漂流録-ScrambleHalloween

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2019.12.16
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カテゴリ: 時事


観光客締め出しに「それは違うてます」 祇園の女将さんの生き方に背筋が伸びた - 記事詳細|Infoseekニュース
2年余り前のこと。月刊「PHP」誌から小説連載のお話をいただきました。早速、編集長と相談し「京都祇園」の花街を舞台にすることだけが決まりました。私は学生時代から40年通い詰めて京都通を自負していましたが、こと「祇園」となると話は別です。古くからの「しきたり」で成り立つ街。余所者がペンを執るのはいかに…



観光客締め出しに「それは違うてます」 祇園の女将さんの生き方に背筋が伸びた
文春オンライン / 2019年12月16日 11時0分

写真
©iStock.com

 2年余り前のこと。月刊「PHP」誌から小説連載のお話をいただきました。早速、編集長と相談し「京都祇園」の花街を舞台にすることだけが決まりました。私は学生時代から40年通い詰めて京都通を自負していましたが、こと「祇園」となると話は別です。古くからの「しきたり」で成り立つ街。余所者がペンを執るのはいかにも恐れ多い。何より「一見さんお断り」の壁が立ちはだかります。

 そこで、縁を伝って紹介いただき、生まれて初めて遊んだのが祇園甲部のお茶屋「吉うた」さんでした。有名な歌舞踊曲「祇園小唄」ゆかりのお店として知られています。日本のみならず、世界中の著名人に愛されてきたお店で、アカデミー賞監督のフランシス・コッポラも訪れたことがあるといいます。

 花街では、女将さんのことを「お母さん」と尊敬の念を込めて呼びます。お母さんの高安美三子さんにお願いしました。

「粋」という生き方を尊ぶ祇園という街で
「祇園を舞台にした小説を書くことになりました。何もわからなので、教えてください」



 私は、他の取材先と同じように、次々と質問しました。

「舞妓さんになるには、どんな苦労があるのでしょう?」

「よく中学を卒業したばかりの女の子が修行に耐えられますね」

 などと。ところが、「そうどすなぁ」と、にこやかに微笑まれるだけで、具体的な答が返ってきません。

 これは後々わかることですが、祇園で最も恥ずべき行為をしていたことを知らなかったのです。祇園のことを知りたければ、通い詰めるうちに自ずと理解していくもの。「粋」という「生き方」を尊ぶのが祇園です。それを無粋にも、いきなり花街で働く人たちの「裏話」「本音」を聞き出そうとしてしまったわけです。

 つい最近のこと、お母さんに言われました。「志賀内さん、最初に来はった時、もう質問ばかりしてはりましたなぁ。なんて積極的な人やと思うてました」と。赤面です。

 それでも懲りずに祇園行脚も数十回。原稿料を遥かに超える花代がかかりました。たぶん呆れられたのでしょう。お母さんが芸舞妓さんに「この方は作家さんで祇園の小説書かはるんやて。いろいろ教えてあげてな」と口添えして下さるまでになりました。

急に真顔になったお母さん
 ある日のことです。ことは外国人観光客の迷惑行為の話になりました。お座敷に向かう舞妓さんの写真を撮ろうとして取り囲んで動けなくしたり、袖を引っ張ったり、中には花簪を取ってしまう人もいて困っているというのです。そこで、私がこんな提案をしました。

「江戸城下のように町ごとに木戸と門番を設置して、観光客が入って来られないようにしてはどうでしょう」

 すると、今までにこやかだったお母さんが、急に真顔になって、



 とおっしゃるのです。ドキッとしました。それは、どんなに困っていてもモラルの問題であり、「締め出す」のが解決策にはならないというわけです。ここでハタと気づきました。

「お母さんを小説のモデルにしよう!!」
 多くの夜の接客業では、お客様を褒めて持ち上げます。ときに大袈裟に。ところが、「吉うた」のお母さんは、やみくもに「おじょうず」を口にされないのです。それがなぜか、自然で居心地がよいのでした。その代わり、お互いが同じ目線で人生や文化の話を交わすことができました。志賀内がちょっと知ったかぶりで知識や考えを口にすると、間髪入れず「それは違うてます」とぴしゃり。ヒヤリとはするけれど、ついつい自分自身をよく見せよう、大きく見せようとしたことに反省します。

 常に背筋をシャンと伸ばして「凛」とされている。時に「人の歩むべき道」を教えてもらっているような気持ちになりました。気が付くと「お母さん」の人柄に惹かれている自分に気づきました。そうだ! お母さんを小説のモデルにしよう!! こうして、「 京都祇園もも吉庵のあまから帖 」の主人公「もも吉」が誕生しました。

 さらに祇園へ通いつめ、丸2年が経ちました。原稿を書き上げ、本の発売日も決まり校正の締め切りに追いまくられている最中。7月9日早朝のことです。ニュースで祇園の火災を知りました。「吉うた」さんが、貰い火で全焼したというのです。


