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喪中はがきを書いた反響??が思った以上に続いています。手紙、メール、電話、そして週末には訪問もありました。気にかけてくれているということには心から感謝しなければならないのですが、やはり心は少々複雑ではあります。ここ最近年賀状だけの付き合いだった人たちは、4年の夫の闘病生活も知らない人が多いです。また、病気になったことは知っていても、まさか4年も働けず闘病生活を送っていたことは知らない人も多いです。 「大変だったね」って言われても、そう、本当に大変だったのはやっぱり闘病中の4年間だったよって思ってしまいます。そんな4年を経て、今年の1月を迎えて、そして今に至っているこの心の軌跡はとても久々に話す人たちには語りつくせないものがあります。もちろん、みんなの心遣いは嬉しいから、ちゃんと応えなきゃって思っていますが、心にはもうバリヤーが出来てしまっているようです。ごめんね、もう私はやっぱり以前の私ではないのです。きっと、この4年、ほとんど付き合いのなかった人たちが知ってくれている私ではないのです。卑屈になっているつもりはありません。でも、私はその4年を過ごし、夫を失い、思ってもみなかった人生を生きるために、背負わなくていいものは背負わずに生きようと思うようになったのです。少しでも少しでも、笑顔の日を多くするために、無理をせず生きていきたいのです。だから、無理な付き合いは避けていきたいって思うのです。変わったって言われるのかもしれません。そう、変わらないわけがないでしょって、今の私なら思えます。いろいろなことを気にしすぎて、気を遣いすぎて、苦しくなるのは嫌ですよね。かけがえのない生きるということ・・・。今だからわかる大切なこと・・・。わたしは見失わずに生きていきたいって、強く強く思います。
November 27, 2006
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暮れもおしつまってきていますね。そう、喪中はがきを書かねばならない季節になってきました。何だか切ないですね、やっぱり。文面に、夫が亡くなったことを書こうか、たださらっと「喪中」とだけ書こうか随分悩みました。年賀状くらいでしかつきあいのない友達は、私が夫を失ったことを知らない子が結構います。あえて知らせたくもないのですが、でも、いつかそれを知ってまた事細かに話さなければならない日がきたらそれも嫌なので、夫が亡くなったと書くことにしました。「本年一月三十八歳で・・・」って。文章となったその言葉を見て、何だかまた切なくなりました。きっと「まだ若いのに・・・。」ってあちらこちらで言われたことでしょう。私だって、改めて、夫は何という若さで逝かねばならなかったんだろうって思ってしまいました。「かわいそうに」「小さい子を残して・・・」そんな言葉をみんなが、食卓で話しているんだろうなって思うとまた切なくもなったりして・・・。あ~、きっと私はみんなに「かわいそうだ」って思われているんだろうなって・・・。確かに、私は思ってもみなかった人生を過ごしています。でも、きっと、必ず生きていてよかったて言える日がくるって思って生きていかなきゃ。まわりから、かわいそうだなんて言わせないくらい幸せになっていかなきゃって、何だか強く思ってしまいました。私って負けず嫌い??はがきが届いた友達からは早速いろいろ連絡がきています。お参りにきたいと言ってくれたりもしていて、それはそれで感謝しなければって思います。何だか、まとまらない文章になってしまいました。喪中はがきを書いた時って、やっぱり皆さんも同じような複雑な心境になりましたか?
