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去年今年 つらぬく棒のごときもの親父の墓参りに行って、祖母にひ孫たちを見せ、賀茂川でユリカモメと遊んだ。あたたかい大晦。寺町京極の「ほっこり茶房」。来年1年はここの企画を僕がやる。展示スペースの設営立案のあいだ三時間ほど子供たちにヒツジ人形を売らせてみる。人だかりができる。「子供と動物」には勝てない・・・子供の作ったヒツジ人形、30個ほど売れた。 6じまでかかって多賀大社門前の空家に展示準備してきた。夜10じころから初詣客が出だすので、メシ食ったら行かなきゃ。帰宅は元旦3じころかな。行ったらまず炭をおこして酒の燗しなきゃね、冷え込んできた。去年今年 つらぬく やきもの屋のくらし
2002年12月31日
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今日 空 晴レヌ民芸運動をひっぱった柳宗悦は『心偈:しんげ』と云う言葉でこんな短詩を詠んだ。花 イヨヨ 開ラク ・・・とかね。そのいくつかは棟方志功の板画小品に彫り込まれてたりもする。棟方独特の鳥や花や文様モチーフで彩られた「短い言葉」なかなかに味わいの深いものです。今日 空 晴レヌ ・・・否定ではなく過去・詠嘆の 晴レヌ今年はいろいろあった・・・。来年もいろいろあるだろう・・・。私信にうれしい書き込み。キビシイ時代だけど、ときどきのの小さなうれしさを縫いつないで、「陽の光」としよう。冬至を過ぎ、あと3日であらたまの春。一陽来復。サルたちのように光の春を待って、ときどきの「陽の光」に身体をあっためよう。
2002年12月29日
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もうヒナ人形つくり・・・ことしは繧繝縁(うんげんべり)の畳を模した台座と手描きの桃の花の絵の屏風をつけた。紙はびわ湖の葦(よし)を漉いた葦紙。女性にとってひな祭りは、心ときめく春の伝統行事。まだ寒い寒の一月二月からヒナにまつわる小物を飾ったりすると「春を待つ気分」を演出できますね。男にとってもそんな「気分」で家の空間が演出されてるんは暖かく、うれしく。華やかなもんやしね、おヒナさんは。そこに灯がともってるみたいで。その辺のことを芭蕉さんは詠んだはりますね。男やもめの自分が住んだこのちいさな庵。自分が旅に出たら、この庵にもあたらしい家族が住んで、ヒナも飾られたりするんであろうなぁ・・・と 草の戸も 住み替わる代ぞ 雛の家正岡子規は紙雛を詠んでこんな句ですね。 紙雛は 恋したそうな 顔ばかりぼくのおヒナさんはみんなそんな顔です。 伝統行事というものはなかなかにエエもんでなんとか残したいと思うけど、現代にあう形にせんとなぁ。本来の意味を失って形骸化はなはだしかったり、お金使い競争になってしもてたり・・・婚家から12段飾り贈られても、そんなん飾れへんし。その点ぼくのおヒナさんはちっちゃいです。6×3×2Hセンチが2体やもん。どや?
2002年12月27日
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ついに降った。夜半はげしい虎刈笛を聞く。午前1時。横なぐりにふきつける大きな雪片を見る。積もるかな、と思ったが起きたら積雪15cm。2階のiMacの前に広がる景色。雪見パソですね。またはげしくふりだしました。雪かきしないとなー。ヒナ1もうヒナの絵付け・・・10年をこえる前、3月に式をあげるカップルの引出物を作った。だからヒナ文様のカップにした。新郎は下半身がマヒした車椅子に乗ってる人。新婦はその介助者だった人。新郎と新婦はアウトドア好き。腕だけで運転できる自動車で吉野川や四万十川へ。下半身マヒした人たちとサポートする人たちでカヌーを楽しんでる。3月末のキャンプ場の野外で行なわれた披露宴には車椅子の人、カヌーイスト、友人たちが前夜から泊まりこんでウエディングケーキを作り、たき火をし・・・ 祝婚花があった3月の草萌(くさもえ)の野にもテーブルにもケーキの頂上にも子供たちのちいさな腕にもベールの下の花嫁の黒髪にもそこに集った人々の心の中にもおおきな川にながれこむちいさな支流がありその谷にむかってひらけた若草の萌える台地でふたりは結婚した杉並木のなかの細い踏みわけ道を新郎の車椅子が下ってきたふとっちょすぎる身体にピチピチにはりついた礼服とフリルのついたシャツはちょっとばかりおかしかった新婦はしずかにおごそかに歩み進む白いドレスに木もれ日がキラキラして伏し目がちの面ざしにも光と影が交錯したアベマリアがながれてケーキの頂上にカップがあってカスミ草の束とピンクの薔薇のつぼみが2輪そのつぼみにも正午の陽の光どの祝辞にも「2人がここまで来るには いろんなことがありました」とあたたかな陽の光酔っぱらいの声 ファーストキスはどこで?ディスコ!どんな風に?新婦は新郎の横にたちふたりはおどりそして新婦は新郎のまえにひざまづいてキスをしたケーキがくばられ立ち去りがたく笑いさざめき酔っぱらい陽はかたむきはじめすこし風も出てこんなふうにふたりは結婚した
