2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全15件 (15件中 1-15件目)
1
朝6時、かっちゃんの運転する車に乗って、かっちゃんの実家へ。入院の用意もしてある。県立病院は、かっちゃんの実家の近く。診察の予約をしていないので、8時半頃、かっちゃんママと一緒に県立病院へ行く。産婦人科の受付をして、Y産婦人科に戻るはずになっていたのに、県立病院へ来た経緯を話した。大きな病院は、待ち時間が一般的に長いのよね。(+_+)予約をしていた患者さんが、どんどんやって来るし、早く来ていても、私は後回し。妊婦検診を兼ねているので、一通り計測をしてもらう。尿と血液の検査のために、臨床検査室へ行く。ここも人が多くて、かなり待たされた。産婦人科の看護師さんやって来て、「なかなか戻って来ないから、私が採血に来たわ。」と私を呼んでくれた。有り難い。採尿でトイレに行った時にも、薄い出血があった。不安でため息が出た。病院だから、心配は無いんだけど、今後の事を考えると・・・。(ーー;)やっと、診察で呼ばれた。T先生の第一声が、「Y先生に見捨てられたね?」(笑い顔)「今週、検診を受けなさいと言ってたのに、早く行かないからだよ。」私は勘違いをしていた。退院の時に、『再来週、Y産婦人科で検診を受けなさい。』と言われていたのを、2週間後で良いと思い込んでいた。しかし、今回の先生の口ぶりでは、その週の初めの事だったようで、私が検診を受けようと思っていた日は、その週の金曜日。そして、診察を受けているその時が、金曜日。あーあ・・・(-_-#)の気分。T先生にも、前日のことを話した。すると先生が、気になることを言った。「Y先生は、よく『手術中』、『手術中』と言うんだよね。おかしいね。」んっ…?Y先生はよく帝王切開の手術をしていると言う事?手術中でもないのに、手術中だと嘘をついているという事?どちらにしても、あまり良い意味ではないと思った。まず、超音波でお腹の中を見た。特に異常は無し。赤ちゃんは、1700gになっていた。丁度良い大きさらしい。そして内診。痛いのはわかっていたから、フーフーと大きな呼吸をした。まだ、少し出血していたのが幸いした。どこからの出血なのかが判明した。診察室で先生の話を聞いた。出血は『びらん』(下記1)からだった。びらんという名称は聞いた事があったけれど、良くわからなかったので、聞いてみた。子宮の入り口の所にあり、子供とおばあちゃん以外、どの女性のあるらしい。私の場合、子宮口は開いていなしし、子宮頚管の長さも十分ある。胎盤は上の方で、『前置胎盤』(下記2)でもない。だから、「出血はびらんからだった。」「少量の出血の場合は、心配要らない。」「また出血するかもしれないけれど、慌てなくても良い。」という事だった。とても安心した。もう一つ、問題があった、これから先お世話になる病院の事。「はっきりさせましょう」と先生が言ったので、私は、「こちらでお願いします。」と言った。T先生が、「その方が良いでしょう」。と言った。「私の口からは、言えなかったのですが。」と理由を言った。Y産婦人科は、良い場所にあるので、かかっている妊婦さんは多いけれど、医師の間では、あまり評判が良くないらしい。何の異常もない妊婦さんの場合、問題は無いけれど、私の場合は、トラブル続きだし、高齢出産だから、産まれるまで何が起こるかわからない。Y先生は、トラブルがあったり、厄介だと思ったら、すぐに県立病院へ回す。「あなたのような目に遭うんですよ。」確かに、今までの経緯で、わかるような気がする。手に負えないので、良い先生に紹介する・・・という事は、悪いとは思わないけれど、患者が、『見捨てられた、拒否された』と感じてしまうような対応は良くないと思った。県立病院には、高度な設備があり、先生も沢山いる。妊娠中、出産時、母体と赤ちゃんに何かあっても、安心して対応してもらえる。家から近い、便利という理由だけで、病院を決めてはいけませんね。「お産もこちらでしますか?」と確認され「はい。」と答えると、「はい、県病院の妊婦さん」T先生は、看護師さんに申し送りした。次回は、1月12日、しっかり予約をした。