November 20, 2006
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昨日は久々に封印していた心がよみがえってきてしまった。欲しかった幸せ・・・私の未来予想図・・・でもでも、手に入らなかったから、今日と明日の幸せだけ考えて生きようって毎日頑張ってきていたのに・・・。ほんのちょっとしたきっかけだった。夕方、ご近所の家族が楽しそうに車で外食にでかける姿・・・。そう、ただそれを見ただけで、私の心の中には、また要らぬ感情が押し寄せてきてしまった。11月・・・。この季節も悪いのかもしれない。嫌でも、去年のことを思いだしてしまうし、今、一周忌が目前で何とも複雑な心境もどこかにあるような気がする。夜、楓に「ねぇ、楓、お友達のお家にはお父さんがいるけど、楓のお家にはいないでしょ。寂しくない?」って聞いてみた。ちょっと一緒に泣きたかったから、そんなこと聞いてしまったのかもしれない。でも楓は「お母さん、お父さんのいない子は楓だけじゃないでしょ。いっぱいいるんでしょ。」って言葉が返ってきた。うるうる。確かに、私もおばあちゃんも、楓にそんなことを時折言って聞かせている。でも、このタイミングで言ってきた我が子にちょっと脱帽といったかんじになってしまった。沈んでられないな・・・。楓と一緒に頑張っていかなきゃな・・・。そんな気持ちになってしまった・・・。
November 13, 2006
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水曜日からやっと元気に楓が幼稚園にいってくれ、ほっとしながら通勤をしていた私・・・。少し、心穏やかな気持ちを取り戻せるかなって思いつつ運転していた私を悲劇が襲いました。その日は校内音楽会で地元の市民会館へ向かっていて、あと10分くらいで着くというところで、車にものすごい衝撃が走りました。何かものすごいものを踏んでしまった模様・・・。怖くてどきどきしましたが、とりあえず運転できていたので、着いてから車の確認をしようって思っているのも束の間、後輪の片方あたりから何か音がし出しました。「え!?」と不安になりつつも、後少しで到着でしたし、かろうじて運転できたいたので、そのまま現地までむかいました。着いて車から降りて、左後輪へ行くと「シュー」という悲しい音・・・。そうパンクでした。車のことが苦手な私にとってはパニック・・・。仕事が終わってからスペアタイヤと替えてあげると言ってくれる人もいましたが、みんな忙しい日で迷惑かけるのもって思い、初めてJAFをよぶことにしました。入っていてよかったです。30分くらいで来てくれ、パンク修理をしてくれました。ありえないくらいの太くて長い鉄芯がささっていました。JAFの人にも珍しいって言われました。もう、今から思いだしてもぞっとするような怖いことでした。あ~、こんなこともこれからは一人で対処していかねばならないんだって改めて感じてしまいました。車のことは夫にまかせっきりで、何かトラブルを感じたら、いつもすぐに携帯に電話してたっけな~。的確なアドバイスを受け、安心して運転できていたなって思い出してしまいました。あ~、それにしても最悪だ~って叫びたくなりましたが、でも、これくらいで済んでよかったって思うことにしようって思いなおしました。人を傷つけたり、何かを壊したり、自分も怪我したりと大変な事故になることを思ったら、パンクぐらいはたいしたことないって思わなくっちゃって。「運転気をつけなきゃだめだよ」って最近ちょっと運転に慣れてきている私への戒めかもしれません。それにしてもまたまた思いましたよ、今ある当たり前の幸せの大切さ・・・。車が動いて、普通に通勤できることも当たり前だと思っていましたが、そんなことにも感謝だなって。毎日毎日当たり前に生きられていることって、ほんと凄いことで、感謝しなければなんですよね。
November 12, 2006
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長い時間でした・・・。そう、楓の風邪です。やっと明日から幼稚園に行けそうです。先週の月曜日に始まり、「腸炎」と言われ、元気でしたが微熱が続いていました。ところが、木曜日から高熱が出て、別の病院へ連れていくと「扁桃腺」だろうと。私は月曜日に仕事は休んだものの、次の日からは休めず、ずっと実家に預けての出勤でしたが、心ここにあらずの毎日でした。土曜日になっても高熱があったので、また病院へ連れていきました。私が、微熱が続いてから、その後の高熱だし、長いから心配だというと先生は「心配ないだろうけど、月曜日まで熱が続いたら、他の病院で精密検査を受けましょう。」とおっしゃられて、もう冷や汗ものでした。