 お母さんはご無事だろうか。心配で夜も眠れない日が続きました。数日後、連絡が取れ電話で話をすることができました。

「なんともあらしまへん。おおきに」

 今は、嫁いだ娘さんの家に身を寄せておられるとのこと。ホッと胸を撫でおろします。しかし私の心は晴れませんでした。「ひょっとして火事に遭ったのは、この私にも責任があるのではないか?」と悩んでいたからです。というのは……。

 小説の中で主人公「もも吉」が若かりし頃、不審火で火事に遭い、先代から女将を継いだばかりのお茶屋が燃えてしまうというシーンがあったのです。自分の責任でもないのに、何も悪いことをしていないのに、人生にはどうしようもなく辛い出来事が起きることがある。しかし、そこで泣いていても始まらない。それに耐えて耐えて、前向きに生きていくしかないのだ……。そういう「架空」のエピソードが盛り込まれていたのです。

全焼火事からひと月足らずで届いた一枚の挨拶状
 日本には古来「言霊」というものがあります。言葉には霊力が宿り、口にしたことが実際に起こると信じられています。それと同様に、文字にも霊力があります。うかつにも火事のシーンを描いてしまったために、本当に火事が起きてしまったのではないか。私は、罪の意識に苛まれました。すぐに編集長に相談。すると、やはり、

「お母さんにも祇園の方々にも不快な思いをさせてしまうことになりかねない。変更しましょう」

 迫る締め切りの中で、急遽「その部分」を書き直したのでした。

 僅かばかりのお見舞いをしたためると、まもなく一枚の挨拶状が届きました。そこには、「……気落ちしておりましたところ、皆様方よりあたたかい激励を頂き、この災難にめげずに立ち向かい、来春の都をどりの時期を目途に『吉うた』再建を果たそうと思っております。……」とありました。

 消印は8月5日。火災からまだひと月足らず。なんという前向きさ。お歳は80近かったはず……。その前向きな行動力に驚くばかりでした。ところが……です。これからひと月ほど後、さらなるお母さんの真のバイタリティに驚かされるのでした。

「これは、神様が燃やして下さったんや」
 9月の9日。四条通のスターバックスの前で、お母さんと待ち合わせをしました。出来上がった本を献上するためです。そこにダブダブのグレーのTシャツをまとったお母さんが現れました。お母さんは、言います。

「全部燃えてしまいました。先代、先々代の着物もすべて」

 着物に疎い私にも想像はつきます。最低でもマンション一戸分の価値はあるものでしょう。それよりも、額装した「祇園小唄」の「詩」や、名だたる歌舞伎役者さんとの記念写真など「思い出」の「もの」も失くなってしまったのです。

「着る物があらしまへんから、舞妓さんがユニクロのTシャツを買(こ)うてくれました」

 さらにお母さんが、笑顔で語る話に驚かされました。

「火災の日は、うちの79歳の誕生日だったんどす。燃え盛る火を見ながらも思いました。これは、神様が燃やして下さったんやと。人生というものは、何度でもやり直せるとは言うけれど、人は今まで培った物をたくさん抱えているから、ゼロからのやり直しにはならない。そやから、神様が『全部燃やしてあげるさかい、ゼロから始めなさい』と、燃やしてくれているんだろうと思ったんどす」

 唖然としました。なんという気丈なことか。そしてこう続けます。

「うちは一度も後悔したことはあらしまへん。人間は、シュンとしていたらダメ。『やらなあかん』と思うたら元気が出るものどす。すべて失くなって良かった。神様が『あんたやりなはれ』言うてはる気がするんどす。家も着物も失(の)うなったけれど、『あんた自身は変わらんやろ』と思ってはるんと違うやろか」

 現実世界で火災に遭ったお母さんの、まるで小説のようなセリフに言葉もありません。まさしく「事実は小説より奇なり」。まるで主人公の「もも吉」がそこにいるようです。励まし、お見舞いに伺ったつもりが、反対に「人生」というものを教えられ、さらにパワーまで頂戴しました。

奇跡的に燃えずにいた靴ベラ
 不条理な出来事にも負けないお母さんの「生き様」に学びました。さらにお母さんに惚れてしまいました。

 鎮火した後、お母さんが消防署の許可を得て焼け跡に入ると、ポツンと一つ、玄関だった辺りに何かが立っているのを見つけたそうです。近づくと、それは…。50センチほどの長さの靴ベラでした。

 木製ですが、どうしたことか奇跡的に燃えずにいたというのです。それも靴ベラ立てに直立で。お母さんは、思いました。「ああ、再びお客様がいらっしゃるのを待ってはるんや。気張らなあかん」と。

 お母さんは、私の心の師匠です。

(志賀内 泰弘)






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最終更新日  2019.12.16 17:07:15
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