不安事が無くなり、かっちゃんママも安心してくれた。会計まで済ませたら、13時になっていた。病院内の食堂で昼食を食べ、(かっちゃんママのおごり)クリスマスイブなので、帰り、ケーキまで買ってもらった。入院のために用意していた荷物は、そのままもって帰ることになり、嬉しかった。昨夜、準備をしている時は、寂しく、悲しい気分だったから。家に帰ったら、子供が、「入院しなくてよかったの?」と嬉しそうに迎えてくれた。かっちゃんにも、メールで報告したら、とても喜んでいた。とっても素敵なクリスマスイブ。家で過ごせるなんて、一番のプレゼント、ありがとう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こちらに、びらんについて詳しくありました。ご存知で無い方は、参考までにどうぞ。(1)びらんとは?http://www.ladys-home.ne.jp/faqsite/ans-files/FAQ-J/FAQ-J2.html(2)前置胎盤とは? 前置胎盤とは、胎盤の子宮腔内の付着部位の異常をさす疾患です。すなわち前置胎盤とは、胎盤が子宮下部(子宮峡部あるいはその付近)に付着し、発育成長後にやがて胎盤の一部あるいは全部が内子宮口に及ぶものをいう。産科領域で妊娠中期から後半期にかけて無痛性でしかも突発性の多量の性器出血をきたし、時に出血性ショックに陥ることもある疾患である。そのために母子の生命をも脅かしかねない場合もあり、救急処置を要する疾患でもある
December 24, 2004
コメント(0)
県立病院を退院して、落ち着いた日々を過ごしていた。明日、24日はY産婦人科へ検診に行く予定にしていた。なのに、出血。量は少ないんだけど、気になる。色も赤い。天皇誕生日で、病院は休み。でも、産婦人科に休みはない。外来は休みでも、お産と、緊急事態には対応してもらえる。Y産婦人科に電話してみた。外来が休みなので、看護師さんが出た。名前を伝えると、私が県立病院へ行った事を知っていた。しかし、先生が今、帝王切開の手術中だし、私がまだ31週なので、県立病院に電話して、県立病院の診察を受けるようにと言われた。それも、なぜか、「Y産婦人科に電話した事は言わずに」と。31週で赤ちゃんが生まれちゃったら困る。赤ちゃんが小さいので、県立病院へ搬送されるでしょう。以前出血した時には、Y産婦人科に入院したけれど、入院翌日には出血が止まったけれど、用心のために8日間の入院となった。出血の原因と、どこからの出血なのかは、わからなかった。モヤモヤしたままの退院となっていた。だから、今回もY産婦人科では、手に負えないことも何となくわかった。しかし、見捨てられたような気がした。県立病院へ電話して、外来は休みなので、4階西の産婦人科病棟へ回してもらった。11月29日から12月10日まで、入院していた事、朝から出血していること、でも、量は少ないことを伝えた。Y産婦人科の方へは、先生が県立病院での経過を報告しているはずなので、Y産婦人科の方でも、大丈夫なはすだけどと言われてしまった。でも、Y産婦人科の方で拒否したのだから、しょうがない。(先にY産婦人科へ電話した事は言わなかった。)状況からして、慌てる事はないけれど、心配なようなら、入院の用意をして来ても良いと言われた。病室が一杯なので、陣痛室に入る事になるらしい。あの蒸し暑い陣痛室・・・。(・"・;) ウッもう少し様子を見てからでもいいし、状態がひどくならなければ、明日の外来に来ても良いと言われた。とりあえず、急がなくてはならないような状況でもないようなので、様子を見ることにした。かっちゃんと、かっちゃんママにも電話連絡をした。どうか、悪化しませんように・・・ …o(;-_-;)oドキドキ
December 23, 2004
コメント(0)