2002年12月26日
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米という字を 分析すれば八十八たびの 手がかかる金のなる木が 無いとはうそよ辛抱する木に 金がなる 米のなる木で 作りしワラジ踏めば小判の あとがつくお米ひとつぶ 粗末にならぬ米はいのちの 親じゃもの 新民謡 『米節』
2002年12月25日
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いちばん遅く太陽がのぼる日。冬至の朝。小川をへだてて大きな崖が東に。冬至のころだと陽が指すのは9じをすぎる。西は高くなっていて林。2じには陽がかげる。河岸段丘の一番下、川の畔にくらしている。朝、河原の林の方へピックの散歩。対岸の崖の上の木にサルが成っていた。そこここの木、10本ほどに何頭ものサルがうずくまっていた。もう陽があたっている木をえらび、木の叉にうずくまり、仲間どうし毛づくろいをするもの。ひとりポツネンと動かずにいるもの。母子のサル・・・山の夜は冷えたんだなぁバリ島のキンタマーニ山にのぼった。ガイドとともに3じから闇の中をのぼった。山頂についた時まだ夜明け前。暗闇から薪を頭にのせてのぼって来た麓の村のオバサン。夜明けを山頂でむかえる観光客のコーヒーを沸かすのだ。粗末な煮炊きの小屋かこい。アグン山の方から太陽が登りはじめた時、このオバサンも岩の上でうずくまって陽の光で暖をとっていた。永源寺の僧堂にいった早朝。朝の勤行、作務をへて冷えきった雲水たちの身体。南の縁先にうずくまって暖をとるのを見た。ブルブルとふるえながら、ガチガチと歯の鳴る音。 陽の光がいちばんあたたかいんですよ冬至を過ぎ、あと7日であらたまの春。一陽来復。光の春を待とう、サルたちのように。
2002年12月24日
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モミの木とトナカイに雪/赤と緑のクリスマスカラーで幾何学文クリスマスのマグカップ・・・これが当ったのはっ!その前に正解は・・・---人間国宝をさがせ! 問題1 この人物の名前は?答え1 ○ ○○ → 桂 米朝問題2 この人物の得意の大ネタで 京都清水寺の音羽の滝からはじまる噺のタイトルは?答え2 ○○○の茶碗 → 波天奈 はてな ハテナ 問題3 その噺の主人公の職業は?答え3 ○屋 → 油屋-----これが正解でしたぁー。11名応募があり一名だけ答え3がまちがっていました。茶屋となっていました。正解者10名から厳正なるハプー円形アミダくじ方式で、名前や当選丸印を横並びで書くよりも公平になります、で次男にも線を書き加えてもらって・・・クリスマスマグ二個、ゲットしたのはっ! 糸すすきさんっ!あなたですっ! ☆明日 着払い でお送りしま~す。 あたらなかった他の方がた、懲りずにまた挑戦してください。いつかは当る!次回の問題は2003/1/15に発表します。賞品はヒナの8寸丸皿とちっちゃいヒナ人形です。一月になったらサイトトップに掲示しますね。
2002年12月20日
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12/15の日記で発表したハプー探偵クイズ。締め切りは明日の18:00。「人間国宝をさがせ!」正解者、今のところ8名。ヒントもここんところの日記に書いたから、もっとたくさんの方、応募してください。クリスマスマグ2は誰の手に・・・・ 干支人形をつくる嶺にいちゃん。売り上げ目標 \500×80=4万円。長男の嶺(れん)はへび年の中1、13才。ベルリンの壁崩が壊した秋、平成元年1989の生まれ。嶺を見てると、思う。いいよなー、これからおずおずと女の子を好きになって、恋をして、デートして、キスをして・・・いろんなことを、はじめから、学んでゆくんだなぁ・・・もう1度人生をやり直せと云われたらそれはカンニンしてほしい。でも、たいていのことが既知のことになった大人。たいていのことを手さばきできてしまう大人。さまざまな役割に埋めつくされた大人の日常。その日常のくり返しに・・・少々ウンザリしてる。見るべきことは見つ・・・。嶺を見てて思う。手つかずの人生。すべてをはじめて体験して学んで行く未知のボーダイな時間。そのボーダイな時間のなかで経験してゆくであろう失敗と挫折、成功とよろこびの数々を想うと・・・せつないような気持ちにもなり、うらやましくもあり、嫉妬の感情もかすかに。いいよなーシンドイこともあるやろけどイイこともたくさんあって・・・夢を持てるぼくには もう夢はない役割に埋め尽くされた日常をいかに元気よく生きるか・・・それが課題かな干支人形の売り上げとためてきたお年玉で20万円にして、来年の夏はシアトルの友人のところに民泊していろんなサマーキャンプに参加するのが目下の嶺の『夢』
