの採点をしていて間違った解答を見つけるとなぜその子が間違っているか考えてみるその子はほんとうに覚えていないのか理解していないのかと考えてみるそして決してそんなことはないことが多いのであるたとえば1メートル=100センチということはほとんどの生徒が認識できていることである自分の身長が1メートル40センチで146センチでもあることや定規を見て1ミリの目盛が10個分で1センチであることは知らず知らずのうちに身に付いているしかし算数の問題として出題されると間違う子、解けない子が多い知らないのではなく知っていることを引き出してこないで解いているだけである他にも円の面積の公式を答えなさいと言えば半径×半径×円周率と答えられるのに問題で解かせると半径×2×円周率と解いていたり中学生では3の2乗を3×3だということは誰もが理解していながら3×2と解いてしまったり英語の文法でも理解しているのに英作文を書かせると文法を無視して日本語の順に単語を並べて英語を書いたりする決して英語の語順≠日本語の語順をわかっていないわけではない問題を解く段になればついついやってしまうしいつも同じことを繰り返していることすら気づいていながらそれすら思い出して改める気がないのだ正解したいという気はなく問題=解くもの=正解不正解など関係ない正解か不正解かは結果的なもので自分の意志で得るものではないという誤解が癖になっているようであるいわばくじ引きのような感覚で正解ならばラッキー不正解ならばしゃーないな、またそのうち正解するときもあるやろ程度のものであるだからこのような子の答案をみたら正解している問題もわかっていて解けている雰囲気が伝わってこない出合いがしらにバットに当たったホームランのような感じであるそうそうここまで書いて思いついたが野球のバッティングとはボールにバットを当てに行く行為であるが適当にバットを振ったら時には当たることもあるやろというような感覚なのである当てるだけの能力があるのにである覚えていること理解していることを利用して解けばできるのにもったいないなと思ってしまうのであるがそんなことを注意してもやはり心には響かないようである
September 27, 2012
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真学道場Shinに僕が中学時代に歴史を教わった先生がいらっしゃったとはいえ先生御自身の意志でいらしてくださったわけではなく先生の教え子である僕の先輩にあたる方が紹介してくださって一緒にお出でになられたということなのであるがいつもなら自慢でほこらしげにお見せしたい塾であるのですが今日に限っては正直な気持ち恐縮な気持ちと恥ずかしい気持ちを感じてしまったそう思わせるほど僕にとっては偉大な先生なのである実は塾には当時授業で使っていた教科書が置いてあった(実際にはほとんど教科書は使用しなかったし、中学でありながら習っている内容は高校の日本史の内容に近いものがあったのであるが)お見せすれば懐かしく思っていただけたのではなかろうかしかし突然のことで気が動転していてそんなことにも気づくことができなかったそれでもやはり嬉しい出来事であり心が洗われたような新鮮な心地よさが残った残念ながら担任だった先生は先月お亡くなりになられこの塾をお見せすることは叶わなくなってしまったがそれに代わるいい思い出が刻まれた思いである
September 24, 2012
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先日小学生の授業で日本地図のコピーを配り僕が言った場所を探させる遊び?をした遊びなんて表現したけどもこういったことも地理感覚を身に付けるためにはとても重要な学習だと思っているそれはさておきその中で尖閣諸島を出したおそらく、みんなが一瞬で答えるであろうことを期待してところがである誰一人尖閣諸島の場所を知らなかったというよりも尖閣諸島そのものを知らなかったのにはちょっと驚いたこれはもうはっきりいって保護者の責任であると思う昔から言われることでもあり特にここ十数年その傾向が強いことなのだが勉強だけがすべてではない勉強ができなくても何かできるものが一つあればいい勉強の代わりにスポーツに一生懸命取り組んでくれたらなんて言われる最近の海外で通用するレベルのスポーツ選手が多くなったことでこのような考えが肯定されがちであるがそのような一握りの日本人が目立つだけであり誰もが勉強の代わりにスポーツに打ち込めば到達できる甘いレベルではない確率的に言えば数万分の一に近いものである(全人口的な確率ではなく、その競技に取り組む同世代間での確率として)誤解ないように断っておくがスポーツを否定しているのでは決してない僕もむしろ体育会系人間なのでスポーツ推進派ではある僕が言いたいことは学校の勉強よりもスポーツよりももっとも大切なことは常識的な世情を最低限知っておくことだということだこれから大人になり将来の社会を生き抜いていくためには少なくとも現在の日本が置かれている状況を子供なりの見識でもいいので知っておく必要があるそこでまず必要なのは親がその機会を作ることである一緒にテレビニュースを見ながら話をするだけでよい尖閣諸島がどこにあるか竹島がどこにあるかそこで何が起こっているか程度のことでよい詳しいことなど別に説明しなくてもよいそんな時間を毎日取るのと取らないのとでは大きく違う確かに今はニュースの時間帯に親子がそろわない生活環境かもしれないまた親自身がニュースに関心がないというのもある親が見ないから子供も見る習慣が育たない教育とは学校や塾にまかせるものという認識も強く感じられるこんなことを言いつつ実は僕自身がわが子の教育で一番憂いを感じているのは仕事柄子供と一緒にニュースを見る時間が取れないことである学校の勉強はその気になればいつでも見てやれるしかし一緒にニュースを見ていろいろな話をしたくてもできないまだ幼いのでもう少し先のことであるがその時には妻にその役目をお願いしようと思っているともあれ世情に興味を持たせ持つ子になれば自然に学校の勉強にもある程度は興味のもてる子になるはずであるよく勉強だけができるもやしっ子のような子供ではいけないなんて言われるが勉強ができても世情を知らない子供では意味がないと僕は思う保護者のみなさんそれぞれの生活リズムがあり難しいことかもしれませんが出来るかぎり子供と一緒にニュースを見る時間を作るように努力してほしいと思います勉強よりもスポーツよりも将来的に意義のあることだと思います
September 7, 2012
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この夏休み2度ほど幹事を務めさせていただいた一つは中学の同級生もう一つは高校の野球部しかも野球部の方は先輩を含めての会であるもとより性格的に幹事という役は苦手でありどちらかといえばゲストとして招かれてもてなされる方が気楽なのであるがそれに反して世話をする役目に徹してみた特に野球部の方は先輩をもてなす立場上そそうのないようにしなければならない企画者であり幹事でありしかも初めてのメンバーによる会である会場をビアガーデンに設定したものの雨天の場合を考えねばならない一応いざというときの代替えの会場も押さえておいたが皮肉にも予定通りの会場で結構と決めた瞬間雨が降り出したまあ少々濡れていただく結果になったがそんなことは忘れるほどの盛り上がりにはなったと思っているとはいえもてなされるのが気楽だと思っていたのだが先輩方の飲み物の残りの量や食べ物をチェックしながら少なくなっているとさっと動きお代わりをもらいに行ったりといろいろと気を配っていたつもりなのだがどこか体に染みついていて懐かしい感覚ということもありやっていて変に快感というか爽快な気分なのであるいや自分で勝手に思っているだけでまだまだ配慮が足りなかったかもしれないのであるが根っからのドMのようであるまあ現役時代も後輩をいじめたりするようなSなことはしなかったけどねとにもかくにも懐かしくも楽しい時間を提供でき僕自身も楽しませていただけた夏休み最後の出来事である
September 3, 2012
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