【12月10日(木) 29w3d その2】生命保険に提出する診断書を受付に頼んだ。荷物をまとめ、支払いも済ませ、相部屋の3人に声をかけて病室を出た。12日間を一緒に過ごした仲間、何かしら異常を持って入院している妊婦さん。悩みや不安、世間話、色々話した。「お互い元気な赤ちゃんを産もうね。」病院の外に出て、空気が冷たい事に驚いた。もう12月中旬だもんね。帰りの車の中で、かっちゃんと話が弾んだ。とにかく嬉しい。昼食を中華屋さんで食べた。病院食にはないこってり感、『ああ、美味しい!』15日ぶりに家に帰った。Y産婦人科が4日間、県立病院が12日間、Y産婦人科の4日目と、県立病院の1日目はダブっているから、15日間の入院となる。久し振りの我が家、(π0π) ウルルルル嬉しすぎて、なんとも妙な気持ち。パジャマに着替えてリラックス。久し振りに動いて、疲れた感じ。お腹の張るのも気になるから、ベッドに休む。お風呂をためてもらって、お風呂にも入った。『お風呂って、こんなに気持ち良いんだー』毎日お風呂に入れてた時には、こんなに感動しなかった。子供二人が学校から帰ってきた。家族が揃った。家族が揃う事、家でのんびり出来る事、お風呂に入られる事は、当たり前じゃあないんだね。健康だから出来る事、有り難い事なんだね。
December 22, 2004
コメント(0)
【12月10日(木) 29w3d 県立病院12日目】待ちに待った退院の日。入院当初、看護師さんから「ウテメリンの24時間点滴が始まったら、正産期になるまで退院できないかもね。」と言われていて、O先生に聞いたら、「34週か、35週まではねー」と言われていたので、「1月中旬か、下旬までかー」と覚悟していた。それだけに、早く退院できる事が嬉しかった。先生や、看護師さんの言いつけ通り、大人しく過ごしていたのが良かったらしい。退院前には、外来へ行って、診察がある。内診が痛いと有名(?)なT先生の診察。相部屋の人から「泣くからハンドタオルを持って行った方が良いよ」と冷やかされた。 (/_
December 21, 2004
コメント(0)
【12月8日(水) 29w1d 県立病院10日目】心待ちにしていた点滴の外れる日。外してもらったら、何だか物足りないと言うか、忘れ物をしているような変な気分。それだけ点滴をしている事がストレスになっていたんだな。やはり、しばらくしたら、点滴をしている時より、お腹が張る。このせいで、退院が先に延びるのではないかと、ドキドキ。しかし、薬につながれてないという事は、こんなに身軽なんだと実感する。改めて、健康である事の有り難さを感じる。午後、エコーをするからと呼ばれる。今回は病室のベッドの上ではないらしい。看護師さんが車椅子で超音波の機械がある部屋へ連れて行ってくれた。今回もO先生。先生が見ている間にも、赤ちゃんが動いて、頭位から、横位になってしまった。大きさは1400g、丁度良い大きさで、羊水もたっぷりあるし、異常なし。【12月9日(木) 29w2d 県立病院11日目】明日、退院予定だというのに、移動はまだ車椅子。・・・こんな風では退院できないんじゃないかと、不安になってきた。モニター(陣痛監視装置)を付けたら、ちょっと変な所があったらしく、身体の向きを変えられたり、長い時間付けることになってしまった。ますます不安になる。しかし、T先生が来て「大丈夫ですね、明日、退院。」と言ってくれた。まるで神様の言葉のようだった。夕方から車椅子でなくて、歩いて良いと許可が出た。歩く練習もしてないと、家に帰れないよ。(苦笑)
December 20, 2004
コメント(0)
【12月4日(火) 28w4d 県立病院6日目】お腹の張りが少なくなってきたので、陣痛監視装置は午前中1回のみ付ける。問題なければ、40分程で終わる。夕方から、トイレは車椅子で行けるようになる。でもやはり、トイレコールで看護師さんを呼び、連れて行ってもらうのだ。でも、ポータブルトイレではなく、トイレへ行けるのは嬉しい。4人部屋に入った時には、ベッドで運ばれたので、病室の外の様子はあまりわからなかった。ずっと外には出られなかったので、車椅子で廊下へ出た時には、景色も空気も新鮮だった。点滴は相変わらす継続なので、ちょっと大変。針を刺している所が痛くなったり、テープを貼っている所が痒くなる。薬が漏れて腫れたりしたら、刺し替えてもらう。血管がわかりにくい上に、細いので、看護師さんは苦労する。先日の採血の結果は、炎症反応が少なくなっていたらしい。でもまだ、なくなった訳ではないので、引き続き経過を見る必要あり。