2002年12月19日
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クイズの応募はまだ4名。きのうの日記のヒント、12/15日記の問題を読んで応募ねがいまーす。---モグラは漢字で書くと 土龍こないだ朝の散歩中、犬のピックがしきりに道路わきの土に鼻をつっこむ。しばらくするとモグラが飛び出した!モグラの動きははやいはやい!敏捷な動きで地上を駈けて1メートルほどさきの地面にもぐりこむ!このスピードもはやいはやい!ところがっ、ピックは野生の本能でパクッ!あっ!と思ってピックの頭を叩いたら口から放した。モグラはまたも地面を掘って・・・ところが動きがにぶくなってピクピクとヒゲをふるわせて・・・ 身体に比しておおきい手の白さ・・・その白く分厚い手についた土の色。土の龍。可哀想なことをした。
2002年12月18日
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☆☆☆ハプークイズ まだ応募者1名です。☆☆☆12/15の日記を読んで応募してください。賞品あり。クイズの答えはカンタン。本店サイト『八風窯』に行って、『五条坂・・・』のコーナーを見て、切手イラストの人間国宝の方の関連の記事を注意して読めば答えはわかるはずです。ぜひみなさん応募してくださいませ。〆きり12/20。うちのカミさんはうさぎ年。12/14の日記のつづき家は茨城、もと農家。幼稚園のころまで牛を飼ってた。子牛の世話は楽しかった。それで女子高の三年夏休みに動物園の飼育係りになりたくて・・・上野動物園に電話したそうです!「うーんやっぱり獣医科を出てもらわないと・・・」それであきらめた。さてどうしよう・・・TVで茨城県の伝統工芸 『結城紬:ゆうきつむぎ』 のドキュメンタリーを見た。時刻表を調べて常磐線・水戸線と乗り継いで結城に行き、織姫会館というところに行った。結城紬のショップでもあり工程も展示され、織りの実演も見れるところ。「あのー来春、竜ヶ崎ニ校を卒業するんですが・・・ わたしでもやれるでしょうか?」後継者不足に飛び込んで来た女子高生はさっそくある織元を紹介されて話は決まり、春から住み込みの弟子になります。屋根裏の住み込み弟子は当時三人ほど。東京の染色の専門校を出て来たはる方のラジカセから流れる『ロングバケーション』大滝栄一。都会の香りを感じたそうです。おみやげのTAPSのチョコレートケーキとともに。1年ほどたって白生地が織れるようになると外弟子に。アパートを借りて自分の機を持ち、織元からもってきてもらう仕事を1本織っていくらの賃機(ちんばた)を織る。はじめてのひとり暮らし。「自由と責任」カミさんからその当時のくらしを聞くと・・・一種のユートピアみたいで心があたたかくなります。年齢差、職歴、いろんな違いをこえていま結城で賃機を織ってる織子仲間たちのくらし。みんなビンボー。身体を責めての地機織り。気の会う織子たちで月に1度の食事会をオデン屋で。いっしょにフロ屋に行って四方山話。労働山岳会にさそわれて尾瀬に行ったり・・・結城は北関東や東北南部の女性にとって自立のための「ゆりかご」だったみたい。結婚、けれどもさまざまな事情で家にもどった女性が手に職をつけて女ひとりで生きて行く道の立て方、そのひとつに結城の織子になる・・・があったということ。こんな仲間たちのなかでカミさんは織りを学び、人生を学んだようです。結城での外弟子2年、紬(絹)を織るだけでなくもっとほかの素材、木綿やウール、染めもやりたくなってくる。仲間に教えられて栃木県益子の日下田工房をたずねる。染めのお弟子さんはお給料制。でも織のお弟子さんは無給。不定期におこづかいがいただけるけど、月にならすと1万円くらい。日下田さんの住み込み弟子になって、結城でためた貯金を切りくずす生活。益子焼のショップで日曜にヤキソバ焼くバイト。ラードの匂いにヘイコーしたそうです。昼間は工房の織りをやり、夜は自分の機で結城の賃機を織る生活。三年の年季。なんとかカミさんには織をつづけてもらいたいねんけどなー。ニッポンの女性がつみあげてきた美と技術と智恵の集積なんやから。でもお金を生み出せる仕事ではないから・・・マクドでバイトした方が時給計算ではいい・・・八風窯のやきものの補助仕事をしたほうが役に立つから・・・うーん、カミさんの「織」を続けさせてやれないのはぼくに甲斐性がないからです。下のサイトで織りと染めのこともっと知ってください。『里美のお部屋』
