秋冷の候、ますます光は明らめき、空はいよいよ深まっていく。
こんな日は、ひがなひたすらに本を読んでいたいと思う。
秋の日の ヰ゛ィオロンの ためいきの
身にしみて ひたぶるに うら悲し。
鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ
過ぎし日の おもひでや。
げにわれは うらぶれて こゝかしこ
さだめなく とび散らふ 落葉かな。
ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896 フランス詩人) 『サチュルニアン詩集(Po?mes saturniens)』「落葉~Chanson d'automne~」 訳:上田敏(1874-1916 文学者)『海潮音』より
環状線に乗って一日中本を読むというのも悪くない。しかし、名古屋にあるのは地下鉄の環状線だけだ。
電車の揺れに任せて、この秋の陽をうらうらと浴びながら、と言う訳にはいかないのが残念だ。
この短日に、地下鉄の環状線にひがな乗り続けていれば、陽の落ちたことにも気づかずに昼と夜の区別もつかないまま時間は止ったような錯覚に陥るでしょう。
世間から隔離されたような状況の中で、周りの人々だけが入れ替わっていく。
うん、そういうのも悪くない。
勿論、耳には栓をして音を完全に遮断する。そうしてただひたすら本に没頭するんだ。腹が減ればパンでもかじり、のどが乾けばお茶を飲み、気分を変えたければ反対回りに乗り換えて・・・・。
む? おしっこがしたくなったらどうする?改札を出ないとトイレは無いのが普通だから、これには困る。
仕方がない、これも気分転換だと思って、もう一度初乗りの切符を買って仕切り直しとしよう。
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