【12月5日(日) 28w5d 県立病院7日目】県立病院では初めての日曜日。相部屋の人達にも面会者が多く賑やか。車椅子で洗髪所に連れて行ってもらって、髪を洗ってもらった。洗顔と歯磨きも、病室の中の洗面所で出来るようになった。ジャブジャブ洗えると気持ちいい!こんな事が嬉しく、有り難く思えるのは、不自由な思いを経験したからだなぁ。【12月6日(月) 28w6d 県立病院8日目】月曜日… またいつも通りの病院内。静かにいつものように過ぎて行く。【12月7日(火) 29w0d 県立病院9日目】朝一番で採血。午後、T先生が来た。採血の結果、炎症反応は、今回でほとんど正常値になっていたらしい。良かった「明日、点滴を外します。そして、金曜日に退院の予定。」えっえっえーーっ、突然そんなー 嬉しい事をーーー(/ー ̄;)でも、点滴が外れたら、お腹が再び張り出すのではないかと、ちょっぴり不安でもある。O先生も来た。「炎症は無くなってましたね。」うん、特に原因究明をするまでも無く、炎症が無くなって来て良かった。どんな検査があるのか、内心ビクビクしていたから。K先生も来た。同じような事を言った。相部屋の人が「先生が3人とも来たね。すごいね、VIP対応だわ。」と言った。確かに、他の人の所には、先生達あまり来ないな。私って、手のかかる患者?点滴の薬の落ちる量が減らされた。
December 19, 2004
コメント(0)
【11月30日(火) 28w0d 県立病院2日目】午後、陣痛室から産科の4人部屋へ移った。かなり長い時間、陣痛監視装置を付けた。トイレは、トイレコールをして、ポータブルトイレを持ってきてもらいベッドの脇で。洗顔は、洗面器にお湯を入れてもらって、サイドテーブルの上に置いて、チャプチャプ。歯磨きは、コップにお湯を入れてもらって、ガーグルにペッとする。シャワーも当然まだ駄目なので、清拭タオルで身体を拭く。点滴をしているので、背中を拭く時や、着替えは、看護師さんに手伝ってもらう。とにかくベッド周りですべての生活を行う。同じ部屋に、やはり歩け回れない人がいた。(・_・)/\(・_・)ナカマ!食事は、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく冷されて出てくるので、とても美味しい。ご飯の量が、「こんなに食べて良いのか?」と驚くくらい沢山出てくる。相部屋の人達に、病院の事や、先生のことを教えてもらう。私の担当の先生は、T先生。しかし、羊水の検査は、O先生と、K先生が行った。O先生が回って来て、「羊水には異常がなかったので、これからはどこが炎症を起こしているのか、調べて行きます。その内に炎症反応が無くなって行きそうな気がしますけどね。昨日、エコーはしているので、次は金曜日にしましょう。」と言った。しばらくして、T先生も来た。「羊水はきれいだったので、お腹は大丈夫だったと言う事ですね。」と微笑みながら言った。【12月1日(水) 28w1d 県立病院3日目】ベッドの上で洗髪をしてもらう。大きい病院だとこういう設備もあるんだーと感心した。さっぱりして気持ち良かった。(*^-^*)【12月2日(木) 28w2d 県立病院4日目】採血。炎症反応が減っているといいな。【12月3日(金) 28w3d 県立病院5日目】エコーの検査をO先生がしてくれた。4人部屋のベッドの上で。Y産婦人科で考えられないような事。赤ちゃんは元気に動いている。「これが顎のライン、鼻、口、目・・・」ああ、なんて整った可愛らしいお顔。(←親馬鹿)大きさは1300g。かなり丁寧に診てくれている。とても安心する。「性別がわかりますか?」と聞いてみた。「これが小陰唇、大陰唇、女の子だね。」おおーw(*゜o゜*)wさすが産婦人科医、ズバッと言うな。これで、確実に女の子だとわかった。顔と、女の子の証拠の写真をもらった。男の子でも、女の子でも元気ならーと思っていたけれど、やはり、女のこの方がいいな…という気持ちの方が強かったので、嬉しくて、ワクワクするような、明るい気持になった。準備してある赤ちゃん用品も、実はピンクの物が多かったりする。かっちゃんが来た時にエコーの写真を見せた。せっかくの可愛らしいお顔を、角度を間違えてみている様子。それじゃあ不気味な顔だよー×教えてあげたら納得していた。そしてもう一枚、これも何だかわからない様子。「お股だよ」「えっ、おかま?!」「・・・(こいつはもう~~)」「じゃあ、さくらちゃんに決定?! そうか、そうかー」かっちゃんの笑顔を見るのは嬉しい。夕方、かっちゃんママも来たので、同じように写真を見せた。「今はこんな風に見られるのね」と感心していた。
