歌 と こころ と 心 の さんぽ

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2017.04.22
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カテゴリ: 気まぐれ短歌

♪ 小説家の修羅場を抜けて来し文字は鉛の重さをもつと思へり







 「鍵」の装丁を棟方志功が担当して版画の挿絵もたくさん入っていることは知っていたので、興味は持っていた。たまたま図書館にあって「おお棟方志功デザインの例の本だ!」と手に取った。開いてみれば見返しから裸体の版画が登場。こりゃあ借りないわけにはいかない。

 内容についても何も知らず、タイトルの「鍵」の意味が読み始めて初めて知ったという私は、ほんと、文学にはあまり縁のない生活者だったなあと思う。


表紙の見開き
 棟方志功独特の裏彩色で、意味深な何とも言えない雰囲気を出している。


見返しは表も裏も同じ図柄 
 得意の仏像から想を得て、三面六臂の阿修羅をモチーフにしたもの。これから始まる物語を暗示させる大胆な装丁と絵だ。この手法は泉鏡花とコンビを組んで一世を風靡した小村雪岱(大正から昭和にかけて活躍した稀有の装丁家)がすでに行っている。
 とても大胆で購買意欲をそそる装丁は、その内容も含めてセンセーショナルなものだったのでしょう。

 内容は詳しくは書かないが、日記を通して夫婦の関係を、主人公のものはカタカナ、妻のものを通常の表記にかき分けているのが特徴。文体だけ変えたり、括弧つきで書き分ける
ことも可能だが、一見してそれとは分かり難い。このカタカナ表記というのはいかにも斬新だ。
 慣れないと読みにくいが、私はあまりそうは感じなかった。一見してどこからどこまでが主人公の話と分かるし、平がな表記になったとたんに読んでるこちらの気分も変わる。



 まるで見たこともない旧字の漢字が出て来るし、「¬」こんな表記で「事」と読ませたり「時」の表記も変な字が当ててある。旧字を前後の文から推察して読むのは案外楽しい事で、判じ物を読むようなところもあって、私は結構楽しんで読んだ。

 妻の1月4日の日記。「今日私は珍しい事件に出遇った。三カ日の間書斎の掃除をしなかったので、今日の午後、夫が散歩に出かけた留守に掃除をしに這入ったら、あの水仙の活けてある一輪挿しの載っている書棚の前に鍵が落ちていた。それは全く何でもないことなのかも知れない。でも夫が何の理由もなしに、ただ不用意にあの鍵をあんな風に落しておいたとは考えられない」。

 彼女は、その鍵を見て、自分はすでに夫の日記の所在は知っていたのだが、なぜ、わざわざそんなことをしたのだろうと疑心暗鬼になる。でも、私は絶対に夫の日記を盗み読みはしない。それに、私も今年から日記をつけ始めたし、それも「私には夫の日記帳の所在が分っているのに、夫は私が日記をつけていることさえも知らずにいる」という優越感がこの上もなく楽しい、と書く。
 そして話はどんどんエスカレートし、意外な方向へ向かっていく。


 この「鍵」、 青空文庫 で縦書きで読める。ルビが降ってあるのは有り難いのかも知れないが、私にとってはルビなど無い方が良い。挿絵も入っていないので折角の棟方とのコラボレーションの妙味が味わえないのは残念だが・・・。

 『鍵』は、『瘋癲老人日記』(1961年)などとともに谷崎潤一郎(70歳)の晩年期(1965年79歳で逝去)にあたる作品。『鍵』が1956年1月から『中央公論』に連載されたときには、あまりにスキャンダラスで毎号たちまち売り切れたという。そういう事情もあってか、批評家たちにはあまり好意的に迎えられなかったようだ。



 植島 啓司(宗教人類学)は、「ジョージ・スタイナーは『鍵』がポルノグラフィーかどうか考察したエッセイの中で、「想像力と欲望が人道の感覚を打ち負かすとき、また、人間が愛情と憎悪において物体として扱われるとき、私たちは良俗破壊をもつ」と論じ、谷崎潤一郎の『鍵』はそういう点でもダンテ『地獄篇』やドストエフスキー『悪霊』と同等であるとしている。これこそ谷崎潤一郎に対する数少ない正当な評価ではなかろうか。」と書いている。


 単なる好色家という評価は当たらないのは言うまでもなく、それらの人生そのものを虚実ない交ぜにした小説という形で自己表現し、文豪と呼ばれるまでになった生き様は凄いとしか言い様がない。

 中央公論の元編集者の伊吹和子氏は、「谷崎先生は文壇の中では特別な存在で、他の先生より格別に偉く、物凄い創作力を持っている方のように扱われておられたが、作品は決してすらすらと出来た訳ではなく、殊に推敲に苦心惨憺される姿は「修羅場」という言葉がまさに当てはまるもので、私はその様子にいつも寒気をかんじたものであった。」とエッセイに書いている。




◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題してスタートすることにしました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。

「ジグソーパズル」  自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)

短歌集 「ミソヒトモジ症候群」 円居短歌会第四歌集2012年12月発行

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最終更新日  2017.04.22 10:24:38
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◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題しました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。
◆2017年10月10日より つれずれにつづる「みそひともじ」と心のさんぽに改題しました。
◆2019年6月6日より 「歌とこころと心のさんぽ」に改題しました。
「ジグソーパズル」  自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)

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