きっと、先生は尿や血の検査ぐらいの気持ちで言ってくれたのでしょうが、夫の病気のトラウマのある私には「精密検査」という言葉だけで生きた心地がしませんでした。かなり落ち込んでしまいました。かなり泣いてしまいました。そして、日曜日にも高熱があって、もう本当に冷や冷やものでしたが、昨日からすっかり熱も下がって一安心したところです。 この一週間でまたつくづく、今ある当たり前の幸せに感謝しなければって思ってしまいました。楓が元気に幼稚園に行ってくれることが、どれだけありがたいことなのか、そんなこと毎日当たり前すぎて感謝なんてしないですものね。また、そんな当たり前の幸せに気付かされたんだなって思います。そう、楓が元気じゃなきゃ、私の生活は成り立ちません。あの子がいるから頑張れるのです。あの子の笑顔があるから、今生きていられるのです。そんなことばかり考えてしまう長い時間でした。でも、楓、ごめんね。あなたが体調を崩してもお母さんはずっと傍にいてあげられない。それが、とても辛く苦しいです。でも今回は三連休だったので、少しどっぷり楓の傍でいることができてよかったです。今ある幸せ・・・。大事に大事に・・・。そして感謝して・・・。私を支えてくれる方々にとっても感謝しています。ありがとう。
November 7, 2006
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今日はとてもいいお天気です。6年前の今日を嫌でも思い出してしまいますね。6年後、まさかこんなことになっているなんて思いもしない幸せな朝でした。たくさんの人、そう生徒もたくさん来てくれて、私は幸せいっぱいの式と披露宴を行いました。今週は毎日大変な日々でした。月曜日に楓にインフルエンザの予防接種をしてもらうことになっていて、一ヶ月以上も前から予約をとっていました。朝もいつも通りで「今日はうってもらえる」とほっとして出勤していたとき、母から「楓がもどした」と電話がかかってきました。学校に電話をいれて急遽休みをもらい、すぐに病院へつれていきました。「腸炎」といわれ、もちろん予防接種も駄目・・・。この予防接種、もうみんな予約をとるのが大変で、一度キャンセルをいれると次の予約がなかなかとれないんです。ずっと家にいる身ならいつでもあいた時に連れていけるのですが、仕事をしている私にとっては、予約の日に時間の都合をつけられるように、いろいろ工面をしなければならず、本当に大変なんですよね。もうそんなことで頭の中パニックになってしまいました。何とか、仕事の都合がつきそうな次の月曜日に予約もいれてもらえ、楓もたいしたことがなさそうでほっとしていたのですが・・・。次の日も、また次の日も、微熱がでたりひいたり・・・。でも仕事はもう休めず、実家に預けて毎日出勤していましたが、毎日、授業が終わると同時に時間休をとって帰る日々・・・。止むを得ないとは思いつつ、日々職場への気遣いの思いも強くなってくるし、楓のことも心配だし・・・。特に、病気へのトラウマは大きいのです。そして、予防接種の予定も気になるし・・・。あ~、もう一人では無理だ~って泣き叫んでしまいました。そんな昨日、やっと落ち着いたかなと思っていたら、学校に母からまた電話。「楓の熱が38度になってる。」と。もうまたパニックになりそうでした。私は昨日はさすがに学校を出られずで、すぐ別の小児科に予約をいれ、母に病院へ走ってもらいました。今度は扁桃腺の熱だろうと・・・。そして、昨日も授業が終わってすぐに帰ってきたのでした。楓は元気には過ごしています。このまま完全によくなって来週からは幼稚園にいけるといいのですが・・・。予防接種は、もう次も無理そうなので、また別の日に予約を入れ替えなければいけません。そんなこんなで落ち着かない今週で、やっぱり一人で仕事、家事、育児は無理だ~って泣いてしまいました。本当だったら、今日の結婚記念日どんな風に過ごしていたんだろう・・・。私には一度も心穏やかな結婚記念日はなかったんだよな。唯一、一回目の結婚記念日だけは、まだこんな病気なんて思うことのない時で、少し心穏やかに結婚式をあげたホテルで、二人で食事をしていたな。お腹の楓も一緒に・・・。そして、そのすぐ後に病気の診断をされたのでした。今朝、私の父がこんなメールを送ってくれました。「6回目の結婚記念日、寂しい記念日となりましたが立派な楓もすくすく大きくなってくれていて何よりです。これからも力強く頑張って生きてください。」母に言ったら、「お父さんは男だし、口数も少ないけど、あなたのこと心配で仕方ないんだよ。」って目に涙を浮かべながら言っていました。両親に感謝する今日の記念日になりそうです。。。
November 3, 2006
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