December 18, 2004
コメント(0)
検査の結果が出た。羊水には異常がなかったらしい。では、炎症反応はどこから?と言う疑問が残る。喉がずっとイガイガした状態で、たんがよくからんでいた。胃もこのところ調子悪くて、ムカムカ、キリキリ、食欲もなかった。そのせいかな?子宮内の感染が無いとわかったので、お腹の張りを止め、妊娠を続ける事になった。ウテメリンの点滴をまた開始する。私の腕は、Y産婦人科で受けた点滴の針のせいであざだらけになっていた。変色しまくっている私の腕を見た看護師さんが「あらまあ、痛々しい。こんな所にも刺されちゃって」と言った。無事な部分を探して針を刺した。1回で成功、痛みも無かった。上手だなと思った。それまでは結構痛い思いをしていたのだ。夕ご飯が来て、美味しそうなのに喉を通らない。お腹には陣痛監視装置のパッドが付いたまま。破水したらしい妊婦さんが、車椅子で隣のベッドに来た。破水をしているから、もう起きる事は出来ないらしい。かっちゃんには、家にいる子供の事が気になったので、帰ってもらった。寂しくなった。でも 隣の人のところに人の出入りがあり、気が紛れた。トイレはベッドの脇にポータブルトイレを持って来てもらってした。これも初めての体験。陣痛室は建物の奥にあるのか、窓は無い。蒸し暑くて、じっと寝ていても汗をかく。背中とお尻は汗でびっしょりになった。看護師さんが来た時に伝えて、下着を着替えた。長い長い夜、消灯になっても眠れない。お隣さんが頻繁に看護師さんを呼ぶ。まだまだお産にはならないからと、旦那さんは家に帰っていた。夜中になって痛みが来たらしい。でも間隔がまだ開いている。今からそんなに痛がってたら、この後どうなるんだろう?と、余計なお世話ながら、心配してしまった。初産なので、陣痛がどういうものなのかわからないみたい。痛い時の呼吸法を習っていた。カーテンで仕切られていても、息づかいはわかる。それじゃあ駄目だよーと言いたい感じだった。かなり痛がって、看護師さんを何度も呼ぶ。心細いんだろうね。そういう私は 点滴とモニター(陣痛監視装置)につながれていて寝苦しい。ウテメリンが効いてきたようで、張りの山はゆるやかになり、間隔も開いてきていた。看護師さんが来て陣痛監視装置を外してくれた。少し楽になった。それでもやはり眠れない。入院生活が長くなってくると、眠れない時は諦めて起きていてもいいやーと思う方が楽だとわかってきた。ゴロゴロ寝返りしながら、朝を待った。お隣さんも眠れないようで、うんうんうなっていた。可哀想にーと思いつつ、私も近い将来産まなければならないんだー・・・出産の時がきたら、こんなに痛いのかなーと恐怖を覚えてきた。確か、私って安産だったから、滅茶苦茶痛がった覚えが無いのよね。今回はどうなる事やら。陣痛室に朝が来た。お腹の痛みも無く、ホッとしたので、空腹を感じた。ご飯が楽しみだなんて久し振り。「今日のお昼頃には、病室の方が開くはずだから、移れると思うよ。ここは暑いもんね。」汗を拭いている私を見て、看護師さんが言った。ささやかな楽しみが出来た。続く・・・
December 17, 2004
コメント(0)