2002年12月17日
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☆☆☆きのうの日記のクイズに応募してください。☆☆☆☆☆☆締め切りは12/20金曜の18:00。賞品あり。☆☆☆☆『男はつらいよ』をはじめてみたのは中2。夏休みに近所の広場にシーツをはってそれをスクリーンにした野外映画会。むかしはそんなんがあったんや。蚊にくわれながら笑ろたなー。渥美清は好きだった。6年生のころTVで『泣いてたまるか』と云うペーソスドラマやってて青島幸雄と渥美清が1週交代で主演した1時間ドラマ。渥美さんの方が好きやッタ。野外映画会で上映されたのは二作目の寅さんが産みの母親に会いに行く話やった。佐藤オリエがマドンナ。小説家(東野英治郎)の娘。いろいろあって複雑らしー寅さんの生い立ち。「オレを捨てたお袋なんかに会いに行きたかねーや」とうそぶく寅さんに東野英治郎が云う・・・「寅!会いに行けっ! 人間の人生には 老病死別という4つの苦しみがあってな・・・・・」佐藤オリエとともに京都にいると云う産みの母に会いに行く寅さん。南禅寺の瓢亭の前で打ち水してる上品な上品なおばあさんに「もしや・・・」・・・人ちがい。「そのお人やったらほれそこの・・・」とラブホテルを指す。瓢亭のちょっとさきにはホントにラブホテルがある。ラブホテルに2人で入る。どぎまぎしながら、ともかく部屋にとおって、スイッチ入れたらベッドがギコギコうごいたりして、外で声・・・「女将さんに会いたいと云うおひとがお見えで・・・」2人して部屋を出て・・・ミヤコ蝶々がほんまのお母はん!にっくたらしいオバハンやねん、これが。実のわが子がたずねて来てくれた、動揺とウレシサをちらっと顔に走らしはすんねんけど、出て来た言葉は・・・「なんや今頃ノコノコあらわれて・・・ 金か?金やったらないでっ!」こんなこと云いよんねんで!憎ったらしい・・・怒って啖呵を切って飛び出す寅。東野英治郎の前で悔し泣きに泣く寅。それでもこの映画のラストは・・・「なにしてんねんな、早うこんかいな!」ミヤコ蝶々のあとをおっかける寅さんを京都三条大橋のうえに捉えて終わってました。----去年11月、松戸に行く用事があって、河川敷のねぎ畑を歩いて荒川へ。「矢切りの渡し」をつかって柴又へ渡りました。良く晴れていて暖かい冬の陽、ヨシキリの声。水面は鏡のように青い空を映してました。柴又の荒川土手を歩いてると、頭の中には寅さんの主題歌が聞こえます。> ♪どぶに落ちても根のある奴は いつかは蓮の花と咲く> 意地は張っても心の中じゃ 泣いているんだ兄さんは> 目方で男が売れるなら こんな苦労も> こんな苦労も掛けまいに 掛けまいに♪ぼくには年子の妹がいるんです、サクラみたいにけなげな・・・悪い兄で・・・帝釈天にお参りしてから古めかしい天麩羅屋でおでんで軽くいっぱいやったあと、エビをアナゴに変えてもらって(エビがダメ)関東下町風の天どんを食いました。
2002年12月16日
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第3回ハプークイズ発表!さて今回も探偵クイズにします。前回はバリの美少女でしたが、今回は・・・人間国宝!諸君は優秀な探偵だ。そこで今回の諸君の使命だが・・・ 問題1 この人物の名前は?答え1 ○ ○○ 漢字3文字で問題2 この人物の得意の大ネタで 京都清水寺の音羽の滝からはじまる噺のタイトルは?答え2 ○○○の茶碗 漢字 または平かな またはカタカナ 3文字で問題3 その噺の主人公の職業は?答え3 ○屋 漢字1字で ☆ヒント本店サイト『八風窯』の中の・・・うーーーーーーーーん「五条坂」がカンケーあるらしい。〆きりは12/20 18:00 発表は同日24:00までに翌日の12/21には発送しますので、クリスマスまでに届くはず。 賞品はこのサイトトップのクリスマスマグ二個セット。市場価格¥6000☆当選された方に 着払い でお送りします。 ココ御了解の上で応募ねがいます。応募のまえにー、以下のお知らせ、よく読んでね。応募の方法→このサイトからのメールにかぎる 本店サイトのメールや中根個人あてメールはダメ このサイト左にある『メッセージを送る』を クリックして応募してくださいませ。◎応募のフォーム として まず答えを書いてください。 今回の問題は3問。全部に正解しなければなりません。 答え1 ○ ○○ 漢字3文字 答え2 ○○○ 漢字・平かな・カタカナ3文字 答え3 ○屋 漢字1文字 そして ハンドルネームを書いていただいて・・・ そのあとにつづけて氏名/郵便番号/住所/電話番号と 当選した場合は宅急便の着払いで送りますが その時間指定をしたいならその旨を明記してくださいね。 ◎ 発表はハンドルネームで行ない、 個人情報はもらしません。 当選してから住所など知らせていただいても 結構ですが到着はクリスマス後になるかも。 以上です。 さあ本店サイト『八風窯』へゴー!『八風窯』
