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2006.01.27
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カテゴリ: SS系のお題
■リアルな10のお題
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06、Unconscious 無意識  /2006/1/27/無意識に人は雪に浸食されて/2505字/

 集合体となっていた雲が千切れ、薄い青が見え始める。太陽の気配を感じたら後は早い。雲が消滅し、空全体が濃い青に包まれる。冬の空は、曇天か晴天のどちらかだ。中途半端な空がまるでない。
 電線に積もった雪が溶け始め、ぼたぼたと雨のように降り注ぐ。軒下は歩かないほうがいいと判断し、累(るい)は急いで離れた。次の瞬間、轟音とともに地響きがし、累は思わず首を竦めた。すぐに民家の屋根の雪が落ちたのだと気付き振り返る。舞いあがった粉雪が光を反射させ、目の前で散った。累は眩しさに目を閉じる。
「あ、待って。目を開けないほうがいいよ。硝子が入った」
 間近で女の子の声がした。瞼に受ける冷たい指先の感触で声が自分に向けられたものだと解かる。硝子なんてものが入ったら、瞬時に痛みが襲うと思うのだが、累は云われるままに目を閉じていた。
「硝子ってなんだよ」
「雪の硝子。目に入ると厄介なことになるんだ」
 下らない子供の遊びだった。声もまだ幼い。これから累は塾に行く予定だった。子供に付き合ってはいられないと、累は顔を後ろに引き目を開ける。
「ったく、雪なんてすぐ……あれ」
 言葉を向けるはずの相手がそこにはいなかった。四方を確認するが子供の姿など何処にもない。途端に恥ずかしさが込みあがってくる。一人で話していたんだとすれば馬鹿みたいだ。累は急ぎ足でその場から離れた。

 前から四列目の窓際の席が累の指定席になっていた。冬場の時期、寒い窓際の席は敬遠されがちだが、空模様が見られるこの場所を累は好んで座った。曇りでも晴れでも、空を見ると頭の中が澄んでいく。
 累は筆記中の手をとめ、ふと空を見上げた。思ったとおり見事に雲が消えている。白い雲の代わりに、地上を覆う雪が煌煌と嗤った。こちらは雲と違ってしぶとく、なかなか消えそうにもない。
 累は顔を戻してノートに向かう。雪の残像が目の前をちらつく。結晶が虹色の光を放ちながら万華鏡のように回転し、視力を奪った。目を擦ってみるが消えない。躍起になって擦っているうちに、先程の子供の話を思いだした。
 まさか、そんなことがあるはずはない。
 眩暈がする。ぐるぐると廻る映像に酔った。

 柔らかいものに躰が支えられていた。暖かいとも、冷たいとも感じる。四肢がとても軽かった。目を開けると灰白の雲が映る。累は雪の上に寝ていたのだった。
「おっと、起きないほうがいいぜ。躰が蒸発しちまうから」
 男の声だった、それも大人の。頭を起こそうとしたところで額を押さえつけられた。いったい何だっていうのか。近頃、変なものによく出逢う。
「ああ、えらく侵蝕されちまってるな、おまえ。躰が熱いだろ」
 男はそう云いながら額を辿って瞼に触れる。云われてみれば確かに熱い。心臓が動悸で発火しそうだった。
「ほっとくからいけねぇんだぞ。これは雪が溶けるまで待つしかねぇかな……」
 春にまるまで此処に寝ていろというのだろうか。冗談じゃない、と累は勢いよく上半身を起こす。男の気配があった場所は空だった。雪には窪んだ箇所さえ見当たらない。ある程度は予測済みのことだ、二度も同じような幻覚に騙されたりはしない。
 立ち上がろうとしたところ地面が揺れた。自分で額に手をあててみる。熱があった。完璧に風邪である。

 近くの小さな内科病院で点滴を打ってもらい、随分と待たされてから薬を受け取った。分厚いコートに、マフラーとマスクのせいでかなり汗を掻いた。でも取ると寒い。それに荷物になってしまう。
 歩いている途中で、軒下に垂れ下がる氷柱が目に入った。透きとおった姿態に向かいの松の木が映り込む。乾いた喉が鳴った。累はそっと手を伸ばし、つるつるとした氷柱を掴んだ。手首を返して根元から切り離す。手の温度ですぐに表面が溶け、逃げるように滑る。
 落ちそうになったところを累は急いで口に咥えた。口の中で氷が炭酸のように弾ける。喉が潤っていく。
 突然、累の脇を何かが横切った。子供だった、累が氷柱を取った同じ場所から、飛び跳ねて小さな氷柱を取り、真似して口に入れる。
「ソーダの味がする」
 と、少年が呟く。その声に累は聞き覚えがあった。女の子と思っていたが、幼少期の声音は男女の違いが殆んどないので致し方がない。
 累の氷柱はもちろんソーダ水の味なんてしなかった。まったくの無味無臭だ。
「これ、舐めてみなよ。そしたら春になっても君だけは生き残っていられるから」
 少年は豆粒くらいの赤い実を累に差しだす。ななかまどの実だ。
「君はもう手遅れなんだって、お父さんが云ってた。雪になるしかないって。毎年いるんだ、無意識に冬にうずもれちゃう人。でも、それでもう大丈夫」
「へえ……」
 曖昧に頷きながら累は、ななかまどを口に放り投げ、咀嚼して氷柱を舐めた。ソーダ水の味がすると思ったが、やはり味はしなかった。
「それ、一個しかなかったから良かった。お父さんと喧嘩になっちゃうし」
 ななかまどの実なんて一度に大量に生るものだと思うのだが、聞き流す。また雪崩が起こった。ドドッと屋根の雪が落ちる。自分の傍でなくてよかったと思った。
 視線を下におろすと少年が消えていた。口の中のななかまどもいつの間にか胃へと落ちた。

 雪融けがどんどんと早まっている。春が近い。累は家へと帰る道を曲がった先の空き地に、ふたつ並んだ雪だるまを見つけた。目と鼻には松毬が、腕にはななかまどの枝が使われている。大小の雪だるまが寄り添う姿はまるで親子のように見えた。日の照りにやられて親の雪だるまの頭のほうが少し溶けている。子供のほうは親だるまが日除けになってくれている分、無事だ。
 先程の少年が「お父さん」と口にしていたのを思いだした。
「……そんなわけないよな」
 無意識の中では、ときに幻覚を見るという。冬の厳しさは脳を時折、麻痺させるから仕方がない。吐く息はまだまだ白い。

 春になったが、あの親子のおかげか累は消えずに済んだ。累は空き地へ行って雪だるまの残骸を、漸く顔をだした土の中へと埋める。傍ではクロッカスの花が紫色の花弁を開かせていた。露の玉がころころと転がる。
 また冬が訪れ雪が降ったら、雪だるまを作ってやろうと思う。仲間たちの為の、ななかまどの実をたくさん用意しておいて。


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*プディング(8個入)






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Last updated  2006.01.27 17:07:38
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