11月29日、県立病院へ転院して、大きな検査は次の日くらいからかなーと思っていたら、もう、羊水の検査をすると言う。もちろん経験がないから、不安で動揺してしまう。でも、色々と考える時間がない方が良かったのかもしれません。今思えば、定期的にお腹の張りが来ていいる状態で、子宮内が感染していたら、早く赤ちゃんを出してあげなきゃならなかったし、感染がなければ、そのお腹の張りを止める必要があったので、どうなのかを早くに調べる必要があったのでしょう。男の先生が二人、看護師さんが数人やってきた。超音波の機械と、処置の道具・・・ああ、怖い。かっちゃんは外に出るように言われた。陣痛監視装置を外し、超音波でお腹の中の様子を丁寧に診る。先生同士で打ち合わせをする、「頭がここだから、押し上げたら隙間が出来るから、ここから採ろう」汚れるからーと紙を身体の下に敷き、衣類も汚れないように紙でカバーする。お腹全体を消毒する。茶色っぽい消毒液。針を刺すだけなのに、そんなに広範囲を消毒するんだー。私の心臓はバクバク(◎-◎)「手は万歳をして」言われるまま、手を上に上げる。ああーいよいよだー 生きた心地はしない。「麻酔をします」さっき「頭がここだから…」といっていた辺りに、チクンと注射針を刺した。冷や汗が出る。長い針の注射器みたいな物を先生が持った。ヂクン、グッグッ・・・、グリグリ・・・「あぁ・・・」「うぅ・・・」押し殺した声が出る。落ち着けーと自分に言い聞かせるように、大きく呼吸をしていた。何本か採っているみたい。なんて言ったのかわからなかったけれど、他の検査にも使うようだった。「はい、終わりました」麻酔をしていなかったらもっと痛かったのでしょう。終わってホッとした。今度は透明な消毒液でお腹を拭いた。針を刺した所には、看護師さんがリバテープ(バンドエイド?)をペタリ。おい、そんなもんかい?と気が抜けたが、傷は張り穴、そんなものなんでしょう。「検査結果は30分くらいで出ます」「羊水はきれいだから、大丈夫だとは思いますが」そう言って先生は超音波の機械を押して去って行った。また、陣痛監視装置を取り付けた。看護師さんから、お産セット(お産に必要な物が入っている)を買って来るように言われ、それも早くしないと売店が閉まるからーと急かされ、かっちゃんが買いに行った。場合によっては、すぐにお産になる事もあるんだなーと実感してきた。お腹の張りは続いている。これからどうなるのかは羊水の検査結果で決まる。妊娠を続けるか、お産になるか、大きな差だった。Y産婦人科では、出産予定日を10週の時の胎児の大きさで割り出していたので、11月29日現在で、28週と5日、予定日は2月16日となっていたが、県立病院では、月経周期で割り出すので、27週と6日、出産予定日は2月22日と変わっていた。6日遅れる事になる。続く・・・
December 16, 2004
コメント(0)
どのくらいの時間が経ったのでしょう。おしっこがしたくなって、看護師さんに伝えた。直後、先生の呼ぶ声。ベッドから起き上がって立つと、ふらついた。「ずっと寝ていたからかな」看護師さんに支えられ、先生のいる診察室に入る。Y先生から相談の電話があって、私を引き受ける事になった話を聞いた。内診室に入るように言われ、看護師さんが「おしっこは我慢できる?」と聞くと、先生が、「おしっこも取らなきゃならないから、導尿にすればいい」(/||| ̄▽)/ゲッ!!! 導尿ってー・・・覚悟を決めて内診台にあがる。心の中は当然「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」と泣いている。あうー やっぱり痛い。看護師さんが「はあはあして」と言う。えっっ?! 言われるまま「はあはあはあ・・・」ぎゃあああああああっぁぁぁぁっぁーーー何やってるんだぁぁぁーーー.....Σヾ(;☆□☆)ノとてもこの場には言葉にして書けません。こんな内診は初めてで、あそこを中心に身体が裏返しにされてるようだった。それだけ丁寧に、くまなく診たのでしょうが、(w_-; ウゥ・・辛かった。一息ついたと思ったら、看護師さんが、「おしっこを取るので、少し気持ち悪いですよ」って、再び、ぎゃあぁぁっぁぁーー・・・でも、先生の内診後だったから、それに比べたら、大丈夫だった。しかし、(ノρ;)>エーン妊婦ってこんなに大変なの?いや、私に異常があるからよね。しょうがないのね。ああ、悲しい。診察室に戻り、「ここに来た経緯を自分の口で言ってください」とちょっと厳しい口調で言われた。さっきは笑顔が見えたのに、怖いと思ってしまった。きっと大切なことなんだ。それから、超音波でお腹の中を見た。筋腫が2個あるが、異常なさそう。筋腫が悪さをするなら、もっと早い時期に悪くなっているそうだ。診た所、経産婦なのに、子宮口は驚くほどしっかり閉じてるし、悪い所はないと言う。