2002年12月15日
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うちのカミさんの子牛の思い出。カミさんは茨城県稲敷郡新利根村出身。実家はもと農家。カミさんが幼稚園の頃は小規模酪農をやってたそう。子牛の手綱をとり草をやってたのが最初の記憶。戦後の農政はコロコロ変わった。東京近郊の農家にはその犠牲者たちがたくさん。成田空港反対闘争はその集約。未開の原野を切り開いて豊かな農村に変えた千葉の次男坊、三男坊の意地。カミさんちは利根川をはさんで成田にちかい。新利根村の農家もふりまわされた。お父さんが牛を6頭ほど飼ってたころ。うまくいかなくなって牛をみんな売った幼稚園のころ。ゴルフ場がどんどんできだしたころ。そこでキャディーさんをするお母さんが家計をささえたころ。お母さんがたまに持ち帰る、東京のお客さんがくれるお菓子が楽しみだった子供たち。お菓子じゃなくてチップとしてお金をもらって帰ったとき、仕事がうまくいかなくなってたお父さんは「水商売みたいなマネを」と荒れたそう。女子高の3年の夏休み。進路をきめる時。動物園の飼育係りになりたかったそう。あの牛たちの世話をするのが楽しかったから。ーーートップの写真は永源寺町・池田牧場の子牛苦悩する小規模酪農から脱するために3000万借金。イタリアンジェラードアイスクリームの生産と販売で大当たり。年間7万人が来る人気スポットに。そこはかとなく牛小屋の匂いのする喫茶室で食べる、ここのアイスは最高です。
2002年12月14日
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うちの猫はリボン。めす猫。あたまの上としっぽが黒い。あたまの上に黒いリボンをつけてるみたいだからリボン。うちの近所に捨てられたらしくて子猫のときにうちへ来てニャーニャー鳴いてた。だれかがエサをやったのでうちに居着いた。灯油窯2基がある窯場がリボンの居場所。駆けまわって乾燥中のやきものを壊したこともあるけど、まあいまは被害は無い。あったかいだろう、窯焚くと。日中は近所の林で遊んでるみたい。一時期、穴窯のなかにオシッコする癖がついた。これやられると地獄みたいに・・・・・くさい。穴窯の窯詰めって寝ころんで入って一日仕事。そのあいだ中リボンの強烈なオシッコの匂い。頭がクラクラした。今はダイジョブ。でも・・・朝おきて前夜焚いた灯油窯の口を切りに行くと窯前に野ねずみの首だけがころがってることがある。ドキッとする・・・リボンの獲物。うちの辺にはイエネズミやドブネズミはいない。山のなかの一軒家。野ネズミがときおり侵入して食器棚の中でカサカサ。たまに『ネズミホイホイ』のお世話にもなるけど・・・野ネズミって茶色くってカワイイんですよね、シルベニアファミリーやグリとグラみたくて。
2002年12月13日
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10年前、ここに引越してきてすぐのころ、鉄砲打ち達がバラバラとやってきて、猟犬が吠えたてて、イノシシがしとめられて解体され、家の前の川でザブザブとお腹ン中を洗われたのち、イノシシ2頭は縛った脚のあいだに棒を通されて、前後を担がれて運び出されてゆきました。前の川は血で真っ赤に染まってました・・・「えらいワイルドなトコに来てもうたなー」と思いました。猟期は子供らに森で遊ばんように云うてます。 3男の楽(がく)はいのしし年の1年生。次男の律(りつ:とり年)とケンカばっかり。楽がナマイキで律が子供っぽいンで2人はすぐやりあう。なかよく遊んでるかと思うともうケンカ。「エーン、律にいちゃんがぁー」と、3男の武器を最大限に行使する。いちばんちっちやいぼくにはこの方法が有効な武器・・・と計算してる。わけを聞くと手を出したのは次男が先でもその前ふりで憎まれ口を叩いたのは・・・理詰めで道理を説き出すとドードーめぐり。あーっ!もーどうしたらいいんでしょーねーっ!何万回いっても聞き分けないバカチンな子供どうしの兄弟ケンカ。・・・もう俺もな、46なんや、エネルギー切れかかってんねん、頼むさかい、もうおんなしことばっかり言わさんといてくれや。もうどなりつけるのんも疲れたさかい、外いってやってくれや・・・頼むわ・・・みなさまいい智恵を貸してください!
