はにわきみこの「解毒生活」

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2005.04.07
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 私は、照明が落とされて真っ暗になった部屋にいる。
 映画館だ。
 一番前の列に腰掛けて、首が痛くなるような角度で、スクリーンを見上げている。
 椅子はマッサージチェアかと疑うほど座り心地がいい。クッションは深いのに柔らかすぎない。背中にさわる革は、まだヒヤリとしている。席についたばかりなのかしら。

 膝に手を置くと、スカートのプリーツに触れた。
 紺サージのプリーツスカート。身につけているのは、ラインの入った紺のカーディガンと白いブラウス。ごていねいに胸元にはえんじ色のリボンまで結んでいる。
 ああこれは高校の制服だ。

 右隣から、細長い紙コップが差し出された。口元いっぱいに白い泡が盛り上がり、中には小さな泡が出る黄金色の液体が入っていると知れる。

 ビールなんていらないわ、断ろうとして顔を上げた。


 高校生時代の龍一。顔がまだ幼い。

 そうだ、昔はよく、二人して古い映画を見にでかけたものだった。
 話の合う仲のいいイトコ。ボーイフレンドとか恋人とか、そんな緊張感がなく、人間対人間として一緒にいられる相手。ジャンケンで負けた方が、二人分のコーラを買うのがおきまりだった。

 私は手を伸ばしてコップを受け取った。ひとくち飲むと、さわやかな苦みが口の中に広がった。シュワっと小さな泡が喉を刺激する。ぷはっ、と息をついて目を上げると、一瞬にして龍一は、筋肉たくましい日焼けしたサーファーへとと変わっていた。

 ああこれは夢だな。

 ときどき、自分で見ている夢が、現実ではなく、ただの夢だと自覚するときがある。
 どんなに五感がリアルでも、内容が突飛すぎるから、わかる。


 今もまた、私は自分が作り出した亜空間に吸い込まれているらしい。


 ビールを口にしたとたんに、私にも変化が起きた。
 着ているものが白いサンドレスに変わる。長かった髪もいつのまにか短くなり、首筋に空気を感じるようになる。

 スクリーンでは、モノクロの模様がカウントダウンを始めている。5、4、3、2…

 太い眉にあっさりした顔立ち。黒目がちな目は二重のまぶたに縁取られている。セリフはあるが日本語ではない。耳慣れない言葉が続く。と、隣からおもちゃのようなメガネが手渡された。

 これを装着すれば画面が立体的に見えるって? メガネのつるを耳にかけ、ペラペラのセロファン越しにスクリーンを見つめる。すると無声映画のようなその画面に、字幕が浮き出した。

「今はじめて、この旅に出たわけがわかった。君に出会うためだったんだ」

 色男が歯の浮くようなセリフを口にする。
 対する女は少女のおもかげが残るふっくりとしたほっぺたにやわらかなロングヘア。はにかんだ表情が愛らしい。疑うということを知らない笑顔、恋に落ちた瞬間。


 水着姿でビーチを走る二人。波打ち際で水を掛け合う。波に足を取られて頭まで水びたしになる女。それでも大声で笑う。首を振ると長い髪の先から水しぶきが飛ぶ。

 画面は一転。キャンドルの明かりと白いテーブルクロス、ビールのジョッキで乾杯する二人。身の上話をする男、ほおづえをついてそれに聞き入る女。店内のステージには生バンド。

「踊ろうよ」
 男に促されて立ち上がる女。ステップを踏むよりも、体を寄せ合うことが目的のゆったりしたダンス。女は言う。
「このまま時が止まればいいのに」

 陳腐なストーリーだった。出会い、恋に落ちる二人。
 だからそれがなに? 美男美女であれば、どんな筋書きでも絵になるってこと? 一般人はそのシナリオを見て学べ、というのか。恋を劇的に演出する方法はあまたの映画が与えてくれる、と。

 どこかで聞いたようなセリフに、だれでもやっていそうなデート。
 画面の中の女が、あれほどうっとりすることが不思議だった。
これではまるで女には脳味噌が足りないみたいではないか。私は居心地が悪くなって椅子の上でお尻をもぞもぞした。 龍一が、私と同じ紙製メガネをかけた顔の前で人差し指を立ててみせる。しーっ。ちゃんと見て。

 ホテルの部屋で荷造りする女。借り物の大きなスーツケースには、詰めるべき荷物などほとんどない。ルームメイトらしき人物の手が、受話器を手渡す。電話を手にしてハッとする女。

「ちょっと出て来られない?」
 小さなバッグを握りしめ、駆け出す。ロビーで待っているのはもちろんあの男だ。男は車のキーをクルクルと回し誘いの言葉を口にする。

「少し外を走らないか」
 夜風に吹かれながら海岸沿いを走る。一方には暗い海、もう一方にはキラキラと夜景が広がる。女の黒い髪が風に暴れる。車を止めて見つめ合う二人。

「明日、きみと同じ飛行機に乗るよ」
 驚き、喜びに涙する女。

「もう一時だって離れていられない」
 隣あったシートで体を持たせかける女。

 映像はそのまま飛行機のシートに変わった。男の肩によりかかる女。二人の手はしっかりと指がからまりあっている。
 空港で別れを惜しむ二人。女をきつく抱きしめて、男はささやく。
「かならず迎えに行くから」
 男に見送られて立ち去る女。

 おきまりの別れの場面。まだこんな話が続くのかとなかばあきれ、手にしたビールを口にはこぶ。不思議にいつまでも冷たいままだ。ほてった体を中から沈める効果があるみたい。 やがてスクリーンでは足早にシーンが切り替わっていく。視神経がマヒするようなビデオクリップのように。

 夢見る表情で手紙を書く女。
 手にした妊娠検査薬に青ざめる女。
 公衆電話で受話器を握りしめ涙する女。
 父親になぐりかかられそうになる女。それを止める母と姉。
 小さな鞄を手に家を飛び出す女。
 電車から降りてきたところを、抱きしめられる女。

 泣き顔は男の両手に挟まれ、熱いくちづけが悲しみにふたをする。そして、役所に届け出をする二人。
「これからはずっと一緒だよ」
 喜びで顔をくしゃくしゃにする女。

 そして暗転。

 舞台は地味な会議室に移る。女はスチールの椅子に腰掛けている。その後ろ姿はか細い。うつろな目の中には悲しみだけがある。中年の男がくたびれたワイシャツにぶらさがったネクタイを緩める。
 女の膝には、ぱたぱたっと涙の粒が落ちる。肩がふるえている。





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最終更新日  2005.04.07 10:31:50


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