かっちゃんとかっちゃんママも呼ばれて、説明を受けた。炎症反応が、バーンと高い数値で出ているので、もし、子宮内が感染していて、羊水がばい菌だらけになっていたら、赤ちゃんは、ばい菌まみれになっているから、小さくても今すぐに出してあげる必要があること。そのためには、お腹に針を刺して、羊水を取って調べなければならない。とにかく、張り止めのウテメリン点滴を外してみないと、お腹の張りの状態もわからないし、すぐに外す事になった。「場合によっては、歩いてすぐに帰れるかもしれないし」先生は、笑顔で言った。点滴の針を抜いてもらって、車椅子に座って、産婦人科病棟へ向かった。病室のベッドが空いてなくて、とりあえず、陣痛室に入る事になった。ベッドに休んでまもなく、陣痛監視装置を付けられた。痛みはないけれど、頻繁に張っている。それも2・3分おき?!それって、やばくない?それまでは、ウテメリンのおかげで抑えられてたみたい。看護師さんから、入院にあたって必要な事を色々と聞かれる。そうこうしている内に、診察を受けた先生とは違う先生が、超音波の機械を運んできた。「これからお腹に針を刺して、羊水を取ります。羊水を取ると言うと、大変な事のように思うかもしれませんが、採血と同じ程度です」うぎゃーーー嘘だ嘘だ嘘だーーーーo(;>△<)o怖い怖い怖い・・・・ 私はまな板の上の鯉・・・11月29日の夕方の事。続く・・・
December 15, 2004
コメント(0)
救急車の中で、途中、看護師さんが言った、「見えないでしょうけど、周りの車がみんな避けてくれるから爽快よ。」和ませてくれるための心遣いだと思った。救急隊の人は、無線?携帯電話?で色々とやり取りをしている。県立病院へは、日中、車で行ったら、40分くらいかかる道のり。救急車では、半分くらいで着いたのかしら。Y産婦人科を出たのは、多分、午後1時半くらい。県立病院へ着いたのは、2時前だったのでしょう。ストレッチャーが外に運び出され、「まぶしいですよ」と声をかけられる。急患の入り口から入り、かっちゃんが心配そうに立っているのが見えた。産婦人科の外来にストレッチャ-のまま運ばれた。廊下の待合所には、人が沢山いるのが見えた。かっちゃんは、入院の手続をしてくるように支持されていた。診察室に入り、ベッドを移る。お腹がズキンと痛んで、声が出た。救急隊の人が、心配してくれた。点滴の薬を県立病院の機械に付け替えて、用事の済んだ救急隊の人は、Y産婦人科の看護師さんに「下で待ってますから」と声をかけ去って行った。「ドキドキするね」看護師さんがちょっと引きつった笑顔で言った。そして、「お産はうちの病院でしようね、みんな待ってるからね」と言った。これからどうなるのか不安で一杯の私には、嬉しい言葉だった。「頑張らなくて良いよって、さっきは言ったけど、ここではちょっと頑張ってね」もう自分には用がないことを、県立病院の看護師さんに確認して、「救急隊の人が待っているから」と、Y産婦人科の看護師さんも去って行った。「これからは、初めての県立病院にお世話になるんだ」そう思いながら、採血、血圧測定、腹囲・子宮底測定を受けた。そして、カーテンで仕切られ、陣痛監視装置をお腹に付けた。結構長い間そのままベッドで休まされた。カーテンの外では、外来の患者さんが、次々と出たり入ったりしていた。話を聞いていると、その日は、外来に来ている人がとても多く、待ち時間がとても長くなっているらしい。看護師さんが「今日は、とても長くお待たせしてます」「予約をしている人だけならいいのですが、予約をしてない人も多く来ていて、月曜日だから、今日にしようと思う人が多いのかしらね」などと話をしていた。そんな多い日に私は来ちゃったのね、「ごめんなさい」かっちゃんと、かっちゃんママは待合所で座って待ってるのかな、心配してるだろうな、待ち長いだろうな、いつまで待たされるんだろう、色んな事が頭の中を駆け巡っていた。続く・・・
December 14, 2004
コメント(0)