2002年12月11日
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ぼくは酉年。酉の1番 1月1日生まれ。1957年、昭和32年生まれ。もうTV放送が始まってて『白馬童子』をとなりで見て、泣いて帰ってきたそう。人を斬るシーンをほんとのコトだと思って。アトムの実写版、見た記憶あり。日曜夜7:30の不二屋提供の『ポパイ』はかかさず。そのあとの「週間新潮は明日発売でーす」の告知、谷内六郎の絵に赤とんぼの唄がかぶさって・・・「明日からまた学校や・・・」とユウウツになった小学1年生。明治製菓提供のアニメ版アトムは親が教えて見てたけど、グリコ提供の『鉄人28号』を教えてくれたのはは学校のトモダチ。敵にわたすなだいじなリモコン♪マーブルチョコのアトムシールと森永の『狼少年ケン』ココアのシールが楽しみで楽しみで・・・二年になって山の水力発電所の社宅から京都の街の変電所の社宅へ。タケダ製薬提供『ウルトラQ』・・・こわかったなぁー石坂浩二のナレーションと墨流しのタイトルバックとあの音楽。ドキドキしてた。たんたんたの字の『鷹の羽』はちはちにいさん海底人『8823』『風のふじ丸』『忍者部隊月光』『隠密剣士』『バックナンバー333』『遊星少年パピー』『宇宙少年ソラン』『ライフルマン』『3バカ大将』『じゃじゃ馬億万長者』・・・あーキリが無い。こんどの正月で46才。思えば遠くへ来たモンだ。えっ、1歩もすすんでないって。そんなー!
2002年12月10日
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ぼくが住んでる永源寺町は滋賀と三重をへだてる鈴鹿山地にある山里です。町内には信号機が3つしかないです。この鈴鹿山地にはサルがおおく、いくつもの群れがいて畠の作物をとりにくるんで、農家の方はサルよけのネットを張って工夫しますがちっともうまく行きません。朝の散歩で2キロほど先まで歩きますが森の中のアスファルト道路上には点々とサルのフン。サルのフンは 暗緑色です。田んぼの米を食べに来る鹿よけ、猪よけに電流のながれる冊もあり、1度写真をとるためにくぐろうとしてビリッ!ピシッと鞭で叩かれたみたいに痛かったです。サル・シカ・イノシシによる農作物への被害を総称して『獣害』といいます。でもうちのまわりにもやってくるお猿さんたち見てるとかわいいですよ。
2002年12月09日
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きのううちの子供らと作った干支のひつじの人形。乾燥中。右から嶺れん13才。律りつ9才。楽がく7才とぼくの共同制作。みんな男の子。みんなちがう持ち味。きのうで60個できた。長男はこのほかにもいろいろ作ると云うてる。去年の馬、おととしのヘビそれぞれ1個¥500で80個ほど売ったから味をしめてる。おととしは即プレステ2買いに走ったはりました。大晦日から正月三が日は多賀大社の門前での初売り。門前の空家を利用した湖東一円のクラフト作家のお店やさんごっこ。『藝や』という名前のイベント。もう5年。正月早々、物売りかー、いっぺん休んでのんびりしたい、とも思うけど・・・子供らの干支人形たのしみにしたはる方もやはるし、お金を稼ぐこと、物をつくること、人に買おていただくこと、稼いだ金を使うこと・・なによりの勉強になると思てます。お年玉やらんでエエしね。「永源寺町の八風窯でーす。 ぼくの作った干支人形見ていってくださーい」カミさんはウールのマフラー、ぼくは陶器、子供らは干支人形を売って、今年も寒風吹きすさぶ多賀大社門前で声をからしながら大晦日から新年への年の瀬を家族みんなで越えることになります。
2002年12月08日
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今日は馬のパスタ皿の絵付け。馬の図柄はことしの干支文として五角形の絵馬駒札型の皿としてデザインしたけど、あんまり売れへんかったのに、馬年が終わろうとするここへ来て、12/24京都での結婚式の引き出物として、パスタ皿にして40枚作ることになった。 平安貴族は貴人をもてなすにお土産として馬を送りあってたそーです。馬屋から引き出すから「引き出物」これが語源。その結婚式の新郎が調べたらそーいうことだった、と教えてくれた。その新郎がなにかいい引き出物が見つからないか、とネット検索した。検索のキーワードは「引き出物 馬」そしたら、うちの本店サイトの『ハンコで馬の絵付けをして見よー!』が出て・・・八風窯までたずねてきてくれはりました。その新郎の仕事は・・・調教助手!栗東のJRAトレーニングセンターで働いたはる。新郎新婦の「願い」をこめるために駒札型「絵馬の皿」1もつけた2点のセットがこの方たちの『引き出物』ネットっておもしろいねー。不思議やねー。
