月こそ違え十四日は亡君の御命日
◇菊花の巻
内蔵助の内心が分かった安兵衛と源五右衛門であったが、翌朝江戸に向いながら堀部弥兵衛他一同を納得させるのは難しいと話していると、「おーい」という声がします。
内蔵助から「二人だけでは説得に難しいであろうから、後を追いかけて下向するように」と岡島八十右衛門 と不破数右衛門の二人が追いかけてきたのです。
その頃、吉田忠左衛門も岡野金右衛門とおばば様のおとわと共に京を立っていました。金右衛門の「 お家再興の採決は何時下るのでしょう
」に、「 おそくとも、この秋ごろであろう
」と忠左衛門はいいます。
落葉が舞う季節になりました。
お家再興は取り上げにはならず、大学様は芸州広島へ永のお預けになったという知らせは内匠頭夫人から内蔵助に届きます。
書状を読んだ内蔵助は「どうでも、謀反をさせる所存か・・それもよかろう」
内蔵助の気持ちは決まります。
妻りくに去り状を渡します。りくは赤穂よりずっとこのかた今日と言う日を待っていたと内蔵助に言うのです。
内蔵助の家に身請けをした白菊大夫とおかるがやってきます。千坂の間者がその様子を伝えますと、千坂は「ひょっとするとわしの負けかも知れん」といいます。間者たちを付け人として松坂町に詰めさせます。
いよいよ赤穂の浪士が動き出します。
米屋を開き、そこを拠点としてみんなが動きます
。反物商越後屋の八十右衛門が、大石主税と小野寺十内他三名が江戸に着いたという知らせを持ってきます。内蔵助も数日前に山科を発ったというのです。忠左衛門が金右衛門におばばに知らせて来いといいます。
金右衛門は 病で臥せっているおばば様のところへ
主税が江戸に着いたこと、内蔵助も下向の途中ということを伝えます。
内蔵助が江戸に入ります。
赤穂と江戸の重臣たちと今後の方策を検討するのに、まず松坂町の様子から聞くことになります。
忠左衛門から説明があります。
本所二つ目に米屋を開業し、夏ごろより吉良家に出入りが出来るようになり、折に触れて邸内を探っているが、過日二十人ほどの付け人が新たに加わったというのです。付け人の総勢は吉良の家臣を合わせて七十人ほどになるようです。忠左衛門は図面を出し、吉良邸の大まかなところは分かったが、警戒厳重のため肝心な母屋の内部が分かっていないというのです。
おたかからは何といってきているかと内蔵助が聞きます。
二度ばかり金右衛門の目にふれてはいるが、大事をとってかまだ何の報せもないと忠左衛門が言います。
山田宗偏の娘糸路のところに反物商越後屋の八十右衛門が来ています。そこへ吉良邸から宗偏が帰って来て、糸路に吉良様のお茶会は延期になり、来月の十日過ぎになると話すのを聞きま。
一方、吉良邸に米屋の手代の金右衛門が「 つけ代金を頂きにお台所まで
」と門番に通してもらいます。その時、赤穂へ様子を伺いに行っていた間者の一人清水一学が行き過ぎた金右衛門を見て「 はて、どっかで見た様な顔だ
」と呟きます。
台所でつけ代金を受け取り、 金右衛門はおたかが姿を見せるのを待っています
。おたかが姿を見せます。 合図をすると金右衛門は受け取りを書いて、台所を立ち去ります
。金右衛門が帰るのを見ておたかも動きます。
台所から出ておたかが待つ方へ行こうとしたそのとき 、「待て」とひき止められます
。
小林 「何処へ参る」
金右衛門「えっ、・・いやぁこりゃどうも、 とんだ間違いをしておりました、ごめ
んくださいやし
」
その場をうまく逃れようとしましたが、 捕まってしまいます
。
清水 「 おい
、米屋の手代だそうだな」
金右衛門「 左様でございます
」
清水 「名は」
金右衛門「新次郎と申します」
清水 「そうか新次郎か」
おたかが心配そうに様子を見ています。
清水 「あれは去年の・・確か去年の春であったな」
金右衛門「 それはまた、何のお話で
」
清水 「とぼけることはなかろう。ほら、会ったことがあるではないか、播州赤
穂のご城下で」
金右衛門「 えっ、赤穂
・・」
清水「そうだよ、・・忘れたか」
金右衛門「とんでもございません、手前は左様なとこ・・」
こう言ったとき、 思いっきりの平手が飛んできます
。おたかは、いてもたってもいられず、助けを頼みに行きます。金右衛門を大勢の付け人が取り囲みます。
痛い目を見たくなければ、赤穂の浪人、何の何がしと名乗ることだ、といわれ
金右衛門「 御冗談を、手前はさような
」
清水一学はじめ取り巻きのものが 金右衛門を叩き、蹴ります
。
そこへ 助けが入ります
。
おたか 「お疑いを受けるのは、あなたが悪いからですよ、 さっはやく
」
と、金右衛門を起こしながら、金右衛門の懐に何かを入れます。
金右衛門「 御免なされませ
」
金右衛門は急ぎ門を出て、人目につかないところで、 おたかが渡してくれたものを広げて見ます
。それは、母屋の見取り図でした。
忠左衛門がおたかと金右衛門の働きでと図面を持って内蔵助のところにやって来ます。そして、八十右衛門も吉良家の茶会は十四日という知らせを持ってきます。
十四日に上野介の在宅は確か、月こそ違え十四日は亡君の御命日、討入の日が決まります。
続きます。
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