11月29日、血圧を計りに来た看護師さんが言った、「午後から県立病院の方に行ってもらいます」「えっっ??」「検査のためにちょっとね」突然の事にびっくり。「しまった、血圧を計った後に言えば良かったね、血圧が上がってしまったわ」驚くと血圧って上がるのね。お腹の痛みが治まらない、炎症反応も高い、原因がわからないので、今後、どうして良いかわからない、Y産婦人科には検査の設備がない、まだ28週なので、今生まれてしまったら、県立病院の周産期センターに入ることになる、それで、設備のある県立病院へ転院という事らしい。ウテメリンの点滴を外す事ができないので、救急車を呼んで行く事になった。ウテメリンは副作用が強いので、敵数を適当に設定できないらしい。点滴の量を管理する機械を通す必要がある。だから救急車でないと移動が出来ない。かっちゃんママに来てもらい、かっちゃんには県立病院で待っているように連絡をしてもらう。県立病院はかっちゃんの家のあるN市にある。Y産婦人科は退院扱いとなった。その時点で、県立病院へ入院する事になるんだーという事を知る。Y産婦人科の看護師さんが一人付き添ってくれた。私が泣いてしまった時に励ましてくれた看護師さんだ。出る前に診察を受け、お腹のモニターを取った。看護師さんが、先生の紹介状を持ち、先生から指示を受けていた。いよいよ救急車を呼び、まもなくサイレンが聞こえてきて、止まった。ベッドから立ち上がったらふらついた。先生が後ろから支えてくれた。ストレッチャーに乗り、救急隊の人が「左向きに横になって」と言い、タオルケットをかけた。救急車の中に運ばれた。先生が「きちんと調べてもらおう」と言った。看護師さんも乗り込み、点滴の機械の電源を救急車内につなぎ、セットして、私の横に座った。救急車のサイレンが鳴り始め、県立病院へ向かった。心臓はドキドキ、緊張していた。私は一体どうなるのだろう、不安で一杯だった。続く・・・
December 13, 2004
コメント(2)
前回入院していた部屋と同じで、ベッドも同じ。「ただいまー」・・・すぐに戻ってくるなんて、情けない。ウテメリンの錠剤を飲んでいたが、夜中からお腹の痛みが強くなってきた。ウテメリンの点滴開始。寝苦しくて眠れない。11月27日、採血、検査結果で炎症反応が高く出たらしい。抗生物質の点滴も開始。ウテメリンはずっと刺しっぱなしだけど、抗生物質は40分くらいで終わる。(1日2回)点滴の液が漏れて、腕が腫れた。針を刺し換える度に、内出血してあざになる。日中は気が紛れるので、何とか落ち着いて過ごせるんだけど、消灯後は心細くて辛くなった。寝苦しく、お腹の痛みも強くて、泣きそうになっていた。28日、お腹の痛みは少し軽くなって来ていたけれど、治まってはいない。胃がキリキリと痛い。ムカムカ吐き気もして、食欲もなくなる。ご飯をお粥にしてもらった。続く・・・
December 12, 2004
コメント(0)
今回の入院は突然だった。11月25日の夜から、お腹が張って痛いような気がしていた。26日、安静にして寝ていたが、やはり痛い。頻繁にお腹が張るので、時間を計ってみたら、だんだん間隔が狭まる感じ。その内、10分置き、9分置きになってきて、自分でもおどろいて、かかっていたY産婦人科へ電話する。タクシーでY産婦人科へ行き、診察を受ける。ウテメリンを飲んでいなかったからだと言われる。22日にウテメリンが切れていたが、飲み切りで良いと言われていた。子宮口は開いてないし、頚間も4.5cmあり、心配ない状態。お腹の張りの様子を診るために、陣痛監視装置(お腹の赤ちゃんの心拍やお腹の張りを見る機械)をお腹に付けた。なんと7分置きくらいに張りの山が来ている。ウテメリンを2錠飲まされる。張りの間が少し開いて来た。こんなにすぐに効くなんて、きっと強い薬なんだ。「こんな状態じゃあ家には帰れない。入院だ。」と先生に言われて、すごいショック。「少しも帰っちゃ駄目ですか?」「無理」・・・観念した、しょうがない。かっちゃんママが心配して待合室に来ていた。続く・・・
December 11, 2004
コメント(0)
11月26日から、今日(12月10日)まで、15日間入院していました。やっと、今日、退院して帰ってきました。詳しくはまた落ち着いてから書きます。(^^;;
December 10, 2004
コメント(6)
全15件 (15件中 1-15件目)
1