2002年12月07日
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ナシ(米)ゴレン(炒める)はインドネシアの焼きめし。ミー(麺)ゴレンはちょっと辛い焼そば。5年前の5月の末にバリに行った。12日間の個人旅行。ナシゴレンは何度も食べた。いちばんあざやかに覚えてるのは、カリブクブクの前のワルン(ヤシの葉葺きの屋台)で食べたナシゴレン。ロビナビーチのカリブクブクは三流ホテル。部屋のお風呂は水しか出ない。北部海岸にあって、シーズンならスキューバダイビングが目的の安いツアーの客でにぎわうところ。カリブクブクはバリ語で「しずかなわき水」という意味らしい。ホテルといっても田舎の村の海岸べりにコンクリート2階建てのいくつかの客室。砂まじりの敷地内の掃除は行とどいてない。カリブクブクの敷地の外、コンクリートブロックの入り口のあたりが広くなっていて枝をはった木々が木陰を落す村の広場。砂地で足あたりが柔らかい。すぐ向こうが海。朝の早い時間、黒砂のこの海岸からイルカウオッチングの小舟に乗る。イルカウオッチングから帰ってバリコーヒーとナシゴレンの朝飯。コーヒーは厚手のガラスジョッキにはいってて、ナシゴレンは青いバナナの葉で三角に包まれててた。中華粽のでかい版、やっと手のひらに乗るくらいのテトラ型。正四面体。コーヒーとあわせて80円だった。バリで食べたもっとも安くてうまい朝食。広場にたむろってた、こどもたち、少年たちにはずいぶん『自分をスケッチしろ』とせがまれた。バティック更紗売りのおばさんたちも日中は木陰でダベってたし、自作のバリ絵画を丸めて宿泊客に売りに来る青年もこの広場にやってきた。物売りはホテル敷地内に入らない取り決め。更紗売りおばさんたちのなかでただ一人若いその少女は、ぼくがチェックインして部屋に入りベランダにでるタイミングを待ち構えてて冊の外、ビーチから声をかけてきた。「ハーイ!」 ベランダを見上げてにっこり微笑んで・・・そののち、ビーチ散歩に出るとその子はやっぱり待ち構えてて「バティックを買うんならわたしから買ってね。プロミス!」と云って小指をさしだした。元気かなカトゥ・ランティ。いまもあの広場でバティックを売ってるんかなぁ。あの砂の広場には今日も木の影がくっきりと濃く落ちて、涼しい風が吹いて、海がキラキラ光ってるんだろうなぁ。そしてみんなも宿泊客にいろんなものを売付けながらたむろってオシャベリしてるんやろなぁ。
2002年12月06日
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京都のタコヤキ屋さんは冬はタコヤキとお好み焼き。夏はタコヤキは無しで氷りでした。昔は氷りのうつわはガラスに決まってた。カットガラスに見える機械生産のガラスの小鉢。どこの氷り屋さんでもそうだった。氷り専門のうつわ。家庭にはない季節を告げるうつわ。やんごとない京都の町っ子、ぼくの目にのこる氷りのうつわ。いまでもあるんかな、最近目にしないな。
2002年12月05日
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昭和40年代のはじめころまでかな・・・タコヤキ屋さんでタコヤキ買うと経木(きょうぎ)の船に入れてくれました。ごくうすい木でできた船型の持ち帰り用容器に入れてくれ、うすいミドリの紙をかけ輪ゴムで巻いてさらに古新聞で包んで渡されたものです。こうすると冷めない。経木・・・なつかしい。両側がホッチキスでとめられて船型。タコヤキを食べ終わってからこの船についた青ノリまじりのソースをねぶると、「木の味」もして美味だった。いや、やんごとない京都の子ぉやったんですがね・・・発泡スチロールのトレイが無かったころ、35年前までは経木の船がタコヤキのうつわだった。---
2002年12月04日
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古典落語に出てくるうつわ二題○飯腕 江戸落語 (題名失念) :嫁さんが来たのちにお茶づけを食べるシーンを想像して 描写をする男やもめの言葉 女は食がホソいからお茶づけをサーラサラ 清水焼かなんかの小さい茶碗に箸があたるとチンチロリン タクアンだって上品にポーリポリ こっちはおっきいドンブリで男らしく、 バーリバリのガーサガサ サーラサラのポーリポリ、バーリバリのガーサガサ チンチロリンのサーラサラ、 ボーリボリのガーサガサ・・・---○盃と盃洗(はいせん) 上方落語 『三十石』より 調子のいいおとこの想像、三十石船で仲良くなった 女の家にまねかれて酒になる・・という想像 盃洗に水はって、猪口2つ浮かべて、 それを女衆(おなごし:女中)がようすしながら 運んでくるわ・・・ チリン チャプン トン なんでんねん、そのチリン チャプン トン て? 猪口(盃)が触れおうてチリン と鳴りまんねん 水を食ろうて チャプン 下へ沈んで トン ---- 三代将軍 家光が磁器の茶碗でメシ喰った最初のショーグン。有田で李参平が磁器土を発見したのは1615。三代家光は1624~1641。江戸の庶民が磁器を日常の器として使いはじめたのは1700年代後半から。江戸庶民文化の花、多色摺り浮世絵の隆盛は1820ころから。さかんに磁器を使う庶民の姿が登場する。屋台ソバの器も染め付けの磁器。同時にえがかれたダシ入れは陶器。『うまか陶』 このサイトの浮世絵に江戸期のうつわ使いが出てました。絵で見るやきものの世界のこの二つです。『江戸のうまいもんと食器 その4』『遊興の片隅で その2』
2002年12月03日
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はじめてのうつわ?・・・あ、プラスチックの哺乳瓶か。離乳食はメラミン樹脂の皿と腕。割れない食器は母親たちをずいぶん喜ばせたやろう。3種の神器(電気テレビ/電気冷蔵庫/電気洗濯機)の時代。6才はなれた弟はブーフーウーの皿やったかなぁ。アトム、鉄人、ウルトラマン、サリーちゃん、リボンの騎士アッコちゃん、キャンディキャンディ、キティ、スヌーピー、キキとララ、ミッフィー、じゃじゃまる・ポロリ・ピッコロ、ミドとファド、ピカチュー、シンちゃん、おじゃ魔女ドレミ、ハム太郎・・・---子供のころのやきもの3C(カー/クーラー/カラーテレビ)の時代。2、3年ごとに転勤してたから手づくりのやきものなんて身のまわりになかったなぁ。銀行でもろたような機械モンの皿ばっかりやった。食器棚の奥の方にお母ちゃんがしまい込んでたんはたち吉の領布会の品。機械生産、転写の絵付け。そーいうモンがモダンやったんやろ。チキンラーメンはフタ付きの磁器の丼に決まってた。楽しみやったなー。ちょっと固めが好き。丼はもちろん機械モンでなんかミドリのぼかしっぽい色でそこに濃いミドリで井桁文が入ってた。はっきり見えるね、その丼が。今でも。町のうどん屋で玉子丼食べるとタクアンがついてくるやん。ちっちゃいうつわで。『浜作』っていう笠置町のその店のは縁が茶色の磁器で見込みにちっちゃいカニが2匹描いてあるねん。最近、長浜の古ーいうどん屋でおんなしのん使こててカンドーしたなー。「あーっ、これやーっ!!!」---手づくりの陶器’70年代初頭のある日、うちに手づくりの陶器がやってきた。親父が信楽で買おーてきた湯のみとメシ腕。手づくねでボコボコしてて藁灰のかかった湯のみを指して『どや味があるやろ』(ホンマにわかってたんかー?親父)アーミーバッグを通学カバンにしてる長髪のバカ息子は、ずず黒いようなその湯のみを見ましたが、どこが『味』なんかよくわかりませんでした。でも厚手で緋色、灰釉のミドリが少しはいったメシ椀はそれまでの機械モンの磁器の茶碗よりごはんがうまそーに見えて気に入りました。今思えば、こっちも機械ろくろ、釉コンプレッサー吹き付けでガス窯焼成の安手の茶碗やったけど、ガバガバ飯食う高校生の気分に会ってたんやねー。ま、それまで使こてた銀行でもろた皿とかとははっきり雰囲気がちがうもんではありましたね。バカ息子にもそのテードのことはわかりました。ヒッピー気取りのそのバカ息子、数年後に、まさか自分が、作って売る方にまわることになるとは・・・神ならぬ身の知る由もないことでございました。---あなたの『思い出のうつわ』ってどんなんですか?掲示板できかせてくれへんかなぁ。お願いします。
2002年12月02日
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飯茶碗10年も前、年若い友人の葬儀に参列。日本画家をめざしていた人、絵付けのバイトしてもらった人。享年32才。曹洞宗。チンポンジャランと水上勉の描写そのままに禅家の葬列が家を出る。「パッチャ~ン」と門口で音。生前つかっていた飯碗をたたきつけて割る音。ワラの送り火がボウと燃え・・・---小鉢ひとは生きて暮らすあいだ食卓でうつわを使う。食卓の思い出。うつわにまつわる思い出。ともにうつわを使ったひととのの思い出。向きあひて 朝の卵を 割りしこと小鉢の 音の かちあいしこと 春日真木子
2002年12月01日
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